流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

276. 強者達の邂逅

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「この部屋か?」

 俺は扉に近付くと耳を澄ませる。部屋の中からは何も聞こえない。チラリとデンバに目をやると、デンバは小さくうなずいた。俺は静かに取っ手を掴み、そして勢い良く扉を開けた。

(……ま、そりゃそうだ)

 部屋はもぬけの殻だった。この部屋に辿り着くまでそれなりに時間が経っているのだ、いつまでも部屋に残っているはずもない。

「会議室……か?」

 俺は壁に掛けられている灯りの魔法石に手を向ける。ほわ……と柔らかな光が部屋に広がった。部屋の中央には大きなテーブル。それを囲う様に椅子が置かれている。

「見ろ」

 デンバは正面の壁を指差した。天井から床まで届く程の大きなカーテンが不規則に揺れている。カーテンをめくったデンバは「ここで間違いない」と言った。外はバルコニー。大きく割られた窓からは雨と風が入り込んでいた。

「この騒ぎだ、窓が割れたとて気付く者はいない」

 デンバはそう言いながら部屋の中を見回した。どうやらデンバが目撃した真っ黒なローブの二人組はこの部屋から宮殿内に侵入した様だ。アルアゴスの目、そしてメチル……


 ガキン……


 瞬間、俺とデンバはそろって扉に目をやった。部屋の外からかすかに聞こえた金属音。聞き慣れた音、剣戟けんげきの音だ。俺は反射的に部屋を飛び出した。すると廊下の奥、かどに何人かのダグベ兵の姿が見える。

「……動くな貴様ら!」

 兵が怒鳴っている。間違いない、侵入者に遭遇している。

「デンバ! あそこだ!」

 デンバにそう呼び掛けた時には、俺はすでに走り出していた。傭兵か。黒ローブか。メチルはいるのか。デンバも俺のすぐあとを追っている。治癒師がいるというのは心強い。多少の無茶も出来る。

(いた!)

 姿を視認。そしてすぐさま魔弾を放った。廊下のかど、今まさに兵にナイフを突き立てている黒ローブ。背格好からしてメチルではない。もう一人の方だ。

 ボン……

 放った魔弾は壁に当たり炎を上げる。黒ローブは後ろへ跳んで直撃を回避した。まぁこの程度で始末出来るなどとは思っていない。俺はすぐに壁の炎を消した。

「迅雷殿!!」

 ほっとした様な表情を浮かべて兵は声を上げた。見慣れた兵装、見覚えのある顔。彼は宮殿付きの衛兵だ。黒ローブが本当にアルアゴスだとしたら、彼ら衛兵隊には荷が勝つ相手だろう。

(!?)

 と、前に進み出て驚いた。そこにいたのは黒ローブだけではなかった。手前に一人、奥に一人。ローブは羽織はおっているが焦げ茶、黒くはない。そして両方共に剣を抜いている。

「コウ!」

 背後のデンバに呼び掛けられる。何を言いたいのか……いや、何を聞きたいのか。分かっている。

「鎧以外は敵だ!」 

 そう返答するとデンバは小さく笑い「分かり易い……」と呟く。そして黒ローブへと向かって飛び出した。俺は援護の為に数発の魔弾を黒ローブへ向けて放ち、標的を焦げ茶のローブに切り替えた。こいつらは何者か。見るからに衛兵や騎士ではない。では使用人か? それも違う。ならば答えは一つ。

「ブロン・ダ・バセルだな!」

 ジェスタの首を狙う傭兵、それ以外には考えられない。


 ▽▽▽


 放たれた数発の魔弾。牽制だと、トラドはすぐに見破った。果たしてその読み通り、魔弾は少し手前の空中でボンボンと音を鳴らし爆発した。そして向かって来る大きな男。身体の割に動きが速い。が、それはあくまで一般的にという話。当然こちらの方が上だ。トラドはゆらりと身体を揺らすと隠術いんじゅつで加速しながら飛び出す。

 利き手はどっちだ? 右か? 左手側の方が都合が良いか?

 決して広い訳ではない廊下での立ち回りは気を使う。左手側は狭い。すぐに壁がある。ならば右側後方、死角から攻撃する。

 ビュンと加速しながらトラドはデンバの右側面を駆け抜ける。そして思惑おもわく通りその右側後方に着地するとナイフを構えて再び前へ跳んだ。狙うは背中、あるいは右脇腹か。タイミングは完璧、あとは突き刺すだけ。しかしここでトラドにとって予想外な事が起こる。

(なっ!? 腕だと!!)

 トラドの視界に飛び込んで来たのは右腕。デンバの放った裏拳だった。慌てたトラドは加速を解くとその場で急ブレーキ。デンバの拳はトラドの顔のすぐ前を通過した。加速したまま突っ込んでいれば頭にヒットしていただろう。

(まぐれか……?)

 目の前で敵の姿が消えた。どこにいるのか分からず闇雲やみくもに腕を振り回した。そんな所だろうか。そうでなければ説明がつかない。この動きに初見で対応出来る者などいてたまるものか。トラドは再びナイフを構える。が……

(いや……見えてやがる!!)

 目が合った。右腕を後ろに大きく振り切った男はその視線をこちらに向けていた。確信に満ちた目。そこにいるのは分かっていると、その目はそう訴えていた。

「チッ……!」

 瞬間トラドは後ろに跳んだ。ブゥンと今度は蹴りが飛んできた。腕を後ろに振り抜いた勢いのままに、デンバは左回し蹴りを放っていた。空振りに終わったその蹴り足をストンと床へ下ろすと、デンバはスッと構えて口を開く。

「メチルはどこだ」

「……何?」

「もう一人いたはずだ。背の低い方。メチルはどこだ?」

(……そうか……なるほど)

 トラドは得心とくしんが行った。この男がどうして自分の動きを追えているのか、その理由が分かった。
 ボスから押し付けられたあのガキがイゼロンにいたというのは聞いていた。そしてこの男の格好。これは恐らくエリテマ真教の法衣。つまりこの男とガキはイゼロンで接点があった。ガキが過去に何をやっていたのか、それを知る関係性。ならばあのガキがこの男に隠術いんじゅつを披露していてもおかしくはない。

(初見じゃねぇって事か……)

 トラドの読み通りだった。デンバはエス・エリテで散々メチルと組手を行っていた。当然隠術の異常に速い動きにも慣れている。

(しかし……あのガキそんな名だったか……?)

 メチル? 違う。ボスから聞いた名は確か……メイチ……

「どうした、答えろ」

 ズンと一歩前へ踏み出しデンバは間合いを詰める。「……ハッ」と笑ったトラドは「さぁな」とぼそりと呟き前方へ飛び出した。デンバは右の拳をクッと引く。迎え討つ構えだ。しかしトラドはデンバの間合いに入る直前、ギュンと右へ方向転換し加速した。予期せぬ敵の動き。しかしデンバは理解した。黒ローブは狙いを変えたのだと。その狙いは……

「コウ!!」


 ▽▽▽


(何だこいつ……)

 巧みに剣を動かしながら、こちらが放つ魔弾のことごとくを剣ので防ぐ。上手い。守りが堅い。それゆえ戸惑いも大きい。

 やる気があるのか、と。

 振るう剣はお世辞にも鋭いとは言えず、すぐに避けられるであろう安全な場所ばかりに的確に打ち込んでくる。これではまるで剣の修行、はたまた戦う振りでもしているかの様だ。おちょくられてでもいるのかと思いきや、しかしその顔は至って真剣。そんな様子でもない。俺は相対するブロン・ダ・バセルと思われる剣士の行動に困惑していた。

(何か……あるのか……?)


 ▽▽▽


 困惑している。目の前の魔導師の様子からそう察した。しかしバッサムもまた、どうしたものかと困惑していた。

(チッ……どうにかこっちの思惑おもわくを伝えられねぇもんか……)

 守備兵はこの男を見て迅雷と声を上げた。フォージが言っていた。そしてリンの報告にもあった。迅雷、第二王子の盾。ならばこの男とは戦えない。敵ではない。むしろ味方だ。ではここで全てを話すか? 否、そんな時間的余裕はない。何より後ろにはナッカがいる。おかしな動きを見せようものならその時点でナッカは敵になる。奴は手強い。ギリギリまで従順な振りをして隙を突いて仕留める。面倒だがそれが最良。
 そして黒ローブ。あれはナッカ以上の強敵だ。黒ローブにしてみればこちらの揉め事など願ったりと言った所だろう。絶対に気取けどられてはならない。

 どうにもならないこの状況で、バッサムに出来る事はまさに戦う振りをして見せる事しかなかった。こちらに敵意はないと、どうにか伝える為に。

(だが……)

 バッサムは後ろが気になった。いつまでもこんな茶番を演じてはいられない。すぐにナッカに気付かれる。

(クソ……しょうがねぇ……)

 れるバッサム。覚悟を決めた。ナッカが近付いたら一気に行く。ナッカを仕留める。迅雷と大男がこちらの仲間割れを上手く利用してくれる様な機転のく連中だと良いが……


 ▽▽▽


(打ってこない……)

 じっとこちらを見ながら剣を構える剣士。時折少しだけ首を横に振る。どうやら背後を気にしている様子だ。仲間の参戦を待っているのか。


「コウ!!」


 突如響いた大きな、そして切羽せっぱ詰まった様なデンバの声。振り向くと背後には黒い影。黒ローブだ。すでに間合いに入られている。突き出されるナイフ。身体に届く。

 その瞬間、無になった。

 思考が止まった。だが分かる。どこにどう動けば良いのか。そして身体が動く。自然に、無意識に。まるで何かに操られているかの様に、何かに引っ張られているかの様に。

 隠術を発動。クッと膝に力を入れグンッと後ろへ跳んだ。ヂッ……とナイフが右腕をかする。直後、ドンと強い衝撃。廊下の壁に激突、背中と後頭部を打った。「うっ……」と思わず声が漏れる。

 右腕を斬られ、壁にぶつかり、何とも不格好なかわし方。だがそれで良い、死んではいない。

 一方、完全に仕留めたと確信していたトラドは驚愕きょうがくした。タイミングは申し分なし。上手く不意を突けたはずだった。よもやかわされるなどと、そんな事態は頭をよぎりもしなかった。しかもあんな方法で。それはつまり、一言で言えばこういう事だ。

(何でこいつが……隠術を!?)

 隠術を使用しての回避。そのあまりの驚きにトラドは一瞬呆然とした。しかしすぐに身に迫る危機に気付く。この隙を逃すまいと、バッサムが剣を突き出そうとしていた。

「チィッ!」

 舌打ちしながらトラドは後方へ大きく跳んだ。しかし着地すると今度は角にいた衛兵達がトラドに詰め寄って来る。剣を構えて斬り掛からんとする衛兵達。

(何だそのつらァ……)

 衛兵達の目には光があった。この機は逃さない、ここで仕留める。その目はそう言っていた。そんな彼らの顔を見たトラドはたまらなく腹が立った。

「……ナメんなゴラァ!!」

 あっちの剣士や法衣ならいざ知らず、たかが守備兵ごときが何を色気を出している。その程度の剣に殺られる程間抜けだとでも言うのか。

 思うままにならない苛立ち。そして勘違いした守備兵の顔。溜まったフラストレーションと怒りを吐き出す様に、トラドはシュッとナイフを滑らせる。大きく踏み込んでまず一振り。そして小刻みにステップを踏みもう一振り。鋭くも柔らかに流れるナイフの軌道。トラドは一瞬で衛兵二人の首を斬り裂いた。


 ▽▽▽


 チリ……

 首筋、うなじ辺りにかすかに感じる違和感。何か凄く小さなものが引っ掛かった様な、肌がチリチリとする感覚。これを感じる時は大抵良くない事が起こる。これは殺気だ。

(……!?)

 振り向いたデンバは顔を隠す様に両腕を上げた。今まさに振り下ろされる寸前の剣。殺気の出どころはナッカだった。トラドがその苛立ちを衛兵にぶつけ、そして皆の意識がトラドに向いた。その瞬間を狙った。

(ハッ!!)

 ナッカは心の中で笑った。もはや反撃に移る余裕はないだろう。それで身を守ったつもりか? 腕を上げようが足を上げようが、何であれそれごと叩っ斬る。


 ガキィィィン!


 果たしてナッカの狙い通り……とはならなかった。激しい金属音。剣を通し伝わる衝撃と振動。

(何だ!?)

 斬れない。ナッカの剣はデンバの左腕に弾かれた。間一髪攻撃を防いだデンバはすかさず前蹴り。ナッカはくるりと身をひるがえし、デンバの蹴りをかわすとそのまま回転斬り。

 ガキン!

 再びデンバは防いだ。今度は右腕で。直後、デンバは一歩前へ踏み込むとナッカの手首を掴んだ。そして手首、肘と極めながら投げる。ナッカは脳天から床に落ちる……はずだった。しかし投げられた瞬間ナッカは自ら床を蹴り跳んだ。そして空中で一回転し、体勢を崩しながらも何とか足から着地した。

「いつまで掴んでやがる!!」

 怒鳴りながらデンバの手を振りほどくと、ナッカはすかさず距離を取った。

(何を仕込んでる……)

 よもや腕の一本も斬り落とせないとは……デンバの破れた法衣の袖からチラリと光る物が見えた。籠手か? しかも相当上等な物だ。見ると剣の刃が潰れていた。


 ▽▽▽


 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら倒れる衛兵。ぱっくりと裂けた首から流れる血が床を赤く染める。衛兵を始末した直後、ガキィィィンと激しい音が響いた。トラドは音の鳴った方を見る。そこでは法衣と剣士がやり合っていた。潰し合ってくれば良い。そうなれば楽な話で……

(……!?)

 視線を戻したトラドは息を呑む。魔導師だ。こちらに向けて左手を向けている。

 ドクン……

 目が合った。その瞬間、まるで射抜かれでもしたかの様に胸が大きく鼓動を打つ。熱くなっていた血がすぅぅと冷めてゆくのが分かる。背中がぞくりとした。

 この感じには覚えがある。嫌な感覚だ。本能が訴えている。全身が警告を発している。死が間近にあると。

(クソッ!!)

 トラドはすぐさま隠術を発動する。どこでも良い、とにかく速く……


 パァーーーーン


 大きな音に閃光。と、ほぼ同時にバチンと背後の壁から音が鳴った。壁の一点が黒く焦げ、シュゥゥ……と言いながら煙を昇らせている。

(…………チッ)

 トラドはギリッと奥歯を噛んだ。間一髪、本当に紙一重でトラドは難を逃れた。ほんの少しでも反応が遅れていたら、壁ではなく自分が……つぅぅ、と汗がほおを伝う。

(クソが! 難度高過ぎだろ、この依頼……)

 これ程困難な任務は初めてだ。街で暴れるオークの軍団、競合する傭兵、要らない荷物・・を抱え、更にその荷物は勝手にどこかへ消えてしまった。

(大体何なんだこの宮殿は……びっくり箱か何かかよ……)

 これ程の強者つわものそろい、しかもこぞって邪魔をするなど……剣士しかり法衣しかり、そしてこの魔導師……

(守備兵共は……何と言っていたか……)


 ▽▽▽


(ここで外すとか……ないだろ……)

 確かに出力は抑えた。射出しゃしゅつ速度も遅かったかも知れない。だが相手が奴じゃなければ当たっていた。改めて隠術の有用性というものを再認識する。

 そして同時に嫉妬した。

 もし自分ならばあのタイミングで避けられただろうか。判断、反応、術の発動速度……いや、難しい。やはり本家と言うべきか。そこには確然かくぜんたる力の差が横たわる。

 同じ技を使う者として、俺は黒ローブに嫉妬した。

「おい!…………もう一人の方……メチルはどこだ」

 強くなり掛ける口調。グッと感情を抑え込みつとめて静かに話す。嫉妬して苛立っているなどと、絶対にバレたくはない。黒ローブはこちらを睨みながら左手をローブのポケットに突っ込んだ。ピクリと身体が反応する。何を出す気だ? ゆっくりと引き抜かれた手には白っぽい何かが握られている。

(石……? 魔法石か?)

 すると終始こちらを睨んでいた黒ローブは突然ニィィと笑った。

「ま、見つけたら教えてくれよ…………迅雷ィ!」

 そう怒鳴るや黒ローブは握っていた石を壁に向かって投げ付けた。バリンと割れる石。同時にカッとまばゆい光が廊下中を包み込む。

(!?)

 そこにいた誰もが身をよじり目をつむる。とてもじゃないが目など開けてはいられない。それくらい強い光。そして誰もが警戒する。今仕掛けられたらまずいと。

(うぅ……)

 光はすぐに収まった。焼き付く光に目を細め、それでも何とか前を見る。しかしそこに黒ローブの姿はなかった。
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