悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第23話 英雄の役割

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 俺は洞から抜け出すと、近くの高い崖の上から双眼鏡を使って試合の様子を眺めていた。
 どこかで人に見られて騒ぎになると不味いので、頭にはいつも通りのドンゴロスを被っている。このところ暇な時間が多いこともあって、周囲の視認がしやすいよう改良してあった。

「まぁ、だろうと思ったぜ」

 昨日は心配そうなことをわざわざ口にはしていたが、本心では恭一の心配など微塵もしていない。
 どちらかと言えば、勝利した後に周囲から袋叩きに合うような事態を危惧していたのだが、それもどうやら杞憂に終わり、事態は円滑に進んでいるようだ。

「うまくやった方だろうなァ。敵さんヒデェ有様だが、殺しちまってはねぇようだし」

 生命保管プログラムに組み込まれていた情報が正しければ、天海恭一大尉は夜光中隊の中でも特に近接格闘術に長じており、マキナでも近接戦闘を得意としていると書かれていた。
 撃墜スコアとそれに使用した武器の比率を見比べれば、白兵だろうが射撃だろうが、撃墜王の名をほしいままにできるほどの記録である。だがそれ以上に、近接戦闘での記録が射撃戦に並んでいる時点でおかしいのだ。
 相手が身体能力に優れるキメラリアとはいえ、骨格が人間とほとんど同じである以上、軍で鍛えられた格闘術は役に立つ。そしてシューニャ曰くは、コレクタユニオンは好んで人型のキメラリアを護衛に用いているとのことだった。

「カカッ、まるで軍鶏《シャモ》だもんなぁ……おっかねぇおっかねぇ」

 実際それを目にしたら、特殊部隊というのは人並み外れていると改めて感じる。あいつを本気で怒らせるようなことだけは避けたほうがよさそうだと、天海恭一の履歴を見て思ったことをもう一度心に刻みつけた。

「だが、恭一の勝利をババァが喜ぶってのは一体なんだ?」

 出してきたのは自分の虎の子だろうに、老婆がニヤニヤしているのは妙に気にかかる。
 恭一を何かに使おうとしているんだとしたら、あの皺くちゃは何故、わざわざ細身の男に目を付けたのか。見た目だけで言えば、むさ苦しい大男の方がよっぽど強そうに見えるはずだろう。
 仮に、老獪の目が恭一の能力を見抜いたのだとしたら、面倒ごとに巻き込まれそうで嫌な予感がする。

「まぁ本人に聞かねぇとわかんねぇんだが――こんなところで何の用だァ? お客さん?」

 双眼鏡を下ろした俺は、振り向かないまま口を開く。
 静かに伸びていた影は、一瞬驚いたかのように硬直したものの、直ぐにこちらへと襲い掛かってきた。その手にはやけに使い込まれた短刀が握られ、太陽を反射する刀身が濡れていることも見て取れる。
 影は素早く駆けてくると、首元目掛けて短刀を振りかぶる。
 だが、刃が振り下ろされるより先に、空気が抜けるような音が風に乗って聞こえると、途端にそいつは糸が切れたように崩れ落ちた。

「話を聞かねえ野郎だな。おい、ガキでも知ってるぜぇ? 最初は挨拶からだってな」

 俺は消音装置サプレッサーから青白く硝煙が燻る機関拳銃サブマシンガンを、地面に転がって短く息をする影に突き付ける。
 全身黒ずくめに目だけが隙間から覗くその人物は、密偵か暗殺者の類なのだろう。足と肩口に出血があり、放っておいても出血多量で死ぬに違いない。
 とはいえ、簡単に死んでもらって話が聞けないのは困る。それに加え、放っておいて死ななかった場合も面倒だ。

「毒染みこませた布に剣ね。これが何の毒かはしらねぇけど、まぁ単純に行けば痺れか眠りかそんなとこだろ。軽く傷つけて倒れさせようなんざ、随分甘く見られたもんだなぁオイ? どうだ、自己紹介でもしてくれよ。俺はを作るのが得意なんだぜ?」

 何があっても声を出さないように訓練されていたはずの密偵は、ゆっくりと迫ってくる麻袋の異様な恐怖に、堪らず悲鳴を上げた。
 ただし、それを聞き取ったものは恐怖の対象である俺を除き、誰一人居なかっただろうが。


 ■


 試合終了がグランマの一声で宣言されてから、僕は先日使っていたあの個室的な天幕の中で、グランマたちと対峙していた。
 腕の傷の方も、何故か群衆の中に居た医者らしき人物が、箔が付くからやらせてくれ、と言って包帯を巻いていってくれたので特に問題はない。縫合まではせずにすんで一安心だった。
 
「マッファイをぶっ倒しちまうとはたまげたよ」

「はぁ」

 長いパイプを吸うグランマは、何故か嬉々として今回の感想を語る。
 互いの間に挟まって国境線のような扱いになっているテーブルの上には、昨日も目にした書類の束と大量の果物を積んだ籠が置かれていた。
 ルール上では僕が勝利した場合において、与えられるのは仕事の権利のみだったはずだが、いきなり接待を受けているかのような雰囲気さえ醸し出されている。
 それに対し、隣で座るシューニャは訝し気にグランマを睨み、テーブルの反対側ではマティが所在無さげに視線を泳がていた。
 
「ファティマ、悪いけどしゃんとしてくれ」

「いーじゃないですかぁー」

 唯一背後で控えていたファティマは、僕の頭に顎を乗せて機嫌もよさそうにゴロゴロと咽を鳴らしている。
 これから交渉という重大場面において、流石に恰好がつかないため力でどかそうとすれば、肩に腕を回されて徹底抗戦の姿勢を取られてしまった。

「ファティ」

「むー……わかりました」

 シューニャに自重しろと睨みつけられて、ようやくファティマが姿勢を正すと、グランマはその様子をクックッと笑った。

「こんなのにやられたと聞けば、あの阿呆熊は面目丸つぶれだろうよ」

「知りませんよ。やれと言ったのは貴方ではないですか」

 出してきたのはコレクタユニオン側であり、それが最悪死傷しようとも、一種の事故であるうえにこちらに過失はないはずだ、と抗議すれば、老婆は小さく肩を竦める。

「やれと言われて誰にでもできる事じゃないのさ。お前がやったマッファイは、コレクタユニオンの護衛に就かせてる腕利きのリベレイタだったんだからね。馬鹿力だけでその辺のキメラリアは敵いやしないし、何よりあいつは頑丈――だったはずが、あの様子じゃしばらく再起不能だよ」

 グランマの言葉に対し、知った事じゃない、と表情で露骨に表せば、何故か老婆は実に楽しそうにほくそ笑んで、いいねぇと繰り返す。

「お前のような骨のあるやつは久しい。そのお前が最高額の報酬って奴を見たいってんなら、あたしゃ喜んでこれを差し出してやるさ」

 そのまま書類の綴りが渡されるかと思いきや、グランマは自分の袖から1枚のスクロールを引っ張り出してこちらに投げ渡した。
 今までの紙とは違う上質な羊皮紙だったが、文字が読めない僕はそれをすぐにシューニャへと手渡す。
 彼女はその最上段に書かれているであろう題字を読み上げた。

「……ミクスチャの情報収集、可能であれば討伐。報酬は支配人との直接相談」

 そして顔をしかめたシューニャは、グランマに向いて明らかに不機嫌な声を上げた。

「どんな依頼が出てくるかと思えば、これでは何を貰っても割に合わない。ミクスチャは討伐できなければ国が亡ぶような危険存在だし、軍が総力をあげる相手。それに少人数で挑めとは、死んで来いと言うこと」

「最高額報酬の依頼だと言ったのはそちらだ。嫌だってんならこっちの束から小銭稼ぎ程度の依頼を選んでくれても構わないよ。しかし、今回は特別に借金やらの返済を猶予してやってる訳だが、その分利息はきっちり払ってもらうことになる。それでいいのかい?」

「それ、は……むぅ」

「なぁに最悪失敗して逃げ帰ってきたって、誰も文句を言えやしないさ。やってくれるってんなら色々便宜も図ってやれる。悪い話じゃないだろう?」

 大きくパイプの煙を吐きながら、実におどけた調子でグランマは語る。その言葉の端々に、お前たちはやらざるを得ないんだという意思が詰まっていたが、シューニャはそれを感じるたびに視線を硬化させていった。

「あー、話の腰を負って申し訳ない。その混合物ミクスチャとはなんです?」

「おや? アマミは知らないのかい?」

「寡聞にして存じ上げません」

 僕がそう伝えると、グランマは隣に立つマティの尻を叩く。彼女はぴぃと妙な声を上げて涙目でグランマを睨んだが、あまりにも隔たった上下関係に敵うはずもなく、逆に睨み返されて小さくなりながら前へ出た。

「ミクスチャは正体不明の奇怪な生物です。この世の物とは思えない、おぞましい見た目をしている場合がほとんどらしくて。数年前に現れただと、長い触手が大量に固まって玉になったような姿で、触手の先端には色々な生き物の頭が生えていて、それぞれが意思を持っているかのように振舞い、毒を吐いたり噛みついたりと多様な攻撃手段を備えていたとか」

「それはまた……絵にかいたような化物ですね。他に特徴はありますか?」

は大天幕よりも大きかったと聞いています。ただ、出現事例は極端に少なく、見た目も大きさも特性もほとんど共通点がありません。確実なことと言えば、人間種もそうじゃない生物も見つけ次第見境なく襲うということ。そして、あらゆる生物を捕食するのに、人種だけは殺されるだけで捕食しないということでしょうか」

 言われたことを頭で整理してみるが、全てのピースがあまりにもバラバラで、1つとしてまともな形を成さないことに、僕は腕を組んで唸った。
 少なくとも肉食性だが、人間種は食わない。好き嫌いでもあるのか、あるいは人種だけがもっている何かが、ミクスチャにとっては毒なのか。
 そしてどんな生物でも見境なく襲い掛かる非自然性。仮に肉食動物だったとしても、ありとあらゆる生物を根絶やしにするような動きを、人の目から見てわかるほどに行うなど聞いたことがない。
 見た目にしても、複数の生物の頭部を持っているなど最早動物と言うよりは魔物の域に達しており、動く骸骨など可愛く思えるほどだ。
 しかし、僕は学者ではなく兵士であり、生態の解明に想像力を巡らせることが仕事ではない。そして依頼内容にとある以上、やるべきことは至って単純だった。

「この依頼の報酬額については?」

「キョウイチ!?」

 驚いたようにシューニャがこちらを見る。
 翠玉のような瞳には明らかな批難が含まれていたが、今日の試合に勝利して得られたのは、あくまでファティマの借金を僕が肩代わりし、借金を猶予してもらいつつコレクタから仕事の斡旋を受けられる権利だけだ。銀貨20枚及び持ち物の全ての返還義務が消滅したわけでもなければ、自分たちの金欠も極まっている以上、老婆の提案に乗るのが現状で最も手っ取り早い方法だった。
 それはシューニャも理解しているところで、つまり彼女はもっと危険の少ない仕事でも稼ぐことはできるのだから、わざわざヤバい仕事に首を突っ込むなということだろう。しかしいつまでも借金を猶予してもらうことができず、どれだけの利息を付けられるかもわからない以上、悠長に構えている余裕はない。
 だから僕はシューニャを押さえて、直接グランマとの交渉に乗り出した。

「コレクタユニオンが提示する金額をお聞きしたい。もちろん条件次第では蹴らせてもらいますが、まずはそちらがこの仕事に対し、どれほどの価値を見出しているのかを教えていただけますか」

「ミクスチャの脅威を聞いて恐れないのかい? ブレインワーカーの小娘が言うように、この案件は本来国家軍の領分だ」

「それも含めての価値ですよ。軍が動員されるほどのものなら、それはつまり国防費に匹敵する。それがグランマ、あなたが言ったに託すとすれば、一攫千金を狙えるようにしてあるはずですよね?」

 このしわがれた老婆の言った、英雄とやらに託したいものはなんだ。国家を守ることか、民衆を救うことか、組合の権威や利益か、それとも自身か。
 マッファイのことをグランマは腕利きの護衛だと言った。それは自分が大言壮語の弱者であった場合、その場で殺してしまうことも考えた結果であろう。とはいえ、万一老婆のお眼鏡に叶う強者だった場合に備え、自分やマッファイが負傷しないうちに、決闘裁判の判決を下す方法も考えられていたはずだ。
 だが、マッファイは予期せぬ反撃に暴れ狂ってしまった上に、しかも自分はそれを力で捻じ伏せてしまった。ここに至り、英雄という言葉はグランマの中で強い現実味を帯びたに違いない。
 老婆は口を開けて大笑いすると、そうだそうだ、と手を叩いてこちらを指さした。

「お前を放浪者と嘲ったことを謝罪しよう。そうだアマミ、私は英雄を欲している。そしてコレクタユニオンはこの英雄にしか任せられない仕事に対し、銀貨にして200枚の価値を見出しているのさ」
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