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その4

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「えっ、ちょっとお姉ちゃん。今日は雨だよ」
「だから何」
「それに今日は海柱ピラーの日だし、危ないって」
「……大丈夫、今日は釣りに行くわけじゃないから」


 あのメッセージを受信してから。
 悩みに悩んだ末、あたしは了承の返事をした。
 リクのことを盲目的に信じているわけじゃないけれど、今までメッセージをやり取りした結果問題はなさそうだという判断。
 こんなこと親に言ったら反対されるに決まっている。
 ただでさえ、おじーちゃんのとこに行っている時点で猛反対されているのに。

 だから今更だ。
 退屈に殺されるか好奇心に殺されるか。
『同じ阿呆なら踊らにゃ損損』
 この瓶詰帆船ボトルシップは時々よくわかんないことを言う。

『こんな雨の日を選んだのは?』
「みんなが出歩かない日だから」
 雨合羽に水滴がしたたる。

海柱みはしらの日を選んだのは?』
「みんなが出歩かない日だから」
 小脇に抱えた瓶詰帆船ボトルシップにも水滴がしたたる。

『その心は』
「……だって、恥ずかしいし。これなら、顔隠せるし……」
 容姿に自信があるわけじゃない。
 お洒落なわけでもない。
 ファッション雑誌の一つくらい読んでおくべきだったと後悔しても遅い。

『いやー、逢瀬逢瀬。まったく蜜月蜜月』
「……意味わかんない」
 何度叩き割りたくなったことか。


「待ち合わせは、電波塔で」
 そう取り決めた。

 かつて公共放送のために建てられた電波塔だが、不特定多数への自由電波送信は禁止されている現代においてはその役割を終えてしまった。
 他者の深層心理への介入が可能とされるの発見により危険視され、今は身元のはっきりとした特定個人とのみ通信が可能となっている。
 そうじゃない野良電波は常に傍受され、検閲の対象となる。
 大昔に「監視社会だ」と批判した人もいたらしいが、精神疾患者だと相手にされなかったらしい。
 あたしはそのとおりだと思った。
 それこそ声を大にしてなんて言えないけど。


「…………」
 約束の時間にはちょっと早かったかな。
 雨の音が緊張をほぐすような、誘うような。

 リクとのやり取りを思い起こす。


『――帆先……つまりセイルがアンテナになっていて、送受信が上手くいかない時はそこを調整するんだ』

『――このシップが電波の海を泳いでメッセージを運んでいるなんて素敵じゃないか。ああ、目の前に広がるこんなに美しく広がる海は飽きることなく見ていられるよ!』

 あんなドス黒く得体の知れない暗黒海オールド・シーを美しいってのはよくわからないけど、様々な漂流物が流れてくる様子は飽きないのかも。


「…………」
 約束の時間まで、あとちょっと。
 静かだ。
 雨は降っているのに、あたしの耳は興味がないとそっぽ向いてる。
 聞く耳持たないってやつだ。

 何も語らない瓶詰帆船ボトルシップを下に置く。
 当たり前のように使っていて、結語にも付ける瓶詰帆船ボトルシップという単語。
 そもそも『帆』という存在すら知らなかった単語を『セイル』、『船』なんて失われた概念を『シップ』と現在の言葉で呼んでいる。
 実は知らないだけで、今もどこかで使われているのだろうか。
 なんて、真面目に考えちゃったりして。


「…………」
 もうまもなく、約束の時間。


 人影はない。
 そりゃそうだ。
 そんな日程を組んだんだから。
 そうじゃなくて、あたしのの人影は。


「"AES"」
『新着メッセージはありません』

「"AES"」
『新着メッセージはありません』

「"AES"」
『新着メッセージはありません』

「"AES"」『』「"AES"」『』「"AES"」『』「"AES"」『』「"AES"」『』「"AES"」『』「"AES"」『新着メッセージはありません』
「ああもう! どうなってんのよ!?」
 思わず声を荒げてしまう。
 あたしの叫びは雨にかき消されて誰にも届かなかった。

『こっちから送ってやればいいじゃないか』
 なんでAIに指南されなきゃならないんだ。
 とはいえ、言ってることは正しい。
 冷静を装い、すでに電波塔に到着していることを伝える。


 返ってきたのは意外な答え。

『――あれ? ぼくももう到着しているよ?』

 ……何言ってんの?


「あたしだってもう何十分も前からずっと待ってる。電波塔の、扉の前」

『ぼくも居るんだ。扉の前にずっと立ってる』

「もしかして中に居る? 雨宿りしてるとか」

 扉に手をかける。
 鍵がかかっていて中に入れそうにない。

『……え? 何を、言ってるの?』

 リクの声が明らかに変わった。


『雨なんて、降っていないよ』

 …………何それ。

『それどころか、雨なんてもうよ』


 遠くで海柱ピラーが始まる音がした。
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