悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第28話 迷子の迷子の?

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『お客さん、お帰りですか?』

「ヒッ!?」

 血で染まった大地を這いずっていたイルバノに、僕は頭上から無機質な声を投げかける。
 パレードヘルムに金銀眩い槍にと、あれほどゴテゴテした装飾を身に纏っていた彼は見る影もない。残されているのは、ただただ恐怖に打ち震えている薄汚れた浮浪者だ。
 だが僕には、この男を哀れに思う心も、下り首だからと命を見逃してやれる道理もない。

『安心しろ、一瞬だから』

「ま、待て! 私は帝国軍の百卒長だぞ!? 私を殺せばお前たちは帝国軍に――ブゴぉぁ!?」

 イルバノが高圧的な命乞いを言い切る前に、僕はその顔面に鋼の拳を叩き込む。それも殺してしまわないように、しかし前歯や鼻の骨は砕くぐらいの威力を乗せて。
 ファティマの手料理を早食い勝負に切り替えさせてくれたお礼である。思い出すだけで腹が立ち、僕は少し声を低くしてイルバノへの死刑宣告を告げた。

『いちいち喧しい男だ。ファティマ、任せるよ』

「ふふふん。大将首、ですねー」

 振り上げられる板剣はどのように見えていただろう。月光に輝く刀身がぶれた次の瞬間、断末魔の絶叫が辺りへ響き渡った。
 壊れた消火栓のように血を拭き散らすイルバノだった物を見下ろしながら、ファティマは小さく耳を掻く。

「大将首って言うくらいだから、首を落とした方がよかったんでしょうか?」

『いや……僕は別に首なんて欲しくないが』

 血飛沫に塗れながら首を傾げる姿は、美しさと狂気を織り交ぜた肉食獣そのものであり、ファティマが戦いの中で生きてきたことをひしひしと感じさせられる。
 とはいえ、首など持って帰ったところで誰に誇れる手柄でもなければ、そんな猟奇的な品が欲しい等と言う倒錯した趣味もしていない。
 僕が要らないと首を振れば、ファティマはホッとした様子で顔を綻ばせた。

「じゃあ別にいいですよね! お仕事の評価が落ちたらどうしようかと思ってました」

『仕事熱心なものだ』

「お仕事しないとご飯貰えませんし」

『いや、そんなことはないんだが……』

 板剣を丁寧に血振りして背中に結いなおす彼女に、僕は少し困惑していた。
 ファティマは仕事だからと率先して敵に向かって飛び出したのだが、今回のような状況ならば、彼女を危険に晒さずとも敵を殲滅することは難しくなかったはず。
 無論、敵将の退路を塞ぎ、確実に全滅させられたことの功績は小さくない。とはいえ、頬に滲む細い傷跡を見るとどうにも割に合わない気がして、僕はヘッドユニットで外からは伺えない表情を曇らせた。
 そんな僕の思考も、ダマルからの通信に途切れさせられる。

『おい、何のんびりしてんだ。レーダーに反応残ってんぞ』

『後方の歩兵部隊じゃなくてかい? 詳細情報を』

 いつの間にか再び月が雲に隠れて訪れた夜闇と、遠くから徒歩で追撃してくる部隊の距離により、こちらの発見はしばらく困難だろう。
 相手に騎兵がないのなら、気づかれないように逃走することは容易だったが、ここに生き残りが居るとなれば話は別だ。

『それがなぁ、どっかの岩陰に隠れてんのか反応が微弱なんだよ。暗視で探してくれ』

『歩兵部隊との接触予想は?』

『ド派手なドンパチに気付いた連中が大慌てで進軍してきたとしたら、まぁ20分てとこだな』

『じゃあ余裕は10分くらいか。了解、探してみる』

 モニター上に表示されるレーダー情報を確認してみれば、玉匣から送信されてきたものと同じでボンヤリしたものが確かに映っている。
 乗り手を失って途方に暮れているアンヴが、比較的ハッキリとした光点で映し出されているのに対し、それだけは映ったり映らなかったりとまるでステルス機のようだ。

『ファティマ、近くに生き残りが居るみたいなんだが、わかるかい?』

「んー……臭いを辿ってみましょうか」

 彼女はまさしく猫のように、軽快に跳ねながら周囲を捜索し始める。嗅覚や聴覚にも優れているのか、役に立たないレーダーよりもファティマの方が頼りにできそうだった。
 僕の方は周囲の地形をスキャンし、隠れられそうな場所を絞り込む。ライムグリーンのグリッドが走り、現在地点から相対した起伏の高さや未確認地域が表示された。
 その中で人間が隠れられそうな場所は大して多くない。それも、レーダーに映る大雑把な光点の付近で、となるとかなり絞られる。
 当たりを付けた周辺を熱源探知装置サーモセンサーで確認していくが、高性能を謳う電子戦装備の塊であるマキナより、ファティマの方が先に声を上げた。

「おにーさーん! 怪しいの見つけました!」

 隠れている敵にも確実に聞こえるようなよく通る声だったが、それに驚いて動きでもすれば大間抜けもいいところなので、僕は敢えて何も言わない。
 彼女が指さしていたのは、不自然に2つの岩が支えあう洞のような場所だった。その上、入口の前方はロックピラーには珍しい背の高い雑草が茂みを作っており、隙間そのものの存在を覆い隠している。
 中を覗いてみれば岩の隙間は一直線ではなく、内側で更に複数の岩が折り重なってクランク状に曲がりくねっていた。挙句、湿度が保たれているのか壁面には柔らかい泥と苔がこびり付いており、レーダー波を阻害する要因の可能性も高い。

『正解だファティマ。大将首より、こっちのほうが凄い』

 暗闇の中では見えないと思って消さなかったのか、慌てていて消すという考えそのものがなかったのか、地面には人間の足跡が残されていた。それも微弱な熱源として映っているあたり、古い物ではない。

「お役に立ててなによりです」

 えへへと笑うファティマを手で制しながら、僕はゆっくりと隙間に踏み入った。
 生身の人間ならば余裕があるかもしれないが、いかに翡翠が細身だとはいえマキナではギリギリの空間である。
 入口からしばらくはなんとか進めたが、曲線部分の空間は幅的に厳しいこともあり、僕はすぐに引き返してファティマに対して首を横に振った。

『こりゃ厳しいな』

「ボクが見てきましょうか?」

『いや、向こうは既にこっちが接近していることに気づいているだろうし、奇襲されるようなヘマは踏みたくない』

 時間があれば隙間を広げるなり、ここから説得を試みるなりしてもいいが、撤収予定時刻は最早目前である。
 求められるのは即断即決。だから僕は、可能な限り安全な手段で脅威を排除する手段をとった。

『よし、これごと消してしまおう。携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンでも撃ち込めば、熱でこの岩場くらい蒸発させられるだろうし』

「はぁ」

 ファティマは想像もつかないのか曖昧な返事をくれる。むしろこれが普通の反応だろう。
 見たことがないものをイメージするのは難しく、特に岩が蒸発するといわれてピンとくるはずもない。
 とはいえ、詳しく説明している暇もないので、直ちに玉匣へ引き返そうとした時、岩の隙間から何者かが慌てて転がり出てきた。
 咄嗟にファティマが板剣を構え、僕も両腕のハーモニック・ブレードを展開する。

「ちょちょちょ、ちょっと待ってほしいッス! 降伏! 降伏しますから、どうかお慈悲を!」

 潜んでいたであろう生き残りは、出てくるや否やその場で素早く五体を地面に伏せ、額をゴリゴリと岩に擦り付ける。俗にいう土下座だった。
 そして思い出したように腰に下げていた得物を鞘ごと外すと、自ら遠くに投げ捨ててやはり同じように頭を下げる。
 顎紐が緩んでいたのか被っていた庇付きの鉢金がゴロリと前方に転がり、隠されていた赤茶色の髪と首筋があらわになった。
 これ以上ないくらいの命乞いに僕は一瞬呆気にとられたが、直ぐに我に返ると対応を取るべく無線を飛ばす。

『ダマル、ステルスターゲットを発見した』

『ギリギリだったな。始末したか?』

『いや、目標が完全降伏を申し出たため保留中。見たところ斥候兵のようだが、詳細を確認するためにライトを使用する』

『おいおい、まさか可哀想になったとか言わねぇだろうな? 時間もねぇんだぞ?』

『わかっているんだが……』

 さっさと殺しちまえとダマルは言いたげだったが、僕には少し気になることがあったのだ。
 僕の煮え切らない返事に、ダマルは、余裕がねぇから急げ、とだけ言って、一度通信を切断した。
 頭部ユニットに搭載された照明を点灯し、細い白色光が目標に照射される。
 突如周囲が明るくなったことに驚いて顔を上げた目標は、フラッシュライトの光に目を焼かれたらしく、うわぁと言って転げた。
 見えたのは1秒に満たなかっただろう。けれど僕はの姿を見たことに若干後悔することになった。

『確認完了。目標はキメラリアの女性』

『へぇ? 帝国軍とやらにはキメラリアも従軍すんのか。んでなんだ助平野郎。女だから殺しにくくなっちまったか?』

 ダマルの余計な一言に対し、僕は一瞬だけ見えた顔の画像をあてつけがましく玉匣へと送信する。
 途端に、通信機の奥から変な声が上がった。

『おいおいおいおい! ガキじゃねぇか!? 挙句なんだそりゃ、土下座でもしてたのか?』

『御明察だダマル。僕ぁ兵士だが、ここまでしてる子供を殺せるほど、人として終わってない』

 先ほどまでのような高圧的で敵愾心が強い相手であれば、躊躇なく殺したことだろう。また、ただひたすらに逃げるだけの相手であっても、僕は軽くトリガを引く自信もある。
 しかし、武装解除の上で降伏すると土下座してきた子供相手に、死刑執行人よろしく刃を振り下ろすことは流石にできなかった。

『あー……クソっ、こうなりゃどうにでもなれだ! だが置いていく訳にもいかねぇ、回収しちまえ!』

 破れかぶれになりながら叫ぶダマルは、僕とほとんど同じ気持ちだっただろう。
 唯一隣で女性斥候に板剣を突きつけたままのファティマは首を傾げた。

「殺さないんですか?」

 ここで僕が何も言わなければ、彼女は迷わず斬り殺していただろう。そうする方が安全なのは間違いなく、逆に僕らの選択は最善と言うにはほど遠いのだから。
 だが、それでも、と思ってしまう。

『ああ。とりあえず、あれが武器を持っていないことを確認してくれ』

「おにーさんがそう言うなら、いいですけど」

 そう言うとファティマは武器を下ろし、前で顔を押さえたまま転がる斥候を無理矢理立たせると、鎧の内側や靴の中を調べ、暗器らしきものがないことを確認した。

『そちらの降伏を受け入れる。だが、これからの待遇には、しばらく我慢してもらいたい。君が攻撃や脱走、あるいは従属の拒否といった意思を見せない限り、こちらが君を害することはしないと約束する』

「ほ、ホントッスか!?」

 ボディチェックが終わった後も、斥候は未だ回復中の眼をかばいながら不安そうにしていたが、命乞いが通ったとわかるや急にパッと表情を晴れさせた。
 確実に殺されると思っていたのか、その目からは涙が滝のように溢れ、ついでに鼻からも口からも色々溢れている。

『急ごう、時間がない』

 僕は色々な体液で濡れたままの斥候を抱え、ファティマが先導する形で、岩場を後に玉匣へと急いだ。
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