流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

176. 幕引き

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 多少の混乱はあったものの、ゼルら三人はようやくプルーム支部の中へ入る事が出来た。扉を開けてすぐ、そこで彼らを待っていたのはラテール・ジア。エクスウェルの腹心である。ラテールはいつも通りの無表情でゼル達を出迎えた。

「待っていた。ようこそ、我らが城へ……」

「ハッ、城ねぇ……んで、王様はどこにいる?」

 ゼルの問い掛けにも無言のラテール。「おい、どしたぁ?」と再びゼルが問い掛けると、ラテールは小さなため息をつき「上だ」と短く答え階段を上がる。「んじゃ、王様に謁見といこうかぁ」と軽口を叩くゼル。ラテールの後に続き階段を上がる。

 エクスウェルの身に何かが起きた。

 それはすでに皆気付いている。何かしらの原因で戦闘不能、もしくは行動不能におちいっているのか。はたまた、にわかには考えにくい事ではあるが、潔く負けを認め降伏でもするつもりなのか。いずれにしても、一合いちごうも交える事なくエクスウェルの本拠地であるプルーム支部内部へ辿り着いたのだ。異変が起きている事に間違いはない。果たしてゼル達の予想通り異変は確かに起きていた。しかしその異変は彼らの予想を大きく超えるものだった。

「ここだ」

 立ち止まるラテール。案内されたのは支部二階のとある部屋の前。「入っていいのかぁ?」とのゼルの問い掛けに「もちろん……」とだけ答えるラテール。

(さて、何が待っているのやら……)

 扉に手を掛けようとするゼルに「待てよゼルちゃん、俺が開ける」と前に進み出るブリダイル。ブリダイルは至極しごく慎重な性格をしていた。このに及んでもなお、罠の可能性を捨て切ってはいないのだ。扉に手を掛けるブリダイル。ゆっくりと開かれる扉。そしてすぐに彼の目に飛び込んできたもの、それは床に倒れている女の姿だった。

「おい、こいつぁ確か……」と記憶を辿るブリダイル。すると「シャナだ。エクスウェルの側付きの女だ」とゾーダが説明した。

「ふん、死んでやがる……おいラテール! こりゃあ一体……」

 一体何だ。ブリダイルはラテールにそう問い掛けようとした。しかしその言葉はさえぎられる。さえぎったのはゼル。ゼルの言葉にブリダイルとゾーダは驚いた。



「ラテール、そこに倒れてんのはエクスウェルか?」



 二人はそこで初めて気が付いた。部屋の中央、テーブルの奥の足元にもう一人誰か倒れている事を。「嘘だろ……」と呟きながらブリダイルは部屋の奥へと進む。そして倒れているもう一人を確認すると思わず声が漏れた。

「何だってこんな事に……」

 それは間違いなくエクスウェルだった。「……死んでいるのか?」と尋ねるゾーダ。ブリダイルは静かに答える。

「これで生きてりゃ化けもんって話だぜ。首の刺し傷だな、えらい血が流れてやがる。しかし……こりゃあ苦しんだろうぜ。いっそ首をかっ切られてた方が楽に死ねたはずだ……」

「……いつだ?」

 倒れているエクスウェルを真っ直ぐに見つめながら、ゼルは後ろに立つラテールに問う。

「恐らくは昨夜……発見したのは今朝がただ」

 ラテールの返答に「そうか……」とゼルは呟いた。そんなゼルの反応にラテールは確信する。

「お前が仕掛けた……訳ではないのだな」

「当たり前だ。あと一押しでお前らを潰せたんだぜぇ? 暗殺に走る必要はねぇ」

「ゾーダが動いたのではないかと、そう考える者もいたのだが?」

 チラリとゾーダに目をやるラテール。ゾーダは呆れ気味に答える。

「俺ならばやりかねんか……ま、否定はしないが。だがやるにしてもだ、ゼルの許可なく動く訳がないだろう?」

「確かにな……ではやはり全くの部外者の仕業しわざか。発見した者の話では扉には鍵が掛けられており、窓が開いていたそうだ。侵入者がいたのだろう。シャナは偶然この部屋にいて巻き込まれたか……まぁいずれにしても確かめるすべはないのだがな……」

 三人の会話を終始興味のなさそうな顔で聞いていたブリダイル。誰がやったか、などとはどうでも良い話だ。

「ふん、しかし締らねぇ幕引きじゃねぇか。泣く子も黙る傭兵団の団長がよ、よもや暗殺されようなんて……こりゃ一体何の笑い話だ? どこで笑えば良い?」

 吐き捨てる様に話すブリダイル。そう、ブリダイルが重要視しているのは暗殺されたという事実そのものだ。強さこそが全てであるはずの傭兵団。その中枢に立つ男が呆気あっけなく殺されたのだ。これはジョーカーの求心力にも影響するであろう重要ごとだ。

「言いたい事は分かるがその辺にしてくれ。こちらとて戸惑っているのだ……」

「ふん……」

 いつもは強気な発言の多いラテールだが、この時ばかりは随分と大人しい返答だった。恐らくラテール自身、この件には相当な衝撃を受けたのだろうと推測出来る。そんなラテールの様子を見たブリダイルは、それ以上苦言を口にする事は出来なかった。

「さて……」

 重苦しい空気が流れる中、ゼルは静かに口を開く。

「ブリダイルの言う通り締まらねぇ幕引きだがな、それでも幕は下ろさなきゃならねぇ。そうだろ、ラテール? 話そうぜ、今後の事をよ」

「ああ……当然だ。場所を変えよう、部屋を用意している。済まんが、ゼルと二人だ」

 そう話しながらゾーダとブリダイルを見るラテール。「構わん、行ってこい」と答えるゾーダ。するとブリダイルは「おいラテール、ワインの一本くらい用意しやがれ。客人をもてなせよ」と軽口を叩く。ラテールは少しだけ笑いながら「マクエルにでも頼め」と残し部屋を出た。あとに続くゼルは部屋を出る直前、軽く振り返り再び床に転がるエクスウェルの姿を確認する。しかしすぐに前を向き直し部屋をあとにした。それはほんの一瞬の事。一瞬の惜別せきべつだった。


 ◇◇◇


 一階。エントランス横の応接室に案内されたゼル。中央のテーブルにはワインとグラス、簡単な軽食まで用意されていた。ゼルはその用意の良さに思わず笑ってしまった。

「はっはっは、こりゃあ随分熱烈な歓迎じゃねぇかよ」

 そんなゼルの皮肉にも、ラテールは無表情のままだ。

「結末が分かっているのだ、用意はするだろう」

「ま、そりゃそうか」と言いながらゼルはテーブルに着く。ラテールはゼルの前にグラスを置くとワインを注ぎ、次いで自分のグラスにもワインを注ぐとゼルの向かいに座る。グラスを手にしたゼルは「何に乾杯だぁ?」とおどけた様にラテールに問うが、「調子に乗るな」とラテールは無表情でグラスを傾けた。

「さて、話そうぜぇラテール。今後の展開ってヤツだ。プルームはどうするつもりだ?」

「どうもこうも、これ以上やりようがない事くらいお前にだって分かるだろう? 降伏だ。すでに支部の連中には通達を出している。残りたい奴は残れ、そうじゃなければ好きに去れ、とな。いくらかは抜けたようだが、大半は残った。六百四、五十といった所か……この会談をもって、プルームは正式にお前の傘下に入る。これでしまいだ。良かったな、団長殿・・・?」

 ゼルは小さく息を吐く。そしてスッと横を向き視線を外す。

いささ拍子ひょうし抜けではあるが……まぁこういう事もあるか……」

 ゼルは自身にそう言い聞かせる様に呟いた。ジョーカーを正しい姿に戻す。そう決意し声を上げたあの時には、予想も出来なかった呆気あっけない幕切れ。しかしこれが現実。無駄な血を流す事なく終わらせる事が出来るのだ、これが最上さいじょうなのだろう。

 ゼルはグラスを置き姿勢を正す。そして真っ直ぐにラテールを見ると力強く言った。



「降伏を受け入れる」



 ゼルの言葉の直後、ラテールは静かに目を閉じた。これで全てが終わったのだ。一抹いちまつの寂しさを感じつつも、しかし後悔は微塵みじんもない。その時々で最良の選択をしてきた、そういう自負がある。そしてその結果、ここに着地したというだけの話。後悔などした所でせん無き事だ。ゆえに再び目を開けたラテールの顔は、相変わらずの無表情ではあったがどこか清々しさをかもし出していた。ラテールはグイッとグラスのワインを飲み干す。そして「ふぅ……」と小さく息を吐くと口を開く。

「無駄死にはするなと、そう皆には言ってあるが……一部納得出来ないという連中がお前の命を狙うかも知れん。まぁしばらくは用心するんだな。それと、その中でもとびっきり面倒な奴が飛び出して行ったんだが……」

「ああ、会ったぜ。奴の狙いは俺達うちの切り札だ、借りを返すって吠えてやがったぜぇ。今頃は殺し合いの真っ最中だろうよ」

「切り札……な。こう言っては何だが……止めた方が良いのではないか、相手はあのアイロウだぞ?」

「ハッ、心配いらねぇよ。アイロウに勝てる、そう見込んで連れてきたんだ。なんせあのドクトル・レイシィの弟子っだぜ?」

「ほう、ドクトルの……しかし……ならばなおの事止めた方が良いのではないか? その弟子に何かあれば……お前、ドクトルに恨まれるのでは……」



 ………………漂う沈黙。



「…………は……はは……はっはっは! まぁ……大丈夫だろ…………なぁ?」

「知るか……」

「おい! そこは大丈夫って言っとけよ!」

「あの狂乱を敵に回すなど……御免ごめんこうむる。責任はお前にある、団長だからな」

「チッ……まぁいいや。話を続けようぜ」

「話し? 話しなどこれ以上……」

「ある。お前の去就きょしゅうだ。よもやジョーカーを抜けようなんて考えちゃいねぇよな?」

「………………」

 ラテールは答えなかった。しかしそれが答えでもある。

「図星かよ」

「ゼルよ……お前、何を言っている? まさか俺を迎え入れると? 一体誰が受け入れると言うのか……自分で言うのも何だが、俺という存在はお前にとっての毒だ。リガロやバウカー兄弟に寝返りをけしかけ、始まりの家を急襲させ、お前達を散々に振り回し……」



「四の五の言ってんじゃねぇ!!」



 突然声を張り上げるゼル。さすがのラテールも面食らい、驚きの表情を見せる。

「俺が受け入れる。誰にも文句は言わせねぇ」

「……止めておけ」

「いいや、止めねぇ。テグザが死んで、お前までいないとあっちゃあ、さすがに過ぎるんだよ。白いもん、綺麗なもんばっかりじゃあダメだ。ゾーダはいい具合に黒いがな、だが奴の黒さだけじゃあ足りねぇ。お前みたいに真っ黒な毒も必要だ。特に傭兵団なんてアウトローな組織にはよ」

 ニィッと笑うゼル。ラテールは呆れた様にため息をつく。

「……ならば聞こうか。ゼル、お前はジョーカーをどうするつもりだ? どこに向け、どう導く? それを聞いてからでなければ判断は出来ん」

 問い掛けるラテール。ゼルはクッとグラスを傾け喉を潤す。

「いいぜ、話してやる。まだ誰にも言ってねぇ、お前が初めてだ」
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