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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞
288. 炉に入った火
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ドンと踏み込み「フゥッ!」と強く息を吐く。と同時にミストンは肩に担いでいた剣をそのまま振り下ろした。
(むっ!?)
ブンと重い音を鳴らすミストンの剣。咄嗟に大きく後ろに跳び、デンバは剣の軌道からその身を外した。
しかしミストンは止まらない。更に踏み込んで二撃目。振り下ろした剣を斬り上げた。再び鳴った風を切る重い音。デンバはこれも後ろに下がり回避する。
「デカいのに、良く動く」
呆れる様に笑うと、ミストンは大きく吸った息をふぅぅと吐いて、すぅと剣を構える。気負いがなく、自然体。無駄な力が入っていない、良い構えだ。
(……さっきの茶色よりも上か。厄介だ)
さっきの茶色とは二階で交戦したナッカの事。二度振られた剣。そしてこの構え。デンバはこの剣士がナッカよりも格上であると判断した。事実ミストンの腕はナッカよりも上。隊ではナイシスタの次、二番手を争うくらいの実力者だ。
剣士には様々なタイプがある。力で押す者、手数で勝負する者、技に優れた者。
例えばナイシスタ。彼女は手数と技量に優れている。軽量の細剣を好み、素早い攻撃を繰り出す事を意識し、そしてそれに特化している。
軽い剣は容易に弾かれる。ならば弾かれる前に貫けば良い。
現にナイシスタとまともにやり合える剣士など、果たしてどれ程いるだろうか。軽い剣。なれど速く正確な剣。的確に急所を捉える事が出来れば、重さ強さなどは必要ない。
シャーベルには特に技巧派の剣士が揃っている。これはナイシスタの好みが色濃く反映された結果だった。
掃除屋であるシャーベルには困難な任務ばかりが回される。故にナイシスタは隊の動きに軽さを求めた。鈍重な部隊では臨機応変さに欠けるからだ。そうすると必然、隊員の動きも軽くなければならない。
ナイシスタは敢えてそういうタイプの剣士ばかりを集めたのだ。但し例外もいる。
ミストンの剣は重い。
ナイシスタの剣が〈貫く〉ならば、ミストンの剣は〈叩き斬る〉だ。当たれば一撃で戦闘を終わらせる事が出来る。それくらい重く強い。だが典型的なパワーファイターという訳でもない。隙が生まれていないか、防がれたらどう対応するか、相手の立ち回り、動きに癖はないかなど、ミストンは常に自身と相手の状態、その場の状況を細かく観察、分析しながら戦う。
一撃の重さと観察眼。単なる力押しの剣士でないからこそ、ミストンはナイシスタの眼鏡に適った。
(ふむ……)
さてどうしたものか。デンバは構えながら考える。重く速い剣。且つ、隙がなく攻め辛い。じっとこちらを見る視線。動かなければと、焦燥感を煽る目だ。
(…………)
しかしデンバは動じなかった。お返しとばかりに、じっとミストンを見る。「チッ……」と小さな舌打ち。ミストンはにわかに不快感を覚える。
(乗ってこねぇ……慣れてやがる)
出鼻にこちらから仕掛けたがかわされた。ならば向こうの動きに合わせようかと、狙いを後の先に切り替える。相手が焦れるまでじっと待ち、痺れを切らして仕掛けてきた所にカウンター。又はそれをかわして一撃……
だが乗ってこない。じっとこちらを見るあの目。明らかにこちらが動くのを待っている。この法衣は随分と戦い慣れしている様だ。揺さぶるのが上手い。
(しょうがねぇ……だったら!)
そもそも待つのは性に合わない。向こうが受けると言うのなら、こちらは攻めるのみ。ミストンはグンと踏み込み前に出ようとする。しかしその瞬間、デンバも動いた。来たなと、ミストンは心の中でほくそ笑む。
相手は無手だ。しかもどうやら得物の類いは携帯していない。ならばこちらの攻撃をまともに受け止めるはずがない。必ず回避する。そして攻撃に繋げる。つまりこの法衣も後の先を狙っているのだ。だったらこちらのやる事は至ってシンプル。
回避など到底出来ない速さと重さで、剣を振り抜けば良い。
ミストンにはその自信があった。先程の初撃はかわされた。しかしあれは全力ではない。様子見の牽制程度のもの。次は叩き斬る。
が、気付けばデンバはすでに目の前にいた。
(なっ……!?)
何故、どうしてここにいる。踏み込みはほぼ同時。相手の動きの良さを差し引いても、タイミングはドンピシャだった。後はただ思い切り剣を振り下ろせば良い。そのはずだったのだ。しかしどういう訳か敵はすでに目の前にいる。一体何が起きたのか。
答えは単純。デンバの動きがミストンの予測を大きく上回っていたのだ。
ミストンと同じくデンバにも自信があった。相手が剣を振るうより速く、一気に間合いを詰める自信が。加えてミストンは一つ読み違えていた。デンバには後の先などという頭は全くなかったのだ。受けてから仕掛けるなどまどろっこしい、その前に勝負をつける。そして思惑通り、デンバはミストンの懐に飛び込んだ。
(クソッ……クソッ!!)
完全に後手に回った。間合いは殺され、敵の攻撃が来る。どこだ? どこに来る? 胴か? 頭か?
デンバは右手を突き出した。掌底。狙うはミストンの左顎。頭だ。
(ぐ……おぉ……ぉぉぉ……!!)
咄嗟にミストンは上体を捩る。打ち抜かれた右手はボウッと重い音を鳴らし、チッ……とミストンの鼻先を掠めた。
(は……はぁ……あぁ……)
かわした、何とか。しかしこれで終わらない。デンバは打ち抜いた右手をくるりと返し、逆手でミストンの髪を掴むと力任せにグッと引き寄せた。
(グッ……ヤベェ……!)
ミストンの視界は髪を掴むデンバの右腕に塞がれていた。何も見えない。しかし次の展開は容易に想像出来る。とにかく動かねば殺られる。
「ク……ソがぁぁぁ!!」
体勢を崩され、間合いもない。それでもミストンは剣を振った。小さく折り畳んだ右腕で、出来る限り思い切り。英断だった。デンバは死角から左の突きを放つつもりでいた。これは避ける他ない。離れ際、ぶちぶちとミストンの頭から音が鳴り、同時に痛みが走る。
デンバは後ろに跳んでミストンの剣を回避した。窮屈な体勢で振られた剣だったが、それでも充分な勢いがあった。無理に攻撃していたらどうなっていたか。
「ぬぅ……うぅ!!」
拘束から開放されたミストン。続けて二撃、三激目を繰り出す。デンバは巧みにそれらをかわすと再び距離を取った。じんじんと痛む頭に手を当てるミストン。握ったデンバの拳にはミストンの髪の毛が絡まっていた。
「てめぇ……ハゲたらどうすんだ!!」
怒鳴るミストンに「ふん」と鼻を鳴らすデンバ。指に絡まる髪を面倒臭そうに払う。
(クソ……)
何て凶悪な掌底か。まともに食らっていたら首が吹き飛んでいたのではないか。ミストンはチラリと後ろを見た。後方ではナイシスタとバッサムが激しくやり合っていた。助太刀を求める、なんて無理な話だろう。我らがボスは実に楽しそうに剣を振るっている。下手に割って入ろうものなら、こちらに矛先が向きかねない。
(チッ……!)
ミストンは奥歯を噛んだ。道理で強いはずだと、そう思った。気付いたのだ、デンバが何者なのか。濃紺の法衣は武に長けた神の使徒の証。何故こんな北に? 北方はイムザン神の縄張りだ。
「お前……エリテマの修道士だな……」
デンバは無言でスッと構える。
◇◇◇
シュッと黒い影が動く。
(また消え……てない!!)
そう、消えてはいない。そこにいる。辛うじて、本当に辛うじて、残像の様な影を捉える。左前方、そこから更に左、そして後方へ。
見えている。だから対応出来ると、決してそういう訳ではない。異常に速いこの動きに合わせるのは、仮に見えていたとしても至難の業だ。
幸いなのは初見ではないという事。更に自分も、それを扱うという事。だから分かる。何となく、しかし間違いなく。
(ここ!)
俺は身体強化し右に跳ぶ。そして跳びながら後方に魔弾を放つ。右手から飛び出した魔弾はすぐに細かく分裂、散弾となる。「チッ!」と聞こえる舌打ち。黒い影がシュッと離れた。俺はすかさず影を追う。
魔散弾がバチバチと音を立てて廊下の壁を叩く。その横で振った魔喰いは空を斬り、反撃を警戒した俺はすぐに後方に下がる。黒ローブは……追って来ない。こちらを見ながら立っている。
「ふう……」
思わず息が漏れた。一瞬でも集中を切らせば命を失う。簡単な相手ではない。だがやるしかない。ジェスタの命が掛かっているのだ。それに、聞き出さなきゃならない事もある。
「……おい、お前メチルに何をした?」
▽▽▽
右に跳ぶ。そのまま後ろに回り込み、死角を狙う。が……
「チッ!」
迎えるのは無数の魔弾。更に右へ。回避するとそこに飛び込んでくる魔導師の姿。迎え撃つか、かわすか。一瞬の逡巡。トラドは後方へ跳んでかわした。敵は……深追いはしないのか、距離を取った。慎重な奴だ。
(術が掛かり切らねぇ……魔道具着けてやがんのか……)
先程から何度か試しているが、どうにも術の掛かりが悪い。しっかりと術が掛かれば、自分という存在はこの魔導師の視界から完全に消える。見つかるという事は、術が弾かれているのだ。
いつだったか、ボスが言っていた。最近の魔道具は出来が良い。術に頼り切っていては痛い目を見ると。この魔導師も恐らく、魔道具を身に着けている。オートシールドの類いだ。
自身に術を掛ける瞬身。相手に術を掛ける絶身。
この二つが揃う事で、完璧な隠密行動が取れる。だが絶身が効かない以上、瞬身だけで立ち回らなければならない。しかし瞬身は見切られている。
(面倒な……)
トラドは相対する魔導師を見る。迅雷。改めて、奇妙な存在だ。
見た事のない魔法を放つ。無数の小さな魔弾に雷撃。やたらと硬い黒い剣を持ち、そしてどういう訳か瞬身を操る。攻撃手段の一つ一つは一級品。だがどこか……そう、ちぐはぐなのだ。動き、流れのスムーズさに欠ける。
恐らく中身が追い付いていない。つまりは経験不足、この魔導師は成長途中なのだ。未熟な腕を、高スペックな攻撃手段で補っている。
(だとしたら末恐ろしいな……)
それら一級品の攻撃を自在に繰り出す様になったら、一体どれだけ手強い存在になるのか。
「……おい、お前メチルに何をした?」
(またメチル……)
二階でやり合ったデカい法衣も言っていた。あのガキの事だ。メイチエール。ボスはそう呼んでいたが……
(なるほど。略してメチルか……秘匿の技を外に漏らしやがって……)
迅雷の瞬身はあのガキが教えたのだろう。しかし絶身までは扱えない様子。術を仕掛けられた感じがない。
(どういう事だ……?)
瞬身と絶身は二つで一つ。片方だけでは効果は薄い。瞬身を扱えるのなら、絶身も難しくはないはず……
「聞いてんのか。メチルは明らかにおかしかった。何をした?」
(チッ……知るかよ……)
何をしたかだと? 知るはずがない。会った時にはああだった。何かしたのであれば、やったのはボスだ。
(大体どこ行きやがった、あのガキ……)
「おい!」
(面倒臭ぇ……)
苛立ちながら、トラドは構えた。成長途中? 末恐ろしい? そもそもどうでも良い事だ。ここで殺すのだから。
「知りてぇんなら……口を割らせてみろよ!!」
◇◇◇
「ハァァァッ!」
笑う様な掛け声。繰り出される怒涛の攻撃。カチカチと小気味良い金属音が鳴る。バッサムはナイシスタの連続突きを丁寧に受けてはかわす。
やれている。
一瞬も気を抜けない極限の状況下で、バッサムは不思議な高揚感に包まれていた。
この時をずっと待っていた。
仲間を殺され、父と慕う者を殺され、子供達を捕われ……その元凶にようやく刃を向ける事が出来た。後は仕留めるだけ。どんなに強かろうが、何としても仕留める。
待ち望んだ時、そして相手を前に鬼気迫る形相のバッサム。対するナイシスタはどうか。笑っていた。
「ハッ……何の冗談だい、こりゃあ」
「あぁ……?」
「これじゃあ五年前と変わらないって言ってんのさ」
「なにぃ……!」
「ちょっとは成長したかと思いきや……お上手に受けちゃあいるがねぇ、このまま回転を上げてやりゃあ、捌き切れなくなるのは目に見えている。そしてまた、お前は刻まれる。何も守れず、何も救えず……」
小馬鹿にする様に笑いながら肩を竦めるナイシスタ。その顔、その態度に、バッサムは激昂する。
「てめぇ! 前と同じかどうかは……!!」
と、怒鳴りかけたバッサムだったがすぐに口を閉じた。
(待て……落ち着け……あの女の思う壺だ……落ち着け……)
相手をおちょくり冷静さを奪う。ナイシスタの常套手段だ。これに乗ってしまえば、それこそ五年前と同じになる。
炉に入った火は五年前から燃えている。煌々と、消える事なく。その火は燃え上がるのを待っていた。大きく大きく、燃え上がるのを。
だがこれは違う。
下らない挑発に乗って燃え上がる様な、そんな安い火ではない。そんな火であってはならない。
バッサムはゆっくりと息を吐き、熱くなった血を冷ます。ナイシスタは「へぇ……」と小さく笑った。
(乗ってこないか……いくらかは成長した様だ)
「しかし、懐かしいねぇバッサム」
笑みを浮かべたまま、ナイシスタは口を開いた。
「スラム特有の鼻につく臭い。薄汚れた教会の前で、私はお前と殺し合った。あれから五年……随分と掛かったじゃないか。お前が再び、私の前に立つのにさぁ……」
五年前。全てが終わったあの日。そして全てが始まったあの日。ここはダグべの宮殿の中。しかしバッサムの視界に広がるのは、あの日の光景。
荒れた街並み。ゴミが散らばる道。崩れかけた家々。そしてナイシスタの背後には、あの日の教会が見える。
(むっ!?)
ブンと重い音を鳴らすミストンの剣。咄嗟に大きく後ろに跳び、デンバは剣の軌道からその身を外した。
しかしミストンは止まらない。更に踏み込んで二撃目。振り下ろした剣を斬り上げた。再び鳴った風を切る重い音。デンバはこれも後ろに下がり回避する。
「デカいのに、良く動く」
呆れる様に笑うと、ミストンは大きく吸った息をふぅぅと吐いて、すぅと剣を構える。気負いがなく、自然体。無駄な力が入っていない、良い構えだ。
(……さっきの茶色よりも上か。厄介だ)
さっきの茶色とは二階で交戦したナッカの事。二度振られた剣。そしてこの構え。デンバはこの剣士がナッカよりも格上であると判断した。事実ミストンの腕はナッカよりも上。隊ではナイシスタの次、二番手を争うくらいの実力者だ。
剣士には様々なタイプがある。力で押す者、手数で勝負する者、技に優れた者。
例えばナイシスタ。彼女は手数と技量に優れている。軽量の細剣を好み、素早い攻撃を繰り出す事を意識し、そしてそれに特化している。
軽い剣は容易に弾かれる。ならば弾かれる前に貫けば良い。
現にナイシスタとまともにやり合える剣士など、果たしてどれ程いるだろうか。軽い剣。なれど速く正確な剣。的確に急所を捉える事が出来れば、重さ強さなどは必要ない。
シャーベルには特に技巧派の剣士が揃っている。これはナイシスタの好みが色濃く反映された結果だった。
掃除屋であるシャーベルには困難な任務ばかりが回される。故にナイシスタは隊の動きに軽さを求めた。鈍重な部隊では臨機応変さに欠けるからだ。そうすると必然、隊員の動きも軽くなければならない。
ナイシスタは敢えてそういうタイプの剣士ばかりを集めたのだ。但し例外もいる。
ミストンの剣は重い。
ナイシスタの剣が〈貫く〉ならば、ミストンの剣は〈叩き斬る〉だ。当たれば一撃で戦闘を終わらせる事が出来る。それくらい重く強い。だが典型的なパワーファイターという訳でもない。隙が生まれていないか、防がれたらどう対応するか、相手の立ち回り、動きに癖はないかなど、ミストンは常に自身と相手の状態、その場の状況を細かく観察、分析しながら戦う。
一撃の重さと観察眼。単なる力押しの剣士でないからこそ、ミストンはナイシスタの眼鏡に適った。
(ふむ……)
さてどうしたものか。デンバは構えながら考える。重く速い剣。且つ、隙がなく攻め辛い。じっとこちらを見る視線。動かなければと、焦燥感を煽る目だ。
(…………)
しかしデンバは動じなかった。お返しとばかりに、じっとミストンを見る。「チッ……」と小さな舌打ち。ミストンはにわかに不快感を覚える。
(乗ってこねぇ……慣れてやがる)
出鼻にこちらから仕掛けたがかわされた。ならば向こうの動きに合わせようかと、狙いを後の先に切り替える。相手が焦れるまでじっと待ち、痺れを切らして仕掛けてきた所にカウンター。又はそれをかわして一撃……
だが乗ってこない。じっとこちらを見るあの目。明らかにこちらが動くのを待っている。この法衣は随分と戦い慣れしている様だ。揺さぶるのが上手い。
(しょうがねぇ……だったら!)
そもそも待つのは性に合わない。向こうが受けると言うのなら、こちらは攻めるのみ。ミストンはグンと踏み込み前に出ようとする。しかしその瞬間、デンバも動いた。来たなと、ミストンは心の中でほくそ笑む。
相手は無手だ。しかもどうやら得物の類いは携帯していない。ならばこちらの攻撃をまともに受け止めるはずがない。必ず回避する。そして攻撃に繋げる。つまりこの法衣も後の先を狙っているのだ。だったらこちらのやる事は至ってシンプル。
回避など到底出来ない速さと重さで、剣を振り抜けば良い。
ミストンにはその自信があった。先程の初撃はかわされた。しかしあれは全力ではない。様子見の牽制程度のもの。次は叩き斬る。
が、気付けばデンバはすでに目の前にいた。
(なっ……!?)
何故、どうしてここにいる。踏み込みはほぼ同時。相手の動きの良さを差し引いても、タイミングはドンピシャだった。後はただ思い切り剣を振り下ろせば良い。そのはずだったのだ。しかしどういう訳か敵はすでに目の前にいる。一体何が起きたのか。
答えは単純。デンバの動きがミストンの予測を大きく上回っていたのだ。
ミストンと同じくデンバにも自信があった。相手が剣を振るうより速く、一気に間合いを詰める自信が。加えてミストンは一つ読み違えていた。デンバには後の先などという頭は全くなかったのだ。受けてから仕掛けるなどまどろっこしい、その前に勝負をつける。そして思惑通り、デンバはミストンの懐に飛び込んだ。
(クソッ……クソッ!!)
完全に後手に回った。間合いは殺され、敵の攻撃が来る。どこだ? どこに来る? 胴か? 頭か?
デンバは右手を突き出した。掌底。狙うはミストンの左顎。頭だ。
(ぐ……おぉ……ぉぉぉ……!!)
咄嗟にミストンは上体を捩る。打ち抜かれた右手はボウッと重い音を鳴らし、チッ……とミストンの鼻先を掠めた。
(は……はぁ……あぁ……)
かわした、何とか。しかしこれで終わらない。デンバは打ち抜いた右手をくるりと返し、逆手でミストンの髪を掴むと力任せにグッと引き寄せた。
(グッ……ヤベェ……!)
ミストンの視界は髪を掴むデンバの右腕に塞がれていた。何も見えない。しかし次の展開は容易に想像出来る。とにかく動かねば殺られる。
「ク……ソがぁぁぁ!!」
体勢を崩され、間合いもない。それでもミストンは剣を振った。小さく折り畳んだ右腕で、出来る限り思い切り。英断だった。デンバは死角から左の突きを放つつもりでいた。これは避ける他ない。離れ際、ぶちぶちとミストンの頭から音が鳴り、同時に痛みが走る。
デンバは後ろに跳んでミストンの剣を回避した。窮屈な体勢で振られた剣だったが、それでも充分な勢いがあった。無理に攻撃していたらどうなっていたか。
「ぬぅ……うぅ!!」
拘束から開放されたミストン。続けて二撃、三激目を繰り出す。デンバは巧みにそれらをかわすと再び距離を取った。じんじんと痛む頭に手を当てるミストン。握ったデンバの拳にはミストンの髪の毛が絡まっていた。
「てめぇ……ハゲたらどうすんだ!!」
怒鳴るミストンに「ふん」と鼻を鳴らすデンバ。指に絡まる髪を面倒臭そうに払う。
(クソ……)
何て凶悪な掌底か。まともに食らっていたら首が吹き飛んでいたのではないか。ミストンはチラリと後ろを見た。後方ではナイシスタとバッサムが激しくやり合っていた。助太刀を求める、なんて無理な話だろう。我らがボスは実に楽しそうに剣を振るっている。下手に割って入ろうものなら、こちらに矛先が向きかねない。
(チッ……!)
ミストンは奥歯を噛んだ。道理で強いはずだと、そう思った。気付いたのだ、デンバが何者なのか。濃紺の法衣は武に長けた神の使徒の証。何故こんな北に? 北方はイムザン神の縄張りだ。
「お前……エリテマの修道士だな……」
デンバは無言でスッと構える。
◇◇◇
シュッと黒い影が動く。
(また消え……てない!!)
そう、消えてはいない。そこにいる。辛うじて、本当に辛うじて、残像の様な影を捉える。左前方、そこから更に左、そして後方へ。
見えている。だから対応出来ると、決してそういう訳ではない。異常に速いこの動きに合わせるのは、仮に見えていたとしても至難の業だ。
幸いなのは初見ではないという事。更に自分も、それを扱うという事。だから分かる。何となく、しかし間違いなく。
(ここ!)
俺は身体強化し右に跳ぶ。そして跳びながら後方に魔弾を放つ。右手から飛び出した魔弾はすぐに細かく分裂、散弾となる。「チッ!」と聞こえる舌打ち。黒い影がシュッと離れた。俺はすかさず影を追う。
魔散弾がバチバチと音を立てて廊下の壁を叩く。その横で振った魔喰いは空を斬り、反撃を警戒した俺はすぐに後方に下がる。黒ローブは……追って来ない。こちらを見ながら立っている。
「ふう……」
思わず息が漏れた。一瞬でも集中を切らせば命を失う。簡単な相手ではない。だがやるしかない。ジェスタの命が掛かっているのだ。それに、聞き出さなきゃならない事もある。
「……おい、お前メチルに何をした?」
▽▽▽
右に跳ぶ。そのまま後ろに回り込み、死角を狙う。が……
「チッ!」
迎えるのは無数の魔弾。更に右へ。回避するとそこに飛び込んでくる魔導師の姿。迎え撃つか、かわすか。一瞬の逡巡。トラドは後方へ跳んでかわした。敵は……深追いはしないのか、距離を取った。慎重な奴だ。
(術が掛かり切らねぇ……魔道具着けてやがんのか……)
先程から何度か試しているが、どうにも術の掛かりが悪い。しっかりと術が掛かれば、自分という存在はこの魔導師の視界から完全に消える。見つかるという事は、術が弾かれているのだ。
いつだったか、ボスが言っていた。最近の魔道具は出来が良い。術に頼り切っていては痛い目を見ると。この魔導師も恐らく、魔道具を身に着けている。オートシールドの類いだ。
自身に術を掛ける瞬身。相手に術を掛ける絶身。
この二つが揃う事で、完璧な隠密行動が取れる。だが絶身が効かない以上、瞬身だけで立ち回らなければならない。しかし瞬身は見切られている。
(面倒な……)
トラドは相対する魔導師を見る。迅雷。改めて、奇妙な存在だ。
見た事のない魔法を放つ。無数の小さな魔弾に雷撃。やたらと硬い黒い剣を持ち、そしてどういう訳か瞬身を操る。攻撃手段の一つ一つは一級品。だがどこか……そう、ちぐはぐなのだ。動き、流れのスムーズさに欠ける。
恐らく中身が追い付いていない。つまりは経験不足、この魔導師は成長途中なのだ。未熟な腕を、高スペックな攻撃手段で補っている。
(だとしたら末恐ろしいな……)
それら一級品の攻撃を自在に繰り出す様になったら、一体どれだけ手強い存在になるのか。
「……おい、お前メチルに何をした?」
(またメチル……)
二階でやり合ったデカい法衣も言っていた。あのガキの事だ。メイチエール。ボスはそう呼んでいたが……
(なるほど。略してメチルか……秘匿の技を外に漏らしやがって……)
迅雷の瞬身はあのガキが教えたのだろう。しかし絶身までは扱えない様子。術を仕掛けられた感じがない。
(どういう事だ……?)
瞬身と絶身は二つで一つ。片方だけでは効果は薄い。瞬身を扱えるのなら、絶身も難しくはないはず……
「聞いてんのか。メチルは明らかにおかしかった。何をした?」
(チッ……知るかよ……)
何をしたかだと? 知るはずがない。会った時にはああだった。何かしたのであれば、やったのはボスだ。
(大体どこ行きやがった、あのガキ……)
「おい!」
(面倒臭ぇ……)
苛立ちながら、トラドは構えた。成長途中? 末恐ろしい? そもそもどうでも良い事だ。ここで殺すのだから。
「知りてぇんなら……口を割らせてみろよ!!」
◇◇◇
「ハァァァッ!」
笑う様な掛け声。繰り出される怒涛の攻撃。カチカチと小気味良い金属音が鳴る。バッサムはナイシスタの連続突きを丁寧に受けてはかわす。
やれている。
一瞬も気を抜けない極限の状況下で、バッサムは不思議な高揚感に包まれていた。
この時をずっと待っていた。
仲間を殺され、父と慕う者を殺され、子供達を捕われ……その元凶にようやく刃を向ける事が出来た。後は仕留めるだけ。どんなに強かろうが、何としても仕留める。
待ち望んだ時、そして相手を前に鬼気迫る形相のバッサム。対するナイシスタはどうか。笑っていた。
「ハッ……何の冗談だい、こりゃあ」
「あぁ……?」
「これじゃあ五年前と変わらないって言ってんのさ」
「なにぃ……!」
「ちょっとは成長したかと思いきや……お上手に受けちゃあいるがねぇ、このまま回転を上げてやりゃあ、捌き切れなくなるのは目に見えている。そしてまた、お前は刻まれる。何も守れず、何も救えず……」
小馬鹿にする様に笑いながら肩を竦めるナイシスタ。その顔、その態度に、バッサムは激昂する。
「てめぇ! 前と同じかどうかは……!!」
と、怒鳴りかけたバッサムだったがすぐに口を閉じた。
(待て……落ち着け……あの女の思う壺だ……落ち着け……)
相手をおちょくり冷静さを奪う。ナイシスタの常套手段だ。これに乗ってしまえば、それこそ五年前と同じになる。
炉に入った火は五年前から燃えている。煌々と、消える事なく。その火は燃え上がるのを待っていた。大きく大きく、燃え上がるのを。
だがこれは違う。
下らない挑発に乗って燃え上がる様な、そんな安い火ではない。そんな火であってはならない。
バッサムはゆっくりと息を吐き、熱くなった血を冷ます。ナイシスタは「へぇ……」と小さく笑った。
(乗ってこないか……いくらかは成長した様だ)
「しかし、懐かしいねぇバッサム」
笑みを浮かべたまま、ナイシスタは口を開いた。
「スラム特有の鼻につく臭い。薄汚れた教会の前で、私はお前と殺し合った。あれから五年……随分と掛かったじゃないか。お前が再び、私の前に立つのにさぁ……」
五年前。全てが終わったあの日。そして全てが始まったあの日。ここはダグべの宮殿の中。しかしバッサムの視界に広がるのは、あの日の光景。
荒れた街並み。ゴミが散らばる道。崩れかけた家々。そしてナイシスタの背後には、あの日の教会が見える。
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死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
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せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
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お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
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我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
りんねに帰る
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人間の魂を回収し、輪廻に乗せる仕事を担う下級天使のルシア。ある日、バディのフーガと魂の回収に向かった先で死神の振るう大鎌に殺されそうになる。それを庇ったフーガが殺されたかに思えた。しかし大鎌は寸前で止められる。その時ルシアの耳朶を打ったのは震える声。――死神は泣いていた。
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