流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

266. 呉越同舟

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「何をやってる……あの脳筋は!!」

 剣を抜いて立ち回るロナの暴挙を見て、イベールは怒鳴りながら走り出した。そして俺はロナが斬り掛かった男の顔を見て思い出す。

「あいつ……あいつらブロン・ダ・バセルだ!」

 俺がそう声を上げると、一体何の文句を言いたかったのかは分からないが、ついさっき俺に詰め寄って来た老将もまた「何ぃ……!?」と声を上げた。

何故なぜ傭兵共がここにいるか!」

 老将はそう怒鳴ると再び俺に詰め寄る。理由など知るはずもない俺は、老将にぶつけられたその理不尽な怒りに苛立ちを感じながら「知りませんよ、そんなの!」と返した。

「知らないけど、でもあの男はジェスタを襲った傭兵の一人。ロナにとって仲間のかたきだ」

「ふむぅ……」とうなった老将は一先ひとまず落ち着きを取り戻し、騒ぎの渦中であるロナと傭兵達に目を向ける。どうやら俺の説明に納得がいった様子ではあるが……

「全く次から次から……面倒事が起きよるな」

 老将は愚痴ぐちりながらチラリと俺を見た。というか……俺もその面倒事の一つだとでも言いたげだが……ひょっとして操死術そうしじゅつの事か?

「おい」と老将は軽く右手を挙げクイッと前へ倒す。脇に控えていた老将の部下は「はっ」と答えると「行くぞ!」と仲間達に声を掛け傭兵達のもとへ走り出した。

「迅雷、貴様も来い」


 ◇◇◇


「ブロン・ダ……バセルだと!?」
「馬鹿な! そんな話は……」
「一体どういう……」

 何故なぜブロン・ダ・バセルがここにいる。ロナの言葉に警備兵達がざわめく。ルバイットらと共にオークの排除に動いていた彼らはその正体を知らなかった。

「おいおい……早速バレちまったぜ。どうするよ?」

 剣を収めながらロッザーノが呆れる様に話す。するとフォージは「済まねぇ、俺のミスだ。宮殿にいるとばっかり思ってた。全く間抜けな……」と自身の失策だと自省じせいする。

「答えろ!! どうしてここにいる!!」

 首筋に剣を突き付けられ、それでもロナはおくせず怒鳴った。「そうか……カーンのな……」と呟くルバイット。フォージの側まで寄ると「気にすんなフォージ、遅かれ早かれだ」と肩を叩く。そしてロナに視線を移した。

「悪かったなぁべっぴんさん。王子とあんたを襲ったカーンってのは俺の部下だ。そして……命じたのは俺だ」

 まるでロナを挑発するかの様にニヤけた顔で話すルバイット。「よくも抜け抜けと!!」とロナは身を乗り出そうとする。すかさずポリエはロナの髪を掴むとグイッと引っ張り、更に強くその首筋に剣を押し当てた。

「待ちなよお嬢ちゃん。私も女だ、良く分かる。あの下品なクソボケカーンに押し倒されるなど……考えただけで虫酸むしずが走る。ご主人様を襲われたってのも足してやれば、百回殺したって充分釣りがくるさ。だがまぁ一先ひとまずは話を……」

「何を! 話なんて!!」

 身をよじりながら怒鳴るロナ。聞く耳を持たないその様子に、まぁ当然か、とポリエはふぅぅと息を吐く。このむすめの心情を考えればこういう態度になって当り前だろう。さてどうしたものか……

「動くなっ!!」

 突如響く声に一同の視線が集まる。声の主はイベール。剣を抜き、切っ先を右に左に動かしながら得体の知れないローブの連中を威嚇いかくする。

「脳筋貴様! 何をやっている! そして貴様ら! 軍人ではないな! 貴様らは一体何だ!」



「「「 ………… 」」」



 静まる一同、止まる時間。そして少しののち「ルバイット、いらなくあおるなよ」とディンガンはルバイットの言動を注意する。ロッザーノも「そうだバカ野郎、てめぇ話まとめる気ぃあんのかよ」と同意。ポリエは「暴れるなよお嬢ちゃん、怪我はさせたくない」とロナに声を掛け、まるで何事もなかったかの様に時間が動き出した。


「ぬぅぅぅ! 動くな喋るな無視するなァァァ!!!!」


 顔を真っ赤にし、怒りの声を張り上げるイベール。どうやら傭兵達はイベールの事を、話を通した所で何の得もない小者であると判断した様だ。

「誰も動くな!!」

 再び響いた声。傭兵達の動きもまた止まる。見ると周りをぐるりとダグべ兵達に取り囲まれていた。向けられる無数の剣を見てルバイットは「ククク……」と小さく笑う。

「何がおかしい」

 取り囲む兵の輪がスッと割れて、ミュラーが傭兵達の前に進み出た。

「いや何、ようやく話が出来そうな御仁ごじんが来たんでね」

 そう返すとルバイットもまたミュラーの前に進む。ミュラーは「ふん」と鼻を鳴らしポリエに目を向けると「剣を下ろせ。嬢ちゃんも、動くなよ」と命令する。ポリエは肩をすくめて静かに剣を下ろし、ロナは無言だった。俺はロナの側に寄る。

「ロナ、大丈夫か?」

「……うん。コウ、あいつ……」

「ああ、分かってる。あの時の奴だ」

 俺はあの夜仕留め損ねた傭兵の魔導師を見る。街道の見張りをしていた男だ。と、向こうもこちらを見ている。

「……へぇ~」

 ロナに剣を向けていた女が俺を見てかすかに笑った。「何だ?」と聞くと「いや……」と再び、今度は含みのある笑みを見せる。

「大事なものならちゃんと見ておかないとな。目を離した隙に消えてなくなる、なんて良くある話だ」

 ロナの事を言っているのか。だが俺は何も答えなかった。ロナが大事ではないという事ではない。この女に答えてやる義理がないからだ。

「貴様ら、ブロン・ダ・バセルだな。この王都で何をしている?」

 貴様ら、とは言ったがミュラーは真っ直ぐに目の前の傭兵だけを見て話す。この男が一党の頭目だと、そう思ったからだ。

「まぁ慌てなさんな。まずは自己紹介だ」

 ルバイットもまたミュラーから視線を外さず答える。そして両手を軽く広げた。

「ルバイット・マード、元……ブロン・ダ・バセルだ」

 ルバイットの名を聞いたミュラーはピクリと反応する。

(ルバイット……危険人物として情報局がリストアップしとった……いやそれより……)

「元だと……?」

「そう、元だ。すでに団を抜けた。で、あんたはミュラー将軍だな?」

「わしを知っとるのか……」

「そりゃあもう。あんた一時期、西を縄張り・・・にしてただろう? 軍の偉いさんが愚痴ぐちってた、あんたがガントを枕にしてっから手を出せねぇってな」

「ふん……で、貴様らの目的は何だ? この国は貴様らに優しくはないぞ」

「あぁ良く分かってる。だがそこにいるってだけで問答無用で引っ捕らえる程理屈が通らねぇ国でもねぇ。そうだろ? 俺達はそこの衛兵さんらとオークを狩ってたのさ」

 ルバイットは軽く後ろを向き外縁がいえん警備隊を指差した。ミュラーは「ふん!」と鼻を鳴らし「そんなもん理由になっとらん!」と一蹴いっしゅうする。しかし同時に「……事実か?」と警備隊に一応の確認を取る。警備隊の隊長は「はっ! 事実であります!」と返答した。

「オークと交戦中の我々に、助太刀する、と彼らが参戦した次第で……ですが彼らの正体までは把握しておりませんでした」

 隊長の説明に「な?」と肩をすくめるルバイット。しかしミュラーは「理由になっとらんと言っている!」と吐き捨てた。

「それはあくまで現状での行動だ。わしが問うておるのは目的……貴様らの目的だ! 言え! 何の用があってここに来た!」

 怒鳴るミュラーに「ハッ……」と苦笑いするルバイット。そして右の人差し指をこめかみに当てトントンと叩く。その内にピタリと指が止まる。考えがまとまった。

「シャーベルって……知ってるか?」

「無論。貴様らブロン・ダ・バセルの別動隊……ナイシスタ・イエーリー……だったか」

「ほう……こりゃ良くご存知だ」

 感心するルバイットを「ふん……」と睨むミュラー。知っていて当然だ。シャーベルと共にナイシスタの名も情報局のリストに載っていた。ミュラーは他の傭兵にも目を向ける。恐らくこの中にも危険人物と認定された幹部クラスがいるのだろう。ダグベにとって害悪と思われる者が多数身を置く、ブロン・ダ・バセルとは極めて危険な組織だ。再びルバイットに視線を戻すミュラー。ルバイットはニィッと笑った。

 気に食わない。

 何を考えているか分かっているぞ。まるでそう言っている様な顔だ。不快感からミュラーの視線は更に鋭さを増す。だがすぐに気を落ち着かせようと大きく息を吐いた。傭兵ごときに振り回されていると思われたくはない。そんなミュラーの心情を果たして本当に見抜いているのかどうか、ルバイットは笑みを浮かべたまま話を続けた。

「高難度の依頼や汚れ仕事を請け負う。シャーベルってのは俺達にとっちゃ掃除屋みたいな存在だ。そのシャーベルがな……ジェスタルゲイン王子の首を狙ってる」

「なっ……!?」

 ロナは思わず声を上げ身を乗り出した。当然だ。ジェスタが狙われているなど、そんなもの看過かんか出来る話ではない。

「頭っから説明する。まぁ、手短にな……」


 ~~~


「――つまり、貴様が指示した殿下への襲撃が失敗。軍は二の矢にシャーベルを指名したと……」

 ジロリとルバイットを見るミュラー。ジェスタルゲイン殿下の襲撃を指示した者が目の前にいる。本来ならそれだけで捕縛の理由としては充分だ。だが何故ここにいるのか。やはりそれは聞き出さなければならない。いっそ捕縛してから尋問するか。いや、こいつらが大人しく捕らえられるとは思えない。何より今はオークの殲滅せんめつが先だ。

 厄介事を持ち込みやがって。

 ルバイットを見るミュラーの視線には不満とうとましさが有り有りと浮き出ていた。しかしそんなミュラーの湿った視線など全く意にかいさず、「そうだ」とルバイットはカラリと答えた。

「失敗しました、そりゃしょうがねぇで済む訳がねぇ。まぁ失敗したのは俺の部下だったんだが……」

 何となくバツの悪そうに話すルバイット。知った事かとミュラーは思った。すると「待って!」とロナが割って入る。

「軍って事は……ジェスタ様襲撃の依頼はセンドベルからって……事……?」

 ロナの疑問に一瞬キョトンとした顔をするルバイット。「知らなかったのか?」と眉をひそめる。

「ここにゃうちの連中がいくらかとっ捕まってたはずだが……」

 ルバイットはそう呟いてチラリとミュラーを見る。「無論尋問した」とミュラーは答える。「だがどいつも依頼主は知らんと言い張っとる」と続けた。

「ん……そう言や下の連中には話してなかった……か?」

「ふん! 適当な……」

 そう吐き捨てるミュラーに「そういう事もある」とルバイットは笑う。

「まぁ良いさ。べっぴんさん、察しの通り依頼は国からだ。そして大元の依頼人はイオンザ……ヴォーガン王子だ」

「やっぱり……」とロナは呟いた。推測はしていた。状況証拠もあった。だが心のどこかで思っていた。実の弟を殺そうなんて、本当にそんな事を考えるだろうかと。しかしこれで確定した。確定してしまった。関係者中の関係者がそう話したのだ、間違いないのだろう。だがこれだけには留まらず、ルバイットは更に重大な事実を話す。

「ついでに言やぁな、ヴォーガンは自分が王となったら共にダグべを攻めて、領土を折半せっぱんしようと持ち掛けたらしい」

「何だと!?」

 ミュラーをはじめ軍人達に衝撃が走った。「イオンザァァ……!!」とイベールは怒りに震えながら低くうなる。ルバイットは「気の早い話だな、イオンザ王はまだ生きてる」と笑うが、当然一緒に笑う軍人はいなかった。
 ヴォーガンが父王ふおうドゥバイルと同じく覇権主義者だという事は周知の事実だ。ダグべとセンドベル、この二カ国を手に入れたいのだと。だがドゥバイルは今まで特段目立った動きは見せなかった。あるいは理想は理想として、それは現実的ではないと考えていたのかも知れない。
 しかし今の話を聞く限り、ヴォーガンはドゥバイルよりも強く覇権主義という妄想に取り憑かれている様だ。事実動いた。敵となり得るジェスタルゲインを始末し、玉座に座ったその先を考えている。

「…………話を戻す」

 恐らくは、怒りの感情をグッと身体の奥底に押し込める作業をしていたのだろう。しばし目を閉じたミュラーは目を開くと絞り出す様にそう言った。イベールや他の軍人達は驚いた。

「何を……国の一大事に何を仰っておいでか!!」

「そうです!」
「何という屈辱……」
「これは宣戦布告ではないか!」

 イベールが声を上げたのを皮切りに、他の軍人達も次々それに続く。にわかに場は混乱し始めた。ミュラーは再び目を閉じ、すぅぅと大きく息を吸う。



「黙らんか貴様らァァァ!!」



 そして一喝した。ピタリと混乱は収まり、雨音がうるさく感じる程場は静まり返った。すると今度はふぅぅと息を吐き、ミュラーはジロリジロリと部下達を見回す。

「わしらは何だ? 軍人だ! 上の命に従い行動するのが軍人だ。ではその命とは何だ? オークを始末し王都並びに城を守る事だ! 目的を履き違えるな、国の大事だいじは陛下がお考えになる。それに一大事と言うなら、今のこの状況も充分一大事だ!」

 もっともなミュラーの言葉に反論する者はいなかった。「良いか、話を戻すぞ」と再度告げると、ミュラーはギッとルバイットを見た。

(おぉ~、怖ぇ怖ぇ……)

 ミュラーに睨まれたルバイットはやんわりとした笑みを浮かべる。さすがにこの状況では茶化す様な言葉は吐けない。奥底に押し込めた怒りが漏れ出ている。ミュラーの目にはしっかりと怒りの色が宿っていた。

「……で、望む方針の食い違いから貴様らは団を離脱……で、そこの奴……」

 と、ミュラーはルバイットの側にいるフォージに視線を移す。何という事はない仕草。しかし感じる強い圧。フォージは思わずグッと身を硬直させた。

「貴様はシャーベルに借りがある。連中を潰したいと考えている……まぁそこまでは理解した」

 と言いつつも、どこまで信じられるか分かったものではないと、ミュラーには傭兵の話の全てを信じる気は更々さらさらなかった。

「ただせんのは、何故貴様ら離脱組がそいつに手を貸そうと思ったのかだ」

 ルバイットは軽く笑いながら「簡単な話さ。コイツの目的と俺らの目的が重なった。それだけの事だ」と返答する。ミュラーは瞬間イラッとして「ああ簡単な話だ!!」と怒鳴った。

「わしが聞いているのはその目的だ! 実に簡単な質問だろうが! いつまではぐらかし勿体振もったいぶるつもりだ! やましい事がなければ話せるはずだ!!」

 怒りのミュラーに「まぁ待ちなよ将軍」とルバイットは両の手のひらを前に出す。

「それについてはここで話しても仕方がねぇのさ」

「どういう事か!!」

 納得しようのないミュラーは更に怒鳴る。そんなミュラーをなだめる様に「いくら将軍でもどうにもならねぇ事なんだよ」とルバイットは静かに言った。

「俺らの目的はこの騒動が全て終わったら話す。しかるべき場所で、しかるべき相手にな。この国を騒がせようとか、そんなつもりは毛頭ねぇ。これは俺らの今後に関わる重要事だ。それだけに有耶無耶うやむやには出来ねぇし、ケツまくって逃げる事も出来ねぇ。嘘は言わねぇさ、必ず話す……」

「ハッ! そんなもんどこまで信用出来ると……」

「ミュラー将軍!!」

 突如名を呼ばれた。振り返るとそこには兵が一人。「何か!」とミュラーは返事をする。

「はっ! 伝令であります! 東門、敵の数が多く苦戦中! 手が足りぬゆえ、余裕があれば援軍をお願いしたいとのよし!」

 伝令を聞いたミュラーは「クソッ! 送ると伝えよ!」と返答した。

「状況は待ってはくれなさそうだぜ、将軍」

 そう話すとルバイットは取り囲むダグベ兵達をぐるりと見回しながら演説さながら話し始める。

「ダグベの皆さん方はこの騒ぎを収めてぇ。当然さ、城を落とされるなんて笑い話にもならねぇ。同時にジェスタルゲイン王子も守りてぇ。姫さんの旦那になる御仁ごじんだ、死なせる訳にはいかねぇな。ヴォーガンの即位を阻止する為にも、王子の生存は必須だ」

 そして「んで、べっぴんさん」とロナに目をやる。

「あんたらもジェスタルゲイン王子の首をられる訳にはいかねぇ。それこそ何に代えても……だろ?」

 今度は右手を胸に当てポンと叩く。

「そして俺達だ。この王都にゃ全部で八十程の仲間が入っている。連中にはオークを仕留めろと指示を出した。無論シャーベルの動きを探りつつな。出した指示はそれだけだ、それ以外は何もねぇ。邪推じゃすいはするな。でだ、ここまで話せば気付くだろう……?」

 再びぐるりと周りを見回すルバイット。そして両手を大きく広げた。

「三者の事情と思惑、ガッチリ噛み合ってんのさ!」

 高らかに、そして吠える様に叫ぶルバイット。「だから何だ!!」とミュラーはすかさず怒鳴った。

「だから貴様ら傭兵の存在を許せと? 目的も話さぬ危険人物共を放っておけと! そんなもん許容出来る訳が……」


 ボン! ボンボン……


 突如響いた大きな音。まるで何かが爆発した様な、腹に響く低く重い音。「今度は何だ!?」とミュラーは辺りを見回す。しかし音は建物に反響しており、どこで鳴ったものなのか分からない。

「……西だな」

 ロッザーノが呟いた。すると再びボンと音が鳴る。瞬間西側の夜空がオレンジに染まり、しかしすぐにまた闇に包まれた。だがそれでも、高く上がる黒煙は確認出来る。「やっぱ西だ」とロッザーノは言った。

「あっちっかわは職人街じゃなかったか? 火気厳禁の薬液とか……保管してんだろうな」

 ロッザーノがそう話すとディンガンは「薬液か」と言って腕を組む。

「この雨だ。燃え広がるかどうかは分からねぇが……放っておく理由にはならねぇな。西側のオークはどの程度……」

 ロッザーノとディンガンの会話が耳に入り、ミュラーは「チッ……」と舌打ちする。分かっている、ルバイットの言いたい事は。だが己の立場がそれを容易に許さない。

「どうだい将軍……」

 ルバイットは一歩踏み出しミュラーの真ん前に立つ。

「もう一度言う。状況は待ってくれねぇ。手遅れになるぜ?」



「………………えぇいクソがぁっ!!!!」



 思わず叫んだ。どうにもならない。確かに状況は待ってくれないのだ。何を最優先にすべきか、答えは出ている。ミュラーは「おい!」と副官を呼ぶ。

「デバンノ宮殿に三十……いや、五十連れて行け。城にも伝えろ。人員は厳しいがデルカルならどうにかひねり出す。シャーベルの急襲に備えろ。わしは五十連れて東門だ。それと貴様ら!」

 続けてミュラーは傭兵達を睨み付け「貴様らも連れて行く! 東門だ!」と怒鳴った。「全員か?」と聞くルバイットに「当然だ!」と答えるミュラー。

「わしの管理下に置く! 勝手はさせん!」

 ふぅ、と息を吐くルバイット。ポンとフォージの肩を叩いた。

「……だそうだフォージ。だが軍の知る所となったからな、結果網は確実にせばまる」

「あぁ……」と答えたフォージもまたため息をく。

「しょうがねぇ……あの女の首は他のヤツに任せるさ」

 ミュラーはロナに視線を移すと「そういう訳だ、嬢ちゃん。かたきを目の前にして何だが……こらえてくれ」と話す。ロナはフォージを睨みながら、ずっと握り締めていた剣を静かに納めた。

「イベール!」

 突然ミュラーに名を呼ばれビクッとするイベール。「あ……はっ!」と慌てて返事をした。

「ここは任せる。死ぬ気で……いや、死んでも死守しろ! 良いな!」

 ゴクリとつばを飲むイベール。粗方あらかたの敵を倒したとはいえまだ何があるかは分からず、当然その責任は重い。グッと腹に力を入れ「はっ!!」とイベールは答えた。

 話はまとまった。敵味方の立場の違いを超えて、一先ひとまずは目の前の危機に対応する。城を守り、ジェスタを守る。

「ロナ、どうする? 宮殿へ向かうか?」

 そう問い掛けた俺へのロナの返答は予想外のものだった。

「ううん、私も……東へ……」

「良いのか?」

「宮殿には皆がいる、守りはきっと大丈夫……それよりこいつらを見張る」

 そう言って傭兵達を睨むロナ。ルバイットは「ハッ!」と笑った。

「信用がねぇなぁ、だがそれで良い。慎重なのは良い事だ。まぁ杞憂きゆうだがなぁ?」

 軽口を叩くルバイットを無視して、俺は「分かった。じゃあ俺は西へ行く」と答える。ここはもう大丈夫だろう。東もこれだけの面子めんつがいれば問題なさそうだ。とは言え傭兵達がどこまで信用出来るか分からない。まぁミュラー将軍が上手く手綱たずなを握るだろう。連中も下手な動きをすればどうなるかくらいは理解してるはずだ。あとはやはり宮殿が気になる所だが、ロナの言う通り皆がいる……などと考えていると「おい迅雷!」とミュラーが俺の腕を掴んだ。

「何です……?」

「あれはやるな……絶対にだ!」

 ググッと、俺の腕を掴むミュラーの手に力が入る。あれとはやはり操死術そうしじゅつの事なのだろう。確かにあれが不快だというのは間違いない。だがどうしてここまで強烈に拒絶するのだろうか。

「……指図されるいわわれが?」

 そう答える俺にミュラーは「バカ者が!!」と怒鳴った。

「これはジェスタルゲイン殿下と、何より貴様の為でもある……良いか、絶対にやるな!!」

「分かったよ……」
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