5 / 5
その5
しおりを挟む
当然ながら、リクとは会えずじまい。
メッセージが届いていたが、再生する気にはなれなかった。
「海柱の翌日というのに、浮かない顔じゃのう」
珍しく、おじーちゃんが現場に来ていた。
「もう、色々ありすぎて、頭の中ぐちゃぐちゃで、わけわかんない……」
「ほっほっ、若者らしい悩みじゃ。今はそれでええ。この暗黒海のように混沌をかき混ぜて答えを探ると良い」
それだけ言ってすぐに帰っていった。
「何だったんだろ。……暗黒海みたいに、か」
いっそのこと、海にでも飛び込んだら楽になるのだろうか。
この陰鬱な気持ちも、ごちゃまぜの感情も、全部全部海の底に沈めてしまえたら、それはどんなに心地良いのだろう。
退屈への逃避行は、こんなにもすぐそばにあったのだ。
海を覗き込んでいるうちにフッと、全身の力が抜ける。
「――あっ」
『おいバカ、危ないだろうがっ!』
あたしを繋ぎ止めたのは見た目によらず怪力な、手のひらサイズの小さな妖精。
――だけど、その声には聞き覚えがある。
「変身!?」
『どうせなら変身って言ってほしいなぁ』
『まだこの姿になるつもりは無かったんだけど、あまりに面白そうだからつい――おっと口が滑った』
口の悪さは瓶詰帆船の時と変わらない。
『こっちの海にゃ落ちても何も無いぞ。これだから若者は』
「え、いや待って。この状況を受け入れてるのもヤキが回ってたからで、冷静になると意味わかんない。何これ。自動人形……にしてはあまりに精巧だし、そもそも擬態する機械なんてあり得ない。……船ってのは、そういうもんなの」
混乱するあたしを見て考え込む仕草を取り、言った。
『導くための問いを一つ。なぁ、この天井の向こうには何があると思う?』
「は? 天井なんだからその先は何も無いわよ」
『天井の向こうにはもう一つの世界がある。ここと、ほとんど同じ世界。オイラはそこから来たんだ――ま、捨てられたんだけどね』
仮に、あっちを上の世界としよう。
上の世界にもあたしたちみたいな人間が暮らしていて、同じような文明が発展しているらしい。
瓶詰帆船は本来ごく近くの帯域に存在する者同士でしかやり取りできないが、たまたま上の世界と同座標に位置していたから受信できたのでは、とのこと。
向こうの方が随分と進んでいるように思えるけど、こいつに言わせるとそれぞれの世界に合わせてカスタマイズされているだけで、優劣はないみたい。
ただ一つ、大きく違う点は『海が上にある』こと。
だからあちらには海柱なんて概念は存在しない。
「意味わかんない。普通海は下じゃん。鏡の向こう側みたい」
『そいつは面白い考えだな』
船の姿よりも妖精の姿で言われる方がムカつくのは何でだろう。
『こっちの海は何も無いと言ったけどさ。じゃあ、あっち世界の海の向こうには何があると思う?』
「は? 知らないわよ知らないんだから」
そう言うと思った、みたいな顔してる。
ムカつく。
『海の向こうには、星がある。宝石のように光り輝く、星の海だ。オイラたち瓶詰帆船はそこを目指している』
「星の、海……」
『星の海を目指す瓶詰帆船。それがオイラたちの正式名称。ところで、あっちの世界の海のことを何ていうか知ってるかい』
「……?」
『空っていうんだ』
は。
知ってる。
その言葉を、あたしは知っている。
「あたしの名前……」
『そうだ。ソラ、これは運命だ。あの天井の向こう側、本物の空を取り戻す旅に出ようじゃないか。瓶詰帆船の口車に乗せられて、さ』
今、退屈が死んだ。
あたしの中で、音を立てて崩れ去った。
......
...
『メッセージを再生します――
あれから返事ができなくてごめん。
この周波数帯域も危険らしい。
もう今までみたいにメッセージは送れないかも。
ずっと海を見上げながら君を思っていた。
……ねぇ、君は。
君は本当に存在しているんだよね。
どうか。
信じさせてほしいんだ、ソラ。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
......
...
『――
ハローハロー、こちらアジワ経済特区。
これはラストメッセージです。
リク、聴こえました。
届いていました。
これはラストメッセージです。
天気は晴朗、視界も良好、順風で――
ううん、視界不良で天歩艱難。
暗雲どころか海柱の直ぐ側に居るみたいな猛繁吹。
けれど、世界は本物のはずなんです。
あたしは存在しています。
そして、あなたも存在しているはず。
いつか必ず、会いに行きます。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
---------
"UGS"より"ÆS"に告ぐ。
メッセージが届いていたが、再生する気にはなれなかった。
「海柱の翌日というのに、浮かない顔じゃのう」
珍しく、おじーちゃんが現場に来ていた。
「もう、色々ありすぎて、頭の中ぐちゃぐちゃで、わけわかんない……」
「ほっほっ、若者らしい悩みじゃ。今はそれでええ。この暗黒海のように混沌をかき混ぜて答えを探ると良い」
それだけ言ってすぐに帰っていった。
「何だったんだろ。……暗黒海みたいに、か」
いっそのこと、海にでも飛び込んだら楽になるのだろうか。
この陰鬱な気持ちも、ごちゃまぜの感情も、全部全部海の底に沈めてしまえたら、それはどんなに心地良いのだろう。
退屈への逃避行は、こんなにもすぐそばにあったのだ。
海を覗き込んでいるうちにフッと、全身の力が抜ける。
「――あっ」
『おいバカ、危ないだろうがっ!』
あたしを繋ぎ止めたのは見た目によらず怪力な、手のひらサイズの小さな妖精。
――だけど、その声には聞き覚えがある。
「変身!?」
『どうせなら変身って言ってほしいなぁ』
『まだこの姿になるつもりは無かったんだけど、あまりに面白そうだからつい――おっと口が滑った』
口の悪さは瓶詰帆船の時と変わらない。
『こっちの海にゃ落ちても何も無いぞ。これだから若者は』
「え、いや待って。この状況を受け入れてるのもヤキが回ってたからで、冷静になると意味わかんない。何これ。自動人形……にしてはあまりに精巧だし、そもそも擬態する機械なんてあり得ない。……船ってのは、そういうもんなの」
混乱するあたしを見て考え込む仕草を取り、言った。
『導くための問いを一つ。なぁ、この天井の向こうには何があると思う?』
「は? 天井なんだからその先は何も無いわよ」
『天井の向こうにはもう一つの世界がある。ここと、ほとんど同じ世界。オイラはそこから来たんだ――ま、捨てられたんだけどね』
仮に、あっちを上の世界としよう。
上の世界にもあたしたちみたいな人間が暮らしていて、同じような文明が発展しているらしい。
瓶詰帆船は本来ごく近くの帯域に存在する者同士でしかやり取りできないが、たまたま上の世界と同座標に位置していたから受信できたのでは、とのこと。
向こうの方が随分と進んでいるように思えるけど、こいつに言わせるとそれぞれの世界に合わせてカスタマイズされているだけで、優劣はないみたい。
ただ一つ、大きく違う点は『海が上にある』こと。
だからあちらには海柱なんて概念は存在しない。
「意味わかんない。普通海は下じゃん。鏡の向こう側みたい」
『そいつは面白い考えだな』
船の姿よりも妖精の姿で言われる方がムカつくのは何でだろう。
『こっちの海は何も無いと言ったけどさ。じゃあ、あっち世界の海の向こうには何があると思う?』
「は? 知らないわよ知らないんだから」
そう言うと思った、みたいな顔してる。
ムカつく。
『海の向こうには、星がある。宝石のように光り輝く、星の海だ。オイラたち瓶詰帆船はそこを目指している』
「星の、海……」
『星の海を目指す瓶詰帆船。それがオイラたちの正式名称。ところで、あっちの世界の海のことを何ていうか知ってるかい』
「……?」
『空っていうんだ』
は。
知ってる。
その言葉を、あたしは知っている。
「あたしの名前……」
『そうだ。ソラ、これは運命だ。あの天井の向こう側、本物の空を取り戻す旅に出ようじゃないか。瓶詰帆船の口車に乗せられて、さ』
今、退屈が死んだ。
あたしの中で、音を立てて崩れ去った。
......
...
『メッセージを再生します――
あれから返事ができなくてごめん。
この周波数帯域も危険らしい。
もう今までみたいにメッセージは送れないかも。
ずっと海を見上げながら君を思っていた。
……ねぇ、君は。
君は本当に存在しているんだよね。
どうか。
信じさせてほしいんだ、ソラ。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
......
...
『――
ハローハロー、こちらアジワ経済特区。
これはラストメッセージです。
リク、聴こえました。
届いていました。
これはラストメッセージです。
天気は晴朗、視界も良好、順風で――
ううん、視界不良で天歩艱難。
暗雲どころか海柱の直ぐ側に居るみたいな猛繁吹。
けれど、世界は本物のはずなんです。
あたしは存在しています。
そして、あなたも存在しているはず。
いつか必ず、会いに行きます。
瓶詰帆船に願いを込めて。
――』
---------
"UGS"より"ÆS"に告ぐ。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた

命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる