流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第1部 欺瞞の魔女

207. 鉄の血

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 腹の内をさらせ。マベットの言葉にジェスタはうなずきながら「はい……そうですね……」と答える。そして少しの間ののち、言葉を選びながら静かに語り出す。

「先程私は自身の事を異物であると話し、そして陛下はそんな私をドワーフらしからぬ、と申しました。私もそう思います。己の事を異物だ何だと、あれこれと思い悩む時間があるのなら行動を起こすべきなのです。いつの世もドワーフはその行動によって道を切り開いてきた訳ですから」

 マベットはテーブルのグラスを手に取る。そしてグラスの中で揺れるワインを眺めながら「しかり」と答え同意した。

「大昔、我らドワーフは南に住まう大陸人、つまり人種ひとしゅ達より蛮族と認識されていた。短絡的で好戦的、トラブルが起きるとその解決法はもっぱら剣であると、そう思われていた。まぁ否定は出来んな。事実、人種ひとしゅよりも腕力に訴える部分が大きかったのは間違いない。しかし我らドワーフとて言語を操り知性を持っている。全てをいくさで解決させる様な野蛮な存在ではないのだと、そう知らしめる為に我らは積極的に人との交わりを求めた。我らの考えを伝え、つちかってきた物作りの素晴らしき技術を披露し提供した。そしてそれが今に繋がっている。先人達の行動により我らドワーフは国際社会の一員となりた。代償としてその血は大分薄まったがな」

「はい。強烈な主張と行動力、それこそがドワーフをドワーフらしめている所以ゆえん。それに照らせば私は確かに、ドワーフらしからぬ存在でしょう。しかしそうせざるをない理由があった。私は幼き頃よりつとめて自分というものを抑えながら生きてきました。出過ぎず、目立たず、でしゃばらず……全ては兄上の目に留まらぬ様、その視界に映らぬ為に……」

「怖いかね、ヴォーガンが」

「……はい」

 おもむろにジェスタは左のそでをまくる。そしてあらわになった傷痕を指でなぞる様にでる。

「兄上にこの腕を引き裂かれたあの時、あの目を見てしまったあの時から……私にとって兄上は恐怖の対象となりました。あの兄上と敵対するなど、想像しただけで恐ろしくて恐ろしくて……たまらない!」

 左腕の傷痕を見つめながら、ジェスタは声を荒らげた。

「……しかし、私の内に住まうもう一人の私がささやくのです」

「もう一人の?」

「そこまで自分を押し殺して一体何とする。物申したい事はないのか、腹は立たないのか、鬱憤うっぷんは溜まっていないのかと」

 話しながらジェスタの表情がスゥゥ、と消えてゆく。そして口調が変わった。先程にも増し落ち着いた静かな口調に。

「一体何を怖がっているのか。このままではお前は何も成さずに死んでゆく事になる、その方が余程恐ろしい事ではないか。何を迷う、何を躊躇ためらう。心を解放しろ、心をぶちまけろ。そしてじ伏せるのだ。兄上を、玉座を、国を、あるいは……この世の一切合切いっさいがっさい全てを……」

 ヤリスは息を飲んだ。ジェスタの目から光が消えた。代わりに放つのは闇。深い深い吸い込まれそうな程の闇を、ヤリスは確かにジェスタの目の中に見た。そしてジェスタは広げた左の手のひらをグッと強く握り締め、静かに言った。



「全てをその手でぐしゃりと、握り潰してしまえば良い……」



 つぅぅ……とヤリスのほおに汗が伝う。無表情で低く静かに話すジェスタがまるで別人の様に思えたのだ。本当にもう一人のジェスタが存在しそれが表に出てきたかのではないかと、その姿はそう錯覚するには充分なものだった。

「もう一人の私は言うのです、道理も理屈も意味を持たぬ。ただ君臨せよと……あらゆるものを蹂躙じゅうりんし、ただ君臨すれば良いのだと……そして襲ってくるのです、あらがいがたき激しい衝動が。その衝動に身も心も任せてしまえればどんなに楽で心地好ここちよいか……しかしそれをしてしまえば最後、私は私でいられなくなる……そんな気がするのです」

「そうか。それは苦しかろう」

「はい……身を引き裂かれる程に……」

「だがそれで良い」

 それで良い。予期せぬ言葉だった。ジェスタは一瞬呆けて「あの……それはどういう……」と聞き返す。

「ドワーフらしからぬと言った事は撤回しよう、そなたはまごう事なきドワーフぞ。そなたにささやくもう一人の自分、それはそなたの中に流れるドワーフの血……鉄の血である」

「鉄……ですか」

「ふむ、聞いた事はないか……まぁ最近の若い者らには馴染みがないのかも知れんな、なんせ古い言葉だ。古来よりドワーフには鉄の血が流れておると言われてきた。溶鉱炉でドロドロに溶かされた、赤く燃える鉄の血がな。その血をもって剣を打てば斬れぬ物などない業物わざものが生まれ、いざいくさとなれば沸き立つその血が無限の力を与える……などとな」

「鉄の血……」

「己の立場を無視してマベット・スマド個人の本音を申せばな、そなたには我が国へ亡命して欲しいと思っておる」

「亡命ですか……」

左様さよう。そなたは実に理性的で冷静、そして慎重な男だ。まさにドワーフらしからぬ、な。しかしだからこそ任せられる仕事も多いというものだ。ベルカと共に離宮にでもきょを構えてもらい、私の手助けでもしてもらえれば……無論国政のな。あるいは王都周辺の土地を与え、そこの統治を任せようかなどと……いずれにしてもそなたならば上手くやるだろう。だがそなたの鉄の血が騒いでいるというのならば話は別。国主マベット・スマドとしての願望も口に出来るというもの……」

 マベットはグラスのワインを飲み干し空になったグラスをテーブルに置く。そしてゆっくりと身を乗り出すと真っ直ぐにジェスタを見つめる。

「ジェスタルゲイル・イオンザ・エルドクラム。そなたが戴冠たいかんを望むのであれば、ダグベ王国は出来る全ての支援を約束する」

 ジェスタは静かに目をつむった。その様子はまるでマベットの言葉を心の中で噛み締めている様だった。何故なぜならマベットのその言葉は相応の覚悟が宿った言葉だったからだ。ダグベは国としてイオンザの王位継承に介入する。マベットがジェスタを担ぐという事はすなわちそういう事だ。場合によってはヴォーガン率いるイオンザ軍との戦争にもなりかねない、そんな危険性が多分に含まれているのだ。しかしそれでもマベットは決断した。勿論ダグベの国益もその理由には含まれる。しかしそれよりも、マベットはジェスタ個人を手助けしたいと、純粋にそう思ったのだ。

 ゆっくりと目を開けるジェスタ。マベットは再び語り掛ける。

「その血にあらがうか、はたまた受け入れるか。いずれを選ぶもそなたの自由。しかしいずれを選ぶにしても、私やベルカとの関係が揺らぐ事はない。イムザン神に誓って……な。どうだ、我が息子よ?」

 ニコッと笑みを浮かべるマベット。我が息子。その言葉はジェスタの胸の内に深く響いた。

「……陛下、私は――」


 ◇◇◇


「来た……来おった……来おったぞ!!」

 書簡に目を通していた男は声を上げながらガタッと勢い良く立ち上がる。そして「おい! 誰ぞ! 誰ぞおらんか!! お~い!!」と部屋の外へ向け大声で叫ぶ。するとすぐにカチャリと扉が開いた。

「何ですかお前様、騒々しい……みっともなく騒ぐのはおよしなさい。お前様はデルン家の当主なのですよ? どっしりと構えて……」

 眉間にシワを寄せ小言を言いながら部屋に入ってきた女。女を見るや男は書簡をバサバサと揺らしながら「言っとる場合か! メイリー! 見よ! これ、これを見よ!」とまくし立てる。

 イオンザ王国、王都ダン・ガルー。白の境界と呼ばれるビルデ山脈の裾野すそのに広がる巨大な街だ。ダン・ガルーの西側には貴族家の屋敷が建ち並ぶ一画がある。ここはその内の一つ、グレバン・デルン侯爵の屋敷。そして書簡を手にして騒いでいるのがグレバン・デルンその人である。

「何ですか一体?」

 メイリーはグレバンから書簡受け取ると目を通す。そして「……まぁ! まぁまぁ!」と声を上げた。

「あぁ良かった……ご無事だったのですねジェスタ様。イムザン神のご加護に感謝を……これはヤリスの字ね。という事はあの子がジェスタ様を見つけたのね。良くやったわヤリス、戻ってきたらうんと誉めてあげないと……」

「いや、ヤリスは戻らん。ジェスタ様よりご下命かめいでな、このままお側におるそうだ。ジェスタ様もしばらくはダグベを拠点に……」

「まぁ! まぁまぁまぁ! 何というほまれ!」

 メイリーはパチンと両手を合わす。

「ジェスタ様のお側付きなんて、こんな名誉な事はそうそうないわ! あぁ、あの子のご両親にもお伝えしないと。きっとお喜びに……」

「えぇいそんな事よりもだ! ここ! ここ読めここ!」

 グレバンはメイリーの腕を引っ張るとその手にある書簡をパシパシと指で弾くように指し示す。

「とうとうお覚悟を決められたのだ! 流れておった……ジェスタ様にも鉄の血が流れておったという事だ!」

「鉄の血などと、また随分と古い言い回しを……今の若い方々には何の事か分からないでしょうに。けれども仰る通り、これは一大事ですわね……分かりました。すぐに戦の準備を致しましょう!」

「いや戦て……何を申しておる? そんなすぐに戦になぞ……」

 呆れる様に話すグレバン。メイリーはそんなグレバンをキッと睨むと一喝する。

「お前様こそ何を悠長な事を仰っておいでですか! 最悪の事態を想定して準備をするのは基本中の基本! 後手に回っては遅いのですよ!」

「えぇい物には順序があろう! まずは早急に皆を集めてジェスタ様のご意志を伝えねば……」

「会合ですね、分かりました。それではわたくしが手配致します。今宵こよい、いつもの場所で宜しいですね?」

「いや今宵こよいて……それはいくら何でも急過ぎる。皆予定というものが……」

 呆れる様に話すグレバン。メイリーはそんなグレバンを再び一喝する。

「お前様! 何を又もや悠長な事を仰っておいでですか! ジェスタ様が戴冠たいかんを望まれているのですよ! これにまさる重要事などありはしません! わたくし達が盛り立てないで何としますか! 仮に欠席を伝える不届き者がいたのならビシッと説教しておやりなさい! お前様が言わないのなら私が……」

「わ~かった、分かった! 全く……ならば手配を任せ……あ、おい!」

「あぁルーミー、ちょうど良かったわ。今宵会合があります。部屋の掃除を……あぁそれとワイン! 二十……いえ三十本! すぐに手配なさい! あぁそれから……」

 グレバンの言葉を無視して部屋を出るメイリー。そしてちょうど通り掛かったメイドにあれこれと指示を出す。廊下から響いてくる妻の声を聞きながらグレバンは呆れる様に呟いた。

「三十本て……さすがにそんな飲まんだろ……忘れておったな、あやつにも鉄の血が流れとったわ……」
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