流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

291. あの日の教会 3

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「勇み足だったねぇ。あんたの仲間連中は大半が死んだ。全く、無駄死にとはこういう事を言うのかねぇ?」

 あおる様な言葉に口調。視線、表情。こちらの怒りを誘っている。ナイシスタの仕草からそう感じ取ったリブロン。触れていたあご先の傷痕からゆっくりと手を離す。

「……そんなものは結果論に過ぎん」

 リブロンは静かに答えた。相手に合わせてなるものかと、そう思い冷静にいようと試みるリブロンだが、しかしわずかでも気を抜こうものなら、心の奥の方に溜まっていた鬱憤うっぷんがじわじわと染み出てくる様な、そんな感覚が襲ってくる。

 すでに終わった事。今更言っても仕方がない。そう思いながらもしかし、決して許せるはずもない。我らに対して向けられた、あの力だけは……絶対に。

「おいおい……とんでもねぇな、神父……」

 リテュエインはそう言うと絶句した。彼の受けた衝撃は相当なものだった。例えるならそれは、父ワイナルから〝センドベルにつく〟と、そう告げられた時と同じ位の衝撃だ。
 別に特段親しい訳ではない。街に対して従順という事もなく、どちらかと言えば〝面倒臭い〟男。だが街の信仰の受け皿である教会の神父であり、同時に子供達を世話する孤児院の院長でもある。社会的な立場としては申し分ない。更に街の裏側に潜む連中とも、多少なりとて付き合いがあるとなれば、それはすでに街の顔役の一人であると言っても差し支えない。
 そういう意味でリテュエインはリブロンに一目置いていた。それゆえ今回の件も(すでに決まった話とはいえ)強制執行はせず、話をした上で納得させようとしたのだ。リブロンに対し最低限の筋を通そうと考えた。

 筋を通すべき教会の神父。しかしその男が、過去の反乱の主要メンバーだったとは。

「しかしまぁ何だ……合点がてんはいった」

 少し間を空け、リテュエインもまた静かにそう言った。

「クソ共相手に金稼ぎ……一介いっかいの神父にしちゃあ肝が座ってると思っていたが……そういうがあるなら納得だ……が……」

 話しながらリテュエインはリブロンを見る。リブロンは険しい顔のまま視線を落とし、じっとテーブルの一点を見つめていた。その顔は、いつものムカつく神父のそれと同じだった。

 神父の顔を見て〝本当に反乱を?〟と、リテュエインはそう思った。〝合点がてんはいった〟などと自分で言っておきながら、しかしどうしても神父とクーデターが上手く結びつかない。「何でクーデターなんぞを……」と、気付けば理由を聞いていた。

「そうそう上手く行く訳がねぇ。十中八九潰される……そんなもんだろうよ」

 リテュエインのげんは正しい。過去、あらゆる国で多くの反乱が起きた。中には討つべき指導者の首まで刃が届き、目的を達したケースもあるだろう。だがそのほとんどは鎮圧され、首謀者や郎党ろうとうは首をさら羽目はめになる。それがつねであると、歴史は語っていた。

 リテュエインの問い掛けにも、リブロンは黙ったままだった。「屍術師しじゅつしがお気に召さなかったんですよ」と、ナイシスタが口を挟む。するとリテュエインは「屍術師しじゅつし……」と呟き、しかしすぐに何かに気付いた様子で「あぁ、なるほど……北方方面軍か」と、ぼそりと言った。

「旧ファンダン領の統治は苦労したと聞いています。屍術師復活の噂は定期的に聞こえてくる……治安維持をになう立場としてはたまらないという事か」

(……へぇ)

 ナイシスタはリテュエインの回答に感心した。貴族家の長子ちょうしという理由だけで、街の統治官を務めている訳ではなさそうだ。コイツはただのボンクラ息子ではない。最低限、情勢は見えている様だ、と。

「さすがは統治官殿。ご慧眼けいがんです」

 そう言うとナイシスタはうやうやしくこうべを垂れる。若干茶化した様なその仕草に一瞬むっとしたリテュエインだったが、〝どうせ今回限りの付き合いだ〟と考えると、怒るのも馬鹿らしくなり何も言い返さなかった。
 二人のやり取りの間も、リブロンはじっとテーブルを見ていた。屍術師。旧ファンダン領。北方方面軍。リブロンは当時を思い出していた。

 リテュエインの回答がまさに、蜂起の理由だった。


 ~~~


 愚者の反乱。のちにセンドベル国王ソルーブ三世がそう語った事で、その名で呼ばれる事となったこのクーデターは、わずか四日という早さで鎮圧された。反乱メンバーの多くはセンドベル北方方面軍に所属する軍人だった。

 さかのぼる事四十年前。当時センドベルは、死神ししんあがめその力を借り受ける事が出来る屍術師を軍事利用し、北に国境を接するファンダン王国に侵攻した。
 三名程の屍術師と、彼らを守る護衛兵で構成されたその小隊は屍人しびと部隊と呼ばれ、特に激しい攻防が起こると予想される戦場へと投入される。
 屍術師運用の効果は絶大だった。敵も味方も関係なく、倒れた者は皆等しく屍術師に使役される。十名にも満たない小隊が、瞬く間に何百何千の大部隊へと変貌するのだ。敵を殺してもその数は減らず、敵に殺されれば敵方の戦力として組み込まれる。一片いっぺんの慈悲もない死の部隊。ファンダン側からすればたまったものではなく、友軍であるはずのセンドベル兵も恐怖した。死ねば自分も、あの中に加わる事になるのだと。
 彼らの感情はさて置き、結果センドベルのファンダン侵攻は大成功に終わる。センドベルはファンダン領土の実に十分の一にも及ぶ広大な土地を切り取った。
 しかし戦後、センドベルへの警戒心を強めた周辺国が一斉に反発の声を上げる。その反発に屈する様に、センドベルは屍術師の軍事運用を凍結すると発表した。

 だが屍人しびと部隊に蹂躙じゅうりんされたファンダン国民の、燃え盛るまでの激しいいきどおりは消える事はない。
 いくさに参加したセンドベル兵達が、戦場で目の当たりにした屍術のおぞましさを忘れられるはずがない。

 怨嗟えんさ渦巻くファンダン国民の憎悪は、センドベルから送り込まれた領主や役人、治安維持を担う軍人達に容赦なく向けられた。
 ファンダン国民の憎悪を一身に受けた役人や軍人達は、その立場上時に厳しく彼らを取り締まりつつも、自らが起こしたあまりに邪悪で非道ないくさを恥じ、彼らに対し贖罪しょくざいの念を抱く。

 そしてそれらは四十年の時を経ても、多少の色褪せはしつつも変わる事なく続いていた。旧ファンダン領に身を置けば、嫌でも屍人しびと部隊の話を耳にする。そしてそれを聞いた誰もが思う。

 あれは絶対に、認めてはならない力だと。


 ~~


「北方方面軍にゃ屍術師否定派が多いと聞くが……屍術師復活の噂なんてな、飲みの場に付き物の酒のさかなみたいなもんだろよ」

 どこか呆れる様に話すリテュエイン。そんな噂話を信じ馬鹿げた行動を起こしたのかと、リブロンはそう責められている様な気がした。

「……当時は単に噂話だと、そう聞き流す事の出来ない空気感があった」

 そして気付けばまるで弁明でもするかのごとく、リテュエインに対し反論の言葉を口にしていた。

「ソルーブの即位十年……その節目に合わせて動きがあると……」

「ふん……」と鼻を鳴らしたリテュエインは〝確かに、それならば全くない話ではないかも知れない〟と思った。しかしすぐに「で? ブロン・ダ・バセルと何の因縁が?」と話題を変えた。神父の様子や言動を見るに、傭兵達と何かしらあったというのは明白だ。そもそも過去の反乱の話になど大した興味はない。「簡単な話ですよ」とナイシスタが口を開いた。

「ブロン・ダ・バセルも反乱鎮圧に参加したんですよ。と同時に情報収集も。相手方のふところに潜り込んで……ねぇ」

 じろり、とリブロンの目が動く。こちらを睨むリブロンに、ナイシスタは軽く肩をすくませて見せた。


 ~~


 当時、ブロン・ダ・バセル団長ダッケインはクーデターの臭いを嗅ぎ取った。詳細は省くが、元センドベル軍人である彼にとっては〝蛇の道は蛇〟といった所だ。
 立ち上げたばかりの組織を太らせる絶好の機。そう判断したダッケインはすぐさま行動を開始する。密かに反乱軍メンバーの一人に接触し、途轍もない額を用意しその男を買収した。男は反乱軍中枢の奥深くまで潜り込み、知り得た全ての情報をダッケインに伝える。当然ダッケインはそれらの情報を軍務卿へと流した。このクーデターが僅か四日で鎮圧されたのはそういう理由だ。

 国は〝愚者〟達の計画を全て把握していた。


 ~~


 一通り話を聞いたリテュエイン。しかし釈然としない様子で眉を寄せる。裏切り者が情報を流していた? そんなもの、どこにでもある話だ。仕掛けたダッケインが悪いのか、それともリブロン達が間抜けだったのか。それが因縁かと聞こうとした矢先、「どうでも良い話だ」とリブロンが先に口を開いた。

「さすがに恨みがないとまでは言わんが……内通者を見抜けなかったのは我らの落ち度。今更そんな事に固執していない」

 その声は重くもなく、湿ってもいない。体裁ていさいを取りつくろっているふうでもない。これは神父の本音だろうとリテュエインは思った。「じゃあ何だ?」と聞くと、リブロンは言った。

「屍術師だ……」

 ぼそりと答えたその声は、先程のものとはまるで違っていた。地を這う様に低く重く、何かどす黒い情念の様なものが籠もっているのは明白だった。リブロンは顔を上げナイシスタを見る。その目、そしてその顔を見てリテュエインは背筋がぞくりとした。それは今まで神父が見せた事のない顔だった。そしてそこでようやく、リテュエインの中で神父とクーデターが繋がった。

「こいつらは我らとの交戦の際に屍術を用いた……許せるはずがない……許せるはずがないだろうが!!」

 怒鳴りを上げるリブロンの勢いに気圧けおされそうになるリテュエイン。しかしそんな事、欠片でも気取られる訳にはいかない。リテュエインはすぐにナイシスタに視線を移す。

「ブロン・ダ・バセルには屍術師がいたと……?」

 平静を装うリテュエインだったが、ナイシスタは見抜いていた。問い掛けるリテュエインの表情に、ほんの僅かな緊張の色が見えたのだ。〝神父の圧に飲まれそうになったか〟と、そう思うと自然に「フフフ……」と声が漏れた。そしてナイシスタはおもむろに口を開く。「ええ。いますよ、屍術師が」と。

「勿論普段は屍術など使いません。そんな馬鹿な奴じゃあない。ですが元々嗜虐性しぎゃくせいの強い奴でしてねぇ、この時ばかりは抑え切れなかった様で……」

 ニタァ……と、ナイシスタの笑みが大きく歪む。からかう様な、侮蔑ぶべつを込めた嘲笑ちょうしょうの笑み。しかし思わず見惚みほれてしまいそうになる程の、なまめかしく美しい笑み。

「屍術師が理由で蜂起した連中を、屍術で追い詰めたらどんな顔をするのだろう、なんてねぇ……」

「貴様ァッ!!」

 瞬間リブロンは叫ぶ様に怒鳴った。屍術を忌避きひして行動に移した仲間達が、同じ仲間達の手によって殺された。屍術により使役された、死んだ仲間達の手によってだ。こんな酷い話があるか。こんな救いのない話があるか。
 この事実を知ったリブロンは慟哭どうこくした。激しく、狂った様に泣いた。仲間達の無念を思うと、深く暗い無限の悲しみに落ちる。熱く燃える無限の怒りに身を焼かれる。何度も何度も繰り返し、何日も何日も繰り返し。
 やがてリブロンは己のすべきを知る。屈辱と悔恨かいこんの念にまみれたかつての仲間達に、少しでも安らかな眠りを与えてやりたい。そうしてより深く、イムザン教に救いを求める様になった。

 祈りを捧げる日々が始まったのだ。

「ハッ、怒りをぶつける相手が違うだろう?」

 しかしリブロンの激しい怒りもナイシスタには届かない。ナイシスタはあしらうが如く鼻で笑った。

「屍術を使ったのは私はじゃない。私はただ、あんたと激しく踊った・・・だけさ。しかしつれないねぇ。よもや私の事を忘れていたなんてさぁ?」

 忘れていた? 違う。知らなかったのだ。

「黒装束に、頭も口も黒い布を巻いていた……女であるという以外、個人の特定など出来るはずがないわ!」

 リテュエインがそう吐き捨てると、ナイシスタは「あぁ……そうだったかねぇ?」などと、とぼけた感じで答えた。リテュエインの手は無意識にあご先の傷痕に伸びる。

 あの日、あの夜。手強い追手と斬り合いになり、僅かな隙を突いて命からがら逃げ延びた。その時に負った傷。この傷を付けた者が目の前にいる。隠し通そうと決めた、捨て去ろうと決めた、そんな過去の自分を知っている者。

 これは運命なのだと、リテュエインは思った。

 突然やって来た傭兵に、遠慮もなく過去を掘り返された。きっとそういう運命だったのだ。隠し通す事など出来ない、捨て去る事など出来ない。ここで過去を清算する、そんな運命だったのだ。

 リテュエインは覚悟を決めた。

 片や険しい顔。片や歪んだ笑み。そうやって互いを見る二人の因縁を理解したリテュエイン。「なるほど……」と呟くと「しかし困った……」と言葉を続けた。

「コカ・ルーはセンドベル領となる。そこに国を騒がせた犯罪者が潜んでいたとなれば……立場上報告せざるを得ねぇ」

 ちらりと、リブロンの目がこちらを向いた。慌てる様子もなく、困った感じでもない。表情こそ険しいままだが、しかしどこか泰然たいぜんとしている。〝腹をくくったか〟と、リテュエインはそう思いながら話を続けた。

「だがまぁ、何事にも例外ってもんがある。そうでしょう、ナイシスタ殿?」

「ええまさに、仰る通りですよリテュエイン殿。どんな事にも例外はある。この場合にいては妥協点と、そう言い換えても良いでしょうねぇ。そもそもこちらはそんな事、する必要性がないという話で……」

御託ごたくはいらん」

 リブロンは二人の会話に割って入った。どこか芝居じみて回りくどい、そんなナイシスタの言葉を〝まるで茶番だ〟と呆れながら。恐らく最初から、少なくともこの傭兵の方は、こういう展開になると予想していたはずだ。いや、或いはこうしようと、考えを巡らせた上でここに来たのか。まぁいずれにしてもだ……

「……やるんだろ、傭兵?」

 リブロンのその一言に、ナイシスタは「ハッ!」と嬉しそうに笑った。

「おやおや、急にどうしたんだい? 随分とやる気になったもんだねぇ?」

 苛立ちを誘う表情、わざとらしい言葉。しかしリブロンは一切動じず「今更四の五の必要ない」と返す。

「傭兵、条件を明確にしろ」

「……ああ、勿論さ」

 そう答えるとナイシスタから笑みが消えた。

「私が勝ったら子供らをもらい受ける。あんたが勝ったら、ブロン・ダ・バセルはこの孤児院から一切の手を引く。とは言え、手を引くのはあくまで私達ブロン・ダ・バセルだ。街の作り替えに関する立ち退きの問題は浮いたまま……そこはリテュエイン殿とよろしくやんな」

「心得た。ならばそれを確実に履行りこうする確約も……仲間を連れて来ているだろう?」

 ナイシスタは小さく「フ……」と笑い、しかしすぐに表情を戻すと「心配しなさんな」と答える。

「連中には常日頃言っている。どんな理由があろうとも、一騎討ちの約定をないがしろにする奴は許さないとねぇ。絶対に手出しはさせないさ」

 リブロンはナイシスタを見る。終始見せていた歪んだ笑みはすでにない。少し間を置き「……良いだろう」と返答する。信用出来ると判断した。これはきっと、この女の矜持きょうじなのだろう。

 八年前、追手として現れたこの女と斬り合った。全身黒装束で顔も目元しか出していなかった。その為細かな表情までは読み取る事が出来なかったが、しかしどこか嬉々ききとして剣を振るっていると、そんな印象を持った記憶がある。
 その時は単純に、勝ち戦が楽しいのだろうと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。この女はきっと、純粋に殺し合いが好きなのだろう。戦う事に無上の喜びを見出す、たまに見かけるそういうたぐいの者なのだ。なればこそ、仲間に手出しはさせないという言葉も信憑性しんぴょうせいを増す。

 こういう奴は、己に課したルールは曲げないものだ。

 と、ナイシスタの表情がふっと緩んだ。話がまとまった事に安心したのだ。「ついでだ」とナイシスタは明るい声を上げた。

「私が勝っても負けても、あんたの過去にまつわる一切合切いっさいがっさいを、綺麗さっぱり忘れてやると約束する。リテュエイン殿、構いませんね?」

 リテュエインは静かに「良いでしょう」と答えた。「ならば決まりだ」と、ナイシスタはパンと手を叩く。そして「実は気になっていたんだよ、神父」と言って再び笑みを見せた。

「話の最中さいちゅう時折ときおりちらちら目に入るあんたの手のひらがさぁ……」

(手だと?)

 一体何の事なのか。リブロンはいぶかしげに自身の手のひらを見る。しかし何がどうという事などない。「何の事だ」と、リブロンはナイシスタを睨んだ。

「そのタコさ。その剣ダコ……いまだ剣を振り続けている証拠だ。こいつは期待出来るんじゃないかと、そう思ってねぇ……」

 ナイシスタの笑みが再び歪んだ。不気味に邪悪に、美しく。
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