悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第39話 混合物②

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 ギリギリと妙な音を立てる奇怪な化物が8本腕を振り回し、装甲を殴打せんと迫ってくる。
 1体躱し2対躱し、3体目に徹甲弾を叩き込んで眠らせ、4体目の攻撃を躱しきれずに狙撃銃で受け止めれば、ブラッド・バイトを引き裂く怪力に手から弾き飛ばされ地面を転がった。
 火力を奪われた僕はまた小さく舌打ちする。

『狙撃銃をやられた! 一撃で飴細工だ!』

『おいおい、本気でとんでもねぇな』

 大きく上昇して距離を取りつつ、背中から収束波レーザーフラ光長剣ンベルジュを引き抜く。左右の前腕に固定されたハーモニックブレードと比べてかなり大型の剣であり、対装甲車両戦闘を目的に作られた近接装備だ。
 装甲にレーザー減衰被膜を持たない相手ならば容易に切断できるため、何かとよく使っていた覚えがある。

『まず、1匹ッ!』

 上空から落下速度を加えて真下に居た1体を両断する。
 油を燃やした温度には耐えても、マキナの自己修復装甲すら切断できるレーザー光には流石に耐えられないらしい。真っ二つになったミクスチャはその断面が黒く爛れ、ほとんど体液すら流さず崩れ落ちた。
 コマのように回りながら掴みかかってくる1体を躱し、その後ろから迫る別個体を串刺しにし、返す刀で躱した1体を横薙ぎに叩き斬る。

『回避する気がないのはありがたいんだけどね、っと!』
 
 鳴り響く接近警報に、地面を蹴って後ろへ飛ぶ。装甲を掠めた牙が火花を散らした。
 翡翠が判定した単体脅威度は中。装甲に損傷を与える可能性があり、状況によっては危険な対象であると判断したらしい。
 自動操縦のヴァミリオンが撃破されたと言うのも頷ける火力だ。その上、死を恐れず突撃してくるとなれば、相当に戦いにくい相手だったことだろう。
 次々と襲い掛かる赤紫色の化物に銃弾の雨を浴びせかけ、また熱線の刃を振り回すこと暫し。最後の1体の頭に収束波光長剣を突き立て、僕はようやく息をついた。
 だが、レーダー上で合流が遅れているらしい別群も、間もなくやってくる。

『第一波殲滅……ダマル、そっちは?』

『まったくとんでもねぇ戦い方するもんだぜ。おかげでこっちは心配いらねぇよ。連中はお前に夢中だ』

『これっぽっちも嬉しくないね、それ』

 両肩にマウントした誘導弾発射器ミサイルランチャーに、目標の映像情報を認識させる。狙撃銃が破壊され、携帯式電磁加速砲がオーバーヒートした状態では、遠距離攻撃で高い火力を出せるのはこれで最後だ。
 専用の長距離ロックオンサイトが表示され、2発のミサイルが目標指示を求めてくる。
 だが、僕はその荒い映像の違和感に目を細めた。

『……シューニャ、群体ミクスチャに見た目が違うのが混ざってるんだが、ありゃなんだい』

 接近する第二波の中に、1つだけ胴体の上に人間のような頭が乗った個体が居る。体格も一回りほど大きく、体色も赤紫ではなく燃えるような赤色をしている。

『ッ! それの撃破を優先して! 群体ミクスチャの司令官コマンダーの可能性が高い!』

『コマンダーということは、あれがアルファ個体リーダー格だと?』

『ミクスチャに関しては絶対と言えることがほとんどない。けれど、今までの目撃報告だと、コマンダーは他と見た目が異なっている。それを潰せば、群れとしての統率を失うかもしれない』

『了解。あれを重要目標として設定する』

 優先度が跳ね上がったコマンダーに目標を絞り込む。
 入力完了の文字と同時に、翡翠の肩から白い白煙と青白い火炎が吹き上がった。
 轟音と共に空中へ撃ち出されたミサイルは細い翼を広げながら一定高度まで上昇し、一気に急加速して目標へ向かって飛翔する。
 最大望遠で望むコマンダーの異変に気付いたのはこの時だった。
 荒い映像の中なので詳しくはわからない。だが、明らかにコマンダーの周囲に通常体のミクスチャが集結して壁のようになっているように見えた。
 まさかと思った瞬間、ミサイルは吸い込まれるようにコマンダーへ着弾、周囲は爆炎に包まれ通常体のミクスチャが飛び散っていく。
 だが、嫌な予感というものはよく当たるらしい。

『防いだ……のか?』

 爆炎が晴れた先には、あの変異体がしっかりと立っていた。
 周囲に散らばった肉塊を見れば、通常のミクスチャが身代わりとなることで、ミサイルの威力を殺したらしい。
 ミサイル2発の威力は凄まじい物で、多くの取り巻きが爆轟に吹き飛ばされて物言わぬ屍と化している。だが、問題はそこではない。

『シューニャ、正解だよ。あれは明らかに周りを制御している』

 予備として備えられていた次弾が発射器に自動装填される。
 先ほどの爆発は威力を殺されたが、もう一度耐えるには周囲に通常型ミクスチャの数が少なすぎる。これでミサイルも品切れだが、高い危険度の目標に接近されるよりははるかにマシであろう。
 システムに同一目標を指示し、発射器からは再び白煙が吹き上がるのを見ながら、僕は飛び上がるミサイルを眺めていたのだった。


 ■


「うへぇ~……群体ミクスチャが化物なのはわかってたことッスけど、人間が乗ったリビングメイルも大概化物ッスねぇ」

 上部ハッチから頭を出して遠くが見える筒双眼鏡を覗き込むアポロニアは、あんなのと戦って生きてる自分が奇跡だと、渋面を作って舌を出した。

「あれがキョウイチの……本当の戦い方」

「ポインティ・エイトが可哀想になってきました」

 私とファティマも2人して狭い砲手席に詰めかけて、絵が映る板モニタァに齧りついている。
 どういう仕組みかは相変わらずサッパリわからないが、ともかくハッキリと映るヒスイの一挙一動をつぶさに眺めつつ息を呑んだ。
 もしも現代にマキナを操る技術があれば、人類がミクスチャに怯える必要もなくなるのかもしれない。
 今もまた放たれたユウドウダンなる飛び道具が、乾いた大地を焼き払ったところだ。それはまるで生きた鳥のように空を舞ったかと思えば、一直線にミクスチャ目掛けて突っ込んだのだから、極限に達した魔術か神の御業としか思えない。

「神代の戦争は、こんな物を使っていたというの?」

 ミクスチャを野菜のように容易に切り刻んでいたその姿は、と言うにはあまりにも強力すぎると、私は1人背筋に悪寒を走らせた。
 彼とダマルがもし自分たちと出会わず、ただの野盗に成り下がっていたとすれば、あんな武器が人類に向けられていれば、帝国とて容易く滅んでいただろう。
 そんな恐ろしい想像の世界から自分を救い出したのは、間延びしたファティマの声だった。

「やっぱりボクじゃ、おにーさんを守るなんて夢のまた夢ですね」

 彼女は、はふぅ、と息を吐くと、珍しくやや憂鬱そうな表情を浮かべていた。

「ファティ?」

「ボク、ちゃんとリベレイタのお仕事、できてるんでしょうか?」

 まるで捨てられる前のように、ハッキリした不安を顔に浮かべて彼女は言う。
 キョウイチもダマルも、そんなことでファティマを放り出すようなことはしないだろう。危険ともいえる捕虜のアポロニアすら殺さず、だからと言って逃がさず、挙句は信頼さえ置いてしまうようなお人好しである。
 それでも彼女は何度もため息をついた。

「私の護衛が、ファティの仕事」

「それは……そうですけど」

 この短い期間でも関わってきた結果見えるのは、キョウイチがただの人であるということだろう。キメラリアを打ち倒すだけの力を持ち、現代には存在しない知識を内包しながらも、常識が欠如しているという点を除けば、それは人の範疇を外れない。
 ダマルも骨でなければ、およそ感覚や知識、生活様式に至るまで人間に酷似している。疲れれば眠り、楽しければ笑い、自分たちを異性として見ているかのような言動さえある。骨がどうして食事をとり、それが何処に消えているのかなどは謎だが、どれも当たり前のような動きのせいで違和感がない。
 ただし、今の姿だけは本当に化物と言って相違ないのだろうが。

『味方を盾にして防ぎやがっただとォ!? 野郎アレを脅威だって判断しやがったってのか……?』

 ムセンキと彼らが呼ぶ、遠くの人と話せるらしい道具からダマルの声が響く。
 まさかとコマンダーを見れば、そこにはボロボロと通常体のミクスチャが崩れる中央に悠然と立ったままの怪物の姿があった。
 ミクスチャに危険を判断する力がある。そんな話は今までに聞いたことがない。

「ダマル、他に強力な武器はない?」

『あん? いや、あれ以上に高威力の武器なんて残ってねぇな……携帯式電磁加速砲《パーソナルレールガン》が生きてりゃ良かったんだがよ』

 放たれた2射目を見ながら、骸骨は1人ブツブツと呪文のように呟いた。
 直後に再び爆音が響き渡る。2射目のユウドウダンが直撃したらしい。
 だが、やはりとダマルは諦めに似た渋い声を出す。

『敵に損傷は見られるが撃破には至らず。仕留め損ねたな』

 まだ晴れきっていない炎と煙の向こう側を、ダマルが覗きこむとやらは見えているらしい。
 そして骸骨の言葉通り、直後にキョウイチの声がムセンキから聞こえてくる。

『どうにも主力戦車MBTより硬いみたいだ。周りのほとんどは爆風で即死か致命傷だっていうのに、あいつだけは至近弾を受けてもまだピンピンしてる』

 不安が体を這いあがってくるのを、必死で抑え込む。
 後ろから覗き込むファティマに抱き着いてしまいたくなるのを我慢しながら、しかし怖いもの見たさもあって外の絵に釘付けになっていた。
 だからだろう。私は謎の感覚を覚えたのだ。

 ――見られている?

 煙が晴れ、先ほどの攻撃に8本の腕の半分をえぐり取られた司令官ミクスチャは、何故か攻撃したはずのマキナではなく、かめらというカラクリの向こうから、自分を凝視しているように感じた。
 見えるはずがない。そう思うのに、私はひたすらその異形から目を離せなかった。
 それは一瞬か、それとも長い時間だったのか。ダマルの叫び声に、私は現実へと引き戻された。

『なんだぁ!? 敵の群れから分離した奴がこっちに向き変えやがったぞ!』

「え?」

 車内に緊張が走るとともに、荒々しくタマクシゲはその場から動き出す。

「わぁっ!?」

「ぐニャ……っ!?」

 妙な叫び声に振り返ってみれば、突然の発進に外を眺めていたアポロニアが天井の入口から降ってきたらしく、ファティマがその下敷きになって潰されていた。
 アポロニアにはムセンが聞こえていなかったのだろう。余程混乱しているらしく、ファティマが尻の下に居る事にも気づいた様子はなく、急に何事かと苦情を口にする。

「痛ってて――何ッスかもう、いきなり! 動くなら動くって言ってほしいッス!」

「そんなことより早く退いてください……重いです」

「な、なぁっ!? 乙女に向かって重いって何ッスか重いって!?」

「……自分で乙女とかいうの、ボクはどーかと思います」

 怪我でもしていないかと思ったが、口喧嘩ができる様子からはどうにも無傷で済んだらしい。
 ホッと安堵の息を漏らした私は、流れ始めた外の景色へ目を向けた。
 未だそこに立っている異形は、既にこちらを見てはいなかったが。
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