流浪の魔導師

麺見

文字の大きさ
上 下
219 / 298
4章 ドワーフの兵器編 第1部 欺瞞の魔女

219. 斯くして魔女は邪悪に笑う 4

しおりを挟む
 ダグベ王国王都マンヴェント。その中央に鎮座ちんざするレクリア城の南には多くの市民が集う大きな公園がある。

 スマド記念公園。

 前王家より国の統治を引き継いだスマド家による王政百年を記念して開園された歴史ある公園である。平時へいじには人々の憩いの場として賑わうこのスマド記念公園、しかし有事ゆうじにはまた別の顔を見せる。レクリア城を中心に複雑な導線を描くこのマンヴェントでは大規模部隊の移動や展開に苦労する。その為有事ゆうじの際にはこの公園に部隊を終結させ王都及びその周辺地域、更にはレクリア城を守る前線基地として活用するのだ。

 その日男はまだ幼い娘の手を引きスマド記念公園を訪れていた。穏やかな休日の昼下がり。ぽかぽかとした陽気も手伝い多くの市民がこの公園で思い思いにゆったりとした時間を楽しんでいる。親子が公園の中央広場に差し掛かると、何やらふわりと甘い香りが漂ってきた。

(何の屋台だ?)

 そう思った男は広場を見回す。しかしこういう場合は往々おうおうにして子供の方が目敏めざとかったりするものだ。

「お父さん! あれ!」

 とある屋台を指差しながら、娘は繋いでいる男の手をぐいぐいと引っ張る。「お、何だ? 何を見つけたんだい?」と男は娘に問い掛ける。「アメ! ねりねりアメ!」と娘は目をキラキラさせながら答えた。

「あぁ、練り飴かぁ」

 娘が指差す先には屋台が、そしてその周りには何組もの親子連れの姿。今王都でにわかに話題となっている練り飴を売っている屋台だ。カラフルな色のついた水飴の、その内の二色を選びそれぞれを棒に絡める。そしてその二色の水飴を練りながら混ぜ合わせる事で色の変化を楽しめるといった子供に人気の商品だ。

「よしよし、ちょっと待ってな」

 そう言いながら男は上着のポケットに手を突っ込む。そして小銭を取り出すと「ほら、これで買ってきな。お父さんはそこのベンチで待ってるから。一人で買える?」と娘に問う。

「うん! 買える!」

 娘は小銭を手にパタパタと屋台へ向かい走ってゆく。男はベンチに腰掛けると「ふぅ……」と息をき、右手の指でグッと目頭を押える。最近何か調子が悪いのだ。倦怠けんたい感に疲労感、身体が重い。しかし休みたいと思う程でもなく、仕事に支障が出ている訳でもない。単に少し疲れが溜まっているだけだと、男はそう思っていた。

 しばし目をつむったまま、男はベンチで項垂うなだれた。そして目を開き視線を上げると驚いた。何と隣国センドベル王国軍の装備を身に付けた兵士が走りながら自身に向かって来るではないか。

(…………敵!?)

 敵兵はこちらを見ながら走り来る。その右手に握られているのは鈍く光るナイフ。

(何でこんな場所に!?)

 ここの所センドベル軍が度々たびたび国境を越えて軍事演習を行っていると、そんな話は耳にしていた。どんな理由があろうとも相手国の許諾きょだくを得ずに軍を越境させるなど敵対行為だ。もしやセンドベルは本格的にダグベへの侵攻を開始したのではないか。我らの気付かぬ内に王都まで攻め上がって来たのではないか。そんな最悪の事態が頭をよぎった男は慌てて辺りを見回した。しかし公園にいる人々は敵兵の存在にまるで気付いていない。

(誰も気付いてないのか!? 一体……)

 視線を戻すと敵兵はすでに目の前まで迫っていた。瞬間、男は思考を止める。もはやあれこれと考えている場合ではない、反射的に身体が動いた。男は立ち上がりながら敵兵の右手を弾く様に突く。握られていたナイフは地面へと落ちた。次に右肘を突き出すと敵兵の首元に打ち付けながら仰向けに押し倒す。そしてそのままグッと右肘に全体重を掛けた。


「え……何?」
「いやぁぁぁ!?」
「おい! 何やってんだ!?」


 周囲の人々もさすがに異変に気付いた様だ。あちこちから叫び声や怒号が響いてくる。敵兵を地面に押さえ付けながら男は声を上げた。

「誰か! 誰でも良い! 衛兵を……いや、軍に連絡してくれ! 敵だ! まだ他にもそこらに潜んでいるかも……」


「何言ってやがる、お前!!」
「近付くな! 異常者が暴れてる!!」
「おい! こいつを引きがすぞ!!」


 しかし男の訴えとは裏腹に周りにいた数人の男達は、あろう事か敵兵を解放しようと自分の身体に掴み掛かり引きがそうとするのだ。男は驚きながら抵抗する。

「何をする!? 敵が……」

 すると腕を掴んでいる若い男が怒鳴り付けた。

「敵って誰の事だ!!」



(…………え?)



 その瞬間、男の力がフッと抜ける。そしてそのまま後ろに引き剥がされると地面にうつ伏せに組伏くみふせられた。

(何……で……?)

 地面にほおを擦り付けながら男は呆然とした。恐らく公園を散歩でもしていた最中にこの騒動に出くわしたのだろう、高齢の老夫婦が敵兵・・を見ながら話している。

「あぁ……何て事だ……あんな小さいを……」

 男の視線の少し先には練り飴の棒が落ちていた。男がナイフだと思い込んでしまった棒だ。


 □□□


「以上が最初に起きた事件です」

 一先ひとまずはそう話をまとめると、ベニバスは手にしていたティーカップをテーブルに置く。そして小さなため息をくと続けて事件のその後を説明する。

「男は巡回中の衛兵に捕らえられ、娘はその場で死亡が確認されました。頚部けいぶを強く圧迫された事で窒息、骨も折れていたと……その後の取り調べで男は、何故なぜそう思ったのか分からない、分からないがあの時娘を敵兵だと認識してしまったと、そう話しています。そして翌朝、男は独房で頭から血を流して倒れている所を発見されました。どうやら自分の頭を石壁に激しく打ち付けた様で……自死していたと……耐えられなかったのでしょう、気持ちは良く分かります。私にも子供がいますので……」

 ベニバスは再びため息をく。そして実に陰鬱いんうつな表情を浮かべた。何とも後味の悪い、やりきれない話だ。皆一様に顔をしかめている。重い空気の中「……最初という事は、次もあったと?」とジェスタが口を開いた。ベニバスは「仰る通りです、殿下」と続けて話し出す。

「その後立て続けに同じ様な事件が十件程起きました。自宅のキッチンにて夕食の支度をしていた妻を背後から絞め殺した者。訪ねてきた隣人を玄関先で刺し殺した者。街中で突如錯乱さくらん誰彼だれかれ構わず襲撃した者など……調べを進めてゆくと、それら事件の容疑者には三つの共通点がある事が判明したのです。まず一つ目。容疑者は皆、相手が敵であったりあるいは得体の知れない怪物であったりと、自身に害をす存在であると誤認識したという事。そして二つ目。彼らは皆、軍のとある部隊に所属していたという事です」

「とある部隊とは……?」とジェスタは問い掛ける。ベニバスはすぐに答えず一呼吸置き、一瞬イベールに視線を移すとすぐに戻す。そして「ダグベ軍特務とくむ隊です」と答えた。

特務とくむ隊!?」

 イベールは身を乗り出し声を上げた。驚きの表情を浮かべるイベールをベニバスは落ち着いた様子で見つめる。予想していたのだ、特務隊の名を出せばイベールはきっとそんな反応をするだろうと。ベニバスはつとめて静かに告げた。

「そうです、イベール君。特務隊……君のお父上が率いていた部隊です」

「どういう事ですか! 父上の部隊の隊員がその様な……父上が何か……何か関係しているのですか!?」

「関係しています。君のお父上、ディル隊長は単に魔女の実験の被害者ではありません。ある意味当事者の一人であると、そう言えるでしょう。イベール君、特務隊がどの様な任務をこなしていたか知っていますか?」

「いえ……極めて秘匿ひとく性の高い任務を行っていたという事だけ……ゆえに父上は誰にも、家族にも任務内容を話した事はなく……」

 イベールが答えている最中、ベニバスはチラリとリドー公に目配せする。その視線に気付いたリドー公は小さくうなずいた。話しても良い、という事だろう。

「ええ、そうでしょうとも。ディル隊長を始め、特務隊の面々が任務内容を外へ漏らす事はあり得ません。彼らの任務はおいそれと人に話せる様な性質のものではありませんし、何より決して口外しない様にと、そう釘を刺されていたはずですから」

「父上は一体……一体どんな任務を……」

「特別任務遂行部隊、略して特務隊。隊員およそ百名から成る大部隊です。彼らはその名の通り特別な任務に従事じゅうじする部隊で一般部隊とはその存在意義が違います」

「特殊部隊という事か?」

 ジェスタの問い掛けにベニバスは「いいえ、殿下。似た印象をお受けになると思いますが、世間一般で言われるそれとは違う存在です」と否定。特務隊の詳細を説明する。

「参謀本部より立案された戦略や作戦などの試行しこう、開発された新たな武具の試用しようやより効率的な訓練方法の模索もさくなど、彼らは常にその身をもって主に軍事面で国益に直結する様な任務に従事じゅうじしていました。戦地や災害時に特殊な任務を行う、いわゆる特殊部隊とは性質が異なります。その様な役割ゆえに、彼らは実験部隊とも呼ばれていたのです」

「実験部隊……」

 ぽつりとイベールは呟いた。そして何とも微妙な表情を浮かべる。実験部隊とは確かに、あまり良い印象は受けない呼び名だ。

「そして彼らが実験部隊と呼ばれる最大の理由、それが先に話した連続で起きた奇妙な事件と繋がるのです」

 そこまで話すとベニバスは下を向き三度みたびのため息。今度は大きく、そして深く。前を向いたベニバスの顔には、ある種の覚悟を決めた者特有の力強さが宿っていた。

「事件を起こした容疑者の三つ目の共通点。彼らは皆、我ら魔法研究開発局が創薬そうやくしたとある薬の治験ちけん者だったのです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

処理中です...