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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞
249. 小瓶
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(あ……ロナちゃん笑ってる……よかったぁ、大丈夫そう。やるじゃんヤリス。パッと見頼りなさそうだけど腕は良いみたいだね。ご褒美に今日の夕食はちょっと多めによそってしんぜようぞ。しっかし容赦ないな、あの爺ちゃん……女のコの足あんな思いっ切りぶっ叩くかね……でもさすがは凍刃、あれは本物だわ。あのラベンって人も油断出来ないね。宮殿内だってのに絶えず周りの様子を窺って警戒してる。殺し屋みたいな目してるし。ミゼッタちゃんがどんなもんか見たかったけど……まぁ弱いって事はないだろうな、ロナちゃんのお姉ちゃんだし。後は…………迅雷か……)
「リーナ」
(南じゃ相当暴れてたって話だけど……う~ん……)
「リーナ」
(そんなスゴそうに見えないんだけどな……人違いじゃ……)
「リーナってば!!」
「!? はい!! リーナですっ!!」
窓に張り付いて外を眺めていた女は慌てて返事をして振り向いた。背後にいたのは先輩メイドのファイミー。腕を組んで仁王立ちしている。
「何回呼んだと思ってんのぉ~?」
「あ~……ごめんなさいファイミーさん、全然気付かなくて……」
(あっぶな~……そういやあたしリーナだったわ)
傭兵団ブロン・ダ・バセルの情報担当であるリンはリーナと名乗り、フォージの指示通りレクリア城の使用人募集に応募し見事採用されていた。メイドとしての高い技量を身に付けているリンにとっては実に簡単な事である。そしてそんな彼女であれば客人の世話係としても申し分ないと判断された。配属先はデバンノ宮殿。隣国の王子とその周辺を探るにはまさに渡りに舟であった。
「何をそんな夢中になって……」
ファイミーは窓の外を見る。そこに見えるのは隣国の王子の側近達の姿。何かにピンときたファイミー。「……ははぁ~ん?」と嫌らしい声を上げながらニンマリと笑う。
「なぁにリーナ、あの中に気になる人でもいる訳ぇ~?」
「……は? いやいや、そうゆうんじゃ……」
「いいじゃん、言いなよ~。誰? あの殺し屋?」
(……そんな訳あるか。てかこの人、あの人の事殺し屋って呼んでんのかい……)
自分の事を棚に上げて何だが、リンはラベンの事が少し不憫に思えてきた。
「あのファイミーさん、何か用事が?」
「あ、そうそう。ワインが届いたからさ、地下に運ぶの手伝って」
「はい、分かりました」
「よし、行くよ~」
くるりと踵を返しファイミーはスタスタと歩き出す。リンはチラリと窓の外を見て、それからようやく歩き出した。
(リーナ、リーナ、あたしはリーナ。リンじゃない、リーナ。スーパーメイドリーナちゃん、リンじゃないよ~……)
自らに暗示を掛ける様にブツブツと言いながら歩くリン。が、はたと何かに気付き立ち止まった。
(ちょっと待てよ……これあたし正体バレたら……あの連中にボコられる訳!? いやそんなん絶対死ぬって……)
想像し身震いするリン。無理矢理思考を切り替える。
(ふぅ~、取り敢えず仕事仕事。あの娘の様子も気になるし……)
リンはパタパタと小走りでファイミーの後を追う。あの娘とは、数日前の夜偶然見てしまったとある同僚の事だ。
□□□
(え~とぉ……厨房があっちで向こうが倉庫……奥に階段で……じゃこっちはどこ繋がんの?)
その日の夜、リンは宮殿内を探索していた。配属されてすぐに一通りの説明は受けたのだが、それで全てを覚えられる程デバンノ宮殿は小さくはない。仕事をスムーズにこなす為に、そして本来の目的の為にも、宮殿内部の構造の把握は必要不可欠だ。
「う~ん……」
廊下の先を見ながら腕を組んで唸るリン。と、丁度そこへ前方から巡回の衛兵が歩いてきた。
「あのすいません、この奥って……何があるんですか?」
「ん? あぁ、あんた最近入った人か。この奥は中庭、その先に西側階段だよ」
「中庭? 中庭って……ここの後ろ側ですよね?」
衛兵の説明に怪訝そうな表情を浮かべながら、リンは軽く後ろを指差す。
「向こうは大庭園、この奥にあるのは小庭園。あるんだよ、小さいのが」
「へぇ~知らなかった、行ってみよ。ありがとうございます」
リンは衛兵に礼を言って小庭園ヘ向かう。
~~~
廊下を進むと程なくして左手に小さな庭が見えた。なるほど確かに、普段良く通る廊下に面した中庭を大庭園とするならば、そこよりも大分小ぢんまりとしている。
(ふ~ん、小さいけどキレイな庭……)
と、リンの足が止まった。外、庭から何やら男女の話し声が聞こえてくる。リンはスッと壁際に寄ると窓の側まで近付き外の様子を窺う。
(あの娘……確かジェニカ……だったっけ……)
薄雲に隠れた半月のぼんやりとした明かりに照らされていたのは、同僚メイドのジェニカと宮殿の衛兵だった。窓越しに二人の会話が微かに聞こえてくる。
「ごめんなさい、やっぱりこれ……返すわ」
「どうして! 君しかいないんだよ……」
「だって……」
(おやおや……これはあれかな、衛兵くんフラれちゃった的な……?)
リンは二人のやり取りから、ジェニカに想いを寄せる衛兵があげたプレゼントをジェニカが断りと共に衛兵に返した、と推測した。
(……うん。これはあれだね、あんま聞いちゃいけないヤツだね)
これ以上聞き耳を立てるのはさすがに野暮である。リンは静かにその場を離れようとする。
「だって毒なんて……無理だよ……」
(!?)
が、ジェニカのその言葉を聞いてリンは再び壁に張り付いた。
(毒って……何?)
「大丈夫だ、前に説明した通りこれは遅効性だ。すぐに異変が起こる訳じゃない。夕食に混ぜて、その後詰所に来てくれれば……脱出する時間は充分にある」
「でも……殿下を毒殺なんて……」
「ジェニカ、俺はただの衛兵で終わるつもりはない。だがこの国では上にいくのに時間が掛かり過ぎる。王子を始末出来ればイオンザで良い生活が保障されてるんだ。頼むジェニカ、俺を助けてくれ……一緒にイオンザに行こう!」
リンはそっと窓の外を覗く。衛兵はジェニカの両肩を掴み必死に説得している。そして困惑した様子のジェニカ。と、すぅぅと薄雲が消えた。ジェニカの手に握られている小さな小瓶が月明かりに照らされ輝く。ジェニカが衛兵に返そうとしたのはプレゼントではない、毒の入った小瓶だ。
(あれが毒……イオンザにって事は……ターゲットはジェスタルゲイン。あの衛兵、王子襲撃の時うちに協力してたダグべの軍人連中の仲間か……ふぅ~ん、うちを無視して自分らだけで手柄を挙げようと……お尻に火が付いてるのは連中も同じって訳ね)
□□□
リンはファイミーと共に厨房奥の勝手口に向かう。勝手口の外、その脇にはワインの入った木箱が山積みされていた。
「さて、さっさと終わらせよっか」
ファイミーはそう言うと木箱をグッと抱える。と、そこに丁度ジェニカが勝手口から外に出てきた。ファイミーはシメたとばかりに「ジェニカぁ、手伝ってぇ~」と甘えた声で呼び掛ける。
「あ、うん……いいよ」
ファイミー渾身の猫撫で声にもジェニカの反応は薄い。途端に冷静になったファイミーは「少しはノッてくんないと恥ずかしいんだけど……」と呟いた。
(いつも通り表情が冴えない。まだ迷ってるね……)
リンはジェニカの様子を見てまだ決心がついていないのだろうと思った。木箱を抱えるジェニカ、そのエプロンのポケットには小さな膨らみが確認出来る。恐らくあの小瓶だ。
(まぁそうだよね、あたしがジェニカの立場でもそうするよ。あんなヤバい物手元から離す訳がない。肌身離さず持っておく……)
あの夜以来リンはジェニカを注意深く観察する様になっていた。今はまだ大丈夫。しかしいつジェニカが覚悟を決めてしまうか分からない。早いうちに対処しなければ手遅れになってしまう。
◇◇◇
その夜。一日の仕事を終えて自室に戻ろうと廊下を歩くリン。角を曲がると向こうからジェニカが歩いて来るのが見えた。リンは咄嗟に身体を引っ込め壁に張り付く。ジェニカは俯いて下を見ながら歩いていた、こちらには気付いていないだろう。リンはキョロキョロと周りの様子を窺う。他に人はいない。
(チャンスだな……)
リンは静かに待った。コツ、コツ、コツと次第にジェニカの靴音が大きくなる。
(……よし!)
タイミングを見計らいリンは勢い良く飛び出した。
ドン!
「キャッ!?」
「わっ!」
バタリと廊下に倒れる二人。
「いつつ……あ、ごめんジェニカ! 大丈夫?」
リンは立ち上がりジェニカを抱き起こす。リンの顔を見たジェニカは右肘辺りを押さえながら「リーナ……もう、気を付けてよ」と言って立ち上がる。
「ごめんジェニカ、急いでたもんで……ホント大丈夫?」
「うん……大丈夫。ダメだよ走っちゃ」
「分かった! ごめんね!」
そう言って走り出すリン。ジェニカは「あ! コラ!」と声を上げる。
「走っちゃダメだって……もう……」
~~~
その場を離れたリンは自室ではなくトイレの個室に駆け込んだ。同僚との相部屋である自室ではさすがに都合が悪い。
「ふぅぅ~……」
一先ずの安堵。リンは大きく息を吐くと握り締めていた右手を開く。握っていたのは毒の小瓶。リンは摘む様に小瓶を持ち上げるとまじまじと眺める。
(何とか上手くいったね……)
透明な小瓶には白い粉末が入っている。リンは小瓶の栓を開けると鼻を近付けた。微かに錆びた様な匂いがする。
(錆の匂い……遅効性……テダーラの根か……)
白い粉末、微かな錆の匂い、そして遅効性の毒。正体は十中八九テダーラの根を乾燥させたものだ。テダーラという野草の根には毒がある事で知られている。その根を充分に乾燥させた後、火で炙り表面の皮を焼く。焼いた皮を削り取り中身を丁寧にすれば毒物である白い粉末になるのだ。
(足が付かない様に……一応考えてはいる訳か)
このテダーラの根、毒物としては決して珍しい物ではない。但しそれは大陸中央以南での話。北方にテダーラは自生していない。それ故この国でこの毒物を知っている者は少ないだろう。
(…………)
リンは小瓶を傾ける。サラサラとこぼれ落ちる白い粉末。リンはテダーラの根をそのままトイレに捨てた。
(これで暫く時間が稼げるか……にしてもシャーベル本隊はいつ王都に来るのかね。早いとこバッサムと連絡取りたいし……フォージさんにしてもあれきり音沙汰なし……もうどっちでもいいから早く来いっての! あたしいつまでスーパーメイドしてればいいんだよぉ……)
「リーナ」
(南じゃ相当暴れてたって話だけど……う~ん……)
「リーナ」
(そんなスゴそうに見えないんだけどな……人違いじゃ……)
「リーナってば!!」
「!? はい!! リーナですっ!!」
窓に張り付いて外を眺めていた女は慌てて返事をして振り向いた。背後にいたのは先輩メイドのファイミー。腕を組んで仁王立ちしている。
「何回呼んだと思ってんのぉ~?」
「あ~……ごめんなさいファイミーさん、全然気付かなくて……」
(あっぶな~……そういやあたしリーナだったわ)
傭兵団ブロン・ダ・バセルの情報担当であるリンはリーナと名乗り、フォージの指示通りレクリア城の使用人募集に応募し見事採用されていた。メイドとしての高い技量を身に付けているリンにとっては実に簡単な事である。そしてそんな彼女であれば客人の世話係としても申し分ないと判断された。配属先はデバンノ宮殿。隣国の王子とその周辺を探るにはまさに渡りに舟であった。
「何をそんな夢中になって……」
ファイミーは窓の外を見る。そこに見えるのは隣国の王子の側近達の姿。何かにピンときたファイミー。「……ははぁ~ん?」と嫌らしい声を上げながらニンマリと笑う。
「なぁにリーナ、あの中に気になる人でもいる訳ぇ~?」
「……は? いやいや、そうゆうんじゃ……」
「いいじゃん、言いなよ~。誰? あの殺し屋?」
(……そんな訳あるか。てかこの人、あの人の事殺し屋って呼んでんのかい……)
自分の事を棚に上げて何だが、リンはラベンの事が少し不憫に思えてきた。
「あのファイミーさん、何か用事が?」
「あ、そうそう。ワインが届いたからさ、地下に運ぶの手伝って」
「はい、分かりました」
「よし、行くよ~」
くるりと踵を返しファイミーはスタスタと歩き出す。リンはチラリと窓の外を見て、それからようやく歩き出した。
(リーナ、リーナ、あたしはリーナ。リンじゃない、リーナ。スーパーメイドリーナちゃん、リンじゃないよ~……)
自らに暗示を掛ける様にブツブツと言いながら歩くリン。が、はたと何かに気付き立ち止まった。
(ちょっと待てよ……これあたし正体バレたら……あの連中にボコられる訳!? いやそんなん絶対死ぬって……)
想像し身震いするリン。無理矢理思考を切り替える。
(ふぅ~、取り敢えず仕事仕事。あの娘の様子も気になるし……)
リンはパタパタと小走りでファイミーの後を追う。あの娘とは、数日前の夜偶然見てしまったとある同僚の事だ。
□□□
(え~とぉ……厨房があっちで向こうが倉庫……奥に階段で……じゃこっちはどこ繋がんの?)
その日の夜、リンは宮殿内を探索していた。配属されてすぐに一通りの説明は受けたのだが、それで全てを覚えられる程デバンノ宮殿は小さくはない。仕事をスムーズにこなす為に、そして本来の目的の為にも、宮殿内部の構造の把握は必要不可欠だ。
「う~ん……」
廊下の先を見ながら腕を組んで唸るリン。と、丁度そこへ前方から巡回の衛兵が歩いてきた。
「あのすいません、この奥って……何があるんですか?」
「ん? あぁ、あんた最近入った人か。この奥は中庭、その先に西側階段だよ」
「中庭? 中庭って……ここの後ろ側ですよね?」
衛兵の説明に怪訝そうな表情を浮かべながら、リンは軽く後ろを指差す。
「向こうは大庭園、この奥にあるのは小庭園。あるんだよ、小さいのが」
「へぇ~知らなかった、行ってみよ。ありがとうございます」
リンは衛兵に礼を言って小庭園ヘ向かう。
~~~
廊下を進むと程なくして左手に小さな庭が見えた。なるほど確かに、普段良く通る廊下に面した中庭を大庭園とするならば、そこよりも大分小ぢんまりとしている。
(ふ~ん、小さいけどキレイな庭……)
と、リンの足が止まった。外、庭から何やら男女の話し声が聞こえてくる。リンはスッと壁際に寄ると窓の側まで近付き外の様子を窺う。
(あの娘……確かジェニカ……だったっけ……)
薄雲に隠れた半月のぼんやりとした明かりに照らされていたのは、同僚メイドのジェニカと宮殿の衛兵だった。窓越しに二人の会話が微かに聞こえてくる。
「ごめんなさい、やっぱりこれ……返すわ」
「どうして! 君しかいないんだよ……」
「だって……」
(おやおや……これはあれかな、衛兵くんフラれちゃった的な……?)
リンは二人のやり取りから、ジェニカに想いを寄せる衛兵があげたプレゼントをジェニカが断りと共に衛兵に返した、と推測した。
(……うん。これはあれだね、あんま聞いちゃいけないヤツだね)
これ以上聞き耳を立てるのはさすがに野暮である。リンは静かにその場を離れようとする。
「だって毒なんて……無理だよ……」
(!?)
が、ジェニカのその言葉を聞いてリンは再び壁に張り付いた。
(毒って……何?)
「大丈夫だ、前に説明した通りこれは遅効性だ。すぐに異変が起こる訳じゃない。夕食に混ぜて、その後詰所に来てくれれば……脱出する時間は充分にある」
「でも……殿下を毒殺なんて……」
「ジェニカ、俺はただの衛兵で終わるつもりはない。だがこの国では上にいくのに時間が掛かり過ぎる。王子を始末出来ればイオンザで良い生活が保障されてるんだ。頼むジェニカ、俺を助けてくれ……一緒にイオンザに行こう!」
リンはそっと窓の外を覗く。衛兵はジェニカの両肩を掴み必死に説得している。そして困惑した様子のジェニカ。と、すぅぅと薄雲が消えた。ジェニカの手に握られている小さな小瓶が月明かりに照らされ輝く。ジェニカが衛兵に返そうとしたのはプレゼントではない、毒の入った小瓶だ。
(あれが毒……イオンザにって事は……ターゲットはジェスタルゲイン。あの衛兵、王子襲撃の時うちに協力してたダグべの軍人連中の仲間か……ふぅ~ん、うちを無視して自分らだけで手柄を挙げようと……お尻に火が付いてるのは連中も同じって訳ね)
□□□
リンはファイミーと共に厨房奥の勝手口に向かう。勝手口の外、その脇にはワインの入った木箱が山積みされていた。
「さて、さっさと終わらせよっか」
ファイミーはそう言うと木箱をグッと抱える。と、そこに丁度ジェニカが勝手口から外に出てきた。ファイミーはシメたとばかりに「ジェニカぁ、手伝ってぇ~」と甘えた声で呼び掛ける。
「あ、うん……いいよ」
ファイミー渾身の猫撫で声にもジェニカの反応は薄い。途端に冷静になったファイミーは「少しはノッてくんないと恥ずかしいんだけど……」と呟いた。
(いつも通り表情が冴えない。まだ迷ってるね……)
リンはジェニカの様子を見てまだ決心がついていないのだろうと思った。木箱を抱えるジェニカ、そのエプロンのポケットには小さな膨らみが確認出来る。恐らくあの小瓶だ。
(まぁそうだよね、あたしがジェニカの立場でもそうするよ。あんなヤバい物手元から離す訳がない。肌身離さず持っておく……)
あの夜以来リンはジェニカを注意深く観察する様になっていた。今はまだ大丈夫。しかしいつジェニカが覚悟を決めてしまうか分からない。早いうちに対処しなければ手遅れになってしまう。
◇◇◇
その夜。一日の仕事を終えて自室に戻ろうと廊下を歩くリン。角を曲がると向こうからジェニカが歩いて来るのが見えた。リンは咄嗟に身体を引っ込め壁に張り付く。ジェニカは俯いて下を見ながら歩いていた、こちらには気付いていないだろう。リンはキョロキョロと周りの様子を窺う。他に人はいない。
(チャンスだな……)
リンは静かに待った。コツ、コツ、コツと次第にジェニカの靴音が大きくなる。
(……よし!)
タイミングを見計らいリンは勢い良く飛び出した。
ドン!
「キャッ!?」
「わっ!」
バタリと廊下に倒れる二人。
「いつつ……あ、ごめんジェニカ! 大丈夫?」
リンは立ち上がりジェニカを抱き起こす。リンの顔を見たジェニカは右肘辺りを押さえながら「リーナ……もう、気を付けてよ」と言って立ち上がる。
「ごめんジェニカ、急いでたもんで……ホント大丈夫?」
「うん……大丈夫。ダメだよ走っちゃ」
「分かった! ごめんね!」
そう言って走り出すリン。ジェニカは「あ! コラ!」と声を上げる。
「走っちゃダメだって……もう……」
~~~
その場を離れたリンは自室ではなくトイレの個室に駆け込んだ。同僚との相部屋である自室ではさすがに都合が悪い。
「ふぅぅ~……」
一先ずの安堵。リンは大きく息を吐くと握り締めていた右手を開く。握っていたのは毒の小瓶。リンは摘む様に小瓶を持ち上げるとまじまじと眺める。
(何とか上手くいったね……)
透明な小瓶には白い粉末が入っている。リンは小瓶の栓を開けると鼻を近付けた。微かに錆びた様な匂いがする。
(錆の匂い……遅効性……テダーラの根か……)
白い粉末、微かな錆の匂い、そして遅効性の毒。正体は十中八九テダーラの根を乾燥させたものだ。テダーラという野草の根には毒がある事で知られている。その根を充分に乾燥させた後、火で炙り表面の皮を焼く。焼いた皮を削り取り中身を丁寧にすれば毒物である白い粉末になるのだ。
(足が付かない様に……一応考えてはいる訳か)
このテダーラの根、毒物としては決して珍しい物ではない。但しそれは大陸中央以南での話。北方にテダーラは自生していない。それ故この国でこの毒物を知っている者は少ないだろう。
(…………)
リンは小瓶を傾ける。サラサラとこぼれ落ちる白い粉末。リンはテダーラの根をそのままトイレに捨てた。
(これで暫く時間が稼げるか……にしてもシャーベル本隊はいつ王都に来るのかね。早いとこバッサムと連絡取りたいし……フォージさんにしてもあれきり音沙汰なし……もうどっちでもいいから早く来いっての! あたしいつまでスーパーメイドしてればいいんだよぉ……)
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