19 / 330
現代との接触
第19話 コレクタユニオン(後編)
しおりを挟む
「紛らわしいですっ!」
「すみません」
大天幕に連結された個室サイズの小さな天幕に案内された僕は、すぐさまその場で腰を90度に折り曲げて謝罪した。
状況を理解したのか、先ほどまで石像の方がまだ動きそうな状態に陥っていたシューニャとファティマも、なんとか復活を果たしている。
何故かシューニャは乾ききった視線を僕の背に突き刺し、ファティマはそっぽを向いたままになっているのだが、これは時間が解決してくれるだろうと思考から切り離した。
後でダマルに知れたら間違いなく大爆笑される案件だったろう。考えるだけで頭が痛いが、それはそれとして僕はもう一度マティに向き直って事情を説明した。
「では……先ほどの発言は、あくまで言葉以上の意味はない、ということですね」
「理解が早くて助かります」
それはそれは大きなため息をついて、マティは肩を落とす。
先の問答による泣き出しそうなまでの雰囲気も失せており、とりあえずは落ち着くべきところに落ち着いたと安心する。
「それで、ロール氏」
「ん、キョウイチと行動を共にすることも付け加えておくけれど、私の意向は変わらない」
「本当に……もう知りませんからね」
マティはどこか投げ槍になりながらも、混乱の後だからか納得してくれた。
ようやく再登場した書類に羽ペンが走り、シューニャの立場が切り替わる。コレクタ所属の人間としては高位に当たる組織コレクタから、フリーピッカーという最底辺へ。
普通なら決して喜ばしい内容ではないが、シューニャに一切の躊躇いは見られず、穏やかに凪いだ感情を映しているような無表情を、ただただ書類に向けていた。
ようやく書類の一番下までが記載で埋まり、これで申請も完了と言うところで、マティの口からあっと言う言葉が漏れる。
「どうかした?」
首を傾げるシューニャに対し、マティは頬に一筋の汗を流す。そして、油の切れた機械のようにぎこちなく、彼女へ向き直ると青ざめた表情で口を開いた。
「リベレイタ・ファティマの装備返却申請、忘れてました」
「あっ」
今度はそのファティマが声を上げる。
それの何が不味いのだろうかと僕は頬を掻いた。ファティマから武器防具が借り物であることは聞いているが、それは所属していたヘンメ・コレクタからだろう。
その貸主がポインティ・エイトによって壊滅した以上、彼女の武具は宙に浮いた状態になるわけだが、だからと言ってどちら側の当事者でもないコレクタユニオンが首を突っ込んでくるのは理解できなかった。
にもかかわらず、弱りました、とファティマが眉をハの字に曲げ、マティも気まずそうに視線を泳がせる。
「あー……変更先がフリーピッカーって、無理ですよね」
「そうですね、はい」
何を困ることがあるのか、と僕が首を傾げていると、シューニャはこちらへ向き直って小さく息を吐く。そのエメラルドのような瞳は僅かな不安も感じられた。
「リベレイタの持ち物は、各々のコレクタが直接支給したり貸し出したりするのが一般的。けれど、装備品を買い与えられるほど資金に余裕があるコレクタは少ないから、コレクタユニオンがその貸し出しを肩代わりする制度が存在している」
決してどんなコレクタ相手でも貸し出すというわけではないが、と彼女は付け加える。
組合に所属していることに対する一種の福利厚生らしい。リベレイタという職業にはキメラリアが多く、個体差はあれど戦力として優秀な存在である彼らは、コレクタとしても重要な戦力なのだろう。
だが、これだけではファティマが困る理由にはなり得ない。
「武器を返せばいいだけじゃないのかい?」
「高い身体能力を持つキメラリアは、大概地力だけで武器を振り回す戦い方を好む所為で武器は破損率が高い。ヘンメからはファティマもそうだとは聞いていたから、多分」
「すぐ壊れちゃうんですよね。2本使って戦っているのも片方壊れてもいいようにですし、今までに6回は交換しましたよ」
「と、言うこと」
えへへ、と照れたように後ろ頭を掻くファティマ。対照的にマティは頭を抱えていた。
「あー、つまり……最初は組織コレクタから直接武器を受け取っていたけど、ファティマがあんまりにも壊しまくるから予算が厳しくなって、今はコレクタユニオンからのレンタルになった、と?」
「はい」
「で、それをまた壊した分の請求が残ってたり、とか」
「御明察」
シューニャのその言葉に、マティは机に突っ伏した。
今の自分たちに、武器を買えるような金はない。なんなら明日の食事に事欠く有様で、資金源はシューニャからの借金のみ。
急いで仕事を見つければいいかもしれないが、残念ながら僕は今のところ身分不詳の放浪者に過ぎず、まともな当てがあるはずもない。
どんなに頭を捻ったところで無い袖は振れず、僕は諦めを口にした。
「すまないファティマ。どうすることもできない」
「そ、それは困ります! 諦めたらダメですよ!」
マティは慌てて立ち上がると、目を血走らせながらこちらへ詰め寄った。
「と言われましても……」
「何を呑気なこと言ってるんですか! 集団から離れたら武器の返却は絶対ですし、リベレイタ・ファティマは全ての装備が借り物なんですよ!?」
「はぁ」
僕はその言葉の意味を咀嚼しながらファティマに視線を送る。
彼女の装備となると、背中に交差させて結いつけられた二振りの板剣に、心臓だけを守るように作られた胸甲。金属を鱗状に取り付けた布はラップスカートのように腰に巻き、皮革に鉄板を当てた脚絆を革ひもで脛に止めている。あとはポーチや革袋といった収納用具だろうか。
それを全て失うことは確かに痛い。しかし、それだけでマティが躍起になる理由がはわからなかった。
「何か命に関わるようなことでもあるんですか? 装備品が無くなるのは確かに痛いですが……」
「そ、そりゃあ、体温とか考えれば、命に係わることもありますけど? じゃなくて、何考えてるんですか!? 変態! スケベ!」
だが、僕の言葉ににマティは一瞬呆気にとられたかと思うと、烈火のごとく怒りだした。突如訪れた誹謗中傷の嵐である。
また、先ほどの無味乾燥であったものとはうってかわって、殺意が込められている気がするエメラルドの視線が僕の側頭部を貫く。できるだけそちらに目を合わせないようにしたが、殺意が増強された気がして逆効果だったことを知った。
何故僕がそんな色魔扱いされなければならないのか。助けを求めてファティマを見れば、彼女は赤面しながら体を掻き抱いている。
「あの……ぼ、ボクのことそういう目で見てたんですか?」
「藪から棒になんだい? そういう目ってどういう目の――」
「お、女の子の口から言わせるのはどうかと思います!」
まったく理解できない苦情を告げられ、これは何か思考の軸がずれているのではないかともう一度全てを洗いなおす。状況としてみれば、ついさっきの二股プロポーズ紛い事件とそっくりだ。自分だけが取り残され、周囲が誤解を増幅させていく。
だが、さっきと違ってここに群衆の目はなく、冷静になって思考できるだけの余裕はあった。
「マティさんが言ったのは全ての装備……そこから僕が変態思考の持ち主だと言われて……ん?」
自分で発した言葉の中で変態思考の方が引っかかった。今のファティマから武具を全て外したと考えても、そこに出てくるのはへそ出しベストを着てショートパンツを履いた獣娘だ。
彼女の見た目の可愛らしさを計算に入れたとしても、色っぽい恰好の変わった女の子、という評価に留まる。これが変態思考ならば、結構な割合の人間は公然猥褻扱いだろう。
「ここからまだ何かあるのか? 貸し出されている装備ってあと何――ガッ!?」
ファティマを眺めながら思考を巡らせていた途中で、僕の後頭部を鈍器で叩かれたような衝撃が貫いた。
目の前に星が飛び、続いて鈍痛が着弾地点を襲ってくる。
あまりに痛烈な一撃に、僕は唸り声と共に後頭部を押さえてしゃがみこんだ。
「うぬぉぉ……ふ、ファティマ、いきなり、なにを、するんだい……」
「ボクで変なソーゾーしないでください!」
何かに耐えられなくなったらしいファティマが、後頭部目掛けて綺麗なハイキックを決めてくれたようだ。
加減こそしてくれたらしいが、こちらからすれば無実の罪で制裁を受けたようなものなので、流石に僕も抗議の声を上げた。
「変な想像ってなんだい!? 僕ぁわからんから、今1つずつ遡って誤解を解こうとだね!」
「あーっ! あーっ! 聞こえません、聞こえませんよーだ!」
謂れのない誹謗中傷に対処しているだけだという僕に対し、ファティマは両手で大きな獣耳を押さえて被りを振る。
しかし、こちらが子供の喧嘩並みの様相を呈したことに頭が冷えたのか、マティはまさかと僕の顔を覗き込んだ。
「もしかしてですけど……全ての装備って意味、わかってます?」
「彼女の防具と武器と収納道具、という意味では?」
未だ鈍痛が響く後頭部をさすりながら自分の考えを口にすれば、あぁ、とマティに可哀想な子を見る目を向けられた。
それはそれで心に棘を刺してくれたが、とりあえず今までの誤解は解けたらしく、殺気のこもった視線も後ろで叫ぶ声も止んでいる。代わりに呆れかえったため息が大量に響いたが。
「全ての装備は、ファティの身体を除く所有物全てという意味。例外は自分で購入したものだけ」
「あぁ……なるほど。だけど、ファティなら自分で買ったものくらい―――」
と、無遠慮なハイキックをくれた少女に視線を巡らせると、ファティマはパタパタと赤面していた顔を仰ぎながら間延びした声で、
「ないんですよねー」
と、言い切った。
予想外の発言に僕はまた首を傾げる。
僕が知る限り、ファティマが銀貨を持っており、懐事情は自分の比ではないはず。それが何故、何も所有していないことになるのか。
「ボクは剣を6回交換してますって、さっきも言ったじゃないですかぁ。その内コレクタユニオンから借りた分が4回ですから、ボクの持ち物で残るのは身体だけですよ」
「そりゃ所持金どころか、服やら何やらまで根こそぎ取られるってことかい?」
服などもとなるとこれは大問題だ。聞いた限り衣服は高価であり、しかし衣食住としては欠くことのできない重要な存在でもある。
となれば返済猶予を願う以外に手がなく、僕はマティをの方を見たが、彼女は小さく首を横に振る。
「装備品の即時返済は規則です。それにその……もう1つ言いにくいことが」
「これに輪をかけてまだ何かあるんですか?」
「……リベレイタは集団に属さない状態で返済不能とされた場合、その身を競売にかけられる契約が成されています。だから、リベレイタ・ファティマは体も彼女のものではありません」
自分の頭が急速に冷却していくのを感じた。怒りの感情が青い炎を灯し、それは表情を凍らせる。
「自分たちで奴隷から買い取っておきながら、随分阿漕な商売するもんだ」
まるで高利貸しだ。
ファティマたちキメラリアは奴隷として売られ、何も持たずにリベレイタとなる。だが戦わせるためには武器が必要で、コレクタが与えられないならばコレクタユニオンが貸与する。
そうなった場合は武器の消耗に合わせてリベレイタに請求し、何らかの理由で集団から離れようとすれば借金のカタに人身売買を行う。
それはリベレイタをコレクタから逃がさないように縛り付ける枷か、それとも戦えなくなった者を金銭に変えて循環させる家畜のような扱いだ。
コレクタユニオンの非道なやり方に、自分の拳がギリッと音を立てた。
マティが僅かに尻込みしたのは、僕が表情を失っていたからだろう。
「そ、その……リベレイタの稼ぎがよければ、貯金を作って武器を買うこともできますから」
彼女の言い分はコレクタユニオンが掲げるお題目かなにかなのだろう。少なくとも心からの発言でないことはわかる。
だが、そうだと分かっていても、僕はマティを睨みつけた。
「全てはリベレイタ個人に責任があるなんて、随分な物言いじゃないか。ハッキリ戦奴とでも言えばどうだい」
できるだけ自分が燃え上がらないように、怒りの感情を心の奥へと封じ込める。それはこの場において、力ずくでコレクタユニオンを破壊して逃走するという行動をとらないための、自分へのリミッターだ。
ここからでもダマルへの無線は届くだろう。つまり、玉匣はこの天幕に対してピンポイントで焼夷榴弾の雨を降らせられる。
それが引き起こすのは無益な、一方的な殺戮だ。
リベレイタの枷がなくすこともできず、それどころかきっと仕事を失って苦しむ者を大量に生み出すに違いない。
そうしないために、僕は努めて無表情にマティに視線を合わせた。
「不足額は、いくらになる」
「すみません」
大天幕に連結された個室サイズの小さな天幕に案内された僕は、すぐさまその場で腰を90度に折り曲げて謝罪した。
状況を理解したのか、先ほどまで石像の方がまだ動きそうな状態に陥っていたシューニャとファティマも、なんとか復活を果たしている。
何故かシューニャは乾ききった視線を僕の背に突き刺し、ファティマはそっぽを向いたままになっているのだが、これは時間が解決してくれるだろうと思考から切り離した。
後でダマルに知れたら間違いなく大爆笑される案件だったろう。考えるだけで頭が痛いが、それはそれとして僕はもう一度マティに向き直って事情を説明した。
「では……先ほどの発言は、あくまで言葉以上の意味はない、ということですね」
「理解が早くて助かります」
それはそれは大きなため息をついて、マティは肩を落とす。
先の問答による泣き出しそうなまでの雰囲気も失せており、とりあえずは落ち着くべきところに落ち着いたと安心する。
「それで、ロール氏」
「ん、キョウイチと行動を共にすることも付け加えておくけれど、私の意向は変わらない」
「本当に……もう知りませんからね」
マティはどこか投げ槍になりながらも、混乱の後だからか納得してくれた。
ようやく再登場した書類に羽ペンが走り、シューニャの立場が切り替わる。コレクタ所属の人間としては高位に当たる組織コレクタから、フリーピッカーという最底辺へ。
普通なら決して喜ばしい内容ではないが、シューニャに一切の躊躇いは見られず、穏やかに凪いだ感情を映しているような無表情を、ただただ書類に向けていた。
ようやく書類の一番下までが記載で埋まり、これで申請も完了と言うところで、マティの口からあっと言う言葉が漏れる。
「どうかした?」
首を傾げるシューニャに対し、マティは頬に一筋の汗を流す。そして、油の切れた機械のようにぎこちなく、彼女へ向き直ると青ざめた表情で口を開いた。
「リベレイタ・ファティマの装備返却申請、忘れてました」
「あっ」
今度はそのファティマが声を上げる。
それの何が不味いのだろうかと僕は頬を掻いた。ファティマから武器防具が借り物であることは聞いているが、それは所属していたヘンメ・コレクタからだろう。
その貸主がポインティ・エイトによって壊滅した以上、彼女の武具は宙に浮いた状態になるわけだが、だからと言ってどちら側の当事者でもないコレクタユニオンが首を突っ込んでくるのは理解できなかった。
にもかかわらず、弱りました、とファティマが眉をハの字に曲げ、マティも気まずそうに視線を泳がせる。
「あー……変更先がフリーピッカーって、無理ですよね」
「そうですね、はい」
何を困ることがあるのか、と僕が首を傾げていると、シューニャはこちらへ向き直って小さく息を吐く。そのエメラルドのような瞳は僅かな不安も感じられた。
「リベレイタの持ち物は、各々のコレクタが直接支給したり貸し出したりするのが一般的。けれど、装備品を買い与えられるほど資金に余裕があるコレクタは少ないから、コレクタユニオンがその貸し出しを肩代わりする制度が存在している」
決してどんなコレクタ相手でも貸し出すというわけではないが、と彼女は付け加える。
組合に所属していることに対する一種の福利厚生らしい。リベレイタという職業にはキメラリアが多く、個体差はあれど戦力として優秀な存在である彼らは、コレクタとしても重要な戦力なのだろう。
だが、これだけではファティマが困る理由にはなり得ない。
「武器を返せばいいだけじゃないのかい?」
「高い身体能力を持つキメラリアは、大概地力だけで武器を振り回す戦い方を好む所為で武器は破損率が高い。ヘンメからはファティマもそうだとは聞いていたから、多分」
「すぐ壊れちゃうんですよね。2本使って戦っているのも片方壊れてもいいようにですし、今までに6回は交換しましたよ」
「と、言うこと」
えへへ、と照れたように後ろ頭を掻くファティマ。対照的にマティは頭を抱えていた。
「あー、つまり……最初は組織コレクタから直接武器を受け取っていたけど、ファティマがあんまりにも壊しまくるから予算が厳しくなって、今はコレクタユニオンからのレンタルになった、と?」
「はい」
「で、それをまた壊した分の請求が残ってたり、とか」
「御明察」
シューニャのその言葉に、マティは机に突っ伏した。
今の自分たちに、武器を買えるような金はない。なんなら明日の食事に事欠く有様で、資金源はシューニャからの借金のみ。
急いで仕事を見つければいいかもしれないが、残念ながら僕は今のところ身分不詳の放浪者に過ぎず、まともな当てがあるはずもない。
どんなに頭を捻ったところで無い袖は振れず、僕は諦めを口にした。
「すまないファティマ。どうすることもできない」
「そ、それは困ります! 諦めたらダメですよ!」
マティは慌てて立ち上がると、目を血走らせながらこちらへ詰め寄った。
「と言われましても……」
「何を呑気なこと言ってるんですか! 集団から離れたら武器の返却は絶対ですし、リベレイタ・ファティマは全ての装備が借り物なんですよ!?」
「はぁ」
僕はその言葉の意味を咀嚼しながらファティマに視線を送る。
彼女の装備となると、背中に交差させて結いつけられた二振りの板剣に、心臓だけを守るように作られた胸甲。金属を鱗状に取り付けた布はラップスカートのように腰に巻き、皮革に鉄板を当てた脚絆を革ひもで脛に止めている。あとはポーチや革袋といった収納用具だろうか。
それを全て失うことは確かに痛い。しかし、それだけでマティが躍起になる理由がはわからなかった。
「何か命に関わるようなことでもあるんですか? 装備品が無くなるのは確かに痛いですが……」
「そ、そりゃあ、体温とか考えれば、命に係わることもありますけど? じゃなくて、何考えてるんですか!? 変態! スケベ!」
だが、僕の言葉ににマティは一瞬呆気にとられたかと思うと、烈火のごとく怒りだした。突如訪れた誹謗中傷の嵐である。
また、先ほどの無味乾燥であったものとはうってかわって、殺意が込められている気がするエメラルドの視線が僕の側頭部を貫く。できるだけそちらに目を合わせないようにしたが、殺意が増強された気がして逆効果だったことを知った。
何故僕がそんな色魔扱いされなければならないのか。助けを求めてファティマを見れば、彼女は赤面しながら体を掻き抱いている。
「あの……ぼ、ボクのことそういう目で見てたんですか?」
「藪から棒になんだい? そういう目ってどういう目の――」
「お、女の子の口から言わせるのはどうかと思います!」
まったく理解できない苦情を告げられ、これは何か思考の軸がずれているのではないかともう一度全てを洗いなおす。状況としてみれば、ついさっきの二股プロポーズ紛い事件とそっくりだ。自分だけが取り残され、周囲が誤解を増幅させていく。
だが、さっきと違ってここに群衆の目はなく、冷静になって思考できるだけの余裕はあった。
「マティさんが言ったのは全ての装備……そこから僕が変態思考の持ち主だと言われて……ん?」
自分で発した言葉の中で変態思考の方が引っかかった。今のファティマから武具を全て外したと考えても、そこに出てくるのはへそ出しベストを着てショートパンツを履いた獣娘だ。
彼女の見た目の可愛らしさを計算に入れたとしても、色っぽい恰好の変わった女の子、という評価に留まる。これが変態思考ならば、結構な割合の人間は公然猥褻扱いだろう。
「ここからまだ何かあるのか? 貸し出されている装備ってあと何――ガッ!?」
ファティマを眺めながら思考を巡らせていた途中で、僕の後頭部を鈍器で叩かれたような衝撃が貫いた。
目の前に星が飛び、続いて鈍痛が着弾地点を襲ってくる。
あまりに痛烈な一撃に、僕は唸り声と共に後頭部を押さえてしゃがみこんだ。
「うぬぉぉ……ふ、ファティマ、いきなり、なにを、するんだい……」
「ボクで変なソーゾーしないでください!」
何かに耐えられなくなったらしいファティマが、後頭部目掛けて綺麗なハイキックを決めてくれたようだ。
加減こそしてくれたらしいが、こちらからすれば無実の罪で制裁を受けたようなものなので、流石に僕も抗議の声を上げた。
「変な想像ってなんだい!? 僕ぁわからんから、今1つずつ遡って誤解を解こうとだね!」
「あーっ! あーっ! 聞こえません、聞こえませんよーだ!」
謂れのない誹謗中傷に対処しているだけだという僕に対し、ファティマは両手で大きな獣耳を押さえて被りを振る。
しかし、こちらが子供の喧嘩並みの様相を呈したことに頭が冷えたのか、マティはまさかと僕の顔を覗き込んだ。
「もしかしてですけど……全ての装備って意味、わかってます?」
「彼女の防具と武器と収納道具、という意味では?」
未だ鈍痛が響く後頭部をさすりながら自分の考えを口にすれば、あぁ、とマティに可哀想な子を見る目を向けられた。
それはそれで心に棘を刺してくれたが、とりあえず今までの誤解は解けたらしく、殺気のこもった視線も後ろで叫ぶ声も止んでいる。代わりに呆れかえったため息が大量に響いたが。
「全ての装備は、ファティの身体を除く所有物全てという意味。例外は自分で購入したものだけ」
「あぁ……なるほど。だけど、ファティなら自分で買ったものくらい―――」
と、無遠慮なハイキックをくれた少女に視線を巡らせると、ファティマはパタパタと赤面していた顔を仰ぎながら間延びした声で、
「ないんですよねー」
と、言い切った。
予想外の発言に僕はまた首を傾げる。
僕が知る限り、ファティマが銀貨を持っており、懐事情は自分の比ではないはず。それが何故、何も所有していないことになるのか。
「ボクは剣を6回交換してますって、さっきも言ったじゃないですかぁ。その内コレクタユニオンから借りた分が4回ですから、ボクの持ち物で残るのは身体だけですよ」
「そりゃ所持金どころか、服やら何やらまで根こそぎ取られるってことかい?」
服などもとなるとこれは大問題だ。聞いた限り衣服は高価であり、しかし衣食住としては欠くことのできない重要な存在でもある。
となれば返済猶予を願う以外に手がなく、僕はマティをの方を見たが、彼女は小さく首を横に振る。
「装備品の即時返済は規則です。それにその……もう1つ言いにくいことが」
「これに輪をかけてまだ何かあるんですか?」
「……リベレイタは集団に属さない状態で返済不能とされた場合、その身を競売にかけられる契約が成されています。だから、リベレイタ・ファティマは体も彼女のものではありません」
自分の頭が急速に冷却していくのを感じた。怒りの感情が青い炎を灯し、それは表情を凍らせる。
「自分たちで奴隷から買い取っておきながら、随分阿漕な商売するもんだ」
まるで高利貸しだ。
ファティマたちキメラリアは奴隷として売られ、何も持たずにリベレイタとなる。だが戦わせるためには武器が必要で、コレクタが与えられないならばコレクタユニオンが貸与する。
そうなった場合は武器の消耗に合わせてリベレイタに請求し、何らかの理由で集団から離れようとすれば借金のカタに人身売買を行う。
それはリベレイタをコレクタから逃がさないように縛り付ける枷か、それとも戦えなくなった者を金銭に変えて循環させる家畜のような扱いだ。
コレクタユニオンの非道なやり方に、自分の拳がギリッと音を立てた。
マティが僅かに尻込みしたのは、僕が表情を失っていたからだろう。
「そ、その……リベレイタの稼ぎがよければ、貯金を作って武器を買うこともできますから」
彼女の言い分はコレクタユニオンが掲げるお題目かなにかなのだろう。少なくとも心からの発言でないことはわかる。
だが、そうだと分かっていても、僕はマティを睨みつけた。
「全てはリベレイタ個人に責任があるなんて、随分な物言いじゃないか。ハッキリ戦奴とでも言えばどうだい」
できるだけ自分が燃え上がらないように、怒りの感情を心の奥へと封じ込める。それはこの場において、力ずくでコレクタユニオンを破壊して逃走するという行動をとらないための、自分へのリミッターだ。
ここからでもダマルへの無線は届くだろう。つまり、玉匣はこの天幕に対してピンポイントで焼夷榴弾の雨を降らせられる。
それが引き起こすのは無益な、一方的な殺戮だ。
リベレイタの枷がなくすこともできず、それどころかきっと仕事を失って苦しむ者を大量に生み出すに違いない。
そうしないために、僕は努めて無表情にマティに視線を合わせた。
「不足額は、いくらになる」
21
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
超克の艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」
米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。
新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。
六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。
だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。
情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。
そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる