流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

185. 初仕事

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 革張りの無骨な椅子。

 装飾も少なく決して高価な物には見えない椅子。しかし頑強そうな見た目と年季の入り具合からか強烈な威圧感をはっしている。ひょっとしたら見る者が見れば高値付けるのかも知れない。事実その椅子は長くこの部屋に置かれている物であり、代々この組織をべるおさが腰を下ろしてきた歴史深い椅子だ。

「さて……ようやくだなぁ……」

 そう呟くとゼルは静かにその椅子に座った。そしてポンポンと肘掛けを軽く叩くと、両手を執務机しつむづくえに置きスッと前を見る。机の前には幹部、隊長達の姿。その椅子はジョーカー団長の執務室に置かれている椅子。団長の椅子だ。

 エクスウェルの死。プルーム支部の接収。アイロウの敗北。この三点をもってして傭兵団ジョーカーの内部抗争は終結を迎えた。ゼルはすぐに現状機能している各支部へ抗争終結のむねを記した書簡を送る。そしてしばしプルームに滞在し、連日ジョーカー立て直しの為の会議を行った。差し当たって早急に対処しなければならない問題は、バルファ、リロング、レコースの南の三支部である。リロング支部長のラーテルムは部下を引き連れジョーカーを離脱、レコース支部長のアーバンはエクスウェルとの対決の為、これまた部下と共に支部をけエラグ王国へ駐留したまま。三支部ちゅう実に二支部がもぬけの殻となってしまっているのだ。
 この問題に対しゼルはバルファ支部の副支部長キュールを正式にバルファ支部長へと昇格させ、更にゾーダ率いる二番隊をリロング、レコース支部へ派遣。プルームにはエクスウェルの側近であったラテールを置き、足りない人員を東で雇い南へ送り込む事で取りえずの安定を図る事とした。そしてエラグ王国駐留中のレコース支部長アーバン。彼には一通の書簡を送ったのだ。


 ◇◇◇


「何だこりゃあ!? ふざけやがって……ゼルめ! 何様のつもりだ!!」

 ゼルから届いた書簡に目を通すや、アーバンは激しく怒りぐしゃりと書簡を握り潰す。書簡には次の通り書かれていた。



 一つ、自身の立場の表明を遅らせ抗争を混乱せしめた事

 一つ、支部長の立場を軽んじその責任を放棄した事

 一つ、それらの不備不足の為多くの犠牲者が出た事

 一つ、自身をしたい働いた者を容易に切り捨てた情の無さ(※ビー・レイの事である)

 一つ、抗争終結の事実はとうに把握しているはずであるにもかかわらず、いまだ何の反応も示さぬ事

 以上の事柄ことがらもってして、きわめて残念ではあるが貴殿はジョーカー支部長、同時に団員としても不相応であると言わざるをない。って今後は是非ぜひ、思うままご随意ずいいに生きられたし。



 慇懃無礼いんぎんぶれいに書かれたこの書簡は、アーバンに対しての追放宣言に他ならない。アーバンごときは不要である、これはゼルを始めプルームでの会議に参加している者達の総意であった。
 事ここに至っては、もはやいくらアーバンが騒ぎ立てようがどうにもならない。この書簡を以てアーバンはジョーカーを退団する事となる。しかしエラグ軍総司令であるクライール・レッシ将軍のはからいで、アーバンとレコース支部所属の団員達はエラグ軍への編入が認められた。


 ◇◇◇


 そうして抗争終結から一ヶ月半、ゼル達はようやく本拠であるミラネル王国アルマド、始まりの家への凱旋がいせんを果たしたのだ。

「おめでとう、団長殿」

 団長の椅子に座ったゼルに寿ことほぎの言葉を贈る参謀部マスター、エイナ・プロコット。しかしゼルにはその言葉がある種の皮肉の様に聞こえた。たまらずゼルは笑いながら顔をしかめる。

「よく言うぜ、俺ぁいまだにこれに座んのはお前の方が適任だと思ってんだが?」

「よく言うわ、満更まんざらでもないくせに。それに言ったはずよ、女を捨てる気はないって」

「まぁまぁ……」と割って入ったのは工作部マスター、ベルーナ・アッケンバインだ。

「収まるべき所に収まるべき人間が収まった。それで良いじゃあないか。さ、ゼル。指輪を交換しよう。永遠の誓いの指輪さ」

 そう話しながらベルーナは胸のポケットから指輪を一つ取り出すと、コト……と机に置いた。ゼルは更に顔をしかめる。

「お前、言い方よぅ……お前と永遠を誓うつもりはねぇぜ?」

「おや、そっちの指輪がお望みならば考えない事もないんだが……でもシスカーナに怒られるのは嫌だねぇ」

「……考えるんじゃねぇよ」

 ゼルは左手の小指から今着けている指輪を外すと、ベルーナが取り出した指輪に着け替える。そして指輪を眺めながら不満そうな表情を浮かべる。

「これよぅ、もっとキレイな石なかったのか? 何でこんなくすんでんだ?」

 新しい指輪の中央には丸くカットされた石がはめ込まれていた。その石の色は何とも言えない灰色をしていた。

「確かに色はきたな……くすんでいるがねぇ」

「お前今汚ねぇって……」

「でもこれは君の考えを具現化した物なのだよ。君、いつか言っていたじゃあないか。白だけではダメ、黒だけでもダメ、両者が混在しているからこそ調和が取れる、と」

「だから灰色ってか」

「君が着けるにピッタリの石さ。それにこれ、結構高いんだよ? ベリット鉱石。産出は南方、内海沿い。相当硬い石でねぇ、加工には苦労するのさ。向こうじゃお貴族様が鎧なんかに埋め込んだりするらしいねぇ」

「ほぉ~ん……ま、いいさ」

 そう言うとゼルは自身が着けていた指輪をポイッとブロスに放る。そして指輪をキャッチしたブロスに言った。

「三番隊は任せるぜぇ、サイズはベルーナに直してもらえ」

 一瞬の間。ブロスは指輪をギュッと握り締めると「……おう」と短く応えた。続けてゼルは視線をブロスの横へ移す。

「ゼンじぃ、待たせた。一番隊復帰だ。指輪はまだ持ってんだろ?」

「ダッハハハ! 当たり前だわい!」

 ジョーカーには団旗だんきがない。シンボルとなる様なマーク、紋章といった物もない。その代わりに団長以下幹部達は左手の小指に指輪を着ける。形もデザインもバラバラだが、そこもまたジョーカーらしいとも言える。

「ホルツ、お前は五番だ。指輪はベルーナに作ってもらえ。サリオムの部下がポツリポツリとアルマドへ戻って来てるらしい。そいつら集めてもいいし、募集かけてもいい。なんせ五番隊は今からだからな、大変かと思うが頼むぜ?」

 思わぬ任命。驚いたホルツは一瞬呆けたが、すぐに気を取り戻し「分かったぜ!」と力強く応えた。

「六番は現状のままだ。アイロウが復帰するまでベルナディ、お前がまとめろ」

 険しい表情のベルナディ。決して納得している訳ではない。しかし事実は事実。

「……気に食わねぇが仕方ねぇ。マスターが負けた以上、言う事は聞いてやる」

「はっはっは、頼むぜぇ? 二番と四番もそのままだ。ゾーダとカディールに任せる……って、カディールいねぇな?」

 するとエイナは今更? といった様な呆れた表情で答える。

「とっくに西に戻ったわ。向こうが気になるって」

「あ~、そうか。んじゃ後で書簡送ってくれ。それと、ブリダイル……もいねぇのかぁ?」

 するとブロスは何言ってやがる、といった様な呆れた表情で答える。

「アイツがこんな所に来るはずねぇだろ。アルマド着いてすぐ、リスエットの連中引き連れて飲みに行ったぜ」

「ああん? まだ真っ昼間だぜぇ? ったく、しょうがねぇ野郎だな。ブリダイルは七番だ」

「七番って……新設するの!?」

 驚きの声を上げるエイナ。いや、エイナだけではない。その場にいる皆が驚いた。番号付きの新設など過去にさかのぼっても記録がない。

「アイツをどっかの隊に押し込めた所で、言う事なんて聞きゃあしねぇだろ。だったら新設してそこを任せる、それしかねぇ。それに隊を増やしちゃいけねぇなんて理屈はねぇぜ?」

「なるほど、確かに……その通りだねぇ。何だいゼル、早速君の色が全開だねぇ。良いじゃあないか、楽しくなりそうだ。ブリダイルは私が探して伝えておこう、指輪のサイズも確認しなきゃならないからねぇ」

「おう、頼むぜベルーナ。それと……」

 と言うとゼルは改めて執務室を見回す。

「コウもいねぇな……アイツまさか……!?」

 ゼルが何を心配しているのか、ホルツはすぐにさっした。そして笑いながら答えた。

「さすがに今日の今日って事はねぇよ。ジョーカーに来てからバタバタしっぱなしだったから、少しゆっくりするって言ってたぜ」

 ホルツの言葉にホッとした様子のゼル。

「そうか、ならいい。なんせまだ報酬も渡してねぇしよ。でもアイツの事だ、ふらっと旅立っちまう様な気もするしな……ライエ、アイツ見といてくんねぇか?」

「……へ? え、え? あたし?」

 皆の視線が集まる中、ライエはキョロキョロとキョドっている。そんなライエを見てホルツとベルーナの目がキラン、と輝く。

「そりゃあなぁ。こん中で手が空きそうな奴ぁ……お前だろ? それに、コウにくっついとく理由があんのも……なぁ?」

 ニヤニヤと笑いながらベルーナに同意を求めるホルツ。ベルーナもここぞとばかりにライエをからかう。

「ははははっ、その通りだねぇ! ホルツ、君成長したじゃあないか! 良いかいライエ、ここが君にとっての正念場さ。あまり時間はなさそうだからねぇ、四の五の言わずバシッと決めて、ズボッと決められ……」

「ああぁぁぁぁ~~~!? 何言ってんの! 何言ってんのぉ! バカ!? バカなの!! いや知ってたけど! ベルーナバカでしょ!?」

 耳まで真っ赤にして慌てるライエ。その様子を見て首をかしげるゼントス。

「おいブロスよ。こりゃどういうこった? 何をライエはあんな慌てとる?」

「ん? ああ、そりゃあれだ、ライエがコウに惚れ……どふぅ!?」

 ライエのえぐる様な右フックがブロスの脇腹に突き刺さった。


 ◇◇◇


 その夜、ジョーカー諜報部事務所。

 ゼルとエイナは諜報部マスター、ラクター・トゥワイスに呼び出されていた。理由は当然、リザーブルのアルマド侵攻の裏で暗躍していた間者かんじゃの件である。

「エイナよぅ、お前……いつ聞いたんだ?」

「リザーブル戦の直後……」

「そうか……」

 言葉ずくなに話しながら地下への階段を下りる二人。地下にはいくつかの部屋があり、主に尋問の為に使われている。地下通路の壁には魔法石が掛けられており、ぼやっとした灯りが所々を照らしていた。どんよりとした薄暗さがじわじわと心にまで侵食してきそうな、そんな錯覚を覚える。

 通路の一番奥、突き当たりの部屋の前には数人の人影。「来たか」とその内の一人が声を掛ける。諜報部マスター、ラクターだ。

「中にいる。必要な情報はすでに聞き出した、後はお前の腹一つ……」

「そうか。んじゃ、ちっと話すかぁ……」

 ゼルがそう言うとラクターは扉に手を掛ける。扉はキキィィィ……と嫌な音を鳴らしながら開かれた。小さなその部屋の中央には鉄製の椅子。そしてその椅子には縛られ目隠しをされた男。かたわらにはデームが立っている。「ご苦労さん」とゼルが声を掛けるとデームは無言でうなずいた。その声を聞いた男は「ゼルか……?」と問い掛ける。

「ああ……」

 ゼルは返事をして男の目隠しを取る。眩しそうに表情を歪めながら、体勢を整えようともぞもぞ身体動かす男。そのたびに小さくコツコツと足下から音が鳴る。男の右足は義足だ。

「聞いたぜ、団長就任おめでとうさん」

「おう、ありがとうよ、ビーリー。お前とはいつも通り、本部棟で会いたかったんだがな」

「ああ、それは何て言うか……済まなかったな」

「んで、いつからだ?」

「最初からさ。それが任務だったからな。当時は必死だったぜ、ちょっとでも良い情報を掴む為には、ジョーカー内での地位を上げる必要があったからな」

「何でだ、って……聞くのは野暮か?」

「はは、仕事だって言えばそれまでだが……親を人質に取られてちゃどうしようもねぇ。俺は軍人だったんだ、リザーブルのな」

「そうか、そういう……」

「とは言え、手心はいらねぇぜ? それだけの事をしてきたって自覚はある。しかし……ヘマしたもんだぜ。お前が張ったんだろ、この罠。まんまとはままっちまった……」

「はっはっは、引っ掛かんのがお前とは思わなかったけどな」

 えてアルマドの守備を手薄にし、潜り込んでいる間者かんじゃにリザーブルへ報告させる。ゼルとラクターが仕掛けた策だ。

「……そろそろやってくれ。こんな汚れ仕事を団長就任後の初仕事にさせちまって申し訳ねぇが……」

「……そんな事ねぇさ。裏切り者の始末は大事な仕事だ」

 デームはゼルにナイフを手渡す。ナイフを受け取ったゼルはチラリとエイナに目をやる。しかしエイナはその場を動こうとしない。ただ静かにビーリーを見つめていた。ゼルは片手でビーリーの頭を押さえる。

「何かねぇか? 親とかよ」

「ハッ、とっくに死んだって思われてるさ。国がそう話してる」

「そうか」

「ただ……そうだな。リザーブルには気を許すな、何があってもだ。って、俺が言うのも変な話だが……」

「いや、忠告受け取っておく」

 グッ、とゼルはビーリーの首にナイフを突き立てた。


 ◇◇◇


 同刻、とあるパブ。

 賑やかな店内。その奥の一角を陣取るいかにも、な集団。そんな彼らを見つけたベルーナは声を上げて近寄った。

「やぁブリダイル! やっぱりこの店だったかい、だと思ったよ」

「おう、ベルーナじゃねぇか。相変わらずお前は顔と身体だけはいい女だなぁ」

 軽口を叩くブリダイル。ベルーナは表情を崩す事なく「はははははっ」と笑う。が、

「店主! この店で一番強い酒を瓶でくれないか! この愚か者に頭からぶっかけて、火を点けてやろうと思うんだが!」

 やはり怒っていた。ブリダイルは慌てて取りつくろう。

「冗談だ、冗談! いつものブリちゃんジョークじゃねぇかよ。んでぇ、どしたよ、こんな所までよ?」

「何、ちょっとした野暮用さ。小指のサイズを測らせてもらおうかと思ってねぇ。さ、指を出してごらんよ」

 そう言うとベルーナはブリダイルの左手をグイッと引っ張り、その小指にクルリと糸を巻き付けサイズを測り始まる。

「おいおい、何だってんだ急によぉ。小指のサイズってこたぁ……」

「ああ、そうだよブリダイル。君、新設する七番隊のマスターだそうだ。良かったじゃあないか」

「七番隊……て……」

(んん?)

 思いのほか淡白なブリダイルの反応を不思議に思うベルーナ。普段の彼ならばもっと騒いで喜びそうだが……

「何だい君ぃ……随分と大人しいねぇ……」

「んあ? ああ……いや何、新設の隊とは思わなかったからよ」

「ふむ……ま、それもそうかねぇ。皆も驚いていたしねぇ。それと……聞いたかい、ビーリーの件」

 ピクリ、と反応するブリダイル。

「……ああ、聞いたぜ。何つうか……な」

「今夜ゼルはラクターに呼ばれている。ひょっとしたら今まさに、ゼルが始末を付けている最中かも知れないねぇ」

「そうか……んで、何故なぜそれを俺に?」

何故なぜって、君はビーリーと仲が良かっただろう? 最後に会わなくて……良かったのかい?」

「ああ、まぁ……な。だが事が事だ、同情の余地はねぇ。会った所で、ってなもんだろ」

「なるほど……まぁ確かに、ね。さて……」

 ベルーナはブリダイルの小指に巻き付けた糸をするりと外すと、カウンターに向かって声を上げる。

「店主! ミードはあるかい? 一杯くれないか!」

「何だお前、飲んでくのかよ」

 面倒臭そうに話すブリダイルに、ベルーナはビシッと言い放つ。

「当たり前じゃあないか! パブに来て飲まずに帰るベルーナさんだと思うのかい! それに~……」

 ベルーナは隣のテーブルにいるラスゥに後ろからガッシリと抱き付いた。

「おわっ!? 何だてめぇ!!」

 慌てるラスゥの耳元でささやくベルーナ。

「おやおやラスゥ。久し振りに会ったらどうだい、随分と男前になっているじゃあないか。どうだい? 適当に飲んだら二人で別の店に、て・の・は?」

「止め……おいベルーナァ! 耳……お前……息が……!」

 背筋がぞわぞわっとするラスゥ。抵抗したいが力が入らない。そんな様子を呆れながら眺めるブリダイル。

(ったく、騒がしい女だぜ。しかし……こりゃ完全に裏目っちまったなぁ……こんな事になるんなら、北から出てくんじゃなかったぜ。ビーリーの野郎、下手打ちやがって……だが番号付きってのは悪かねぇ。任務だ何だっつって、アルマドに近寄らなきゃいい話だからな。全く、面倒臭ぇ国だぜ、リザーブルってのはよ。とにかく、ラスゥだけにはバレねぇ様にしねぇと……)
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