悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第51話 小さなコミュニティの安寧を願って

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 玉匣はバックサイドサークルから出ると、速度を上げて人気のない街道脇を東へ進んだ。
 その車内、僕が運転席横でダマルと話をしながら、ロンゲンからの攻撃を受け止めた自動小銃を検めている時だった。

「あのご主人、ちょっといいッスか?」

「ん?」

 背後からの声に振り向いてみれば、アポロニアがどこか不満げな顔をこちらへ向けていた。
 クリクリとした大きな瞳に僕の顔が映り込んでいるのがわかる。

「リベレイタだった猫はいいとして、シューニャも服装が変わってるのは何でッスか?」

「あぁ、外套がボロボロだったからね。今まで経済的に余裕もなかったから、気にすることもできなかったんだが―――」

「むむむむむ」

 ぷっくりと頬が膨れていく。
 その理由は衣服の話が出た以上1つであり、如何に鈍感を自覚している自分でも流石に理解できた。

「あー……そりゃアポロも欲しいよね。いや、別に贔屓したとかそういうつもりはないんだが」

 無論僕は彼女にも何か買おうとは考えていた。
 しかし衣服はサイズや見た目を合わせなければ贈り物とするには難しく、挙句全てフリーサイズの現代において自分にそれを選択する能力があるはずもないため、致し方なく先送りにしたのである。
 だが、そんな取ってつけたような理由でアポロニアは流石に納得してくれなかった。
 しかも寝台で横になっているファティマがフッと余裕気に笑い、アポロニアの感情を逆撫でするのだから手に負えない。

「犬は厚かましいですね、欲しいならちゃんとおねだりしたらいいのでは?」

「なにおー! 猫なんて危うくスッポンポンの露出狂で過ごさなきゃいけない所を救ってもらっときながら、自分が厚かましいとはなんッスかー!」

「ボクはおにーさんのリベレイタですもーん」

 暖簾に腕押し柳に風、持つ者の強さをファティマは悠然と行使し、それに対し持たないアポロニアはグルルと牙を剥く。

「大事にする約束をした」

「ぬがあっ!?」

 いつの間にか砲塔から降りてきていたらしいシューニャも、買ったばかりのキャスケット帽を胸に抱えて僅かに頬を緩めた。
 喜んでもらえているようで僕としては何よりなのだが、アポロニアの衝撃は大きかったらしく、キューンと鼻を鳴らしながらダマルの元へ駆けていく。

「もう自分の気持ちを理解してくれるのはダマルさんだけ――ってダマルさん?」

「おう、俺はシューニャからこれ貰ったからな」

 くるりと振り返ったのは骸骨ではなく、一切稼働部位が存在しない堅牢なフルフェイスの兜だった。
 軍用作業服との組み合わせは不自然極まりないが、以前のドンゴロス麻袋姿と比べれば余程改善したと言えるだろう。
 全身を甲冑で覆い隠せば、今後ダマルを人里で行動させることもできるかもしれないと思った。
 
「いやー、異性からのプレゼントって言われりゃなんでも悪い気がしねぇよな。俺の今後の目標は、これをちゃんとカスタムをして唯一無二の専用品を作ることだぜ!」

「プレゼントじゃなくて、必要備品」

「細けぇ話ゃあいいのさ!」

 尻尾の先まで固まっているアポロニア相手に、止めの一撃を喰らわせるスケルトン。一応シューニャは軽く反論していたが、そんなことをダマルが聞くはずもない。
 嬉しそうな自慢話が見事なまでのオーバーキルとなったアポロニアは、膝から崩れ落ちるように運転席横の補助席へと倒れ込んだ。
 自分としては正当な理由があったとはいえ、正直いたたまれない気分になってくる。今の自分が何を言おうと意味があるとは思えないが、放っておけるほど冷血にもなれずに彼女に歩み寄ってみれば、連なる呪詛が聞こえてきた。

「ダマルさんに負けるなんてダマルさんに負けるなんて」

「そりゃ何の勝ち負けだい?」

 気にしている部分がおかしいと声をかければ、彼女は抜け殻のような表情をこちらへ向けて口から掠れる声を出す。

「自分の扱いッスよぉ……ダマルさんみたいな定期的に解体される人骨に負けるなんてぇ」

「オイそりゃどういう意味だ」

 ハッキリ聞こえた言葉に骨が苦情を投げたが、一切取りあう余地がないためこちらは努めて無視しつつ、けれど僕は少し悩んだ。
 一応この時代における信頼できる仲間たちの中で差をつけるのは、今後も信頼関係を深めていく中で確かによろしくない。
 滝のような涙で車内を濡らす犬娘に同情したこともあるが、1つ思い付きをダマルに提案してみることにした。

「僕らの予備服を着せる、ってのはダメかな?」

「そりゃまた何でわざわざ?」

「これから王国に入るんだ。流石に帝国軍の装いのままってのは不味いだろう。対策対策」

「あぁ、それもそうか。俺らの恰好もどうかとは思うが、敵国兵の看板背負って歩くのよりはマシだわな。いいんじゃねぇか」

 このままでは町に入って衣服を買おうとすれば、瞬く間に捕縛されてしまうのは間違いない。そういう建前で話を進めればダマルは簡単に納得してくれた。
 許可がおりたところで、僕は荷物庫からビニールに包まれた旧企業連合の軍服一式を引っ張り出す。
 大きさはまったく合わないだろうが、無いよりマシという判断でそれをアポロニアに手渡した。

「とりあえず新しい服を買うまでの間は、これで我慢してくれると嬉しいんだが」

「えっとぉ……これって、ご主人の服なんじゃないんスか?」

 ぴたりと泣き止んだかと思えば、受け取った軍服に視線を落として少し申し訳なさそうな表情を見せる。
 むしろ申し訳ないと思うべきはこちらだ。男性用の軍服しか渡せないのだから。

「いや、あくまで予備だったから遠慮はいらないよ。まぁそもそも、大きさ的には着れるかどうかが――」

「と、とりあえずちょっと着てみるッス!」

 僕の言葉を遮って、アポロニアは転がるようにして車体後部へ駆けていく。その様子にダマルは再びカカカと笑った。

「優しいじゃねぇか相棒、もしかしてワイシャツ萌え的な奴か?」

「うるさいよ。前見て運転してくれ」

 豊満な胸を持つアポロニアがそんな恰好をすればどうなるか、危うく想像しそうになって僕は大きく首を横に振った。
 車両後部からは騒がしく女性陣の声が上がっている。内容は咆えるエーテル機関の音で聞き取れないが、とりあえずは機嫌を直してくれたようでホッとした。
 アポロニアの涙で濡れた補助席を軽く袖で拭き、僕はそこに腰を下ろす。
 その時、胸のポケットに固い感覚があることに気付き、あのバッジを結局返し忘れていたことを思い出した。

「しまったな。まぁこの際だからいいか」

「ぁあ? なんだよ、結局クソババアに突っ返せなかったのか」

 情けねぇなぁとダマルは笑う。
 その小さな金属を僕は眺めながら、ふと今回の事件が及ぼした影響を考えた。

「今更だけど、余計なことに首を突っ込んだんだろうね、僕は」

「何、戦争狂いの国が1つ滅ぶか、それとも流浪の民が行方不明になるか、その両方か。やるべきことはやったんだから、俺たちにゃあもう関係ねぇよ」

 ドライに考える相棒に、僕はバッジをポケットにしまいながら、それもそうかと小さく息を吐く。
 やや思考が暗い方向に引き摺られかけたとき、後ろから肩をつつかれた。

「ご主人、着れたッスよ!」

 振り返ってみればぶかぶかの軍服姿となったアポロニアが、嬉しそうにその場で跳ねていた。
 小さな体に合わせるために裾を何度も折り曲げており、広い袖から覗く細い手足はアンバランス極まりない。
 そんな子供が無理矢理大人の服を着たような見た目ながら、豊満な胸だけはしっかりと強調されており、ある意味非常に凶悪だった。

「結構着心地はいいんスね、似合ってるッスか?」

 なんとも言い難いコスプレ感ではあるが、少なくとも帝国軍仕様の恰好よりは余程いいのだろうと、僕が感想を言う前にダマルが兜の奥で笑った。

「カカッ、なんか案山子みてぇに――痛ぇッ!?」

「手が滑ったッス」

 どう滑ればそうなるのかは知らないが、金属製のボウルを地面に落とした時のような音が響き、骸骨は頭をフラフラと揺らす。
 
「で、ご主人の感想は?」

 着れてよかった、というのはこの場合違うのだろう。危うく口からこぼれかけた本音を飲み込み、無理矢理な笑顔を作った。

「に、似合ってると思うよ」

「え、えへへへへ、じゃあしばらく借りとくッスよ」

 両の袖で口元を覆いながら、アポロニアは嬉しそうにまた車両後部に駆けていく。
 それと交代でシューニャが歩み寄ってくると、彼女はいきなり爆弾を投げつけてきた。

「彼女は年齢を考えた方がいいと思う」

 胃が締め付けられる感覚。口の中がやや酸っぱくなった気がする。
 普段は軽口が得意な骨も、この数百トンを超える爆薬が詰まった発言には一切の音を失った。

「ちょっと……痛い?」

「シューニャ、ストップ。人には個性というものがあるんだ」

 確かにアポロニアは容姿も含めて子供っぽい言動が多い気もする。冷静かつ博識なシューニャが年上と言われた方が納得できるほどだ。
 だが、わざわざそれを口にする必要はないだろうと、シューニャを注意しようとすれば、彼女はプルプルと頭を横に振った。

「これはファティの意見」

「彼女はとんでもない娘だよホント」

 つまりはファティマは、アポロニアを喧しく子供っぽく痛い女だと評していることになる。
 シューニャが猛毒を容赦なく吐き散らす娘でなかったことには安堵したが、思ったことをそのまま口にするファティマが言葉をオブラートに包むはずもない。
 エーテル機関の駆動音さえかきけすようなアポロニアの怒声が響いたのは、その直後のことだった。

「こんの性悪女ヘルキャット、もう許さんッスよぉー!!」

「手遅れか……」

 そっと車両後部を覗いてみれば、寝台で転がるファティマ相手にマウントポジションをとったアポロニアが、手近にあった枕を片手に振り回している。

「じゃれるなら今度にしてくださいー、僕疲れてるんですよ」

「その割にしっかり避けてるじゃないッスか! かくなる上は実力行使ッス!」

 何が原因でそうなったのかは推して知るべしなのだろう。本気の殴り合いになる前に止めに入らねばと歩み寄れば、既に第二ラウンドがはじまっていた。
 
「ニャハハハハハハッ!? ちょ、くすぐるのは、反則でっ、アハハハハハ!」

 アポロニアはいつの間にか枕を放り捨てると、空いた両手をファティマの脇腹に突っ込んでいた。
 姿勢が悪いこと含めてファティマは圧倒的不利な状況であり、加えてどうやらくすぐられるのにも極端に弱いらしい。アポロニアは見事に弱点を突き続けていた。

「おっ、脇腹弱いッスね? 降参するなら今のうちッスよー!」

「アは、あはは、降参! 降参しますからぁ! おにーさん、助け――フニャあ!?」

 衣服すら纏わない無防備な腹部をアポロニアの手が這いまわり、止めと称してヘソに指まで突っ込まれる始末。
 その一切の攻撃に耐えられないファティマは、まるで水揚げされたばかりの鮮魚が如く跳ねまわっていたが、やがて笑い疲れたのか、ぐったりとその場で伸びて動かなくなった。
 
「おに……おにーさん、この犬変態です。ボクにそっちの気はありません」

「まだやってほしいッスか?」

 ワキワキと嫌らしく動かされるアポロニアの手に、今しがたまで倒れ伏していたはずのファティマは、顔青ざめさせてザリガニも斯くやという勢いで寝台の隅へ後退する。

「仲がいいのはいいんだが、あんまり暴れないでくれよ」

「どこがッスか!」

「どこがですかー!」

 微笑ましい光景だと思って口にした僕の言葉に、2人から揃って反論が飛んでくる。
 おかげで僕は笑いながら、彼女らの仲裁に入ることができた。

「はいはい、とりあえずその辺終わりにしてくれ。それとも、寝台をぶっ壊すつもりかい?」

「うぐ……し、仕方ないッスね。せっかくどっちが上かハッキリさせるいい機会だったのに」

「上とか下とか決めないと動けないから犬は困るんです。いえ、何も言ってないですよ」

 唸り声と共に睨みつけるアポロニアに対して、すぐそっぽを向いて口笛を吹いて見せるファティマ。
 どう考えても元の原因は彼女の方であったが、僕の事なかれ主義な頭は喧嘩両成敗に決着させようとして必死で思考を巡らせていた。

「じゃれるのはもういいだろう。ファティも煽るんじゃありません」

「聞いてほしいッスご主人! こいつ自分のこといい歳こいて猫被ってるとか言うんスよ!?」

「図星ですか?」

 先ほどまでくすぐり地獄で悶えていたはずのファティマはいつの間にか余裕を取り戻し、真顔で首をかしげて見せる。対してアポロニアは額に青筋を盛大に浮かべて、このクソ猫と呟く。
 その様子に僕は小さくため息をついた。どうやら喧嘩両成敗にするには多少の実力行使が必要らしい。となれば、まず潰すべきは元凶である。

「ファティ、ちょっとうつ伏せに寝ころびなさい」

「はい?」

 キョトンとしながらも、とりあえず指示通りに寝ころんで見せるファティマ。
 さて、この伝家の宝刀を抜くのがいつ振りだろう。800年引く事の何年前かなど到底思い出せないが、とりあえず得意だったことだけはハッキリ覚えている。
 僕が容赦なくファティマの腰骨に跨ると、ファティマは状況が呑み込めずにわたわたと混乱し始めた。

「お、おにーさん? おにーさんまでくすぐりはダメ――ギッ!?」

「違うよ」

 言いながら僕は両手の親指で腰を押さえつける。

「うん、結構体固まってるね。いくら柔軟でも、あれだけ重い剣を振り回せばこうもなるか」

「ちょ、おにーさ、ん゛、あ゛っ!? ギニャーッ!?」

 高らかにファティマの絶叫がこだまする。シューニャはそれが惨い行為だと感じたのか、さっと視線を逸らして目を閉じた。
 しかしこれは、昔よく戦闘が続いた後で味方の兵たちにやっていた行為である。
 最前線では風呂に入ることも難しく、疲労の回復が遅くなる。
 結果として部隊の行動力や士気が低下して悪影響が出ると僕が軍医に相談したところ、マッサージによる疲労回復を教えられたのだ。
 最初は激痛で部下が泣いていたが、その後しばらくするとこれは好評になった。他の小隊長からは一時指圧隊長と呼ばれているくらいには人気で、別部隊の連中を相手にやったことも多い。

「キメラリアにも効いてよかったよ」

 笑う僕に対し、暫くファティマは声にならない叫びを上げ続けていた。
 それも脚と腰を終えたときにはまったく聞こえなくなり、ぐったりと寝台に横たわり尻尾からも力が抜けている。

「う、うわ……ご主人えげつないッスねぇ。これ猫生きてます?」

 最初は苦しんでいる姿に同情の欠片もなかったアポロニアだが、マッサージが終わるころには心配そうにファティマの様子を伺っていた。
 無論、心配をされること自体僕にとっては心外なのだが。

「失礼な。こうやってマッサージしておけば血行が増進されて体が軽くなるんだぞ」

「最後の方は、なんだかとっても、気持ちよかったです」

「そ、そッスか」

 蕩けた表情のファティマが喉をゴロゴロと雷鳴のように鳴らすと、アポロニアは信じられないと完全に引いていた。

「反省したかい?」

「ふぁい……したんでこのまま寝ていいですか」

「自分の寝床に帰って寝なさい」

 言われるがまま、よろよろとファティマは寝台の上段へ上っていく。
 そして僕はあくまで喧嘩両成敗を貫くため、アポロニアの方へと笑顔で向き直った。

「あ、あの、なんでこっちに迫ってくるッスかご主人?」

「僕はねぇ、争いごとがどちらかだけの責任になることは難しいと常々思ってるんだ」

 犬娘の顔からゆっくりと血の気が引いていく。狭い車内では逃げられる場所もなく、彼女の背後にあるのは装甲騎兵用の座席だけだ。

「あの……自分は十分に反省してるッスから、そのできればぁー……」

「何事も経験だよアポロ。痛いのは一瞬だから」

「待ってご主人! 自分は、自分は大丈夫――キャぁーン!?」

 シューニャは見るに堪えぬと運転席の方へ逃げ出し、ダマルは背後から聞こえる叫び声に心で掌を合わせていた。
 そして暗い眼孔から一筋の涙を流し、自分が骨であることに心から感謝していたという。
 こうして、未だ続くであろう旅路において、玉匣という小さなコミュニティの安寧は保たれたのだった。
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