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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王
192. 敵の目的
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ネイザンはテーブルのグラスを手に取るとグイッと傾けお茶を飲み干す。そして「懐かしいな……」と呟いた。
「確かに当時は良く話しておったな。どんな事でも起こり得るのがこの世というもの。故に何事も簡単にあり得ないなどと断ずるなかれ。常識と先入観を捨て、視点と発想を柔軟に。さすればそれは……」
「魔法に活きる、だろ?」
「フハハ、良く憶えておるな」
「当然だよ先生、どれだけその話を聞かされた事か……私にとってはエリテマ真教の教えの一節並みに馴染みのある話さ。魔法とはイメージだ。自在にイメージ出来る者は、自在に魔法を操る事が出来る。だが先生、その口振りだと……最近は教壇に立っていないのか?」
レイシィの問いに少しばかり寂しそうな表情を浮かべるネイザン。
「いいや、授業は行っておる。だが最近はその話をする事もなくなった。これはなレイシィ、時代の流れというものぞ」
「時代?」
「実戦魔法を学ぶ最近の若い魔導師はな、零から一を生み出すよりも今ある既存の一をしっかりと身に付ける、そう考える傾向があるのだよ。確かに百は要らんのだ。五十の力と技術さえしっかりと身に付けておけば、いくらでも潰しは効くであろうよ」
「まぁ分かる話だが……しかし先生……」
「ふむ、寂しい話ではあるな。そなたの様な規格外の存在を世に送り出したいと思うわしは、恐らくもう古い魔導師の部類に入るのであろうよ。だからな、斯様に珍しい魔法に出会うと心震える様な心地になる。果たしてこれを生み出した者は、一体どれだけ頭を働かせ、一体どんなイメージをして、一体どれ程の時間を費やしたのか。しかしレイシィよ、これは些か……いや、相当な大事であるぞ。前代未聞の大事である」
「ああ。こんな魔法が存在するなんて事になったら、魔法学界は引っくり返るだろうな。だが先生、これは別に全く馴染みのない魔法って訳じゃないだろ? 誰だって一度や二度は耳にしている魔法のはずだ」
「馴染みとは……何を言うておるのか?」
「サミー・クラフト冒険譚さ」
一瞬の間。思わぬレイシィの返答に呆れた様子で否定するネイザン。
「馬鹿な、おとぎ話ではないか……待て待てレイシィよ、そなたはこの魔法を元にその話が生まれたと申すか?」
サミー・クラフト冒険譚。英雄サミー・クラフトがこの世界のみならず次元を超え他の世界にも赴き、悪を退治し人々に平和をもたらすという内容のおとぎ話だ。作者はおろか話の作られた時期すら分からないが、当然誰もが創作された話であると認識している。が、レイシィはそこに疑問を感じていた。何故なら転移の魔法は確かに存在するからだ。
「果たして本当に創作なのかという所も含めてだよ、先生」
「実話を元にしていると? 何事もあり得ないと断ずるなかれと、確かにそう教えはしたが……しかしそれは随分と飛躍した解釈ではあるまいか?」
「はっきり言えば良いさ先生、馬鹿げてるって。私自身もそう思うよ。まぁ何百年も語り継がれてるおとぎ話だし、今となっては確かめる術すらない。こうだったら面白いと思う程度の事でね。だがこの魔法を認めてしまえば、オークが突然湧いて出た説明がつく。東ではオークに急襲されるその瞬間まで、連中が街に接近している事に気付かなかったんだ。ここもそうじゃないのか?」
「湧いて出たか……ふむ、的確な表現であるな。一千ものオークの行軍なぞ、どんなに静かに移動したとて目立って仕方がなかろうよ。だがどこの警備網にも引っ掛からずに、奴らは突如湧いて出た。まさに神の奇跡か悪魔の悪戯か……確かに転移して飛んできたと言うのならば理屈には合うが……しかし、それはあくまで推測に過ぎぬであろう。レイシィよ、信じるに足る根拠はあるのかね?」
レイシィは静かに右手の指を二本立てた。
「二つ。一つはイゼロンだ。ハイガルドのエリノス侵攻の際、エス・エリテを急襲したオークの一団がある。その一団を率いていた女が、撤退の折に老師の目の前で消えたそうだ」
「ふむ、女……この魔法石で飛んだという事か……してもう一つは?」
「私の弟子だ」
再び一瞬の間。思わぬレイシィの返答にネイザンの眉間には自然とシワが寄る。
「弟子……? そなた、弟子を取ったのか?」
「ああ、先生への報告が遅れてしまって済まない」
「いや、報告なぞ不要であるが……しかし一体どういう心境の変化か? そなたに弟子入りを志願する魔導師は多くあったと聞いておる。そしてそのいずれも断ってきたともな」
「自分の事で手一杯だっただけだよ。魔法の深淵を覗く為には、他人に構っている余裕なんてないだろ? 弟子なんかに時間を取られている場合じゃない。と、以前はそう思っていたんだが……」
「ふむ……まぁそれは一先ず後にしようぞ。して、その弟子が転移魔法の根拠というのは?」
「ああ。そいつはな、転移をその身で体験してるんだ」
「何と!? ではその者は転移して飛んだと?」
「そうだ。だが別にオークと関係がある訳じゃない、被害者だよ。オークが発動させた転移の魔法に巻き込まれ、私が仕えているオルスニアに飛ばされてきた。あいつの話には信憑性も説得力もあってね、その言葉に嘘はないと判断したんだ。この二つをして、転移の魔法は存在すると私は断言する」
「ふむ……」
そう言うと再び宙を見つめ思案を始めるネイザン。そして「ふぅぅ……」と息を吐く。
「そなた程の魔導師がそう言うのであれば、まぁそうなのであろうな……フ……フハハハ」
突然笑い出すネイザン。レイシィはきょとんとする。
「先生、どうした?」
「いや……改めて思えば、そなたの魔法の才を治癒魔法に全振りせんかったルビングは、やはり人を見る目というものを持っておるな。よくぞこの学園に寄越したものよ。修道女として育てる事も出来たであろうに……だがそれをせんかった」
「そうか? ただの気まぐれじゃないか?」
「フハハ、そう言ってやるな。お陰でわしはそなたを一流の魔導師として仕上げる事が出来た。初めてそなたと会うた時は、エリテマ神からの贈り物かと思うたわ。最初から魔導師として育てておれば、どれだけの化け物になっておったかと思う事もあったが……だがまぁ、今でも充分化け物であるか」
「やれやれ、未婚の女に言う台詞かね」
「フハハハハ、済まんな、戯れ言だ。しかし……この部屋に入り僅かの間に、随分と色々な重要事が明るみになったものよの。どれ……一つずつ片付けてゆこうぞ?」
緩んだネイザンの表情が締まる。眼光も鋭くいつもの師の顔に戻った。
「分かったよ先生。まずは?」
「オークの襲撃。これは恐らく続くであろうな」
「何故そう思う?」
「先程の話よ。ここを襲ったオーク共が魔法を使っておったと聞いてレイシィよ、そなた大層驚いておったが……東やエリノスを襲ったオークはどんな様子であったか?」
「東を襲撃したオークは、動く者を襲い目に付いた建物に松明で火を放つ。そんな極々簡単な行動しかしていなかった。だからこそ、これは操られているのではないかと、そう思ったんだが。それがエリノスでは、攻城兵器を扱い城門をこじ開け様としていたそうだ。東よりも行動の幅が広がっている」
「ふむ。そしてここダイラーでは魔法を使ったと。更に複雑な行動をする様になった……と言うよりはオークを制御、操作する技術が上がったという事であろうな」
そこまで話すとネイザンは静かに身を乗り出しこう告げた。
「レイシィよ、これは実験であろうよ。実戦を用いた壮大なオークの洗脳実験ぞ」
「ああ、私もそう思う。ここを襲ったオークが魔法を使ったと聞いて同じ事を考えたよ。確かに、これは実験なんだろうな」
「うむ。そして実験とするならばどこを着地点とするかだが……仮にわしがこの実験を取り仕切るのであれば、理想とする所はまだまだ上。複雑な命令をスムーズに遂行出来るくらいにまでその精度を引き上げねば、到底侵略戦争には投入出来ぬであろうよ。故に襲撃は続くと見る」
ネイザンのその言葉に思わずレイシィの表情も険しくなる。
「やはり……侵略目的と思うかい?」
「それ以外に何があろうか。力仕事に従事させる程度で良ければ、そも実戦で試す必要性がない。敵は悪意を持ち他者を力でねじ伏せんと考えておる、その証左ぞ。オーク共をどこからかき集めているのかも気になる所だが……してその敵であるが、エス・エリテを急襲したオーク共を率いていた女がおったと?」
「ああ、老師が一戦交えている。滅法腕の立つ剣士だったと言っていたよ。リアンセ将軍と、そう呼ばれていたそうだ」
「ほう、ルビングも良うやりおるな。しかし将軍……という事はやはり、国なのであろうな」
「だろうな。最初はどこかの金持ちの私設軍の線も考えたんだが……」
「それは無理筋であろうよ、さすがに金が掛かりすぎる」
「ああ、こうも襲撃が続けばね。その線は捨てて良いだろう」
「しかしこれは……」
と言いかけてネイザンは口をつぐんだ。再び口を開くまで暫しの間があったが、レイシィは静かに待った。
「敵は転移魔法を得て、これ以上ない程のイニシアティブを握りおったという事だ。大陸中どこにでもその足と手を伸ばす事が出来る、これは……大陸中の国々を人質に取ったと同義であるぞ」
「そうだな先生。すでにどの国も我関せずは通用しない状況だ。今この瞬間にも、襲われている国があるかも知れない」
「増やすべき……であろうな」
「何を?」
「同志だ。そなたらの国の様な同盟とまでは言わぬまでも、被害国同士、その地方地域の国同士、ある程度の連携を取れる態勢を築くべきである」
「う~ん、それは分かるがなぁ……先生、難しいぞ? 私達エルバーナの国々は被害国であり且つ隣国だったからな、比較的スムーズに話が進んだが……」
「無論、承知しておるよ。大陸の国々はほぼ横一線、突出した力や発言力を持つ国はない。リーダーシップを取れる国がないのであれば……後は宗教しかなかろうよ」
「なるほど! 確かにそれはありだ! エリテマ真教を国教としている国は多い。エリテマ神の神威と大陸中に散らばる教会を利用すれば情報の拡散は容易……」
「ルビングに骨を折ってもらう事になるが……あやつなら断らんだろうて」
「さすがは先生だよ、衰えてるだの古いだのとんでもない。それどころか前より鋭さが増してるんじゃないか?」
「ふん、おだておるわ。してレイシィよ、その魔法石予備はあるのかね?」
「ああ、いくつか持ってきているが……」
「ならば出せるだけ置いてゆけ。他の研究施設にも回して解析を依頼する。それと……」
トントン
不意に扉をノックする音。「良いぞ」とネイザンが呼び掛けるとガチャッと扉が開き「失礼致します、学長」と緑色のローブを羽織った女が入ってきた。その女を見るやレイシィは「げ、レダ……」と小さく声を上げた。
「あら……あらあらあら、どなたかがいらっしゃるのかと思えば……」
扉を閉めると女はレイシィにニコッと微笑みかける。
「この学園を首席で卒業するという栄誉を手にしながら各地で邪悪な研究を繰り返し、結果悪魔的な殺戮魔法を大陸全土に撒き散らし、挙げ句の果てには狂乱などという極めて不名誉な名で呼ばれているレイシィじゃありませんか。この歴史ある学園の名を貶めた貴女が、どうして何もなかったかの様な顔でここに座っていられるのか……相変わらず図々し……いえ、堂々としておいでで……」
(この女、早速仕掛けてきやがった……!)
引きつった顔を無理矢理笑顔に変え、レイシィは反撃する。
「いやぁそっちも相変わらずだなぁレダ。そのローブの色を見ると未だに准教授にも上がっていない様子。何の目的で学園に残ったかは知らないが、学生の頃と変わらず相当な苦労をしている様だ。あの頃もずっと私の後ろを歩いていたなぁ……あまりに二番が多いから、てっきり私の尻でも見ているのかと思っていたよ。万年二番手で万年助手とは、余程人を立てるのが好きな様だ」
(この女、何を一丁前に……!)
引きつった顔を無理矢理笑顔に変え、レダはぎこちなく笑う。
「オホホホホッ」
レイシィもそれに対抗するように笑う。
「ハハハハハッ」
(ふむ、始まりおった……)
ネイザンは呆れながらグラスにお茶を注ぐ。長くなりそうだと、そう思ったからだ。
「オホホホホッ」
「ハハハハハッ」
部屋に入るなりにこやかに毒を吐いた女、レダ・エッセンズ。科は違えどレイシィとは同学年であり、学園在学中は常にレイシィとトップの座を争い、しかし最後まで二番手に甘んじてきた女。当然、色々と溜まっている。が、奇しくも突然今日この時、長年の屈辱に対し意趣返しをする機会が訪れた。このチャンスを逃す手はない。
「確かに当時は良く話しておったな。どんな事でも起こり得るのがこの世というもの。故に何事も簡単にあり得ないなどと断ずるなかれ。常識と先入観を捨て、視点と発想を柔軟に。さすればそれは……」
「魔法に活きる、だろ?」
「フハハ、良く憶えておるな」
「当然だよ先生、どれだけその話を聞かされた事か……私にとってはエリテマ真教の教えの一節並みに馴染みのある話さ。魔法とはイメージだ。自在にイメージ出来る者は、自在に魔法を操る事が出来る。だが先生、その口振りだと……最近は教壇に立っていないのか?」
レイシィの問いに少しばかり寂しそうな表情を浮かべるネイザン。
「いいや、授業は行っておる。だが最近はその話をする事もなくなった。これはなレイシィ、時代の流れというものぞ」
「時代?」
「実戦魔法を学ぶ最近の若い魔導師はな、零から一を生み出すよりも今ある既存の一をしっかりと身に付ける、そう考える傾向があるのだよ。確かに百は要らんのだ。五十の力と技術さえしっかりと身に付けておけば、いくらでも潰しは効くであろうよ」
「まぁ分かる話だが……しかし先生……」
「ふむ、寂しい話ではあるな。そなたの様な規格外の存在を世に送り出したいと思うわしは、恐らくもう古い魔導師の部類に入るのであろうよ。だからな、斯様に珍しい魔法に出会うと心震える様な心地になる。果たしてこれを生み出した者は、一体どれだけ頭を働かせ、一体どんなイメージをして、一体どれ程の時間を費やしたのか。しかしレイシィよ、これは些か……いや、相当な大事であるぞ。前代未聞の大事である」
「ああ。こんな魔法が存在するなんて事になったら、魔法学界は引っくり返るだろうな。だが先生、これは別に全く馴染みのない魔法って訳じゃないだろ? 誰だって一度や二度は耳にしている魔法のはずだ」
「馴染みとは……何を言うておるのか?」
「サミー・クラフト冒険譚さ」
一瞬の間。思わぬレイシィの返答に呆れた様子で否定するネイザン。
「馬鹿な、おとぎ話ではないか……待て待てレイシィよ、そなたはこの魔法を元にその話が生まれたと申すか?」
サミー・クラフト冒険譚。英雄サミー・クラフトがこの世界のみならず次元を超え他の世界にも赴き、悪を退治し人々に平和をもたらすという内容のおとぎ話だ。作者はおろか話の作られた時期すら分からないが、当然誰もが創作された話であると認識している。が、レイシィはそこに疑問を感じていた。何故なら転移の魔法は確かに存在するからだ。
「果たして本当に創作なのかという所も含めてだよ、先生」
「実話を元にしていると? 何事もあり得ないと断ずるなかれと、確かにそう教えはしたが……しかしそれは随分と飛躍した解釈ではあるまいか?」
「はっきり言えば良いさ先生、馬鹿げてるって。私自身もそう思うよ。まぁ何百年も語り継がれてるおとぎ話だし、今となっては確かめる術すらない。こうだったら面白いと思う程度の事でね。だがこの魔法を認めてしまえば、オークが突然湧いて出た説明がつく。東ではオークに急襲されるその瞬間まで、連中が街に接近している事に気付かなかったんだ。ここもそうじゃないのか?」
「湧いて出たか……ふむ、的確な表現であるな。一千ものオークの行軍なぞ、どんなに静かに移動したとて目立って仕方がなかろうよ。だがどこの警備網にも引っ掛からずに、奴らは突如湧いて出た。まさに神の奇跡か悪魔の悪戯か……確かに転移して飛んできたと言うのならば理屈には合うが……しかし、それはあくまで推測に過ぎぬであろう。レイシィよ、信じるに足る根拠はあるのかね?」
レイシィは静かに右手の指を二本立てた。
「二つ。一つはイゼロンだ。ハイガルドのエリノス侵攻の際、エス・エリテを急襲したオークの一団がある。その一団を率いていた女が、撤退の折に老師の目の前で消えたそうだ」
「ふむ、女……この魔法石で飛んだという事か……してもう一つは?」
「私の弟子だ」
再び一瞬の間。思わぬレイシィの返答にネイザンの眉間には自然とシワが寄る。
「弟子……? そなた、弟子を取ったのか?」
「ああ、先生への報告が遅れてしまって済まない」
「いや、報告なぞ不要であるが……しかし一体どういう心境の変化か? そなたに弟子入りを志願する魔導師は多くあったと聞いておる。そしてそのいずれも断ってきたともな」
「自分の事で手一杯だっただけだよ。魔法の深淵を覗く為には、他人に構っている余裕なんてないだろ? 弟子なんかに時間を取られている場合じゃない。と、以前はそう思っていたんだが……」
「ふむ……まぁそれは一先ず後にしようぞ。して、その弟子が転移魔法の根拠というのは?」
「ああ。そいつはな、転移をその身で体験してるんだ」
「何と!? ではその者は転移して飛んだと?」
「そうだ。だが別にオークと関係がある訳じゃない、被害者だよ。オークが発動させた転移の魔法に巻き込まれ、私が仕えているオルスニアに飛ばされてきた。あいつの話には信憑性も説得力もあってね、その言葉に嘘はないと判断したんだ。この二つをして、転移の魔法は存在すると私は断言する」
「ふむ……」
そう言うと再び宙を見つめ思案を始めるネイザン。そして「ふぅぅ……」と息を吐く。
「そなた程の魔導師がそう言うのであれば、まぁそうなのであろうな……フ……フハハハ」
突然笑い出すネイザン。レイシィはきょとんとする。
「先生、どうした?」
「いや……改めて思えば、そなたの魔法の才を治癒魔法に全振りせんかったルビングは、やはり人を見る目というものを持っておるな。よくぞこの学園に寄越したものよ。修道女として育てる事も出来たであろうに……だがそれをせんかった」
「そうか? ただの気まぐれじゃないか?」
「フハハ、そう言ってやるな。お陰でわしはそなたを一流の魔導師として仕上げる事が出来た。初めてそなたと会うた時は、エリテマ神からの贈り物かと思うたわ。最初から魔導師として育てておれば、どれだけの化け物になっておったかと思う事もあったが……だがまぁ、今でも充分化け物であるか」
「やれやれ、未婚の女に言う台詞かね」
「フハハハハ、済まんな、戯れ言だ。しかし……この部屋に入り僅かの間に、随分と色々な重要事が明るみになったものよの。どれ……一つずつ片付けてゆこうぞ?」
緩んだネイザンの表情が締まる。眼光も鋭くいつもの師の顔に戻った。
「分かったよ先生。まずは?」
「オークの襲撃。これは恐らく続くであろうな」
「何故そう思う?」
「先程の話よ。ここを襲ったオーク共が魔法を使っておったと聞いてレイシィよ、そなた大層驚いておったが……東やエリノスを襲ったオークはどんな様子であったか?」
「東を襲撃したオークは、動く者を襲い目に付いた建物に松明で火を放つ。そんな極々簡単な行動しかしていなかった。だからこそ、これは操られているのではないかと、そう思ったんだが。それがエリノスでは、攻城兵器を扱い城門をこじ開け様としていたそうだ。東よりも行動の幅が広がっている」
「ふむ。そしてここダイラーでは魔法を使ったと。更に複雑な行動をする様になった……と言うよりはオークを制御、操作する技術が上がったという事であろうな」
そこまで話すとネイザンは静かに身を乗り出しこう告げた。
「レイシィよ、これは実験であろうよ。実戦を用いた壮大なオークの洗脳実験ぞ」
「ああ、私もそう思う。ここを襲ったオークが魔法を使ったと聞いて同じ事を考えたよ。確かに、これは実験なんだろうな」
「うむ。そして実験とするならばどこを着地点とするかだが……仮にわしがこの実験を取り仕切るのであれば、理想とする所はまだまだ上。複雑な命令をスムーズに遂行出来るくらいにまでその精度を引き上げねば、到底侵略戦争には投入出来ぬであろうよ。故に襲撃は続くと見る」
ネイザンのその言葉に思わずレイシィの表情も険しくなる。
「やはり……侵略目的と思うかい?」
「それ以外に何があろうか。力仕事に従事させる程度で良ければ、そも実戦で試す必要性がない。敵は悪意を持ち他者を力でねじ伏せんと考えておる、その証左ぞ。オーク共をどこからかき集めているのかも気になる所だが……してその敵であるが、エス・エリテを急襲したオーク共を率いていた女がおったと?」
「ああ、老師が一戦交えている。滅法腕の立つ剣士だったと言っていたよ。リアンセ将軍と、そう呼ばれていたそうだ」
「ほう、ルビングも良うやりおるな。しかし将軍……という事はやはり、国なのであろうな」
「だろうな。最初はどこかの金持ちの私設軍の線も考えたんだが……」
「それは無理筋であろうよ、さすがに金が掛かりすぎる」
「ああ、こうも襲撃が続けばね。その線は捨てて良いだろう」
「しかしこれは……」
と言いかけてネイザンは口をつぐんだ。再び口を開くまで暫しの間があったが、レイシィは静かに待った。
「敵は転移魔法を得て、これ以上ない程のイニシアティブを握りおったという事だ。大陸中どこにでもその足と手を伸ばす事が出来る、これは……大陸中の国々を人質に取ったと同義であるぞ」
「そうだな先生。すでにどの国も我関せずは通用しない状況だ。今この瞬間にも、襲われている国があるかも知れない」
「増やすべき……であろうな」
「何を?」
「同志だ。そなたらの国の様な同盟とまでは言わぬまでも、被害国同士、その地方地域の国同士、ある程度の連携を取れる態勢を築くべきである」
「う~ん、それは分かるがなぁ……先生、難しいぞ? 私達エルバーナの国々は被害国であり且つ隣国だったからな、比較的スムーズに話が進んだが……」
「無論、承知しておるよ。大陸の国々はほぼ横一線、突出した力や発言力を持つ国はない。リーダーシップを取れる国がないのであれば……後は宗教しかなかろうよ」
「なるほど! 確かにそれはありだ! エリテマ真教を国教としている国は多い。エリテマ神の神威と大陸中に散らばる教会を利用すれば情報の拡散は容易……」
「ルビングに骨を折ってもらう事になるが……あやつなら断らんだろうて」
「さすがは先生だよ、衰えてるだの古いだのとんでもない。それどころか前より鋭さが増してるんじゃないか?」
「ふん、おだておるわ。してレイシィよ、その魔法石予備はあるのかね?」
「ああ、いくつか持ってきているが……」
「ならば出せるだけ置いてゆけ。他の研究施設にも回して解析を依頼する。それと……」
トントン
不意に扉をノックする音。「良いぞ」とネイザンが呼び掛けるとガチャッと扉が開き「失礼致します、学長」と緑色のローブを羽織った女が入ってきた。その女を見るやレイシィは「げ、レダ……」と小さく声を上げた。
「あら……あらあらあら、どなたかがいらっしゃるのかと思えば……」
扉を閉めると女はレイシィにニコッと微笑みかける。
「この学園を首席で卒業するという栄誉を手にしながら各地で邪悪な研究を繰り返し、結果悪魔的な殺戮魔法を大陸全土に撒き散らし、挙げ句の果てには狂乱などという極めて不名誉な名で呼ばれているレイシィじゃありませんか。この歴史ある学園の名を貶めた貴女が、どうして何もなかったかの様な顔でここに座っていられるのか……相変わらず図々し……いえ、堂々としておいでで……」
(この女、早速仕掛けてきやがった……!)
引きつった顔を無理矢理笑顔に変え、レイシィは反撃する。
「いやぁそっちも相変わらずだなぁレダ。そのローブの色を見ると未だに准教授にも上がっていない様子。何の目的で学園に残ったかは知らないが、学生の頃と変わらず相当な苦労をしている様だ。あの頃もずっと私の後ろを歩いていたなぁ……あまりに二番が多いから、てっきり私の尻でも見ているのかと思っていたよ。万年二番手で万年助手とは、余程人を立てるのが好きな様だ」
(この女、何を一丁前に……!)
引きつった顔を無理矢理笑顔に変え、レダはぎこちなく笑う。
「オホホホホッ」
レイシィもそれに対抗するように笑う。
「ハハハハハッ」
(ふむ、始まりおった……)
ネイザンは呆れながらグラスにお茶を注ぐ。長くなりそうだと、そう思ったからだ。
「オホホホホッ」
「ハハハハハッ」
部屋に入るなりにこやかに毒を吐いた女、レダ・エッセンズ。科は違えどレイシィとは同学年であり、学園在学中は常にレイシィとトップの座を争い、しかし最後まで二番手に甘んじてきた女。当然、色々と溜まっている。が、奇しくも突然今日この時、長年の屈辱に対し意趣返しをする機会が訪れた。このチャンスを逃す手はない。
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