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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞
295. 不毛な答え合わせ
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「良いかお前ら、絶対こっから動くなよ」
子供達にそう言い聞かせると、タウラスは「じゃあおばちゃん頼むな」と子供達の背後に立つ女に念を押す。
「勿論良いけどさぁ……なぁタウラス、教会で何が起きてんだい? さっきからガチガチ、ガチガチってあれ、誰かがやり合ってる音だろう?」
女は子供達の肩を抱きながら不安そうに話す。「まぁ……とにかく頼むよ」と、タウラスはそう言うと女の家を後にする。
(何が起きてるって……俺が知りてぇよ)
◇◇◇
「どうなってんだよ……」
思わず呟いた。教会に戻ったタウラスが見たのは、剣を抜いたバッサムが地面に倒れている男を見下ろしているという光景だった。しかしハッとして、すぐに駆け出す。バッサムよりもまずはこっちだ。
「フォージ! 親父の様子は!」
フォージと名を呼びつつも、しかしタウラスの目にはフォージの姿は入っていない。タウラスが見ているのは地面に横たわる神父だけだ。
「死んだ」
フォージが静かに答える。
「そうか……」
タウラスも静かに返した。驚きはしなかった。気付いていたから。神父の側に屈んで、すぐに分かった。
神父は胸を貫かれた。そして自分を含め、この中に治癒魔法を使える者はいない。こういう結果になるだろうという事は、薄々勘付いていた。
「子供達は?」
「向かいに預けてきた。ベルおばちゃん家だ。で、どういう状況だ?」
「バッサムが仕掛けた……」
そう話すラーカに目をやり、タウラスはそこで初めて気が付いた。地面に座り込んでいるラーカは血塗れだった。
「ラーカお前! やられたのか!?」
「見た目程酷くはねぇ、死にゃあしねぇよ……っぐ……ふぅぅ……それより、次はあの女だ」
痛みに顔をしかめながら、それでもラーカはニヤリと笑った。「どうなってんだ、これ」とタウラスは改めて問い掛ける。「バッサムだ」とフォージは返した。
「一騎討ちだ。連中の十八番を逆手に取った。たった今あの男を倒して、次は親父を殺ったあの女だ」
「何でそんな……そもそもあの連中は何なんだ?」
「ブロン・ダ・バセル……」
「傭兵か!? 何でこんな所に……」
「理由は知らねぇが、連中の目的はここの子供達だ。リテュエインがいんだろ? 街も噛んでやがる。それを阻止しようと親父は一騎討ちに挑み、負けた」
「何だそりゃ……」
そう言ってタウラスは絶句した。説明を聞いてもまるで理解出来ない。混乱するタウラスの横で「やっぱ……バッサムは強ぇ」とラーカが呟く。
「あの女に勝ちゃあ、それで終わりだ」
「そうだな」とフォージは答える。「連中が、それを守るんならな」と付け加えた。
▽▽▽
「……驚いた。中々どうして、やるもんだねぇ」
ナイシスタは素直に感心した。街の衛兵程度がナッカを打ち倒すとは露程も思わなかった。散々煽られ怒りに任せて攻め立てた、そんなナッカの未熟さを差し引いても、こんな結果になるとは思いもしなかった。
「だが、結構斬られたじゃないか。攻めの組み立ては及第点。守りはザルだ」
「この程度……斬られた内に……入るかよ」
すぅ、はぁ、と大きく息をしながらバッサムは呼吸を整える。剣の腕には自信があった。今までに何度も賊やマフィア共と立ち合ったが、その尽くを無傷で捩じ伏せた。だがやはり、傭兵ともなると違うものだ。相手が怒りで冷静さを欠いていなければどうなっていたか。
だが勝った。
例え何であれ、勝てば良い。ここで負けるなどあり得ない。
「……次はお前だ」
斬られはしたが大した事はない。乱れた呼吸も落ち着いた。バッサムはナイシスタに剣を向ける。「やれやれだねぇ……」とナイシスタはため息混じりに言った。
「お前に勝った所で新たなご褒美は何もない。全く、大盤振る舞いってのはこの事で……」
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
突如、歓喜の声が響く。じろりと声のした方を見るナイシスタ。視線の先ではロイデが右腕を振り上げ叫んでいた。
「おい! 誰かいるか、衛兵に賭けたヤツ! いるか? いねぇよな! これお前、俺の一人勝ちじゃねぇの!?」
興奮するロイデ。隣にいるミストンは冷めた感じで「何お前、衛兵に賭けたのかよ」と一言。ロイデは得意気に〝ふふん〟と鼻を鳴らした。
「賭けに情は絡めねぇ。勝てるもんも勝てなくなるからな。それにあの衛兵、何か感じるもんがあってよ。そういう直感ってのも重要だ。大体全員がナッカに張ったら賭けが成立しねぇじゃ……」
「……ロイデ」
上機嫌でミストンに賭博指南するロイデ。不意にナイシスタに名を呼ばれ〝びくり〟とした。
「あ、あぁ済まねぇ隊長……久々の大勝ちなんで、はしゃいじまって……」
「お喜びの所申し訳ないんだがねぇ、ダンと一緒にナッカを診てやんな。放っときゃ死んじまうよ」
ナイシスタに指摘され「あ!」と声を上げるロイデ。見るとナッカはダンに引きずられ脇へと運ばれている。「悪ぃナッカ! 生きてっか?」と、ロイデは慌ててナッカに駆け寄る。
「さて……」
ようやく場が静かになった。ナイシスタは〝シュゥッ〟と腰の細剣を抜く。
「考え直すなら今の内さ。一度斬り結んだら〝やっぱり止めた〟は通らない。ただ、泣いて頼むなら……まぁ聞いてやらない事もないがねぇ?」
「……あぁ?」
「攻めの組み立ては及第点、守りはザル。スピードは……蝿が止まる」
そう言って鼻で笑うナイシスタ。くっとバッサムの眉間にシワが寄る。
「全く可愛いじゃないか。そんな腕で私をどうにか出来ると思っているとはねぇ……しかしこれじゃあ、神父も浮かばれない」
ため息混じりにそう話すと、ナイシスタはおちょくる様なニヤけた笑みを見せる。挑発だ、分かっている。
「まぁ心配しなさんな、ギリギリまで生かしといてやるさ。泣いて命乞いする姿、見てみたいからねぇ」
分かっている。分かっているのだ。これに乗ってはさっき倒した傭兵と同じ事になると。だが抑えられない。暴れているのだ。炉に入った火が、激しく暴れて燃え上がろうとしている。もはや制御は、出来ない。
「……ブッ殺す!!」
「ハッ! やってみなよヘボ剣士!!」
□□□
「しかしフォージの提案には驚いたねぇ」
過去へと飛んでいたバッサムの意識はふっと現在へ引き戻された。ぱちぱちと瞬きをし、目の前の光景を確認する。ここはダグべの宮殿、教会ではない。グッとバッサムは奥歯を噛んだ。五年前の屈辱が蘇る。
「〝ブロン・ダ・バセルに入れろ〟とは……あいつは本当に冷静で賢い。子供達を奪還する為に私達の懐に入る……選択としちゃあ間違っていない。しかも私はそれを拒否しないと、そこまで考えていたんだろうさ」
五年前、バッサムはナイシスタに敗れた。あからさまな挑発に乗り、怒りに支配され、結果為す術なく斬り刻まれた。自身がナッカに対してやった事を、まんまとナイシスタにやられたのだ。完敗だった。
止めを刺すべくバッサムの胸に剣を突き立てようとするナイシスタ。フォージはすかさず止めに入った。〝殺せばあんたは損をする〟と。理由を問うナイシスタにフォージは言った。
〝俺達をブロン・ダ・バセルに入れろ、絶対に役に立つ〟
ここにいる者達を含め、院出身の衛兵全員に声を掛ける、だから希望者を入団させろと。その突拍子もない提案にナイシスタは声を上げて笑い、同時に感心した。こいつは本当に賢い奴だと。
「全く、上手い売り込みさ。頭の切れるフォージにナッカを退けたお前の武威。お前達以外にも衛兵の中に使える奴がいるんじゃないかと、そう興味を持つのは自然な事さ。しかも憎たらしい事に、フォージは私の性格を読んでいた」
憎たらしいと言いつつもどこか呆れる様に、ナイシスタは軽く肩を竦めて見せた。
「お前達如きを飲み込んだとて何の影響もない。私が影響など出させない。ならばシンプルな話さ。使えそうな奴が働きたいと申し出た、ただそれだけの事……と、フォージは私がそう考えるだろうと予測し、そして私はフォージの思惑通りにお前達を受け入れた」
くるりくるりと、ナイシスタは話しながら剣の切っ先を宙に遊ばせる。その内に切っ先は、すっとバッサムに向けられた。
「まぁ言ってみれば、お前達は喉に引っ掛かった小骨みたいなもんさ。丸ごと食べた魚の小骨が、喉の奥に軽く引っ掛かった。その程度の存在だ」
終始浮かぶ緩い笑み。滑らかに回る口。バッサムは思う。これはもう、この女の癖の様なものなのだろうと。相手を小馬鹿にし、翻弄し、自身に有利な状況を作る。揶揄も皮肉も、息をする様に自然と出てくる……
「お前の仲間……何人いたんだったか……七? 八人か? 確かラーカもタウラスも……おや? 他の奴は皆死んだんじゃないかい? 寂しいねぇ、もはやお前一人に……」
「はぁぁ……」
バッサムの大きなため息が、ナイシスタの口から流れる無意味な挑発を遮った。そう、全くの無意味。五年前と同じ轍を踏む訳がない。
「戦闘中だってのに良く喋りやがる……話を聞いて欲しいなら、そこらの劇場にでも立ったらどうだ? まぁそんな調子じゃ客は笑わねぇと思うがな」
落ち着いた様子のバッサムを見てナイシスタは小さく笑った。〝やっぱり乗ってこないか〟と。だがそれで良い。そうであるべきだ。散々待ったその挙げ句、五年前と同じ様に簡単に始末が付くなど面白くない。
「つれないじゃないかバッサム。これで最後だと思うからこそ話してるのさ。そろそろ喉の小骨を、取ろうかと思ってねぇ」
「取れると思うか? すでに深く深く、突き刺さってるのかも知れねぇぜ?」
「ハッ! 吹くんじゃないよバッサム。この五年、随分あちこちと探し回った様じゃないか。だが結局お前達は学園の所在すら掴めていない」
ぴくりとバッサムは反応する。〝チッ〟と小さな舌打ち。だが心が乱れる程の事ではない。ほんの僅かな苛立ちだ。
「……ああ。腹の立つ話だ。どこに隠してやがるのやら……」
そう吐き捨てるバッサムに、「見付けられて堪るものか」とナイシスタは笑う。
「学園の所在はダッケインにすら教えていない。一部の幹部しか知らない重要事項だ。お前達小骨風情に探し出せるはずがないのさ。その間にも子供達の教育は順調に進んでねぇ、年長の子供の中には成人した者すらいる。良い頃合いだろう? 実戦投入するには……さ」
ぴくりと、再びバッサムは反応する。聞き捨てならない言葉が飛び出した。子供達の実戦投入。こればかりは舌打ちでは済まない、さすがにバッサムも顔色を変える。
そんなバッサムの様子を楽しむ様に眺めるナイシスタ。くすりと笑い「だが問題があってねぇ」と話を続ける。
「子供達が実戦に出ると、必ずどこかでお前と接触する。そうすりゃ当然、学園がどこにあるのかバレるだろう? だから私はレッゾベンクに顔を出したのさ。お前がいると耳にしたからねぇ」
軍務卿から直接依頼を受けたレッゾベンクでの賊狩り。名も知らない小者の討伐など、ナッカら部下達に任せてしまっても何ら問題はなかった。だが前述の目的があり、ナイシスタはレッゾベンクへと赴いた。
「次々と仲間が死に、五年間何の成果もない。さぞ焦れてるだろうと思ってねぇ。ちょいと釣り糸を垂らしたら、案の定お前はすぐに食い付いた。共釣りよろしくフォージも引っ掛けようと思ったが、すでに死んでいたとはねぇ」
賊狩りの人員補充、バッサムはきっと乗ってくる。そしてその後のマンヴェントへの同行も。
第二王子殺害計画を手伝わせ、その過程で死亡、若しくはダグべ側に捕らえられたならそれで良し。子供達と接触する事はなくなる。計画完遂後まで生き残っていたのなら、約束通り子供達の様子を教える……との名目で呼び出して殺せば良い。
ナイシスタは考えたのだ。始末するだけならいつでも出来る。だがどうせなら、バッサムの命を最後まで使い切ってやろうと。
「しかしいじらしいねぇ。最後の一人になっても、それでも子供達の為に動こうとは。全く、大したもの…………と…………」
ナイシスタは急に口籠った。おかしい。何かがおかしい。終始浮かべていた笑みも消える。
(待て……違う……違うぞ……)
どういう訳か今まで気付かなかった。どういう訳か頭を過りもしなかった。気付いてしまった、強烈な違和感。この状況の異常性。
(そもそもこいつは……どうして仕掛けてきた……?)
眉間に目一杯のシワを寄せ、ナイシスタはバッサムを見た。バッサムは子供達の様子を知りたいと、そう言って同行を申し出た。ならば何故、自分に剣を向けている? 万が一(それこそあり得ない事だが)自分が死んだら、バッサムはどうやって学園の場所を探るというのか。
(それに……こいつにそのつもりがあったのなら、ここに至るより前に仕掛けているはず……)
マンヴェントに滞在中、ナイシスタは敢えてバッサムに隙を見せていた。前述の理由により、恐らくは自分に剣を向ける事はないだろう。だが当然警戒して然るべき。故にバッサムが動くか否か、見極める必要があった。と同時にそれは、嗜虐性の強いある種のお遊びであり、趣味であり、時間潰しでもあったのだ。
強烈な恨みを抱き、激烈な怒りを覚える。そんな相手が目の前で無防備に首を晒して見せているなど、そしてそれを黙って見ているしかないなど、バッサムにとっては究極に耐え難い苦痛の時間だろう。そんなこの上なく辛い時間を過ごすバッサムの様子を、ナイシスタはほくそ笑みながら眺めて楽しんでいた。仮にバッサムが動いたなら、その場で始末してそれで終わりだ。
(では……抑え切れなくなり、つい仕掛けた……?)
それも違う。バッサムは五年もの間耐えに耐えた。そんな忍耐強い奴が、それまで費やした時間の全てを無にする様な、そんな短絡的な行動を起こすはずがない。それこそ子供達の為にも、仲間達の為にもだ。そしてそれはバッサムの落ち着いた様子からも窺える。それは〝つい仕掛けてしまった〟などと、そんな衝動的に動いた様子ではない。
(じゃあ何だ……一体……)
じっとバッサムを睨むナイシスタ。さすがにバッサムも困惑し「どうしたよ……斬って良いのか?」などと軽口を叩く。だがナイシスタは無言だった。頭の中で可能性と名の付くあらゆる事柄の糸を手繰り寄せた。そしてその内の一本、その糸の先に結ばれていたとある人物のその姿が、ふっとナイシスタの脳裏に浮かんだ。
「お前…………ルバイットと繋がっているな?」
不意に飛び出した名。バッサムは少し動揺し、しかしそんな素振りはおくびにも出さず「はぁ? 何言ってやがる?」と惚けて見せた。だがそんなバッサムの返答も、ナイシスタの耳には届いていない。ナイシスタにとって、バッサムの反応などはどうでも良かった。確信するに足る根拠がある。
(ポリエか……)
かつてポリエは仲の良い友人だった。同じ女性同士、抱える不満は似通ったものであり、零す愚痴も互いに共感出来るものだった。
しかしその関係も徐々に変化してゆく。ナイシスタがダッケインに対して抱いていた復讐心は日に日に強まり、いずれはダッケインを殺し団を乗っ取ろうと考えるに至る。同時に他の幹部達とも距離を置く様になった。この思惑が他人に漏れては事だ、ダッケインの耳に入ってしまうかも知れない。そう考えるとポリエも例外ではなった。
(ポリエはルバイットについた。ならばルバイットも知っているか……)
かつて仲の良かった友人、ポリエは学園の所在を知っている。ルバイットと接触した事でバッサムもそれを知った事だろう。だったらもう、これ以上〝父〟の仇を生かしておく必要はない。
「なるほど……」
ナイシスタはぼそりと呟く。ようやく合点がいった。が、疑問はまだいくつか残っている。
「ルバイットの取り分は何だ? 何を差し出して、お前はこの状況を買った?」
バッサムはごくりと唾を飲んだ。この僅かな間にナイシスタの思考はルバイットまで辿り着いた。こちらからは何の情報も渡していない。ナイシスタにとっては推測や憶測の域を出ていないはずだ。だがナイシスタは明らかに確信を持った口調で話している。
(おっかねぇ女だな……)
一体どんな頭をしているのか。〝さっきから何を言ってやがる?〟と、バッサムは惚けた演技を続けようと口を開きかけた。が、「いや待て」とナイシスタはバッサムが返答するより先に口を開いた。
「私の首だな? 利害が一致してるという事か」
ルバイット陣営のおかしな動きは少し前から把握していた。だが大方ダッケインに反旗を翻すつもりなのだろう、だったら自分にも利はあると、そう考えて敢えて放置していたのだ。しかしどうやら、全く不本意ではあるが、ルバイットは未だ自分がダッケインに対しある種の情を抱いていると、そう勘違いしているらしい。故にバッサムを差し向けた。ダッケインと合流する前に始末しようと。
「まだあるぞ。そもそも何故この状況だ?」
ナイシスタは立て続けにバッサムに疑問をぶつける。
「何故このタイミングで仕掛けた? あるんだろう? このタイミングじゃなきゃならない理由が。もう一つ、どうやってルバイットに取り入った? 言っちゃあ何だが、ルバイットがお前如き下っ端の話を聞くなど……」
「そんなもん聞いてどうすんだ?」
呆れる様に笑いながら、バッサムはナイシスタの言葉を遮った。そして「今更だろうよ、そんなもん」と肩を竦ませる。余裕のある態度。〝父〟の仇を目の前にして、あまりに余裕のあるバッサムの姿を見て、ナイシスタは疑問の一つが解けた気がした。
(そうか……フォージは生きている……)
バッサムの余裕。その根拠はフォージだ。そうだ、そう考えると納得だ。ルバイットとの交渉もフォージが請け負った。頭の切れるあの男、フォージが全ての絵を描いた。
「フ……フフフ……アッハハハァ!!」
突如大きな声で笑出だすナイシスタ。「やれやれだねぇ、全く……」と漏らすと、今度は大きなため息を吐く。
何という事はないのだ。裏で誰が動いていようが、バッサムが剣を向けようがどうだろうが。全て斬り伏せれば良いだけの話。計画に何ら支障はない。
ただ、気付けなかった事を嘆いたのだ。
言われるがままにフォージは死んだと思い込み、こうだろうと決め付けルバイットを放置し、バッサムが動いた事の異常性に気付かず、あまつさえようやく動いたかと、待ち侘びていたなどと、そんな事を思ってしまった。
思い込み、確かめず、決め付け、気付かず。
あまりにも鈍い自分に、鈍くなってしまった自分に、怒りや苛立ちを通り越して呆れて果ててしまったのだ。
「嫌になるねぇ……どうやら脂肪ってのは脳ミソにも付くらしい」
ぼそぼそと小声で愚痴るナイシスタ。「あぁん?」とバッサムが聞き返すと、「こっちの話さ」と笑う。
「とにかくまぁ……お前の言う通りさ、バッサム。今更……確かにそうだ。そんなものは今更だ」
「そうだぜ。答え合わせなんて必要ねぇ。これで全部終わるんだからな」
「ああ、その通りさ。ここで終わる……」
「お前はねぇ!!」
「あんたはなぁ!!」
ガキンと両者の剣がぶつかる。
子供達にそう言い聞かせると、タウラスは「じゃあおばちゃん頼むな」と子供達の背後に立つ女に念を押す。
「勿論良いけどさぁ……なぁタウラス、教会で何が起きてんだい? さっきからガチガチ、ガチガチってあれ、誰かがやり合ってる音だろう?」
女は子供達の肩を抱きながら不安そうに話す。「まぁ……とにかく頼むよ」と、タウラスはそう言うと女の家を後にする。
(何が起きてるって……俺が知りてぇよ)
◇◇◇
「どうなってんだよ……」
思わず呟いた。教会に戻ったタウラスが見たのは、剣を抜いたバッサムが地面に倒れている男を見下ろしているという光景だった。しかしハッとして、すぐに駆け出す。バッサムよりもまずはこっちだ。
「フォージ! 親父の様子は!」
フォージと名を呼びつつも、しかしタウラスの目にはフォージの姿は入っていない。タウラスが見ているのは地面に横たわる神父だけだ。
「死んだ」
フォージが静かに答える。
「そうか……」
タウラスも静かに返した。驚きはしなかった。気付いていたから。神父の側に屈んで、すぐに分かった。
神父は胸を貫かれた。そして自分を含め、この中に治癒魔法を使える者はいない。こういう結果になるだろうという事は、薄々勘付いていた。
「子供達は?」
「向かいに預けてきた。ベルおばちゃん家だ。で、どういう状況だ?」
「バッサムが仕掛けた……」
そう話すラーカに目をやり、タウラスはそこで初めて気が付いた。地面に座り込んでいるラーカは血塗れだった。
「ラーカお前! やられたのか!?」
「見た目程酷くはねぇ、死にゃあしねぇよ……っぐ……ふぅぅ……それより、次はあの女だ」
痛みに顔をしかめながら、それでもラーカはニヤリと笑った。「どうなってんだ、これ」とタウラスは改めて問い掛ける。「バッサムだ」とフォージは返した。
「一騎討ちだ。連中の十八番を逆手に取った。たった今あの男を倒して、次は親父を殺ったあの女だ」
「何でそんな……そもそもあの連中は何なんだ?」
「ブロン・ダ・バセル……」
「傭兵か!? 何でこんな所に……」
「理由は知らねぇが、連中の目的はここの子供達だ。リテュエインがいんだろ? 街も噛んでやがる。それを阻止しようと親父は一騎討ちに挑み、負けた」
「何だそりゃ……」
そう言ってタウラスは絶句した。説明を聞いてもまるで理解出来ない。混乱するタウラスの横で「やっぱ……バッサムは強ぇ」とラーカが呟く。
「あの女に勝ちゃあ、それで終わりだ」
「そうだな」とフォージは答える。「連中が、それを守るんならな」と付け加えた。
▽▽▽
「……驚いた。中々どうして、やるもんだねぇ」
ナイシスタは素直に感心した。街の衛兵程度がナッカを打ち倒すとは露程も思わなかった。散々煽られ怒りに任せて攻め立てた、そんなナッカの未熟さを差し引いても、こんな結果になるとは思いもしなかった。
「だが、結構斬られたじゃないか。攻めの組み立ては及第点。守りはザルだ」
「この程度……斬られた内に……入るかよ」
すぅ、はぁ、と大きく息をしながらバッサムは呼吸を整える。剣の腕には自信があった。今までに何度も賊やマフィア共と立ち合ったが、その尽くを無傷で捩じ伏せた。だがやはり、傭兵ともなると違うものだ。相手が怒りで冷静さを欠いていなければどうなっていたか。
だが勝った。
例え何であれ、勝てば良い。ここで負けるなどあり得ない。
「……次はお前だ」
斬られはしたが大した事はない。乱れた呼吸も落ち着いた。バッサムはナイシスタに剣を向ける。「やれやれだねぇ……」とナイシスタはため息混じりに言った。
「お前に勝った所で新たなご褒美は何もない。全く、大盤振る舞いってのはこの事で……」
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
突如、歓喜の声が響く。じろりと声のした方を見るナイシスタ。視線の先ではロイデが右腕を振り上げ叫んでいた。
「おい! 誰かいるか、衛兵に賭けたヤツ! いるか? いねぇよな! これお前、俺の一人勝ちじゃねぇの!?」
興奮するロイデ。隣にいるミストンは冷めた感じで「何お前、衛兵に賭けたのかよ」と一言。ロイデは得意気に〝ふふん〟と鼻を鳴らした。
「賭けに情は絡めねぇ。勝てるもんも勝てなくなるからな。それにあの衛兵、何か感じるもんがあってよ。そういう直感ってのも重要だ。大体全員がナッカに張ったら賭けが成立しねぇじゃ……」
「……ロイデ」
上機嫌でミストンに賭博指南するロイデ。不意にナイシスタに名を呼ばれ〝びくり〟とした。
「あ、あぁ済まねぇ隊長……久々の大勝ちなんで、はしゃいじまって……」
「お喜びの所申し訳ないんだがねぇ、ダンと一緒にナッカを診てやんな。放っときゃ死んじまうよ」
ナイシスタに指摘され「あ!」と声を上げるロイデ。見るとナッカはダンに引きずられ脇へと運ばれている。「悪ぃナッカ! 生きてっか?」と、ロイデは慌ててナッカに駆け寄る。
「さて……」
ようやく場が静かになった。ナイシスタは〝シュゥッ〟と腰の細剣を抜く。
「考え直すなら今の内さ。一度斬り結んだら〝やっぱり止めた〟は通らない。ただ、泣いて頼むなら……まぁ聞いてやらない事もないがねぇ?」
「……あぁ?」
「攻めの組み立ては及第点、守りはザル。スピードは……蝿が止まる」
そう言って鼻で笑うナイシスタ。くっとバッサムの眉間にシワが寄る。
「全く可愛いじゃないか。そんな腕で私をどうにか出来ると思っているとはねぇ……しかしこれじゃあ、神父も浮かばれない」
ため息混じりにそう話すと、ナイシスタはおちょくる様なニヤけた笑みを見せる。挑発だ、分かっている。
「まぁ心配しなさんな、ギリギリまで生かしといてやるさ。泣いて命乞いする姿、見てみたいからねぇ」
分かっている。分かっているのだ。これに乗ってはさっき倒した傭兵と同じ事になると。だが抑えられない。暴れているのだ。炉に入った火が、激しく暴れて燃え上がろうとしている。もはや制御は、出来ない。
「……ブッ殺す!!」
「ハッ! やってみなよヘボ剣士!!」
□□□
「しかしフォージの提案には驚いたねぇ」
過去へと飛んでいたバッサムの意識はふっと現在へ引き戻された。ぱちぱちと瞬きをし、目の前の光景を確認する。ここはダグべの宮殿、教会ではない。グッとバッサムは奥歯を噛んだ。五年前の屈辱が蘇る。
「〝ブロン・ダ・バセルに入れろ〟とは……あいつは本当に冷静で賢い。子供達を奪還する為に私達の懐に入る……選択としちゃあ間違っていない。しかも私はそれを拒否しないと、そこまで考えていたんだろうさ」
五年前、バッサムはナイシスタに敗れた。あからさまな挑発に乗り、怒りに支配され、結果為す術なく斬り刻まれた。自身がナッカに対してやった事を、まんまとナイシスタにやられたのだ。完敗だった。
止めを刺すべくバッサムの胸に剣を突き立てようとするナイシスタ。フォージはすかさず止めに入った。〝殺せばあんたは損をする〟と。理由を問うナイシスタにフォージは言った。
〝俺達をブロン・ダ・バセルに入れろ、絶対に役に立つ〟
ここにいる者達を含め、院出身の衛兵全員に声を掛ける、だから希望者を入団させろと。その突拍子もない提案にナイシスタは声を上げて笑い、同時に感心した。こいつは本当に賢い奴だと。
「全く、上手い売り込みさ。頭の切れるフォージにナッカを退けたお前の武威。お前達以外にも衛兵の中に使える奴がいるんじゃないかと、そう興味を持つのは自然な事さ。しかも憎たらしい事に、フォージは私の性格を読んでいた」
憎たらしいと言いつつもどこか呆れる様に、ナイシスタは軽く肩を竦めて見せた。
「お前達如きを飲み込んだとて何の影響もない。私が影響など出させない。ならばシンプルな話さ。使えそうな奴が働きたいと申し出た、ただそれだけの事……と、フォージは私がそう考えるだろうと予測し、そして私はフォージの思惑通りにお前達を受け入れた」
くるりくるりと、ナイシスタは話しながら剣の切っ先を宙に遊ばせる。その内に切っ先は、すっとバッサムに向けられた。
「まぁ言ってみれば、お前達は喉に引っ掛かった小骨みたいなもんさ。丸ごと食べた魚の小骨が、喉の奥に軽く引っ掛かった。その程度の存在だ」
終始浮かぶ緩い笑み。滑らかに回る口。バッサムは思う。これはもう、この女の癖の様なものなのだろうと。相手を小馬鹿にし、翻弄し、自身に有利な状況を作る。揶揄も皮肉も、息をする様に自然と出てくる……
「お前の仲間……何人いたんだったか……七? 八人か? 確かラーカもタウラスも……おや? 他の奴は皆死んだんじゃないかい? 寂しいねぇ、もはやお前一人に……」
「はぁぁ……」
バッサムの大きなため息が、ナイシスタの口から流れる無意味な挑発を遮った。そう、全くの無意味。五年前と同じ轍を踏む訳がない。
「戦闘中だってのに良く喋りやがる……話を聞いて欲しいなら、そこらの劇場にでも立ったらどうだ? まぁそんな調子じゃ客は笑わねぇと思うがな」
落ち着いた様子のバッサムを見てナイシスタは小さく笑った。〝やっぱり乗ってこないか〟と。だがそれで良い。そうであるべきだ。散々待ったその挙げ句、五年前と同じ様に簡単に始末が付くなど面白くない。
「つれないじゃないかバッサム。これで最後だと思うからこそ話してるのさ。そろそろ喉の小骨を、取ろうかと思ってねぇ」
「取れると思うか? すでに深く深く、突き刺さってるのかも知れねぇぜ?」
「ハッ! 吹くんじゃないよバッサム。この五年、随分あちこちと探し回った様じゃないか。だが結局お前達は学園の所在すら掴めていない」
ぴくりとバッサムは反応する。〝チッ〟と小さな舌打ち。だが心が乱れる程の事ではない。ほんの僅かな苛立ちだ。
「……ああ。腹の立つ話だ。どこに隠してやがるのやら……」
そう吐き捨てるバッサムに、「見付けられて堪るものか」とナイシスタは笑う。
「学園の所在はダッケインにすら教えていない。一部の幹部しか知らない重要事項だ。お前達小骨風情に探し出せるはずがないのさ。その間にも子供達の教育は順調に進んでねぇ、年長の子供の中には成人した者すらいる。良い頃合いだろう? 実戦投入するには……さ」
ぴくりと、再びバッサムは反応する。聞き捨てならない言葉が飛び出した。子供達の実戦投入。こればかりは舌打ちでは済まない、さすがにバッサムも顔色を変える。
そんなバッサムの様子を楽しむ様に眺めるナイシスタ。くすりと笑い「だが問題があってねぇ」と話を続ける。
「子供達が実戦に出ると、必ずどこかでお前と接触する。そうすりゃ当然、学園がどこにあるのかバレるだろう? だから私はレッゾベンクに顔を出したのさ。お前がいると耳にしたからねぇ」
軍務卿から直接依頼を受けたレッゾベンクでの賊狩り。名も知らない小者の討伐など、ナッカら部下達に任せてしまっても何ら問題はなかった。だが前述の目的があり、ナイシスタはレッゾベンクへと赴いた。
「次々と仲間が死に、五年間何の成果もない。さぞ焦れてるだろうと思ってねぇ。ちょいと釣り糸を垂らしたら、案の定お前はすぐに食い付いた。共釣りよろしくフォージも引っ掛けようと思ったが、すでに死んでいたとはねぇ」
賊狩りの人員補充、バッサムはきっと乗ってくる。そしてその後のマンヴェントへの同行も。
第二王子殺害計画を手伝わせ、その過程で死亡、若しくはダグべ側に捕らえられたならそれで良し。子供達と接触する事はなくなる。計画完遂後まで生き残っていたのなら、約束通り子供達の様子を教える……との名目で呼び出して殺せば良い。
ナイシスタは考えたのだ。始末するだけならいつでも出来る。だがどうせなら、バッサムの命を最後まで使い切ってやろうと。
「しかしいじらしいねぇ。最後の一人になっても、それでも子供達の為に動こうとは。全く、大したもの…………と…………」
ナイシスタは急に口籠った。おかしい。何かがおかしい。終始浮かべていた笑みも消える。
(待て……違う……違うぞ……)
どういう訳か今まで気付かなかった。どういう訳か頭を過りもしなかった。気付いてしまった、強烈な違和感。この状況の異常性。
(そもそもこいつは……どうして仕掛けてきた……?)
眉間に目一杯のシワを寄せ、ナイシスタはバッサムを見た。バッサムは子供達の様子を知りたいと、そう言って同行を申し出た。ならば何故、自分に剣を向けている? 万が一(それこそあり得ない事だが)自分が死んだら、バッサムはどうやって学園の場所を探るというのか。
(それに……こいつにそのつもりがあったのなら、ここに至るより前に仕掛けているはず……)
マンヴェントに滞在中、ナイシスタは敢えてバッサムに隙を見せていた。前述の理由により、恐らくは自分に剣を向ける事はないだろう。だが当然警戒して然るべき。故にバッサムが動くか否か、見極める必要があった。と同時にそれは、嗜虐性の強いある種のお遊びであり、趣味であり、時間潰しでもあったのだ。
強烈な恨みを抱き、激烈な怒りを覚える。そんな相手が目の前で無防備に首を晒して見せているなど、そしてそれを黙って見ているしかないなど、バッサムにとっては究極に耐え難い苦痛の時間だろう。そんなこの上なく辛い時間を過ごすバッサムの様子を、ナイシスタはほくそ笑みながら眺めて楽しんでいた。仮にバッサムが動いたなら、その場で始末してそれで終わりだ。
(では……抑え切れなくなり、つい仕掛けた……?)
それも違う。バッサムは五年もの間耐えに耐えた。そんな忍耐強い奴が、それまで費やした時間の全てを無にする様な、そんな短絡的な行動を起こすはずがない。それこそ子供達の為にも、仲間達の為にもだ。そしてそれはバッサムの落ち着いた様子からも窺える。それは〝つい仕掛けてしまった〟などと、そんな衝動的に動いた様子ではない。
(じゃあ何だ……一体……)
じっとバッサムを睨むナイシスタ。さすがにバッサムも困惑し「どうしたよ……斬って良いのか?」などと軽口を叩く。だがナイシスタは無言だった。頭の中で可能性と名の付くあらゆる事柄の糸を手繰り寄せた。そしてその内の一本、その糸の先に結ばれていたとある人物のその姿が、ふっとナイシスタの脳裏に浮かんだ。
「お前…………ルバイットと繋がっているな?」
不意に飛び出した名。バッサムは少し動揺し、しかしそんな素振りはおくびにも出さず「はぁ? 何言ってやがる?」と惚けて見せた。だがそんなバッサムの返答も、ナイシスタの耳には届いていない。ナイシスタにとって、バッサムの反応などはどうでも良かった。確信するに足る根拠がある。
(ポリエか……)
かつてポリエは仲の良い友人だった。同じ女性同士、抱える不満は似通ったものであり、零す愚痴も互いに共感出来るものだった。
しかしその関係も徐々に変化してゆく。ナイシスタがダッケインに対して抱いていた復讐心は日に日に強まり、いずれはダッケインを殺し団を乗っ取ろうと考えるに至る。同時に他の幹部達とも距離を置く様になった。この思惑が他人に漏れては事だ、ダッケインの耳に入ってしまうかも知れない。そう考えるとポリエも例外ではなった。
(ポリエはルバイットについた。ならばルバイットも知っているか……)
かつて仲の良かった友人、ポリエは学園の所在を知っている。ルバイットと接触した事でバッサムもそれを知った事だろう。だったらもう、これ以上〝父〟の仇を生かしておく必要はない。
「なるほど……」
ナイシスタはぼそりと呟く。ようやく合点がいった。が、疑問はまだいくつか残っている。
「ルバイットの取り分は何だ? 何を差し出して、お前はこの状況を買った?」
バッサムはごくりと唾を飲んだ。この僅かな間にナイシスタの思考はルバイットまで辿り着いた。こちらからは何の情報も渡していない。ナイシスタにとっては推測や憶測の域を出ていないはずだ。だがナイシスタは明らかに確信を持った口調で話している。
(おっかねぇ女だな……)
一体どんな頭をしているのか。〝さっきから何を言ってやがる?〟と、バッサムは惚けた演技を続けようと口を開きかけた。が、「いや待て」とナイシスタはバッサムが返答するより先に口を開いた。
「私の首だな? 利害が一致してるという事か」
ルバイット陣営のおかしな動きは少し前から把握していた。だが大方ダッケインに反旗を翻すつもりなのだろう、だったら自分にも利はあると、そう考えて敢えて放置していたのだ。しかしどうやら、全く不本意ではあるが、ルバイットは未だ自分がダッケインに対しある種の情を抱いていると、そう勘違いしているらしい。故にバッサムを差し向けた。ダッケインと合流する前に始末しようと。
「まだあるぞ。そもそも何故この状況だ?」
ナイシスタは立て続けにバッサムに疑問をぶつける。
「何故このタイミングで仕掛けた? あるんだろう? このタイミングじゃなきゃならない理由が。もう一つ、どうやってルバイットに取り入った? 言っちゃあ何だが、ルバイットがお前如き下っ端の話を聞くなど……」
「そんなもん聞いてどうすんだ?」
呆れる様に笑いながら、バッサムはナイシスタの言葉を遮った。そして「今更だろうよ、そんなもん」と肩を竦ませる。余裕のある態度。〝父〟の仇を目の前にして、あまりに余裕のあるバッサムの姿を見て、ナイシスタは疑問の一つが解けた気がした。
(そうか……フォージは生きている……)
バッサムの余裕。その根拠はフォージだ。そうだ、そう考えると納得だ。ルバイットとの交渉もフォージが請け負った。頭の切れるあの男、フォージが全ての絵を描いた。
「フ……フフフ……アッハハハァ!!」
突如大きな声で笑出だすナイシスタ。「やれやれだねぇ、全く……」と漏らすと、今度は大きなため息を吐く。
何という事はないのだ。裏で誰が動いていようが、バッサムが剣を向けようがどうだろうが。全て斬り伏せれば良いだけの話。計画に何ら支障はない。
ただ、気付けなかった事を嘆いたのだ。
言われるがままにフォージは死んだと思い込み、こうだろうと決め付けルバイットを放置し、バッサムが動いた事の異常性に気付かず、あまつさえようやく動いたかと、待ち侘びていたなどと、そんな事を思ってしまった。
思い込み、確かめず、決め付け、気付かず。
あまりにも鈍い自分に、鈍くなってしまった自分に、怒りや苛立ちを通り越して呆れて果ててしまったのだ。
「嫌になるねぇ……どうやら脂肪ってのは脳ミソにも付くらしい」
ぼそぼそと小声で愚痴るナイシスタ。「あぁん?」とバッサムが聞き返すと、「こっちの話さ」と笑う。
「とにかくまぁ……お前の言う通りさ、バッサム。今更……確かにそうだ。そんなものは今更だ」
「そうだぜ。答え合わせなんて必要ねぇ。これで全部終わるんだからな」
「ああ、その通りさ。ここで終わる……」
「お前はねぇ!!」
「あんたはなぁ!!」
ガキンと両者の剣がぶつかる。
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