流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

253. 受難の幕開け

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「あの……ジェスタさん、ありがとうって……何です?」

「コウ殿がこの話題を振ってくれたお陰で、ようやく二人に話す事が出来たのです。良い機会もらったと思いまして……」

 そこまで話すとジェスタはフッと自虐的に笑い「全く情けない話ですね」と呟く様に小さく言った。

「王位争奪戦は間違いなく内乱となります。では内乱とは如何いかなるものか。先程のコウ殿の言葉通り、内乱とはすなわち身内同士の殺し合い。私は良い、すでに覚悟を決めた。しかし皆はどうか。私の為に家や知人と戦えなどと……皆にそう命じられる程の価値が果たして今の私に、あるいは先の私にあるのか……とまぁ、色々と考えてしまい皆に話すのがズルズルと遅れ……」

 バツが悪そうに、そしてどこか申し訳なさそうに話すジェスタ。内乱を戦い抜く為に非情な指示も出すと、ついさっき彼が語ったらしくない返答。そこに至るまでにはきっと長い煩悶はんもんの時間があったはずだ。そして本来のジェスタが非情なジェスタの邪魔をする。優しい本来の彼は皆に使い過ぎるくらいの気を使い、更には自身の価値まで過小に評価してしまっている。

「あるに決まっています!」

 ジェスタの吐露とろする重く湿った様な不安を切り裂いたのはミゼッタの声だった。

「私にはヴォーガン殿下のべるイオンザに明るい未来は想像出来ません。イオンザの未来をお任せ出来るのはジェスタ様お一人であると、皆そう思っているからこそジェスタ様のご決意に心打たれたのです」

「ミゼッタ……」

「ご自身に価値がないなどと、どうかそんな事は仰らないで下さい。ジェスタ様はただお命じを、敵をほふれと。私達は……少なくとも私は! 例え父が相手であろうとも……この魔法を撃ち込んで見せます!」

 ミゼッタは覚悟を決めた。その強い意志が乗った言葉は、卑屈に硬くなっていたジェスタの心の殻にぶつかり打ち砕いた。同時にフッと、ジェスタはどこか身が軽くなった様な感じがした。

「……済まない、ミゼッタ。感謝する」

 ジェスタは右手を左胸に当てる。ミゼッタへ最上級の敬意を払ったのだ。ミゼッタは「そんな、勿体もったいない!」と慌てる様に言うと「ノグノ様もきっと、同じ事を仰いますわ」と笑って見せた。

 そんな二人のやり取りを複雑な心境で見ていたロナ。表情を曇らせながら「ジェスタ様……私は……」と口を開くが、その先の言葉がどうしても出て来ない。家と戦うのだと、ミゼッタの様にすんなりと決断が出来ないのだ。ではいざそうなったら、ハートバーグ家がヴォーガンについたらジェスタのもとを離れるのか? そして皆を相手に剣を振るうのか? いや、そんなつもりは毛頭ない。王に相応しいのはジェスタだ、そこは揺るがない。しかし、ならばどうすると? 

(やっぱり……お姉ちゃんは凄い……)

 どうしてこんなにも強いのか。家と、父とも戦えるなどと……果たして迷いはないのだろうか。

「…………」

 ロナはただ無言で奥歯を噛み締める。優柔不断な自身への苛立ち。ひるがえって、決断力のある姉ミゼッタに対する嫉妬にも似た劣等感。何より即答出来ない後ろめたさからしょうじるジェスタへの申し訳なさ。その他様々な感情が渦巻き、ロナはまるで押し潰されてしまいそうな居たたまれなさを感じた。
 そんなロナの心の内に気付いたジェスタは「ロナ、そんな顔をするな。今この場で決める必要はないんだ」と声を掛ける。

「今すぐどうこうという話ではない。ゆっくりと考えてくれれば良い、後悔のない様に」

 笑顔でそう話すジェスタを見てロナは思う。あぁ、何てお優しい御方なのかと。いずれ敵対するかも知れない従士じゅうしに対し、どうしてそんな笑顔を向けられるのか。やはり王となるべきはこの御方なのだと。そして同時にロナはミゼッタの事が気になった。大恩あるあるじへの助力を即断出来ない不出来な妹に呆れ果ててしまっているのではないか? ロナは恐る恐るミゼッタの顔を見る。しかしミゼッタは全くいつもの通り、おだやかな笑みをたたえてこちらを見ていた。そして「ロナ」と呼び掛ける。

「姉妹だからと言って、必ずしも同じ道を進まなければならないなんて事はないでしょう? ロナにはロナの道がある。そして幸いにも、ジェスタ様はそれをお許し下さると仰っている。良い? 例えどんな道を進む事になろうとも、あなたが私の妹である事に変わりはないわ」

 ミゼッタの言葉がロナの胸を打つ。その目には自然とあふれんばかりの涙が浮かんだ。ロナは小さく「……うん」と答える。大きな声を出すと涙がこぼれてしまいそうだったからだ。
 想いを伝え合った三人。互いを理解し、互いを尊重している。素晴らしい光景だ、よりその絆が強くなった事だろう。しかしまぁ、何と言うか……


「何か……ゴメンねぇ……」


 俺は思わず謝った。申し訳なっ! 何これ申し訳なっ! ジェスタとミゼッタが大人で、そしてロナが素直だったから何か最後いい風にまとまったけど、ちょっと間違ったらこれえらい事になってたでしょ! バッチバチのドロッドロになってたでしょ! 危うく人間関係クラッシュさせるとこだったでしょ!! 必要な事とは言えちょっと空気を読まずに質問してしまった事を後悔し、そしたらとにかく申し訳なくなってしまった。

「コウ殿は何も……!」
「コウは悪くないわ!」
「何でコウが謝るの?」

 しかし有り難い事に三人は共に俺を擁護ようごする声を上げてくれた。なんていい人達!

「先程話した通りです、コウ殿には感謝している。これは決して有耶無耶うやむやには出来ない重要事です。それを話せずにいたのはひとえに私の落ち度……話す切っ掛けをくれた貴方が謝罪する必要などありません」

 そう話しニッコリと微笑むジェスタ。相変わらずの男前だ。いや、今に至っては何かもう仏の様にも思える。後光ごこう差してるわ。

「そう言ってもらえるのは有り難いんですが、さすがにちょっと無神経だったなと……」

「良いんです、何の問題もない。今後も気になった事は遠慮せずどんどん発言してもらいたい」

「はぁ……まぁそれで良いのなら……」

 俺がそう答えるとジェスタは「あぁ、良かった」と再びニッコリと笑った。しかしすぐにその表情は引き締まる。

「私は城の中しか知らない。つまり経験も知識もまるで不足している。それを指摘してくれる存在というのは貴重です」

 ジェスタは静かにそう言った。そしてその瞬間理解した。

(……あ、そっか。何か似てるんだ……)

 俺とジェスタは似ている。立っているその環境が似ているのだ。ヴォーガンの目に留まらぬ様に、ジェスタはずっと城で目立たぬ様に過ごしてきた。ゆえに経験も知識も不足している。そして晴れの舞台である結婚式へ向かう途中で襲撃に合い、怒涛どとうの逃亡劇のすえ命からがらこのマンヴェントへ逃げ込んだ。俺も似た様なものだ。平和な元の世界から突然この嵐のど真ん中の様な世界に放り込まれた。右も左も分からないまま生きる為に魔法を覚え、必死に戦い今ここにいる。

(そうだ。だからここにいるんだ……)

 先日のダグべ国王マベットとの会談のおり、お前の取り分はどこにあるのかと尋ねられた。その時は見知った人がどこかで死んだなんて聞いたら寝覚めが悪いとか、純粋に困っている人を助けたいとか、魔導師として大成たいせいする為に実戦に身を置きたいとか、それらしい理由をつらつらと並べ立てたのだが、良く良く考えると果たしてそれが理由の全てなのだろうか、とも思う。しかしどこか境遇が似ているジェスタに、知らずに親近感を覚えていたと言うのならば納得のいく話だ。

「何だ、そうか……フフ……」

 思わず小さく笑ってしまった。俺がジェスタに肩入れする理由が分かり、何だかとてもスッキリした気分になった。

「なに笑ってんの?」

 涙が引いたロナがキョトンとしながら尋ねる。「ん? いやいや、こっちの話で……」などと話していると、コンコンと広間の扉をノックする音が響いた。「どうぞ~」とミゼッタが答えるとゆっくりと扉が開く。広間にやって来たのはメイドだった。

「失礼致します」

 静かな落ち着いた声。軽く前で手を組み、優雅にうやうやしくお辞儀をするのはメイドのリーナことリン。ゆっくりと顔を上げたリンの目はジェスタをとらえた。

(やっぱいるよね。そうだよね……)

 リンは心の中で大きなため息を吐く。ここ数日、第二王子は一日中城で過ごしていた。食事の時間もだ。それはすなわち第二王子の食事に毒を盛られるのを警戒する必要がないという事。リンにとっては実に楽な数日だった。だが今日は朝こそ一時いっとき城にいた様だが、昼くらいからはずっと宮殿に居座って・・・・いる。この時間もここにいるという事は夕食は宮殿で食べるつもりなのだろう。

(城の方が警備が厳重な訳だし、もうずっと城で寝泊まりすりゃいいのに……)

 などと心の中で愚痴っているなど微塵も感じさせない完璧な澄まし顔のリン。そんなリンに向かいロナは「リーナァ!」と笑顔で手を振る。しかし絶賛仕事モード中のリンは完璧な澄まし顔を崩さない。が、無視されていると思われるのもまずい。そこでリンは前に手を組んだまま、下の方で小さくパタパタと手を振り返した。リンはハートバーグ姉妹と仲が良かった。真の仕事をスムーズにこなす為には、第二王子の側近に近付くというのは必要つ重要な要素である。と同時に、それを抜きにしても同世代で同性の友人というものは、過酷な二重生活を送る今のリンのとっては貴重な癒やしの存在であるからだ。

「お寛ぎの所失礼致します、ジェスタルゲイン殿下。お目通りを求めている方が参っております」

「目通り? 誰かな……お通ししてくれ」

 リンはスッと脇に避けると扉の奥に向かい「どうぞ」と声を掛ける。すると「は! 失礼致します!」と大きな声と共に一人の男が入室する。その男を見るやロナは「げ……」と声を漏らした。そりゃそんな反応にもなるだろう、俺も内心思ったし。男はロナを一瞥いちべつすると「フン」と小さく鼻を鳴らす。そしてビッと敬礼した。

「ご歓談中申し訳ございません、ジェスタルゲイン殿下!」

「ああ、構わないよ。イベール殿……だったな?」

「は! 名を覚えて頂いていたとは光栄に存じます!」

 宮殿を訪れたのは弱々バカ軍人、イベール・ザガーだった。ジェスタは軽く右手を前に出す。イベールは「は! 失礼致します!」と声を上げるとスッスッと前へ進み出てテーブルの少し手前でビッと立ち止まる。

「本日はこちらにいらっしゃると伺いまして、僭越せんえつながらまかり越しましてございます!」

「ああ。で、何用かな?」

「は! 実は……」と、イベールはチラリと俺を見る。何か嫌な予感……

「……実はこちらの魔導師殿を少しお借りしたく存じ……!」

「お断りします」

 食い気味に断ってやった。イベールは驚いた様子で俺を見ながら「な……」と絶句している。

「だって殴り合いとか普通にイヤだし」

 そう答えるとイベールは「……は? 貴様何を言っている?」と眉をひそめる。

「どうせアレだろ? 軍の訓練場辺りに連れてって、そんでお前の仲間が待ってて、お前気に食わないんだよとか言って、仲間使ってボコッちまおうとか、そんな感じだろ」

「な!? 貴様ァ……俺を何だと思ってやがる!」

「そういう事しそうなヤツ」

「そんなくだらん事するか!」

 怒鳴るイベールをジトリと見ながら「ハッ、疑わしいね」と吐き捨てるロナ。

「だってアンタすこぶる評判悪いじゃん。するねこれ、間違いなくするね」

「貴様には話してない! 黙ってろ脳筋ドワーフ!」

 すると黙って皆のやり取りを聞いていたミゼッタが突然「プッ……」と吹き出す。

「なぁにロナ、マンヴェントに来てそんなに経ってないのに……もうバレちゃったの?」

「な! バレたって……失礼だよお姉ちゃん! てか脳筋じゃないし!」

 にわかに場がガチャガチャとしてきた。俺は話を戻そうと「で、俺をどうしようと?」とイベールに尋ねる。するとイベールはモゴモゴと歯切れ悪く答える。

「別に……まぁ何だ、貴様にびようかと……そう思っただけだ」

びぃ?」

「知らぬ事とは言え、貴様の師を侮辱した。その……その詫びだ」

「へぇ~……」と答えつつ、俺は少し驚いた。こいつにそんな素直な所があるとは思わなかったからだ。「コホン……」とイベールは取りつくろう様に咳払いをすると、クッと姿勢を正し再びジェスタの方を向く。

「と言う事でございます、ジェスタルゲイン殿下。彼をその……夕食に招待したいと思い……その……ご許可を頂きたく!」

 ジェスタは「なるほど、そういう事か……」とクスリと笑う。そして「ならば私の許可など不要だよ。コウ殿にお任せする」と右手を俺の方へ向けニッコリと微笑む。「えぇ~、面倒臭い……」と俺は思わず心の声を漏らした。

「な……面倒臭いとは何だ! ここは分かったと言う流れだろうが! このに及んで何を渋るか!」

 真っ赤になって怒鳴るイベール。そんなイベールが不憫ふびんに思えたのだろう。ジェスタは「コウ殿。折角せっかくのお誘いだ」とさとす様に話す。

「う~ん……」

 あんまり気が乗らないが、まぁ……詫たいと言ってる訳だし、ここでゴネても……などと考えながら俺はテーブルに両手をついて立ち上がる。


「「 しょうがないなぁ…… 」」


 と、何故なぜか俺と同時に声を揃えてロナも立ち上がった。イベールは「ちょっと待て」と左の手のひらをロナに向ける。

「脳筋、何故貴様も立ち上がる?」

「なぜって、一緒に行くからに決まってんでしょ」

「はぁ!? 何を勝手に決めてるか! 貴様なぞ誘っておらん!」

「アンタみたいのとコウを二人っきりにさせる訳ないでしょ!」

「チッ……今日といいこの間といい……貴様は一体何なのだ! コイツの女か何かか!」

「はぁ!? アンタ何言って……!」

「そうよ」



「「 …………はぁぁぁ!? 」」



 俺とロナは揃って驚きの声を上げながら声の主を見た。そうよと答えたミゼッタは澄ました顔でお茶を飲んでいる。「ちょっとお姉ちゃん! 何言って……!」とロナはミゼッタを問い詰める。するとイベールはまるで呆れた様な顔で俺を見て「……人の趣味にケチを付ける気はないがな……もっと他にまともな女はいくらでも……」などと説教し始める。「いや待て、そもそもロナとはそういう関係じゃ……」と当然俺も反論するが、イベールの言葉を聞いたロナはビッとイベールを指差し「おいバカ軍人! 失礼! お前失礼!!」と怒鳴る。と、ジェスタはジェスタで「そ……そうだったのか……知らなかった……いや、それならそうと言ってもらえれば……」などと呟きながら衝撃の事実(嘘)に困惑した様子。ロナはグッと身を乗り出し「ちょ……ジェスタ様! 違います! 違いますよぉぉぉ!」と叫び、ミゼッタは肩を揺らしながら含み笑いを……

 もはや収拾がつかん。


 ◇◇◇


 三人が出掛けて先程までの喧騒けんそうが嘘の様に静かになった広間。ジェスタは一先ひとまずお茶を一口。そして「ふぅ……」と一息つく。

「ミゼッタ、たわむれが過ぎるぞ。二人がそういう仲などと……」

 ジェスタにたしなめられたミゼッタは「申し訳ございません、ジェスタ様」と謝罪する。

「ですが私はロナの姉として、そうなってくれれば一番良いと思っています。コウはどうか分かりませんが、ロナは満更でもなさそうですし」

「何? そうなのか?」

窮地きゅうちを救われたからという事もあるのでしょうが、随分とコウになついている様子……一緒について行っちゃいましたしね」

「言われてみれば確かに……ロナがあれ程早く異性と打ち解けた姿は見た事がないな。ラベンやセーバの時でももっと時間が掛かった」

「私はあのが心配です。年頃だというのに興味があるのは剣ばかり……その内ノグノ様を真似て剣に生きる、などと言い出しかねない気がして……私が言うのもなんですが、子爵家の令嬢ですよ? 私かロナが婿をもらわなければ家も途絶えてしまいます。だと言うのにあのは口を開けば剣、剣、剣……ドレスなんてタンスの肥やしです。それに……」

 と言いかけたままミゼッタは黙ってしまった。ミゼッタが話し出すのを待っていたジェスタだったが、その沈黙があまりに長く感じた為「……それに?」と待ち切れず問い掛けた。

「いえ……ジェスタ様の治めるイオンザには彼が必要かと。全てが終わったらコウは南へ戻ってしまいますわよ? コウがロナと一緒になれば……」

 そこまで聞くとジェスタにはミゼッタが急に黙ってしまった理由が分かった。ミゼッタは国益を考えたのだ。そして見方よってはほんの少しだけ卑劣なのではないかと、そう思えてしまう様な策を頭の中で巡らせた。自身の妹をにえにして、恐らくは国益にかなう力を持つ魔導師を北の地に引き留める。家の後継者問題も解決出来て一石二鳥だ。

「……まぁ言いたい事は分かる。もしそうなれば、コウ殿は北に残るだろうな。そして勿論そうなれば良いとも思うが……しかし本人達の意志が何より重要。それに……出来る限り彼に対しては誠実でありたいと思う」

 ジェスタの返答にミゼッタは少し驚いた。妹だけではなく仰ぐべきあるじまでもが、迅雷と呼ばれる魔導師の事を気に掛けているらしい。

「フフ……かしこまりました。まぁ仮にロナにその気がないのなら、私がイッちゃえば良い話です。グイグイっと……お父様も喜ばれますわ、跡取り問題が解決しますもの。切っ掛けやプロセスが多少いびつでも、そこから生まれた想いや絆までもが嘘とは言えません。そう思いませんか?」

 笑顔でそう話すミゼッタにジェスタは苦笑いするしかなかった。久々にミゼッタのしたたかで黒い部分を少しだけ見た気がしたからだ。

「男女の仲などどうなるか分からないか……だがまぁ、程々にな」


 ◇◇◇


「香草で育ったアッシュボアの肩肉、包み焼きでございます」

 ウエイターはそう言いながら俺の前に皿を置く。俺は思った。

(出たな、謎のアッシュボア……)

 イベールに連れられて訪れたのは王都の南大通り沿いにあるレストラン。南ダグべの伝統料理を現代風にアレンジした創作料理を出す店だそうだ。
 そしてこのアッシュボア。何の肉かさっぱり分からないがとにかく美味い。あちこちで食べてきたがハズレがない。屋台の串焼きですら相当美味いのだ、ここまでしっかりと調理されたものが不味い訳がない。

「この店の出すアッシュボアの肉は国内でも最高ランクのものだ。広い牧場でストレスなく育ち、香草を混ぜた飼料を与える事により肉そのものが非常に香り高く……」

 頼んでもいないのにドヤ顔でベラベラとうんちくを語り出すイベール。お前が育てた訳ではないだろに。取り敢えず無視して一切れ口へと運ぶ。

(うぉ……うま!)

 はいやっぱり美味い、間違いない。俺の表情を見たイベールは「フン、美味いだろう、当然だ」と再びのドヤ顔。

「本来肩肉は筋肉質で固いのだがな、ベルトーの葉で包みじっくり火を入れる事で驚く程の柔らかさに……」

「うん! 確かに美味おいしいわ、これ」

 イベールのうんちくを無視してロナが声を上げる。イベールは「チッ……」と舌打ちする。

「貴様の分はおごらんぞ、自分で払え」

「うわ……ケチくさ……器が知れるね」

「そもそも貴様は呼んでおらん! 何を図々しい……」

 吐き捨てる様にそう言うとイベールは顔をしかめて再び「チッ……」と舌打ちする。

「おいイベール。アッシュボアって何の……」

 何の肉なのか。そう聞こうとした所「おい……ちょっと待て!」とイベールは驚きながらロナに怒鳴る。

「貴様それ……そのワイン…………ベルマレットではないか! いつの間に!」

「いい料理にはいいワインが付きものでしょ。何を今更……」

「えぇい、どこまでも図々しい脳筋だ!」

「あ! また言った! 弱々嫌われ軍人のくせに偉そうに……!」

 上品な空気が流れる高級店。美味い料理と美味いワインとギャーギャー騒ぐ二人……仲間だと思われたくないな……でも無理だろな、同じテーブルにいる訳だし……

 俺は静かに肉を頬張ほおばる。


 ◇◇◇


 ビュウッと強い風が吹いた。イベールは思わず右手を顔の前にかざす。そして目を細め「風が出てきた……雨でも降るか……?」と呟いた。

「おい、早く城に……どうした?」

 イベールは振り返り声を掛ける。しかし俺は無言で周りの様子をうかがう。

 騒がしい食事会が終わり南大通りを城へ向け歩いていると、何となくどこか街の様子がおかしい事に気が付いた。いや、様子と言うよりは空気が、と言う感じだろうか。明確にどこがとは説明出来ない。とにかく何となくなのだ。ロナも俺と同じ様に出処でどころの分からない不穏ふおんさを感じ取ったらしく、辺りをキョロキョロと見回し道行く人々を見ている。その右手は腰の剣を握っていた。

「おい魔導師! どうしたと聞いている!」

 返答がない事に苛立ったイベールは語気を強めて言う。

「いや……イベールお前、何か……」

 お前は何か感じないか。そう聞こうと口を開いたその時、ビュゥゥゥッと一際ひときわ強く風が吹いた。皆咄嗟とっさに下を向いたり身をよじったりしながら風が通り抜けるのをやり過ごす。

 ゴォォ……ゴォォォォ……

 風は通りや建物の隙間を抜け、あるいは建物にぶつかり重く低い音を放つ。街中だというのにその音は、まるで谷間に吹く強い風の音の様に不気味に響き渡っている。と、


 ドォォォン!!


 背後から轟音。反射的に振り向くと少し先の通り沿いの建物が、ドドドと音を立て崩れる瞬間だった。

「うわぁぁぁ……!!」

 そして運悪く丁度そこを通り掛かった一台の馬車が建物の崩落に巻き込まれた。雪崩の様に崩れたレンガが馬車を飲み込んでゆく。

「な、何だァ!?」

 驚いたイベールは慌てて腰の剣に手を掛け、土煙つちけむりに包まれる崩れた建物の瓦礫がれきを注視する。と、シュッと一発の魔弾が崩れた建物の奥、恐らくは細い路地があるであろう辺りに飛び込んでゆく。そして次の瞬間にはボッと土煙つちけむりの中に大きく炎が吹き上げるのが見えた。

「おい魔導師! 何をやっている!」

 怒鳴りながら駆け寄って来たイベールは俺のローブの肩の辺りをグッと掴む。

「人がいるかも知れん! 何故魔法を……」

 イベールがそう声を上げた瞬間「グゴアァァァ!!」とまるで猛獣の咆哮ほうこうの様な声が辺りに響いた。その大きな雄叫びに驚いたイベールは言葉を失う。そして再び吹いた強い風が立ち込める土煙を消し去った。イベールはそこに立っていた大きなそれを見て息を呑む。その身を炎に巻かれながらも、しかし一切それを気にする様子も見せず、それはジッとこちらを睨んでいた。

 赤黒い肌のオークだ。
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