流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

288. 炉に入った火

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 ドンと踏み込み「フゥッ!」と強く息を吐く。と同時にミストンは肩に担いでいた剣をそのまま振り下ろした。

(むっ!?)

 ブンと重い音を鳴らすミストンの剣。咄嗟とっさに大きく後ろに跳び、デンバは剣の軌道からその身を外した。
 しかしミストンは止まらない。更に踏み込んで二撃目。振り下ろした剣を斬り上げた。再び鳴った風を切る重い音。デンバはこれも後ろに下がり回避する。

「デカいのに、良く動く」

 呆れる様に笑うと、ミストンは大きく吸った息をふぅぅと吐いて、すぅと剣を構える。気負いがなく、自然体。無駄な力が入っていない、良い構えだ。

(……さっきの茶色よりも上か。厄介だ)

 さっきの茶色とは二階で交戦したナッカの事。二度振られた剣。そしてこの構え。デンバはこの剣士がナッカよりも格上であると判断した。事実ミストンの腕はナッカよりも上。隊ではナイシスタの次、二番手を争うくらいの実力者だ。

 剣士には様々なタイプがある。力で押す者、手数で勝負する者、技に優れた者。
 例えばナイシスタ。彼女は手数と技量に優れている。軽量の細剣を好み、素早い攻撃を繰り出す事を意識し、そしてそれに特化している。

 軽い剣は容易に弾かれる。ならば弾かれる前に貫けば良い。

 現にナイシスタとまともにやり合える剣士など、果たしてどれ程いるだろうか。軽い剣。なれど速く正確な剣。的確に急所を捉える事が出来れば、重さ強さなどは必要ない。
 シャーベルには特に技巧派の剣士がそろっている。これはナイシスタの好みが色濃く反映された結果だった。
 掃除屋であるシャーベルには困難な任務ばかりが回される。ゆえにナイシスタは隊の動きに軽さを求めた。鈍重どんじゅうな部隊では臨機応変さに欠けるからだ。そうすると必然、隊員の動きも軽くなければならない。
 ナイシスタはえてそういうタイプの剣士ばかりを集めたのだ。但し例外もいる。

 ミストンの剣は重い。

 ナイシスタの剣が〈貫く〉ならば、ミストンの剣は〈叩き斬る〉だ。当たれば一撃で戦闘を終わらせる事が出来る。それくらい重く強い。だが典型的なパワーファイターという訳でもない。隙が生まれていないか、防がれたらどう対応するか、相手の立ち回り、動きに癖はないかなど、ミストンは常に自身と相手の状態、その場の状況を細かく観察、分析しながら戦う。

 一撃の重さと観察眼。単なる力押しの剣士でないからこそ、ミストンはナイシスタの眼鏡にかなった。

(ふむ……)

 さてどうしたものか。デンバは構えながら考える。重く速い剣。つ、隙がなく攻め辛い。じっとこちらを見る視線。動かなければと、焦燥感をあおる目だ。

(…………)

 しかしデンバは動じなかった。お返しとばかりに、じっとミストンを見る。「チッ……」と小さな舌打ち。ミストンはにわかに不快感を覚える。

(乗ってこねぇ……慣れてやがる)

 出鼻にこちらから仕掛けたがかわされた。ならば向こうの動きに合わせようかと、狙いをせんに切り替える。相手がれるまでじっと待ち、しびれを切らして仕掛けてきた所にカウンター。又はそれをかわして一撃……
 だが乗ってこない。じっとこちらを見るあの目。明らかにこちらが動くのを待っている。この法衣は随分と戦い慣れしている様だ。揺さぶるのが上手い。

(しょうがねぇ……だったら!)

 そもそも待つのは性に合わない。向こうが受けると言うのなら、こちらは攻めるのみ。ミストンはグンと踏み込み前に出ようとする。しかしその瞬間、デンバも動いた。来たなと、ミストンは心の中でほくそ笑む。

 相手は無手むてだ。しかもどうやら得物のたぐいは携帯していない。ならばこちらの攻撃をまともに受け止めるはずがない。必ず回避する。そして攻撃に繋げる。つまりこの法衣もせんを狙っているのだ。だったらこちらのやる事は至ってシンプル。

 回避など到底出来ない速さと重さで、剣を振り抜けば良い。

 ミストンにはその自信があった。先程の初撃はかわされた。しかしあれは全力ではない。様子見の牽制程度のもの。次は叩き斬る。

 が、気付けばデンバはすでに目の前にいた。

(なっ……!?)

 何故なぜ、どうしてここにいる。踏み込みはほぼ同時。相手の動きの良さを差し引いても、タイミングはドンピシャだった。あとはただ思い切り剣を振り下ろせば良い。そのはずだったのだ。しかしどういう訳か敵はすでに目の前にいる。一体何が起きたのか。

 答えは単純。デンバの動きがミストンの予測を大きく上回っていたのだ。

 ミストンと同じくデンバにも自信があった。相手が剣を振るうより速く、一気に間合いを詰める自信が。加えてミストンは一つ読み違えていた。デンバには後の先などという頭は全くなかったのだ。受けてから仕掛けるなどまどろっこしい、その前に勝負をつける。そして思惑通り、デンバはミストンのふところに飛び込んだ。

(クソッ……クソッ!!)

 完全に後手に回った。間合いは殺され、敵の攻撃が来る。どこだ? どこに来る? 胴か? 頭か?
 デンバは右手を突き出した。掌底。狙うはミストンの左あご。頭だ。

(ぐ……おぉ……ぉぉぉ……!!)

 咄嗟とっさにミストンは上体をよじる。打ち抜かれた右手はボウッと重い音を鳴らし、チッ……とミストンの鼻先をかすめた。

(は……はぁ……あぁ……)

 かわした、何とか。しかしこれで終わらない。デンバは打ち抜いた右手をくるりと返し、逆手さかてでミストンの髪を掴むと力任せにグッと引き寄せた。

(グッ……ヤベェ……!)

 ミストンの視界は髪を掴むデンバの右腕に塞がれていた。何も見えない。しかし次の展開は容易に想像出来る。とにかく動かねば殺られる。

「ク……ソがぁぁぁ!!」

 体勢を崩され、間合いもない。それでもミストンは剣を振った。小さく折り畳んだ右腕で、出来る限り思い切り。英断だった。デンバは死角から左の突きを放つつもりでいた。これは避ける他ない。離れ際、ぶちぶちとミストンの頭から音が鳴り、同時に痛みが走る。
 デンバは後ろに跳んでミストンの剣を回避した。窮屈な体勢で振られた剣だったが、それでも充分な勢いがあった。無理に攻撃していたらどうなっていたか。

「ぬぅ……うぅ!!」

 拘束から開放されたミストン。続けて二撃、三激目を繰り出す。デンバは巧みにそれらをかわすと再び距離を取った。じんじんと痛む頭に手を当てるミストン。握ったデンバの拳にはミストンの髪の毛が絡まっていた。

「てめぇ……ハゲたらどうすんだ!!」

 怒鳴るミストンに「ふん」と鼻を鳴らすデンバ。指に絡まる髪を面倒臭そうに払う。

(クソ……)

 何て凶悪な掌底か。まともに食らっていたら首が吹き飛んでいたのではないか。ミストンはチラリと後ろを見た。後方ではナイシスタとバッサムが激しくやり合っていた。助太刀を求める、なんて無理な話だろう。我らがボスは実に楽しそうに剣を振るっている。下手に割って入ろうものなら、こちらに矛先が向きかねない。

(チッ……!)

 ミストンは奥歯を噛んだ。道理で強いはずだと、そう思った。気付いたのだ、デンバが何者なのか。濃紺の法衣は武に長けた神の使徒の証。何故なぜこんな北に? 北方はイムザン神の縄張りだ。

「お前……エリテマの修道士だな……」

 デンバは無言でスッと構える。


 ◇◇◇


 シュッと黒い影が動く。

(また消え……てない!!)

 そう、消えてはいない。そこにいる。辛うじて、本当に辛うじて、残像の様な影を捉える。左前方、そこから更に左、そして後方へ。
 見えている。だから対応出来ると、決してそういう訳ではない。異常に速いこの動きに合わせるのは、仮に見えていたとしても至難のわざだ。
 幸いなのは初見ではないという事。更に自分も、それ・・を扱うという事。だから分かる。何となく、しかし間違いなく。

(ここ!)

 俺は身体強化し右に跳ぶ。そして跳びながら後方に魔弾を放つ。右手から飛び出した魔弾はすぐに細かく分裂、散弾となる。「チッ!」と聞こえる舌打ち。黒い影がシュッと離れた。俺はすかさず影を追う。
 魔散弾まさんだんがバチバチと音を立てて廊下の壁を叩く。その横で振った魔喰まくいは空を斬り、反撃を警戒した俺はすぐに後方に下がる。黒ローブは……追って来ない。こちらを見ながら立っている。

「ふう……」

 思わず息が漏れた。一瞬でも集中を切らせば命を失う。簡単な相手ではない。だがやるしかない。ジェスタの命が掛かっているのだ。それに、聞き出さなきゃならない事もある。

「……おい、お前メチルに何をした?」


 ▽▽▽


 右に跳ぶ。そのまま後ろに回り込み、死角を狙う。が……

「チッ!」

 迎えるのは無数の魔弾。更に右へ。回避するとそこに飛び込んでくる魔導師の姿。迎え撃つか、かわすか。一瞬の逡巡しゅんじゅん。トラドは後方へ跳んでかわした。敵は……深追いはしないのか、距離を取った。慎重な奴だ。

(術が掛かり切らねぇ……魔道具着けてやがんのか……)

 先程から何度か試しているが、どうにも術の掛かりが悪い。しっかりと術が掛かれば、自分という存在はこの魔導師の視界から完全に消える。見つかるという事は、術が弾かれているのだ。
 いつだったか、ボスが言っていた。最近の魔道具は出来が良い。術に頼り切っていては痛い目を見ると。この魔導師も恐らく、魔道具を身に着けている。オートシールドの類いだ。

 自身に術を掛ける瞬身しゅんしん。相手に術を掛ける絶身ぜっしん

 この二つがそろう事で、完璧な隠密行動が取れる。だが絶身ぜっしんが効かない以上、瞬身しゅんしんだけで立ち回らなければならない。しかし瞬身は見切られている。

(面倒な……)

 トラドは相対する魔導師を見る。迅雷。改めて、奇妙な存在だ。

 見た事のない魔法を放つ。無数の小さな魔弾に雷撃。やたらと硬い黒い剣を持ち、そしてどういう訳か瞬身を操る。攻撃手段の一つ一つは一級品。だがどこか……そう、ちぐはぐなのだ。動き、流れのスムーズさに欠ける。
 恐らく中身が追い付いていない。つまりは経験不足、この魔導師は成長途中なのだ。未熟な腕を、高スペックな攻撃手段で補っている。

(だとしたら末恐ろしいな……)

 それら一級品の攻撃を自在に繰り出す様になったら、一体どれだけ手強い存在になるのか。

「……おい、お前メチルに何をした?」

(またメチル……)

 二階でやり合ったデカい法衣も言っていた。あのガキの事だ。メイチエール。ボスはそう呼んでいたが……

(なるほど。略してメチルか……秘匿ひとくの技を外に漏らしやがって……)

 迅雷の瞬身はあのガキが教えたのだろう。しかし絶身までは扱えない様子。術を仕掛けられた感じがない。

(どういう事だ……?)

 瞬身と絶身は二つで一つ。片方だけでは効果は薄い。瞬身を扱えるのなら、絶身も難しくはないはず……

「聞いてんのか。メチルは明らかにおかしかった。何をした?」

(チッ……知るかよ……)

 何をしたかだと? 知るはずがない。会った時にはああだった。何かしたのであれば、やったのはボスだ。

(大体どこ行きやがった、あのガキ……)

「おい!」

(面倒臭ぇ……)

 苛立ちながら、トラドは構えた。成長途中? 末恐ろしい? そもそもどうでも良い事だ。ここで殺すのだから。

「知りてぇんなら……口を割らせてみろよ!!」


 ◇◇◇


「ハァァァッ!」

 笑う様な掛け声。繰り出される怒涛どとうの攻撃。カチカチと小気味良い金属音が鳴る。バッサムはナイシスタの連続突きを丁寧に受けてはかわす。

 やれている。

 一瞬も気を抜けない極限の状況下で、バッサムは不思議な高揚感に包まれていた。

 この時をずっと待っていた。

 仲間を殺され、父と慕う者を殺され、子供達を捕われ……その元凶にようやく刃を向ける事が出来た。あとは仕留めるだけ。どんなに強かろうが、何としても仕留める。
 待ち望んだ時、そして相手を前に鬼気迫る形相のバッサム。対するナイシスタはどうか。笑っていた。

「ハッ……何の冗談だい、こりゃあ」

「あぁ……?」

「これじゃあ五年前と変わらないって言ってんのさ」

「なにぃ……!」

「ちょっとは成長したかと思いきや……お上手に受けちゃあいるがねぇ、このまま回転を上げてやりゃあ、さばき切れなくなるのは目に見えている。そしてまた、お前は刻まれる。何も守れず、何も救えず……」

 小馬鹿にする様に笑いながら肩をすくめるナイシスタ。その顔、その態度に、バッサムは激昂げきこうする。

「てめぇ! 前と同じかどうかは……!!」

 と、怒鳴りかけたバッサムだったがすぐに口を閉じた。

(待て……落ち着け……あの女の思う壺だ……落ち着け……)

 相手をおちょくり冷静さを奪う。ナイシスタの常套じょうとう手段だ。これに乗ってしまえば、それこそ五年前と同じになる。

 に入った火は五年前から燃えている。煌々こうこうと、消える事なく。その火は燃え上がるのを待っていた。大きく大きく、燃え上がるのを。

 だがこれは違う。

 下らない挑発に乗って燃え上がる様な、そんな安い火ではない。そんな火であってはならない。
 バッサムはゆっくりと息を吐き、熱くなった血を冷ます。ナイシスタは「へぇ……」と小さく笑った。

(乗ってこないか……いくらかは成長した様だ)

「しかし、懐かしいねぇバッサム」

 笑みを浮かべたまま、ナイシスタは口を開いた。

「スラム特有の鼻につく臭い。薄汚れた教会の前で、私はお前と殺し合った。あれから五年……随分と掛かったじゃないか。お前が再び、私の前に立つのにさぁ……」

 五年前。全てが終わったあの日。そして全てが始まったあの日。ここはダグべの宮殿の中。しかしバッサムの視界に広がるのは、あの日の光景。
 荒れた街並み。ゴミが散らばる道。崩れかけた家々。そしてナイシスタの背後には、あの日の教会が見える。
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