悠久の機甲歩兵

竹氏

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現代との接触

第15話 シューニャ・フォン・ロールは“大人”である

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「なんじゃそりゃ、チップ形コンデンサか?」

 私の見せた黒い何かを、ダマルは一瞥してそう言った。
 これはコレクタが技術遺構捜索を行った際、拾ったものである。周囲の連中はゴミだと言って見向きもしなかったが、何か意味のある物に思えた私は、小さく嵩張らなかったこともあって、ずっと持っていたのである。

「さっきキョウイチもコンデンサだと言っていた。でも詳しくはダマルに聞けと」

「あんにゃろぉ、やりにくい説明を押し付けやがったな」

 円形の把手らしきものを握ったまま、ダマルははぁとため息をついた。時折右へ左へとそれを回すと、タマクシゲは進行方向を回した方向へと変えている。
 どういう構造かはわからないが、私は走る鉄の箱を制御する手綱なのだろうと解釈していた。
 知ることは楽しい。個人的には教えるという行為も嫌いではない。喋ることは得意ではないが、聞かれたことには答えられるようになりたいと思う。
 だが、表情を読み取れない骸骨であるダマルは多分、このコンデンサの説明を面倒くさがっている。余程難解なことなのだろうか。

「簡単にでもいい。これは何に使う?」

「何にって……あー、回路基板ってわかるか? 無理だよなぁ」

 カイロキバン。また知らない言葉だった。
 ダマルは手綱から離した片手で滑らかな兜を掻きむしりながら、言葉を探しているようだった。

 間違いなく私の事前知識が不足している。それははっきり言って衝撃的だった。
 何事にも学びを深めることで、どこかで繋がって理解に至るのが学問だと思っていたが、私の知識ではコンデンサに連結できないらしい。
 全くの未知。なんと甘美な響きだろう。欠片も知らない知識の現出に、私の心は浮足立つ。
 
「恭一ぃ! 俺じゃ無理だ! 俺ぁ先生に向いてねぇっての」

 結局いい表現が見つからなかったらしく、カチャンカチャンと骨を鳴らしながらダマルは降伏を宣言した。私としては未知を知れたことだけでも1つ収穫だったので文句はない。それどころか、この小さな欠片がゴミでなかったことが証明できて、どことなく満たされた気持ちにすらなっている。

「諦めるのが早いなぁ、もう少し粘ってくれよ」

 椅子の背もたれに手をかけて後ろから現れたキョウイチは苦言を呈する。
 しかしそれは、彼ならば読解の糸口を多少なりとも持っているということに違いないと私は期待に胸を膨らませた。

「どんなことでもいい。教えてほしい」

「あれにも使われる部品なんだけど、電池のようなって言ったらわかるかい?」

 これでも難しいかなぁなどと宣う彼が指さした先を見て、私は呆気にとられる。
 何故なら、彼はあのリビングメイルを指さしていたのだ。
 この小さい破片が鋼の化物だと思っていた物の部品。そう言われても全く理解が追いつかず、頭が破裂するかと思った。

「こ、これが……あれに?」

「そう、なんだけど、どこにどんな風にって言われると困る」

 自分は使う側で専門的な構造は門外漢だと彼は言う。
 リビングメイルに関連する物は、解明に努めているテクニカにとっても貴重品のはず。だが、そのほとんどは謎に包まれたままだ。
 逆に言えば、キョウイチという情報源は間違いなくテクニカにとって値千金となる。あまりの価値の大きさに、私は小さく身震いした。

「マキナよりも携帯式電磁加速砲パーソナルレールガンの使い捨て蓄電池とか見せた方がわかりやすいだろ?」

「そうかな? いや、物は試しか」

 口を挟んだダマルに対しキョウイチは荷物室と呼ばれる場所を漁り始める。
 部屋と言っても人間が入れるほどの広さはない。その極端に狭い空間に、何やら使途不明の道具がびっしり詰め込まれている。
 その中で、どことなくバリスタやクロスボウに似た道具が目についた。
 そういえばつい先ほど、ファティマもバリスタがどうとか喋っていた覚えがある。矢らしき物は見当たらないが、タマクシゲには固定式の攻城兵器が備わっているのかもしれない。
 あらゆる物が新鮮でそれぞれに興味も尽きないが、私が新たな質問に口を開くより早く、キョウイチは探し物を見つけたようだ。

「これが、コンデンサ」

 彼は黒い円柱状の金属を両手で抱えていた。大きさも形も、自分が携えていた金属片とはあまりにも異なる。

「これの中には大きな力が封じられてるんだけど、シューニャさんの持つそれも同じような特性をもっている」

「大きな力を封じる?」

「矢を放つ前、弦を引き絞るだろう。あの状態を維持してるって感じかな」

 キョウイチの手には見えない弓がある。その引き絞られた弦は、彼が手を離せば元に戻る力を使って矢を放つだろう。それも飛び道具だけではなく、強力なリビングメイルを動作させるとなればかなりのものだ。頭の中で初めてのピースがはまった気がする。

「じゃあこれは、リビング―――」

 と、言いかけてこの呼称は正しくないと言いなおす。

「―――マキナでは食料を貯めておく腹?」

「まぁその理解で大体あってる、と思う。シューニャさんの持っている奴1つでは、蓄えられる容量も小さいけど」

「その筒だとどんな力を出せる?」

 キョウイチが取り出してきた円柱を指さす。こんな小さな部品でも力を溜めているとすれば、その何倍何十倍と大きな円柱は、一体どれほどの力を秘めるものなのか。

「それは……また今度かな」

 だが彼はその説明を省いた。ダマルの方を見てみたが、骨もまた頷くばかりで教えてはくれない。
 何か問題でもあるのかと問い詰めてみると、キョウイチは困ったように眉を下げる。

「見てもらった方が早いんだけど、使い捨てだから勿体なくて」

 人間が扱う武器とは随分異なる物らしい。使い捨てと言われてしまうと、どこかで作ったりすることができない以上替えがきかず、私はその機会まで我慢することにした。
 武器を使うようなことにならないのが1番だというのに、早く見てみたいという邪な感情もあって、葛藤が自分の中で芽吹く。
 だが、それは昨日の今日であまりにも不謹慎と思えて、私はすぐに思考を断ち切った。

「わかった」

「じゃあ、これぐらいでいいかな」

 こちらが引き下がったのを見てキョウイチは大きなコンデンサを備蓄庫へと片付け、タマクシゲのちょうど中央付近にある筒状の縦穴からロフトのような空間に上っていった。
 今のところ彼は、ほとんどの時間をその場所で座っている。
 外が見えるわけでもないだろうに、何故そんな狭い場所に行きたがるのか。動物は狭い空間を好む者も多いが、息苦しいような場所で長時間を過ごす趣味とはあまりに健康的でない気がする。
 私は竪穴の下から見上げるようにして、縦穴の先をぼんやり眺めながら、思考の海に潜ろうとしていた。

「シューニャさん?」

 しかし、こちらが凝視していたことに気付いたらしいキョウイチは、何か気になる事でも、と言いたげな表情をすると上から覗き込んできた。
 まさか見つめていたとも言えず、少し恥ずかしくなった私は、咄嗟に言い訳をこぼす。

「私は貴方より年下。さんはいらない」

 顔を背けながら言うのでは、まるで色恋に染まった生娘だと自分に嫌悪感を覚えたが、生娘と言う部分はあながち間違いでもないので否定もできない。
 学問に費やしてきた人生で色恋の経験などないが、周囲に居た年の近い者たちはそういうことに現を抜かすことも多く、正直言ってあまり好きではなかった。
 黙ったままのキョウイチの方を、顔を背けたまま視線だけで伺いみると、表情は柔らかいままなのに酷く落ち込んでいるように見える。

「……あの」

「あ、あぁ、気にしないでくれ。じゃあ、シューニャ、でいいかな」

 ハハ、と乾いた笑い声が彼の口からこぼれる。さん付けがそんなに重要だったのだろうか。
 どことなく凹んだ様子のキョウイチを、私は再びまじまじと眺めてしまう。
 短く切りそろえられた黒い髪、切れ長の細い目、いつも優し気に笑っている口元、面長気味の輪郭。体格は細身だが鍛えられていて背丈はそれなりだが、背が低い私と比べれば頭1つよりも高い。
 男性を見た目で判断するというのは私には難しいが、比較的見た目はいい方だと思う。違ったとしても不細工ということはないだろう。
 全身白骨で動き回るダマルと比べれば大したことはないが、黒髪と黒い瞳は珍しい。
 一体、彼は何者なのか。何故マキナを操れる知識を持っているのか。
 そこまで考えてから、彼のことが思考の大半を占めていることに気づいて、私はまた被りを振った。
 あれほど他人に関心がなかった自分が、あって2日も経たない相手に興味を持つなんてどうかしている。

「それにしてもシューニャは、まだ17歳なのにいろんなことをよく知っているものだ」

 まだ17歳、とは随分変わった言い回しだと、私は彼の言葉に首を傾げる。
 するとキョウイチはいかにも不思議そうな顔を作ってくるではないか。どうやら認識の齟齬があるらしい。
 それはすぐに彼の言葉から理解できた。

「未成年だろう?知識欲と言っていたけど、それだけ勉強するのはとても――」

「私は大人。成人は15歳以上」

 もしかすると、少し言葉に棘があったかもしれない。
 いかに私が小柄であり、女性的魅力のない身体をしているといっても、子どもであると言われるのは流石に心外だった。
 それに驚いた様子を見せるキョウイチにはもう一段腹が立った。無表情の仮面を纏い、腰のポーチに入っていた小さな木の実を取り出す。
 感情的に攻撃をするというのはよくないことと、頭では理解している。だが、心が折り合うかは別問題だろう。
 だから私は、可及的速やかに波立った感情を鎮めるため、彼にその木の実を力いっぱいぶつけたのである。

「痛っ!? え、なんだいこれ? 何かの実――って臭っさぁ!?」

「それはケイヤキクの実。獣除けに使う。効果は実感できてる?」

 臭いを追い払おうと車外へ逃げていくキョウイチに、私は鼻を覆ったまま背を向けた。
 ケイヤキクの実は砕けるとしばらく凄まじい臭いを発するが、毒性がなく獣避けに便利な代物だ。ロックピラーでの入手は困難だが、まぁ今回の使用は必要だったと思うべきだろう。

「おい、恭一! お前何やらかしたんだ! すげー臭ぇぞ!? ついでに目も痛ぇ!」

 鼻を塞ぐのにも苦労するダマルは、どうやっているのか乾いた眼孔から涙を流しつつ苦情を叫んだ。
 人によってはこうして催涙効果が発揮できるのも知られているが、まさか骸骨にも効くとは思わなかった。
 彼は異界の住人とも言うべき不可思議さをもっているため、今後調査が必要だろう。
 一矢報いた私は上機嫌に、ダマルの隣に設置された椅子に腰かける。キョウイチが天窓から外へ出ていったため、臭いも拡散しつつありタマクシゲは平穏を取り戻そうとしていた。

「おにーさん獣除けくしゃいです! ボクこの臭い嫌いなんでふ、あっちいってくらさい!」

 その獣除けの効果がもろに発揮されたらしいファティマが、鼻を抑えながらキョウイチを追い払っているらしい。何かドタバタと暴れる音が聞こえてきた。

「いや、僕もその臭いを消すために銃座に行きたいだけ―――待ってファティマ! ちょっ、力強っ!? 押し込むのやめて! 落ちる、落ちる!」

 獣除け臭い男はぐいぐいと天窓へと押し返され、挙句はそのまま車内に蹴り落とされる。なんなら屋根の上から金属製の鎧戸を閉められていた。再び臭いが流れてくるが、これはもう仕方がない。
 少しだけ申し訳ない気持ちが湧いた。けれど、一応にも乙女の機嫌を損ねた彼が悪いのだと、シューニャが振り返ることはしない。
 人知れず、大人って難しいなぁ、とハンドルを握ったままでダマルは考えていたが、それが誰かに伝わることはなかった。
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