流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

252. 内乱とは

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 夕刻。もはや日課となりつつある図書館通い(暇潰し)を終えて宮殿に戻る。そして皆の寛ぎの場となっている広間に顔を出すと、そこにはお茶を飲みながらハートバーグ姉妹と談笑するジェスタの姿があった。

「あれ? 今日はこっちで夕食を?」

「ええ。早ければ今夜中にも到着します。すぐに出迎えが出来る様にしておかねば……と」

 ジェスタはそう答えるとスッと右手を空いている席に向ける。話をしよう、という事だろう。

 ここの所ジェスタは日中のほとんどを城で過ごしており宮殿内でその姿を見かける事はなかった。理由は勿論、王太子ヴォーガンとの王位継承戦を勝ち抜く為の準備だ。後ろ盾を明言したダグべ国王マベットや各省の大臣との会談、随時軍情報局から提供されるイオンザ関連の情報の精査せいさ、更には地方を治める貴族達がジェスタへの謁見えっけんを求めてこぞって来訪。彼らとの親睦を深める目的の晩餐会が連日もよおされ、特にここ数日は深夜まで忙しくしていた様だ。

「あぁそっか。今日明日にも到着って話でしたね」

 俺はジェスタにうながされるまま席に着く。まぁ当然だろう。さすがに今日ばかりは彼らへの応対の方が優先されてしかるべきだ。
 四日程前、ジェスタの姉であるイオンザ王国王女セムリナ・イオンザ・エルドクラムと、ジェスタを支持する穏健派貴族の筆頭であるグレバン・デルンの一行が、マンヴェントへ向け出立したとの一報があったのだ。ジェスタにとっては待ちに待った、という所か。頼もしい味方がやって来るのだ。

 ミゼッタは俺の分のお茶を用意しながら「それにしても、セムリナ殿下がご無事で安堵あんど致しました」と話す。ジェスタは「あぁそうだな、本当に……」と静かに答えた。セムリナ一行出立の報に先立ちグレバンから一つ、とある重要な情報がジェスタのもとへ届けられていた。

 王太子ヴォーガンがセムリナを捕らえるべく動いた。

 この報に一同は大いに驚き衝撃を受けた。とりわけジェスタの驚きは大きく、同時にヴォーガンに対し強い憤りを感じた様だ。

 姉上は違うだろう。

 書簡に目を通したジェスタは顔をしかめながら、絞り出す様にそう呟いたそうだ。次期国王への指名を渋る父王ふおうドゥバイルの実質的な幽閉。王位継承の噂が立ち始めた自身への襲撃。これらの行動は理解出来る。王位を望むヴォーガンにとってはさぞ邪魔な存在だろう。だがセムリナはどうか。確かにセムリナは王位継承権を保有している。しかし女性の台頭に不寛容なイオンザにいて彼女のそれは丸っきり飾りの様なものであり、現状ではセムリナが王位にくなどあり得ない事だ。では何か、セムリナはヴォーガンの怒りを買う様な事でもしたのだろうか。だが仮にそうだったとしても、ヴォーガンから見ればセムリナの仕掛けなど児戯じぎにも等しい程度のものではないかと、そう思えるくらい両者の力の差は歴然としているのだ。

 ゆえにジェスタには分からない。何故なぜヴォーガンはセムリナに手を下そうとしたのか。

 グレバンからの書簡にはその件についての詳しい内容までは記されていない。王女殿下は無事に王都を脱出され、現在は南部の当家所領にて安全に過ごされていると、ただそれだけ記されていた。

 ジェスタはカップを置くと軽く手を組み額に当て「イムザン神のご加護に感謝を……」と呟いた。そして姿勢を戻すと言葉を続ける。

ヴォーガン・・・・・と姉上に何があったのか。父上のご様子も気になる……姉上らが到着すれば詳しい所も聞けるだろう」

 ヴォーガン。兄上ではない。

 自身の襲撃を画策かくさくしたのはヴォーガンであるとそう結論付けたそのあとも、ジェスタはヴォーガンの事を兄上と呼んでいた。だが今は違う。玉座に座る。そう皆に宣言したあの日から、兄は蹴落とすべき敵となったのだ。
 そんなジェスタの決意は皆の心にも強く響いた様だ。宣言を聞いた直後、普段は柔和にゅうわな表情のミゼッタとロナはいつになく引き締まった顔を見せ、普段から眼光鋭いラベンの目は更に鋭さを増していた。そんな中でも特にノグノの様子が印象的だった。目に涙を浮かべ、しかし涙は零さず、よう決断されました、嬉しゅうございますぞ、などとそんな感嘆かんたんの言葉は口にせず、ただ一言「仰せのままに」とこたえていた。
 彼らにとって、とりわけ幼い頃からジェスタを見てきたノグノとってはまさに万感の思いがあるはずだ。だがジェスタ本人も含め、その場では特段誰も何も言わなかった。まだ目的地を定めたに過ぎないのだと、皆そう理解しているからだ。とは言え、いやが上にも気は高まるだろう。ドワーフ流に言えば、彼らの炉には間違いなく火が入っている。ロナが剣の鍛錬に俺を誘ったのも、ノグノがロナ相手に五剣の片鱗を見せたのも、全てはジェスタのあの宣言があったが為だ。

 ジェスタ陣営、ヴォーガン陣営、そしてその周りの様々な者達の視線がイオンザの玉座に向いている。どちらがそこに座るのか、と。

「ジェスタさん、一つ聞いておきたい事が……」

 俺がそう切り出すとジェスタは「はい、何でしょう?」とにこやかに笑う。俺はほんの少し罪悪感を感じたが、必要な事だと自分に言い聞かせ話を続ける。

「ジェスタさんは一体どこまでやるつもりがあるのか、と……」

「どこまで……とは?」

「どこまで殺すつもりがあるのか……確認しておきたいんです」

「……!?」

 瞬間、場の空気が凍りついたのが分かった。笑顔だったジェスタの表情は一転、一瞬で険しい顔に変わった。ミゼッタも驚いた様な表情。今聞くの? とでも言いたげな顔だ。二人は察しが良い。俺が聞きたいと思う所を理解した様だ。ただしロナだけは何の事か分からず、ん? と皆の顔を見回しているが。
 俺が罪悪感を感じたのは、この質問をすればきっとこういう空気になるだろうと予想していたからだ。だが聞かずにはいられない。王位争奪戦は間違いなく血が流れる。それも決して少なくない量の血だ。そしてその血を流すのは両者共イオンザ人、他国の人間ではない。これはイオンザ人同士の戦争、内乱なのだ。短い付き合いではあるが分かった事がある。本来ジェスタルゲインという王子は優しい男で、争い事など好まない平和主義だという事だ。そんな男が敵とはいえ同胞である相手にどこまで非情になれるのか。そして単に同胞と一括ひとくくりにするにはあまりに軽過ぎる様な、そんな深い間柄の者達が相手だったとしたら?

 確認する必要がある。ジェスタの意図に反してやり過ぎない為にも。

「コウ、それは……」

 表情を曇らせたミゼッタが口を開く。しかしすぐにジェスタは「いや、ミゼッタ。大切な事だ」とさえぎった。二人の表情とこのやり取りが、ジェスタ陣営にとってはこの上なく重要な事柄であると伝えている。

「どこまでやるか、どこまで殺すか……コウ殿、端的にお答えする」

 ジェスタは姿勢を正すとグッと身体に力を入れる。そして静かに答えた。

「どこまでも徹底的に……です」

 険しい表情のままジェスタは更に話を続ける。

「無論、早々にこちらにくみするのであればその限りではありません。惜しいと思う人材は沢山いる……しかし敵対を続けるのであれば容赦はしない。例え相手が誰であれ、そこに動く者がいなくなるまで……ひたすらに斬り伏せる……!」

 それはおよそ俺の知る優しい第二王子らしくはない返答だった。しかしその強い口調には並々ならぬ決意が垣間見える。俺はチラリとミゼッタとロナに目をやった。ミゼッタは視線を伏せ、ロナはようやくそういうたぐいの話かと理解した様で何とも言えない表情を浮かべている。しかしロナは俺が真に聞きたい事にはまだ気付いていない。そして俺が次に話す言葉でそれに気付くのだ。

「それは仮に……ハートバーグ家が相手だったとしても……?」

 ロナは「そんな……!?」と声を上げた。そんな馬鹿げた事態など起こるはずもない。しかしミゼッタは相変わらず視線を伏せ神妙な顔をしている。ロナとは違い彼女は考えていたのだ。そういう可能性もあり得ると。

「待ってコウ! そんな事は……!」

 にわかに声を荒らげるロナに「ロナ」と呼び掛けたミゼッタは静かに首を振った。「だってお姉ちゃん! そんな事ある訳……」などと当然収まらないロナは反論しようとする。しかしミゼッタは再び首を振った。

 ハートバーグ家はイオンザ国内では中立の立場だそうだ。ただし今は、である。この先はどうか分からない。もしもハートバーグ家がヴォーガンの側についたら二人は、そしてジェスタは一体どうするのか。聞けば二人の父であるルース・ハートバーグ子爵は二人に己と家の意向は一切話していないそうだ。それはこの先も変わらず中立の立場を貫くつもりであり、今更取り立てて話す事ではないという事なのか。それとも二人には家の意向など気にせず自由に進む先を選んで欲しいからなのか……

「やっぱり想像出来ないよ、お父様がヴォーガン殿下を支持する何て事……」

 呟く様にロナは言った。「私もそう思う」とミゼッタは答える。

「でもね、コウが聞いているのは覚悟の問題。私達の覚悟……いざそうなったらどうするのか……」

 視線を伏せたまま、まるで自分に言い聞かせる様にそう話したミゼッタは、スッと視線を上げてロナを見た。そしてハートバーグ家の現状を話す。それは子爵家特有の問題でもあった。

「いい? 子爵家は領地を持っていないのよ。デルンきょうの様に自領へ逃げ込むなんて事は出来ないわ。特にうちは私兵もいないし……仮にヴォーガン殿下に兵を差し向けられでもしたら抵抗しようもない。軍から派遣されてる警備兵が守ってくれるとは思えないわ。そんな事態になったらロナ、あなただったらどうする? 」

「どうするって……分かんないよ……」

「やむを得ず殿下に従う…………ないとは言い切れないでしょう? お父様一人で足掻あがいて、それで済む話ではないもの。家や家族、使用人達の命にも関わってくる……」

「…………」

 ロナは言葉を返せなかった。あり得ない事だと、頭をよぎりもしなかった。ただジェスタに付き従っていれば良いと思っていた。家と戦う。そんなあり得ない事がロナの中で現実味を帯び始める。

「ハートバーグだけの話ではない」

 重い空気が流れる中、ジェスタが口を開いた。

「ノグノとてボルフェイン家とは……甥御おいご殿とは戦いたくないだろう。家に関わらず、見知った相手に剣を突き立てる場面だって巡ってくる。だがその時が来たら、皆には申し訳ないが私は迷わず指示を出す。敵を滅せよと……」

「…………」

 二人は無言だった。何とも言えない表情でジェスタを見ている。しかし二人共分かっている。そのくらいの決断が出来なければ王位など狙えないという事は。

「皆に強制はしない。離脱したければそれで良い、家に戻りたければ自由にしてくれ。止めはしないよ。ただし次に会う時は……敵同士かも知れないがな」

 ジェスタはそう話し力なく笑う。そう、内乱とはそういうものだ。本来仲間であるはずの者達との戦い。規模は丸っきり違えど、これはジョーカーの内部抗争と同じ様な図式だ。しかし命のやり取りがつねの傭兵達ならばこんな空気にはならないだろう。彼らの割り切り方は半端ではないからだ。殺す必要がある。そう感じたら迷わない。だが彼ら傭兵達と一国の王子、そして王子の従士じゅうし達とは立場も考え方も違って当然だ。とはいえ……

(すごい空気になってしまった……)

 予想していた事とはいえ、申し訳なくなるくらい場は重苦しい雰囲気に包まれた。何だか居たたまれなくなってしまっていた所に「コウ殿、ありがとう」とジェスタは俺を見て礼を言った。

「へ? あの…………へ?」

 一体何の事なのか。不意に礼を言われた俺はただただ戸惑った。
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