悠久の機甲歩兵

竹氏

文字の大きさ
上 下
6 / 330
現代との接触

第6話 灼熱の行軍

しおりを挟む
 夜は冷え込むというのに、斥候は全身を滝のような汗で濡らしながら、酷く切迫した表情を抱えて帰ってきていた。

「お前何言ってんだ? 俺たちが奴に一番近いコレクタだろうが」

「まーた酒飲みながら偵察してやがったのか?」

 ややあって周囲から野次とも思える発言が飛ぶ。普段ならば斥候もそれに反論して、しょうもない売り言葉に買い言葉からつかみ合いになり、最終的にリーダーであるヘンメに絞められているのだが、今日は様子が異なった。
 聞いてくれ、聞いてくれと枯れた声で繰り返す斥候の様子に徐々に野次も小さくなっていく。
 そんな中、引き締まった身体を揺らしながらゆっくりと斥候にそのリーダーが近づいた。

「落ち着けロングス。何があった、詳しく話せ。他の連中はどうした」

「へ、ヘンメ……あぁ」

 ヘンメと呼ばれたリーダーの低く落ち着いた声に、斥候のロングス――そんな名前だったかと私は思っていたが――はグッと唾を飲み込み息を整えると、訥々と語り始めた。

「街道の、街道の中間にある酒場に行ったんだ。この辺りで目撃情報があったはずだから、酒場の連中なら何か知ってるかもしれねぇって……そしたら、酒場の外に、転がっていた。かなりデカい鋼の鎧が」

 周囲がどよめく。また聞きの情報を持ってきただけだと思っていたらしい彼らに、この目で見たのだというロングスの言葉は意外だった。
 それで、とヘンメは続きを促す。暗に誰がやった、どうやったと聞いていた。

「酒場の奴らに聞いたら、青い……野良のリビングメイルが、奴をやったらしい。そいつは酒場で干し肉とパンを買って帰ったんだとか」

「ロングス、お前大丈夫か?」

 この発言には流石のヘンメも正気を疑ったようだ。
 リビングメイルとは生物という括りの外に置かれた外道である。破壊することを使命かのように振舞い、敵と判断したものを殺すことに一切の躊躇をしない。それなのに自らが劣勢と見るや退くような判断力を持ち合わせる。飲まず食わずでいつまでも動き続け、夜に眠ることもない。
 そんな化物がパンと肉を求め、そして店はしっかり取引をしたという。こんな妄言を信じろという方が無茶な話だろう。
 それでもロングスは被りを振ってそれが真実だと叫ぶ。

「俺も信じなかった! だが、帰りに青いそいつを見たんだ! 遠くでよく見えなかったがデカい鉄の箱の隣に佇んで、火を焚いて……」

 スッとヘンメの目が細められる。
 周囲の野次も完全に消え、静まり返った。

「その周りには居たか?」

 静まり返る周囲の中、ロングスは額からの汗を拭い、ゆっくりと頭を下げる。

「すまねぇヘンメ……わからねぇんだ。俺たちがそれに気づいてすぐ、あいつは火を消しやがった。今は残ったリドリー達が監視を続けてるはずだ」

 斥候ロングスの知り得た情報はそれだけだった。
 ヘンメはふぅと息を吐いて目を瞑り、何かを考え始めていたが、周囲はどうするどうすると徒に混乱ばかりが広がっていく。
 私はそんなどうしようもない人垣を突っ切って、ヘンメの前に立った。

「情報を確認するべき」

「シューニャ・フォン・ロール……ブレインワーカーの意見を聞かせてくれや」

 ヘンメは胡乱気にこちらを見た。実に荒くれ者らしい顔立ちに、本来私のような小娘は怯え竦むものなのだろうが、慣れてしまったのか私は何も感じない。
 それも、頭の中でやるべきことが纏まっていれば、なおのことだった。

「まずは斥候の情報が事実かを確認するのが先決。それに、目標が喋る口を持つならば、接触することも視野に入れられる」

「俺たちを使って奴のことを調べてえと、そういうことか?」

 試すような、威圧ともとれるヘンメの視線に私は真っ向から立ち向かう。冷静に、それでいて確固として自分の意見をぶつけた。

「情報が欲しいことは否定しない。でも、貴方たちの仕事があれの確保であることも知っている。攻撃を実行するかはヘンメの判断だけれど、少なくとも斥候部隊とは合流するべきだと進言する」

 ふん、とヘンメは鼻を鳴らした。
 コレクタとしては何もせず逃がしたというのは後々の評判としていいものではない。一度相対してから、情報だけでも持って帰れば金にもなる。

「時間は有限」

「……チッ、わーったよ。全員! 斥候に合流するぞ! だが、一気に合流して向こうを刺激したくねえ、ゆっくり数を増やす」

 ヘンメは考えていた内容を周囲に伝えると、私には何も言わず踵を返して合流タイミングや選抜を行い始めた。
 彼が自分のことをどう思っているかは知らないが、私もまた少なくとも意見を聞いてもらえている内はどうでもいいと思っている。あくまでここに居るのは、仕事のためなのだから。
 先行部隊はロングスを案内として直ぐに出発していく。それ以外の手すきの者は、ボスルス毛長牛に牽引式バリスタを連結したり、武装を改めたりと忙しなく動き始めた。

「どんな奴なんでしょーね」

 そんな中、ファティマは自分の背丈ほどもある2枚の板剣を背に結わえて、私の横に立っていた。
 かなりの軽装で、胸だけを保護するプレート鎧の下に柔らかい革の服を纏い、腰には鱗状に金属を張り付けたスケイルアーマーのような短いスカートを履いただけだ。
 普段着に金属を貼り付けただけに見えるそれを私は凝視した。

「いつも思うけれど、その恰好に意味はある?」

「ボクは可愛いと思いますけど」

「見た目ではなく、守るという意味において」

「シューニャよりはしっかりしてると思います」

 格段に大きいというわけではないものの、平均的ながら美しい胸を張り、ファティマはどうだと主張する。
 逆にほぼ起伏のない私はぐっと言葉に詰まった。ファティマの行動には基本的に悪意がないことがなおよろしくない。
 とはいえ、自分の女性的な魅力の話には基本的に興味がないので、まぁいいか、と思考から切り捨てた。

「食らったら危なそうに見える」

「一撃必殺がボクの信条なんです」

 相手に反撃なんてさせません、と自信満々にファティマは続ける。彼女が戦っている姿を見たことはないが、その巨大な板剣を振り回せるのならば言葉に嘘はないだろうと安堵の息をつく。
 そこへ先ほどまで部隊の配置を話していたヘンメが近づいてくる。自分たちの配置が決まったらしい。

「シューニャ・フォン・ロールは最終合流部隊と行動しろ。を護衛につける」

「いつも通り」

「そういうこった。戦闘になったら構ってられん」

 小さく私は頷く。
 リベレイタとは、本来はリビングメイル等の重大な攻撃目標を担当するコレクタの護衛役であり、ファティマもその仕事に就いている。
 しかし、彼女ははあまりに若すぎた。
 個人として見れば、決して弱いということはないのだろう。毎度のことだが自分の護衛は彼女1人のまま――1度も戦闘に巻き込まれてはいないことも含め――増えも減りもしないのだから。

「じゃあボクたちはもうちょっとのんびりできますねぇ」

 間の抜けたファティマのセリフに、ヘンメはお前わかってんのか、とため息をついた。
 次々と出発していく部隊にヘンメも混ざっていく。気づけば私と彼女を残して誰も居なくなっていた。

「そろそろ行こ」

「よっと……そうですねぇ、こんなところで置いてけぼりは寂しいですし」

 ファティマは岩に預けていた身体を起こすと、また大きく体を伸ばしてふぅと息をついた。
 空を見上げれば星空は薄くなりつつあり、夜明けが近いことがわかる。部隊と合流するのは夜が明けた後になるだろう。
 結果その予想は的中したが、まさか驚くほど長い行軍に突入させられるとは思いもよらなかった。
 夕方になっても荒野はじりじりと暑く、部隊の最後尾で体力のない私はファティマに背負子で背負われている。

「あの鉄の箱は……休憩もなしに動き続けられるの?」

 周囲の誰にも聞こえない声で私は毒づく。やや遅れながらファティマの背で休ませてもらっているのに滝のような汗が止まらない。ファティマはゆっくりと歩いているが、その歩調が変わらないことを思えば彼女も化物じみていると感じる。

「もうすぐ日が暮れますねー」

 彼女は暢気にそんなことを言いながら、腰にぶら下げていた水筒を取って、舐めるように水を飲む。だが、そんな努力も空しく、なくなっちゃいました、と皮製のそれをゆさゆさ振っていた。

「辛く、ない?」

 できることなら辛いと言ってほしかったかもしれない。夜明け前に歩き始めてから今まで、碌な休憩も取らずに追跡を続けている。少し先を行くコレクタの部隊も、既に何人か落伍して座り込んでいたのだ。
 それを思えば人間を背負ったまま動き続ける彼女は、本来持久力に欠けるとはいえ、リベレイタに就くだけあって別格だった。

「ボクも疲れてはいますけど、軍隊の人たちは何日も行軍するって聞いてたんで、これくらいはできるんじゃないですか?」

「普通は休憩しながら進む……」

「そうですかぁ、じゃあボクも軍隊に入れてもらえるかもですね!」

 ニコニコしながらそんなことを口走るファティマに、私は言葉を失った。
 人間と同じ人種でありながら異なった風貌や能力を持つキメラリア。国によって差はあるものの、人間と比べて数が少なく、社会の主体者にはなれないことから、ほとんどの場合彼女たちへの扱いは差別的である。
 それこそ、傭兵やコレクタになれるものはよいほうで、賊に身を落とすものや奴隷や戦奴として使いつぶされる場合も多い。
 それでも様々な種族が居るキメラリアたちは、個人の能力において人を大きく上回る場合が多く、コレクタに属する者は、ファティマのようにリベレイタとなってリビングメイル等の強大な存在と刃を交える戦力となっていた。
 ここではリーダーであるヘンメが彼女を差別的には扱っていないので、ファティマはこうして人間と変わらない扱いを受けられている。実戦経験が少ない彼女を囮などにしようとせず、わざわざ後方に控える自分の護衛につけるのも、ヘンメが見かけによらず善良な人間であったからだろう。
 であればこそ、差別や偏見の渦巻くどこぞの国軍などに入ってほしいとは思えない。そうなれば間違いなく彼女は最前線の突撃役だ。
 運よく生き残っても戦功を誇ることも許されず、敵味方に蔑まれ恐れられながら辛い思いをすることが目に見えている。
 私が言葉を発さなくなったのを感じてか、ファティマは肩越しに振り返りながら笑う。

「冗談ですよぉ」

 彼女の気の抜けた声に、私は暗く沈んだ思考の淵から引き揚げられる。紛らわしいことを言うなと後ろ手に大きな耳の生えた頭を小突いておいた。
 気づけば太陽は地平線に半身を隠し、暑さも幾ばくか和らいでいる。
 そんな時、ふとファティマは立ち止まった。なにやら遠くを望んでいるようだが、背負子で背負われている私にはその様子を窺い知ることができない。
 どうしたの、と繰り返してもファティマはしばらく黙ったままで、痺れを切らした私が背負子から飛び降りるとようやく彼女は口を開いた。

「ちょっと、ヤバそうですね」

 その声に、先ほどまでの気楽さは微塵も感じられない。
 地平線を望む先。ゆっくりと宵闇が迫るその先には先行していたコレクタ部隊が見えた。
 何かと戦っている?
 目を凝らしていって、私はゾッとした。黒い点に見える何かが人間にまとわりついている。
 それは彼らが戦っているのはリビングメイルでも、あの鉄の箱でもないことをハッキリと示していた。

「ポインティ・エイトの群れ……」

 声が震えるのを抑えながら、私は黒い点に見えるそれの名を口走る。
 ファティマがそっと背負子を下ろし、背中に結いつけていた二振りの板剣を両手に握りしめた。

「シューニャ、離れないでください。こっちにも来ます」

 私たちはそれから数秒と経たない内に、黒く禍々しいそれらと対峙することになったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

超克の艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
「合衆国海軍ハ 六〇〇〇〇トン級戦艦ノ建造ヲ計画セリ」 米国駐在武官からもたらされた一報は帝国海軍に激震をもたらす。 新型戦艦の質的アドバンテージを失ったと判断した帝国海軍上層部はその設計を大幅に変更することを決意。 六四〇〇〇トンで建造されるはずだった「大和」は、しかしさらなる巨艦として誕生する。 だがしかし、米海軍の六〇〇〇〇トン級戦艦は誤報だったことが後に判明。 情報におけるミスが組織に致命的な結果をもたらすことを悟った帝国海軍はこれまでの態度を一変、貪欲に情報を収集・分析するようになる。 そして、その情報重視への転換は、帝国海軍の戦備ならびに戦術に大いなる変化をもたらす。

旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます

竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論 東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで… ※超注意書き※ 1.政治的な主張をする目的は一切ありません 2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります 3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です 4.そこら中に無茶苦茶が含まれています 5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません 6.カクヨムとマルチ投稿 以上をご理解の上でお読みください

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

処理中です...