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その1
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アジワ元経済特区は静寂に包まれている。
最初にして最古の海上都市であるが、もはやその機能を果たしていない。
海面上昇に端を発した人工プレートによる全世界メガフロート計画が実行されてもう何百年か何千年か……ま、どっちでもいいや。
ともかく、今や我々人類は海の上に暮らしている。
昔は地面って揺れないんだってね。
生まれたときからこれが当たり前なあたしにとってはそっちのが衝撃だ。
臭いものに蓋をするように覆い隠した暗黒海にはかつての文明の残滓が今も漂流している。
あたしはそんな漂流物を釣り上げては学者のおじーちゃんに見せるのが仕事――もとい、暇つぶしだ。
「お姉ちゃん、またガラクタ漁り? 危ないよ」
「イズミはうるさいなぁ。大丈夫だって、落っこちたりはしないし海柱の時以外は穏やかなもんだよ」
あたしと妹は都会に住んでいたが、親の都合によりこんなクソ田舎……もとい、原初的な地にやってきたのだ。
同い年くらいの子供もいないし、ゲームや読書は同じことの繰り返しだし、もう飽き飽きしていた。
たまたま探検に出かけたアジワ特区で釣りをしていた老人に出会い、話を聞いたら「海に沈んだ古代文明を調査している」ってことだった。
「海ってこんなに暗くて静かなんだ」
「他の地区では海柱の時以外は弁が閉じられているが、ここはそんなものが開発されるより前に出来たからのう。むき出しの暗黒海がここにはある。……む、釣れたか」
竿を上げると、糸の先端には薄茶色のペラペラな物体が付着していた。
「おじーちゃん、それ何?」
「これは木片じゃな。持ち帰って解析するとしよう」
「ねぇ、あたしも手伝おうか」
「こんな退屈な作業に付き合おうというのかね」
「今より退屈じゃなければ、何でもいいよ」
とは言ったものの。
殆どの日は退屈と隣り合わせ。
待ち時間の静寂はたまらなく嫌い。
たまに円盤とか、キラキラ光る石とか、昔の文字が書かれた何かを釣り上げてはおじーちゃんに渡しに行く日々。
そりゃあイズミに「漂流物漁り」なんて言われちゃう。
狙い目は海柱の翌日。
海柱とは文字通り海水が吹き上がるのだ。
それは天井まで押し上げられ、ある程度溜まったら次の雨のために貯水される。
天気は人工的に管理されており、晴れ、曇り、雨、曇り、晴れ……の繰り返し。
曇りだけ数が多くなるから時間を晴れや雨の半分にして調整している。
これまたおじーちゃんが言ってたけど、昔は規則性がなく晴れの日が何日も続いたり雨が何日も続いたりしてたんだって。
意図的にそういうことをすることはあるけど、人が操作できないなんて昔はとことん生きづらかったんだろうな。
今の時代に生まれてきて良かったのかも。
さて、今日はお待ちかねの海柱翌日だ。
あたしはいつもどおり釣り糸を垂らし、獲物を待ち構える。
「うーん……数は取れるけど」
期待しすぎたのだろうか。
これといった釣果はない。
せいぜい昔の偉い人がつけていたような護符くらいだ。
これも今まで何度か釣り上げているからさほど珍しくもない。
よく見つかるものだから、メガフロート以前の遺物にも関わらず現代風の呼ばれ方をしている。
今日はもう駄目かと諦めかけていたその時、竿がピクリと動いた。
「……? 何これ。引っ張られてる」
漂流物は基本的に無機物である。
こちらが釣り上げようとするのに対して水圧で引っ張られることはあっても、その前段階で引き寄せられることはありえない。
「これは、初物かしら」
竿を握る手に力が入る。
こんな感覚は初めてだ。
だったら、見たことのない何かが釣れるはず。
あたしは折れるかもなんて不安は一切気にせず、ただ力任せに竿を上げた。
少しはあたしを楽しませてくれ、この退屈で憂鬱な世界よ。
「……は。何これ」
釣り上げられたのは一本の瓶だった。
中には複雑怪奇で摩訶不思議、どうやって入ったんだっていうへんてこな構築物。
後に瓶詰帆船と呼ばれるそいつとの出会いが、あたしの運命を大きく変えた。
最初にして最古の海上都市であるが、もはやその機能を果たしていない。
海面上昇に端を発した人工プレートによる全世界メガフロート計画が実行されてもう何百年か何千年か……ま、どっちでもいいや。
ともかく、今や我々人類は海の上に暮らしている。
昔は地面って揺れないんだってね。
生まれたときからこれが当たり前なあたしにとってはそっちのが衝撃だ。
臭いものに蓋をするように覆い隠した暗黒海にはかつての文明の残滓が今も漂流している。
あたしはそんな漂流物を釣り上げては学者のおじーちゃんに見せるのが仕事――もとい、暇つぶしだ。
「お姉ちゃん、またガラクタ漁り? 危ないよ」
「イズミはうるさいなぁ。大丈夫だって、落っこちたりはしないし海柱の時以外は穏やかなもんだよ」
あたしと妹は都会に住んでいたが、親の都合によりこんなクソ田舎……もとい、原初的な地にやってきたのだ。
同い年くらいの子供もいないし、ゲームや読書は同じことの繰り返しだし、もう飽き飽きしていた。
たまたま探検に出かけたアジワ特区で釣りをしていた老人に出会い、話を聞いたら「海に沈んだ古代文明を調査している」ってことだった。
「海ってこんなに暗くて静かなんだ」
「他の地区では海柱の時以外は弁が閉じられているが、ここはそんなものが開発されるより前に出来たからのう。むき出しの暗黒海がここにはある。……む、釣れたか」
竿を上げると、糸の先端には薄茶色のペラペラな物体が付着していた。
「おじーちゃん、それ何?」
「これは木片じゃな。持ち帰って解析するとしよう」
「ねぇ、あたしも手伝おうか」
「こんな退屈な作業に付き合おうというのかね」
「今より退屈じゃなければ、何でもいいよ」
とは言ったものの。
殆どの日は退屈と隣り合わせ。
待ち時間の静寂はたまらなく嫌い。
たまに円盤とか、キラキラ光る石とか、昔の文字が書かれた何かを釣り上げてはおじーちゃんに渡しに行く日々。
そりゃあイズミに「漂流物漁り」なんて言われちゃう。
狙い目は海柱の翌日。
海柱とは文字通り海水が吹き上がるのだ。
それは天井まで押し上げられ、ある程度溜まったら次の雨のために貯水される。
天気は人工的に管理されており、晴れ、曇り、雨、曇り、晴れ……の繰り返し。
曇りだけ数が多くなるから時間を晴れや雨の半分にして調整している。
これまたおじーちゃんが言ってたけど、昔は規則性がなく晴れの日が何日も続いたり雨が何日も続いたりしてたんだって。
意図的にそういうことをすることはあるけど、人が操作できないなんて昔はとことん生きづらかったんだろうな。
今の時代に生まれてきて良かったのかも。
さて、今日はお待ちかねの海柱翌日だ。
あたしはいつもどおり釣り糸を垂らし、獲物を待ち構える。
「うーん……数は取れるけど」
期待しすぎたのだろうか。
これといった釣果はない。
せいぜい昔の偉い人がつけていたような護符くらいだ。
これも今まで何度か釣り上げているからさほど珍しくもない。
よく見つかるものだから、メガフロート以前の遺物にも関わらず現代風の呼ばれ方をしている。
今日はもう駄目かと諦めかけていたその時、竿がピクリと動いた。
「……? 何これ。引っ張られてる」
漂流物は基本的に無機物である。
こちらが釣り上げようとするのに対して水圧で引っ張られることはあっても、その前段階で引き寄せられることはありえない。
「これは、初物かしら」
竿を握る手に力が入る。
こんな感覚は初めてだ。
だったら、見たことのない何かが釣れるはず。
あたしは折れるかもなんて不安は一切気にせず、ただ力任せに竿を上げた。
少しはあたしを楽しませてくれ、この退屈で憂鬱な世界よ。
「……は。何これ」
釣り上げられたのは一本の瓶だった。
中には複雑怪奇で摩訶不思議、どうやって入ったんだっていうへんてこな構築物。
後に瓶詰帆船と呼ばれるそいつとの出会いが、あたしの運命を大きく変えた。
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