流浪の魔導師

麺見

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

296. 数センチ

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 黒い影が猛スピードで迫る。ふところに入られてなるものかと、隠術いんじゅつで後ろに跳んで距離を取る。着地と同時にすかさず雷撃。当然マーキングは済ませている。黒い影は雷に打たれ、力なくその場にどさりと崩れ落ちる……はずなのだ。だが大きな音共に飛び出した雷光は、黒い影をするりとすり抜ける様にその背後へと消えた。直後、胸の真ん中辺りに飛んで来る光る物。

 どうする? 魔喰まくいで受けるか、はたまたかわすか。かわすならしかし、どうかわせば良い? 後ろに? 横に? 

 などと、悠長にそんな事を考える時間など当然あるはずもなく、身体が動くまま少し半身になりながら突き出されるナイフをかわし、すぐさま後ろへ跳んで距離を取る。着地と同時に反撃、再び雷撃を放つがやはりかわされる。

「ふぅぅ……」

 大きく息を吐き〝すぅぅ〟と大きく息を吸う。酸素が頭に、身体に、全身の隅々にまで行き渡るまで繰り返す。黒い影も同様に足を止め、その実体をさらして呼吸を整えている。
 高速で立ち回り、攻撃を仕掛け、そしてそれをかわして反撃……そんな作業の間は呼吸なんて出来やしない。例えるならボクシング。インファイター同士の距離を詰めての打ち合いか。

「ふぅ……」

 俺は再び息を吐く。深呼吸ではない、ため息だ。そして少し辟易へきえきとしながら黒ローブを睨む。黒ローブから見たら、俺はきさぞ恨めしそうな顔をしていた事だろう。実際恨めしい。攻撃がまるで当たらないのだから。いくら魔法を放っても、いくら剣を振るっても、黒ローブは嘲笑あざわらうかの様にそれらをするりとかわしてしまう。取り分け頼みの雷撃に至っては、もはや見切られてしまっている感もある。
 その威力もさる事ながら、俺としては雷撃最大の強みは射速の速さだと思っている。射出と同時に着弾する様な、そんな超高速の雷撃をかわされるなど完全に予想外。

 つまりこの黒ローブは予想を超える〝化け物〟という訳だ。

 黒ローブを化け物足らしめているのは、高いレベルで発動される隠術いんじゅつに他ならない。まぁそれも当然だ。何せ向こうの隠術は言わば本家。本物の暗殺者が使用する本物の影の力。分家どころかまがい物程度のこちらの隠術とは比べ物になるはずもなく、真っ向のスピード勝負などどう考えたってこちらが不利だ。
 とは言えそんな化け物に、どうにかこうにか食らいついていられているのもまた事実。全く、経験とは偉大なものだ。初見でこの場に立っていたら、恐らく数秒と保たず瞬殺されていただろう。本家の隠術、その速さにも慣れてきた。とは言え不利な状況に変わりはない。何か手を打たなければ……

「!?」

 突如、黒ローブは床を蹴り飛び出した。虚を突かれた俺は慌てて迎撃態勢を整える。予備動作なんてまるでなかった。ゆったりと弛緩しかんした様な状態から一転、突然襲い掛かって来たその姿は、猫科の動物のそれと同じ様に思えた。

(やろ……!!)

 俺は左手を前に突き出す。点や線ではかわされる。必要なのは面の攻撃。射出と同時に魔弾を四、五十個程に分裂させる。魔散弾。一先ひとまずは牽制けんせいで充分だ。少しでも黒ローブがひるんだら、続け様に二の矢三の矢を繰り出そう。などと、そんな俺の甘い考えを黒ローブは容易に打ち砕いた。
 黒ローブは首の後ろではためく・・・・フードをシュッと目深まぶかに被ると、かわすどころか半身になりながら散弾の雨に飛び込んだ。〝パパパパシィッ〟と響き渡る聞き慣れた音。黒いローブに当たった小さな魔弾は、その聞き慣れた音を立てながら次々と弾け飛ぶ。

(魔導具か!)

 強引に突破口を開いた黒ローブは更に加速。目の前まで来ると左右のナイフを振り回し始める。〝振り回す〟とは言っても決して闇雲な訳ではない。胸や首、あるいは目であったりと、確実に急所を斬り付けてくる。

(クソッ!)

 まるでフードプロセッサーだ。少しでも触れようものならズタズタに切り裂かれてしまう。
 俺は横に後ろにと隠術で細かく移動しながらそれらをかわす。が、受けのままではジリ貧だ、いずれ捕まる。どこかで反撃に出なければ……と、後ろに下がった俺を見て黒ローブは小さく、そして短く〝ふぅ〟と息をついた。

 〝ここだ! 〟

 攻撃が切れた。反撃のチャンスだ。瞬間大きく踏み込み魔喰いを振る。〝魔導師のくせに剣で仕留めに掛かるのか〟と、フードから覗いた黒ローブの驚いた様な顔がそう言っている。

 手を伸ばせば届く距離。この至近距離ならばさすがに雷撃は当たるだろう。だが近過ぎるがゆえにこちらも巻き添えのダメージを負う。そして懸念が一つ。雷撃まで防がれてしまう可能性だ。
 黒ローブは雷撃を防がずかわしていた。だがそれは高威力魔法は防げないと、そう思わせる為のブラフだったとしたらどうだ。あり得ない話ではない。何をしてくるか分からない、相手はそういう敵だ。防がれたら反撃に遭う。この近距離で暗殺者からの反撃は、すなわち死を意味する。
 では巻き添えダメージを覚悟して、ローブの魔法防御など貫けるくらい出力を上げるか? 出来るがしかし、それでは黒ローブを殺してしまう。メチルの事を聞き出せない。殺さず無力化する為には距離を取る必要がある。だから剣なのだ。
 無論魔喰いの刃が当たれば斬り殺してしまうだろう。だが当たらない。こいつはかわす。ではどうやってかわす? かがむ? 真上に跳ぶ? どちらも悪手。容易に二撃目を食らう。ならば必然……

 横にいだ魔喰いは空を斬った。案の定、黒ローブは後方へと回避する。距離が空いた。これを待っていた。左手を前に構える。

 放つ魔法は決めてある。魔散弾だ。

 単発では先程同様防がれて終わり。なので二発、三発、四発と連続で放つ。間断かんだんなく浴びせられる散弾を防ぎ切る程の性能が、果たしてあの黒いローブにあるのか。これならば威力を上げずとも動きを止められる。何ならそのまま押し切れるかも知れない。

 が、ここで思いもしない展開となる。

 一瞬。ほんの一瞬。左手を構えたのと同時に、一瞬で黒ローブが目の前に現れた。

 〝何だ!?〟
 〝何が起きた!?〟

 などと思ういとまもなく、只々目の前の黒ローブに驚いた。

 経験とは偉大なものだとついさっきそう思ったが、どうやらそれを逆手に取られた様だ。黒ローブの操る本家の隠術、慣れたのではない。慣れされられたのだ。
 あの動きが本家の全てだと思っていた。とんだ勘違いだ。しかし、一体誰が予想出来るだろうか。自分でも隠術を扱うから良く分かる。これは異常。明らかな異常。全く目で追えなかった。〝素早く動く〟のレベルを超えている。まるで……いや、まさに瞬間移動だ。

 何をしてくるか分からない敵。まんまと騙された。黒ローブの隠術は、予想の遥か上にある。

 いざ魔法を放とうかと構えた左腕。むなしく宙に浮くその腕を、くぐる様に飛び込んできた黒ローブと目が合った。何の表情も浮かんでいないその目に射抜かれて、訳が分からず、意味も分からず、なかばパニックになりつつも、ただ反応した。この危機的状況を回避すべく、後ろに跳んだ。

 〝ヂッ……!

 首に衝撃。無我夢中の中、しかし瞬間理解する。〝斬られた〟と。

(やられた! どうやって……左か!!)

 状況を把握しようと頭をフル回転させる。そして気付く。ナイフは左右にある。今のは左。まだ右が残っている。対応出来なければ死ぬ。

(かわせ! じゃなきゃ死ぬ…………死ぬ? というか俺はまだ…………生きているのか?)

 生死の境界とはなんと曖昧あいまいなのか。自分が今、生きているのか死んでいるのか、それすらはっきり分からない。そしてそんなこちらの状況などお構いなしに、後ろへ跳んだ俺を追い詰めるべく黒ローブは更に迫る。

 ぎゅぎゅぎゅっと、時間が圧縮されてゆく。
 ぎゅぎゅぎゅっと、空間が凝縮されてゆく。

 そんな不思議な錯覚の果てに訪れるのは、音がなく、色も認知出来ず、まるでその瞬間瞬間を切り取ったモノクロの写真を、ゆっくりとめくって眺めてでもいるかの様な、全ての動きが極限まで遅く感じる、そんな世界。

(あぁ……これは……)

 覚えがある、この感覚。初めはジョーカーのアイロウとの戦い。二度目はさっき、街中でセムリナの乗る馬車を守った時。この感じの時はあれが出せる。


 パンッッッ!!


 大きな音が鳴る。何かが弾ける様な、そんな大きな音。一瞬遅れて〝ガッ!?〟と声を上げた黒ローブ。大きく身体をらすと、そのまま後ろに吹き飛びごろごろと床を転がった。ゆっくりと流れる時間の中、俺の放った一発の魔弾は黒ローブの左肩に命中した。

(あぁ、やっぱり出せた……)

 魔力を取り出し、圧縮し、射出する。一切の無駄なくそのプロセスを行った末に放てる魔弾。美しい射線を描きながら音もなく飛び、当たれば多大なダメージを与える理想の魔弾。これを自在に扱う事が出来れば、少しはレイシィに近付けるだろうか……


「貴様ァァァァァ……!!」


 怒りと恨みが存分に込められた、腹の底から絞り出したかの様な黒ローブの怒鳴り声。ハッとした瞬間世界は元に戻り、見ると床に膝をつき左肩を押さえながら、鬼の形相ぎょうそうでこちらを睨む黒ローブの姿があった。

(当たった……魔弾……そうだ! 首!!)

 と、そこでようやく我に返り慌てて首筋に手をやる。〝ぬるり〟と濡れた様な感触と〝ズキッ〟と走る強い痛み。触れた手を見ると赤い。血だ。確かに斬られていた。だが……

(それ程でも……ないか?)

 楽観は出来ない。出来ないがしかし、取り敢えず胸を撫で下ろす。どれくらい斬られたのか、どれくらい血が出ているのか。鏡がないから良く分からないが、どうやらそれ程深い傷ではないらしい。意識もはっきりしているし、手足も問題なく動く。動脈やら静脈やらをやられていたら、さすがにもっとひどい事になっているだろう。

(とは言え……)

 とは言えだ。浅かろうが深かろうが、首を斬られたという事実に変わりはない。首という急所をだ。もう数センチ深く黒ローブが踏み込んでいたら、もう数センチナイフの刃が長かったら、俺は首をざっくりと斬り裂かれ、血を噴き出しながら崩れ落ちていた事だろう……などと想像したら、背中が〝ぞくり〟とした。
 治癒魔法で止血処理をしながら視線を黒ローブに戻す。黒ローブは左肩を押さえながらゆっくりと立ち上がろうとしていた。

(動けるのか……!?)

 少し驚いた。オークの太い腕を鎧ごと吹き飛ばす程の魔弾だ。それを食らってよもや動けるとは。からくり・・・・は……やはりローブだろう。恐らくローブの魔力シールドが働いたのだ。良い装備を身に着けている。

(いや、ローブだけの話じゃない……)

 常に先手を打たれ、絶えず翻弄ほんろうされ続け、挙げ句わずか数センチで命を繋ぎ止める始末。起死回生の魔弾もダメージを与えこそすれ、地にじ伏せるには至らない。強敵。間違いなく、まぎれもなく、疑いのない強敵。


「……めた」


 思わずぼそりと、口から漏れた。

 考えれば考える程相手の強さが際立って見え、考えれば考える程己の愚かさを痛感する。これ程の強敵を相手に殺さず捕らえて情報を聞き出そうなどと……何とおこがましい事か。勘違いにも程がある、思い上がりもはなはだしい。相手はあのアルアゴスの目。伝説的な暗殺組織の人間だ。

 未熟さに、見る目のなさに、力量不足に、どこまで行っても甘過ぎる自分自身にとことんうんざりする。〝をわきまえろ〟と説教してやりたいところだ。


 全力を出さなければ、勝てる相手ではない。


 〝めた〟とはもちろん〝戦う事を〟ではない。〝あれこれ欲張る事を〟止めるのだ。デンバには悪いが、メチルにはもっと悪いが、彼女の事は一先ひとまず後回しにさせてもらう。貫くのは当初の目的。ジェスタの命を守る。そして自分の命を守る。

 その為にもこいつは、ここで確実に殺す。
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