流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第2部 刺客乱舞

238. 勘違いされたアイドル

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「……ここぉ?」

 外壁は所々がれ、もはや何を書いていたか判別出来ない程古そうな落書きに、これまた内容の読めないボロボロの貼り紙などに彩られた宿。

(なんだかなぁ~……)

 女は恐る恐る宿の扉を開く。すると正面のカウンターの中にいる宿の主人と思われる男がジロリとこちらを見た。

「こんばんわぁ~……」

 女は引きつった笑顔でカウンターまで進むと「あの~……フォージって人がここに泊まってると……思うんですけどぉ~……」と尋ねる。主人は下から上へと女の身体を舐めるように眺める。

(うわ……何だこのオヤジ……)

 ざわざわっ、と身体を走る嫌悪感。すると主人はようやく宿帳を開き「三階、十二号室」とぶっきらぼうに答えた。

「あ、やっぱりここか……あの~、部屋行っても……いいすかね?」

 そう問い掛ける女の身体を主人は再びジトッと眺め、そしてニヤリと笑いながら「いいぞ」と言った。

「あ、そうすか? それじゃあの……どうも~……」

 女は教えられた部屋を目指し奥にある階段へ進む。背中に主人の視線を感じながら。

 傭兵団ブロン・ダ・バセルのレッゾベンク駐屯地にて、バッサムより話を聞いたリンはダグべ王国王都マンヴェントを訪れていた。指定された場所はレクリア城に程近い繁華街の片隅にある安宿。大抵どこの街にもこの一画の様に足を踏み入れるのを躊躇ちゅうちょしてしまう様な場所はあるものだ。比較的治安が良いとされているこの王都も例外ではない。

「十二号室……ここだ」

 リンは扉の前に立つ。そしてコンコンと部屋をノックする。が、返答はない。リンは再びコンコンコンとノックし「フォージさぁん、いる~?」と呼び掛ける。が、やはり返答がない。リンは三度みたびドンドンと扉を叩く。

「おぉい、フォージさぁん! みんなのアイドル、リンちゃんが来たよ~!」

 するとようやく扉が開き「誰がアイドルだよ……」とフォージが顔を出した。

「お、ホントに生きてる。てっきり死んだと思ってたよ。てかいるならすぐ出ろっての」

「あのな、一応潜伏せんぷく中なんだぜ? デカい声で名前呼ぶなよ……まぁ入んな」

「はぁい、おじゃま~……って狭っ! てか汚っ!!」

 部屋に入ったリンは思わず声を上げた。狭い部屋の中には空き瓶やら紙くずやらが散らばり、脱ぎ捨てたと思われる衣服が散乱している。

「こんな部屋に女のコ招き入れるかね……よく入れって言えたもんだよ……」

「野郎の部屋なんてなどこもこんなもんだ、気にすんな。それより本題だ、バッサムから聞いたな?」

 リンは狭い部屋の隅に申し訳程度に置かれている椅子に座ると「うん。やっとお父さんの仇を討てるかもって……長かったね……」としみじみ話す。フォージはぐしゃぐしゃのベッドに腰を下ろすと「ああそうだ、ようやくだ……」と呟いた。

「で、あのクソドS女は動いたか?」

「うん、フォージさんの読み通りだよ。シャーベルが……」



「…………あぁんっ♡」



 突如響いてきた女の甘い声はリンの話をズバッとぶった切った。「…………え?」とリンは反射的にフォージの顔を見る。しかしフォージは「また呼びやがったな……まぁ毎度の事だ、気にすんな」と何も動じていない様子。

「……え? いや……いやいやいや! だってフォージさん、今のって……その……」

 戸惑うリンをよそに「……あっ……あ、あんっ!」と間違いなくそれ・・の真っ最中であろう女の声が聞こえてくる。無言でフォージを睨むリン。しかしフォージは「ハハハッ」と笑う。

「この宿そういうのオッケーみたいでな、隣の部屋の奴が毎晩の様に商売女呼んで楽しんでやがんだ。多分田舎の小金持ちが王都に遊びに来たってとこじゃねぇか? 宿代ケチって王都を満喫ってな」

「笑い事じゃね~わ! もぉぉぉぉぉ~最悪だ! あたしが来るって分かってんのにどしてこんな宿取るかねぇ!? どういう神経してんだよ…………あ!? ……そういう事か!!」

 項垂うなだれた直後、リンは何かに気付き声を上げた。「何だ?」と尋ねるフォージに「あのオヤジ!」と怒鳴るリン。

「受付のオヤジ……やけにあたしの身体ジロジロ見るなぁって思ったんだ! あのオヤジあたしの事絶対商売女だって勘違いしてるよ! もぉぉぉぉぉ……」

「ハッ! 俺がお前を買ったってか? どうせ金出すならもっと出るとこ出てる女選ぶぜ!」

 瞬間カチンときたリンは目にも留まらぬ速さでナイフを抜いた。

「おま……刺すぞ……?」


 ◇◇◇


「じゃあ第二王子、城から離宮に移ったの?」

「ああ、デバンノ宮殿だ。だが離宮っつっても城のすぐ隣だ、離れちゃいねぇ」

「ふ~ん……て事は王子、しばらくこの国に留まるのかな?」

「さぁな。だがあのクソドS女にとっちゃ好都合ってもんだろ? しかし……予想していたより動きが早いな……」

 ジェスタルゲイン襲撃の失敗。ブロン・ダ・バセルにとってこれは相当な失態だ。結果、面子めんつを守る為にナイシスタ率いる特務部隊シャーベルが動く。と、ここまではフォージも読んでいた。だがフォージの予想を超えて事態の展開が早い。顔をしかめるフォージに、リンは「まだ大丈夫だよ」と答える。

「シャーベルの連中、途中レッゾベンクで一仕事してからこっちに来るはず。だからまだ時間的な余裕はあるよ」

 リンの話を聞きフォージは「そうか、なら一先ひとまずは安心だ」と胸を撫で下ろす。しかしリンはすぐさま釘を刺した。

「ただねフォージさん、間違いなく情報集めにシャーベルの隊員が王都に入ってる。これ以上派手に動き回っちゃダメだよ。フォージさん連中に顔バレてるし」

「ああ分かってる。だからリン、お前を呼んだ。お前が教会出身って事ぁ連中にバレてねぇからな、裏で動くにゃ最適だ」

「フフ……そうさ、あたしは影に生きる女だからね」

 リンは右手で顔をおおう様なそれっぽいポーズをとる。しかしフォージはそんなリンを一瞥いちべつすると「んで、お前の役割だが……」とポケットから何やら折り畳まれた紙切れを取り出しリンに差し出した。

「おい、ちょっとは付き合え。ノリ悪いぞ。で、これ何?」

 文句を言いながらも紙切れを受け取ったリンは広げて中を読む。

「使用人……募集?」

「おう、城からの募集だ。良いタイミングだろ? 普通こういうのはコネやら紹介やらで埋まっちまうもんだがな、さすが国民に近いスマド王家だ。一般募集してやがる」

「つまりあたしにメイドとして潜り込めと?」

「そういう事だ。あれこれ調べ回ったが、さすがに城や宮殿の内部までは分からねぇ。王子も城に籠もったっきりだしよ。だからお前に城へ入ってもらう。メイドや給仕係で潜り込むのはお前の常套じょうとう手段だろ? 絶対採用されろ」

「そりゃまぁ、やるだけやるけども……でも待って。シャーベルが王子の命を狙って……んであたしは城に……て事は何? あたしがあの女を仕留めるって事!?」

「それが出来れば一番面倒がねぇ。だが退しりぞけるだけでいい、王子を守れ」

退しりぞけるだけ?」

「時間稼ぎだ。いくら特務部隊と言えども王子を消すにゃあ宮殿に侵入する必要がある。お前、シャーベルのメンバー全員頭に入ってるな?」

「まぁ情報担当としてはね、それくらい知ってて当然。今回もなんか適当に情報あさってくるって言って抜け出して来た訳だし。フフ……全ての情報はあたしのもとに集まるのさ」

 リンは再び顔をおおう様なそれっぽいポーズをとる。が、フォージは当然無視する。

「よし。つまり連中はお前を知らねぇが、お前は連中を知ってるって訳だ。どいつが刺客しかくかはすぐに分かるはずだな? 城や宮殿にゃ衛兵もいりゃあ騎士団、王子の側近らもいる。そいつらを上手く誘導してシャーベルを退けろ。退けさえすりゃあ、あとはこっちでやる」

「こっちでって……どうやって?」

「街に網を張る。計画が失敗し撤収するシャーベルの連中とあのドS女を取っ捕まえてそこで仕留める。俺は一度センドベルに戻るぜ。デーナでその準備をしてくっから、こっちは任せた」

「あ~待って待って、それだけじゃ説明足りなすぎるよ。王子を守るってのは何となく分かる、その方がフォージさん的にあとで都合がいいんでしょ? でも網を張るって……人手は? どうすんの? それに首尾しゅびよくあの女を始末出来たとしてもだよ、それで終わりって訳にはいかないでしょ。子供達を解放しなきゃ……でもその前に、そもそも連中の計画が分かんなかったら備えようがないし……」

「心配すんな、人手にゃ当てがある。あのドS女を邪魔に思ってる奴がな。そいつを巻き込んで、ついでに俺らの後ろ盾になってもらうつもりだ」

 フォージの説明を聞いたリンは「当てぇ……?」と首をかしげ、「……あの女が邪魔で……後ろ盾に……そんでデーナに……」などとぶつぶつ言いながら思い当たる節を探す。すると辛うじて一人の男の名に行き着いた。

「それってまさか……ルバイット……?」

「冴えてんなリン、ビンゴだ」

「待ってよ! だってルバイットはカーンの……」

「分かってる。だが案外的外れって訳でもなさそうでな。カーンは厄介払いされた、なんて噂があったり……」

「ホントかよ~、聞いたことないよそんなの……」
   
「まぁ任せろ。それと連中の計画に関してはバッサムとやり取りしな」

「バッサムぅ?」

「ああ。連中、レッゾベンクに寄るんだろ? だったら絶対バッサムは連中について来る。あいつが後ろで大人しくしてる訳がねぇ、そう思わねぇか?」

「あぁ~……まぁ確かに」

「てな訳だ。上手くやれよ? さて、お前……今日の宿は?」

「もちろん取ってあるよ。ここよりずっとキレイで! 安全な! いい宿をね!」

「そうか。何なら泊まってってもいいんだぜ?」

「誰がこんなゴミために泊まるか! …………あ!?」

 何かに気付いたリンは声を上げた。「何だ?」と尋ねるフォージ。リンは頭を抱える。

「帰る時またあのオヤジと顔合わせなきゃなんないじゃん! またジロジロ見られるよぉ、もぉぉぉぉぉ……」
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