橘家の人々

いずも

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おらが村の柑橘さん

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「このままウチの事務所から新たなアイドルを排出できなければ、我が社は倒産してしまう」
 神妙な面持ちで、社長が呟く。
「どうだ。何か良いアイディアは無いか」
「やれやれ、そんじゃ今まで温めていたとっておきをお見せする時がやってきましたね」
 静まり返った会議の場に、軽妙な声が響き渡る。

「おおっ、何か打開策があるのかねっ!」
「へっへっへ、もしもに備えて準備してきたかいがあるってもんです」
 そんな未曾有の危機になるまで温めておかずにさっさと出せよ!
 一同は心の中で突っ込んだ。

「社長はご存知でしょうか。今、世の中は空前の『六つ子ブーム』!」
「ほほぅ」
 何年前だよ、と一同は心の中で突っ込んだ。

「そんなブームに全力で乗っかろうと考えていた企画がこちらです」
「おおっ、これは楽しみだ」
 そんな長いこと寝かすからブームはとっくに終焉だよ、と一同心の(略)

 そして彼が持ち出した企画書に目を通す。
『世界へ種を拡散させろ ~わが町自慢の柑橘系六つ子~』

「……これは?」
 企画書を見た社長は仏頂面で提案者を見る。
 これは駄目だな、と一同心の(略)

「柑橘類って、結構その地域ごとに特徴があったり、その地域でしか取れないような特産品的なものってあるじゃないですか。そういうちょいとマイナーな奴らを集めてユニットを組ませようって魂胆です」
「ほう、面白そうじゃないか。斬新だな」
 これを斬新と捉える社長に落胆だよ、と一同心の(略)

「実は、すでにオーディションも済ませ、ユニットも結成済みです」
「なんという手際の良さだ」
「まぁ百聞は一見にしかず。早速彼らに登場してもらいましょう」
 急に暗転し、ドラムロールが鳴り響く。
「さぁ、どうぞ!」

「和歌山県北山村出身の『じゃばら』や。花粉症やアトピー性皮膚炎の抑制効果とが期待されてるからぜひ食べら。キロ1000円だとして、収穫量は年間180トンだから、経済効果はだっと見積もって……億超えよる。こりゃ凄い」

「広島県東広島市安芸津町から来た『じゃぼん』じゃ。小さな太陽とも呼ばれとるんよ。ぶち甘ーて美味ーけぇ、みんな食べんしゃい」

「長崎県長崎市、外海そとめ地区の『ゆうこう』たい。白い皮まで食べられるけん、お残しは許さんと。キリシタンが伝えたとかいう話もあるけんど、眉唾たい」

「徳島県上勝町と言えば柚子でもかぼすでもない、『柚香ゆこう』やね。幻の果実とか言われとるんじょ。味はちょっと柑橘系の中ではパンチがなくて物足りないかもしれんね……」

「おっと忘れちゃいけない四国の雄、高知県四万十市、それも旧中村市の河口付近でしか作れない『ぶしゅかん』ぜよ。他所では作れない禁断の果実、いわゆる仏手柑ぶしゅかんとは別物ぜよ、わざわざひらがなに直しとろーが。スダチみたいな普通の丸っこい、餅柚もちゆという品種なんぜよ。これがまた捕れたてのソウダガツオによく合うぜよ。いっぺん高知に来とーせ!」

「最後さんになったけども、熊本県八代地方の『晩白柚ばんぺいゆ』ばい。デカイ図体にちょろっとしか実が無いって? ばってん、白い皮の部分も煮詰めて砂糖まぶしたら立派なお菓子ばい。無駄にしないたい」


「さぁ!」
「これは素晴らしい!」
 !?
 誰か突っ込めよ、と一同心の(略)

「あ、あの……ちょっとマイナー過ぎません?」
 一人の社員が恐る恐る手を上げ意見する。
 よくやった、と一同心の(略)

「いや~、迷ったんですけどね~。『はるみ』・『せとか』・『せとみ』・『清見』・『なつみ』・『不知火』の姉妹バージョンも考えましたよ」
「ふむ……品種と商標登録名が混濁している部分もあるが、それもまた面白いな」
 なんでこいつも社長も柑橘類に精通してるんだよ、と一同心の(略)

「マイナー品種上等! ここから新たな種を世界中に向けて拡散させてやるんですよ! 目指せ温州みかん! 目指せ有田みかん!」
「ほっほっほっ、また品種と商標がごっちゃになっとるぞ。ふむ、これは世界を……狙えるな」
「ええ!」

 駄目だこの社長……
 一同心の(略)

 結局、ユニットは鳴かず飛ばずで終わった。
 誰かも言っていたが、結局他の地域ではその果物は育たなかったのだ。

「世の中に拡散させる一番の方法が種を無くすことって、皮肉な話だよな……」


*注意*
ここで上げられている地域別の柑橘類の多くは、果実としてではなく加工食品として食されるものが一般的です。
通販などで購入できるので、楽天などでポン酢やジャムで検索することをおすすめします。
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