173 / 298
3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王
173. 荒いもてなし
しおりを挟む
「おいあれ……ひょっとしてジョーカーじゃないのか?」
「ああ……間違いない。先頭の男は三番隊のゼルだ。アルマドで見た事がある」
「番号付きか! 東に向かってるって事はいよいよ……」
「プルームだな、エクスウェルと決着を付けるんだろう」
「やれやれ、ようやくかぁ……これで少しは往来が楽になるな。いつどこで斬り合いが始まるかなんてヒヤヒヤして……待てよ……んじゃ早いとここの辺から離れないと……」
「そういう事だな、巻き添えはゴメンだ。速度を上げる、後ろに伝えてくれ」
「よし。おぉい! 速度を上げるぞぉ! 急げ急げ! ジョーカーの抗争に巻き込まれるぞ!」
商隊の先頭、その荷馬車の御者台に座る男は、荷台に座る男に後方への伝達を頼む。荷台の男は後に続く三台の荷馬車に向け大きな声で指示を出した。商隊の荷馬車は一列になりながら速度を上げ、前方から進み来る物騒な集団の横を走り抜ける。
「ふぅ……取り敢えずは安心だ。後は出来る限り距離を取れば……ん? まずいな……あいつらにも知らせないと!」
物騒な集団と共に危険は後方に去った。が、戦いながら戦場が移動、拡大する事は珍しくない。より安全性を高める為に、とにかく目的地である西へ急ぐ必要がある。そう判断した直後、荷台の男の目が捉えたのは東へ向かう荷馬車群だった。十二、三台はあるだろうか、随分と大きな商隊だ。きっと名のある商会が所有しているのだろう。荷台の男は御者台に身を乗り出しながら前方へ向けて声を上げる。
「おぉい!! あんたらぁ!! 速度落としなぁ!! この先にはジョーカーの一団がいるぞぉぉ!!」
すると大商隊の先頭を走る荷馬車の御者が返す。荷台の男にとってそれは、とてもじゃないが理解出来ない返答だった。
「親切にど~もぉ!! でも俺達はジョーカーを追ってるんだ!! 連中の戦ぶりを見学だぁ!!」
直後、彼らはその大商隊とすれ違う。そこで気付いた。荷馬車に括り付けられていたり、或いはバタバタと風にたなびいている旗、どこの所属かを示す商会旗が皆バラバラなのだ。どうやら所属の違う荷馬車同士が意気投合し、一緒になってジョーカーの後を追っている様だ。
「見学って……さすがにリスク高いだろ。そこらの国の小競り合いとは訳が違うんだぞ……」
荷台の男は呆れ気味に呟いた。
交易の為に大陸のそこら中を行き交う商人達の荷馬車は、運悪く様々な災難に直面する事がある。その最たる例が賊との遭遇だろう。荷を奪われ金を奪われ、時には馬や荷馬車ごと奪われる。しかし彼らの目的は物品だ、命まで奪われる事はない。と、さすがにそこまでは言い切れないが、変に抵抗などしない限り大半は問題ない場合が多い。賊とて面倒は避けたい所だ。
彼ら商人にとって、いや、商人に限らず全ての人間にとって、一番最悪な事態は命を落とす事に間違いないだろう。交易の為に移動中、突如戦が勃発。それに巻き込まれて命を落とす、などという話は珍しいものではない。故に彼ら商人は鼻が効く。きな臭さに敏感なのだ。危ない橋を渡る必要はない、危険は避けて通るのが必定。
しかし、敢えて危険に近付こうとする者もいる。戦の噂を聞き付け、その戦を見学しようとする者もいるのだ。どこでどんな戦が起き、どの様な結末を迎えたか。そんな戦の情報は彼ら商人にとって、時に非常に大きな利益をもたらす。交易先の街々で彼らはその情報を人々に伝えるのだ。知らない者からすると知っている者が握っているその情報は、とてつもない魅力を放つ価値あるものだったりする。彼ら商人は酒の肴として、権力者への献上品として、交渉の道具として、或いは商い品そのものとして、戦の情報を巧みに扱い少しでも自身の食い扶持に繋がる様に立ち回る。そうして情報は人伝に広まって行くのだ。
◇◇◇
「はっはっは、らしくなってきたじゃねぇか」
自分達の姿を見て慌ててその場を離れようとする商人や旅人達を眺めながら、先頭を進むゼルは高らかに笑った。
「しかし全然遭遇しねぇな。このままじゃプルームに着いちまうぜ。エクスウェルの野郎、寝てんじゃねぁか?」
傍らのブロスは軽口を叩く。
「ブハハハハ! それじゃ俺達ゃ夜盗かなんかかよ! 寝てる間に襲っちまおうってか!」
その横のホルツもブロスに乗っかる。
「おう、そらいいじゃねぇの。だったら楽な話だぜぇ。手間掛かんねぇのが一番だ、なぁラスゥよぉ?」
その後ろ、ブリダイルは隣のラスゥに問い掛ける。
「何言ってんだ伯父貴ぃ、冗談じゃねぇぞ! こんなとこまで来たってのに何もありませんでした、って……そりゃあんまりじゃねぇかよ!」
戦う気満々のラスゥはブリダイルに反論。
「相変わらずお前らは……もう少し緊張感を持ったらどうだ」
更にその横、ゾーダは呆れながら呟く。
「ふん、優等生ぶりやがって……」
その後ろ、ゾーダの呟きが聞こえたキュールは悪態をつく。
「もぉぉぉぉ~、本っ当にバラバラ! 皆いい大人なんだからさ、もうちょっとまとまりってもの持てないの!? 何か恥ずかしいよ……」
先頭、ゼルのすぐ横で全てを聞いていたライエは思わず声を上げた。まぁ気持ちは分かる……するとゼルは再び大きく笑った。
「はっはっは、そりゃ無理ってもんだぜライエ。曲者だらけのジョーカーの、しかもマスターや支部長、指揮官クラスが集まってんだ、まとまる訳がねぇって話だ。これでカディールがいりゃあ完璧ってもんだな」
そんなゼルの言葉に苦虫を噛み潰した様な表情を見せるブロス。
「ハッ、アルマドに置いてきて正解だぜ。奴がいたらどんな惨劇が起こるか分かったもんじゃねぇ。集団戦にゃとことん不向きな奴だからな。しかし……随分と素直に留守番引き受けたもんじゃねぇか。俺はまた、駄々こねて強引について来るかと思ってたんだが?」
「うん、満足したからアルマドに残ってやろうって……何かドヤ顔で上から言われた。ね、デーム?」
ライエは隣に馬を並べるデームを見る。
「ええ、西では色々と難儀していたそうで。リジン支部はすっかり掌握出来たとの事です。すでに規模の小さい小口の依頼は受けられるとか。アウスレイ支部の建て直しに関しては、抗争が終わるまで待ってほしいと向こうの執政官と話し合いをしているそうですが、まだかまだかとせっつかれているそうです。大分フラストレーションが溜まっていた様ですね。で、久々に実戦を経験してスッキリしたと……」
イラッとする様なカディールの顔と口調が頭に浮かんだゾーダ。
「相変わらず偉そうな……リザーブル相手に暴れて満足したって事か。しかし、己の気分で行動を決めるなど……組織やマスターとしての役職、軽んじているな」
するとキュールは更に悪態をつく。
「ふん、どの口が言ってやがる。お前も大概偉そうだけどな」
一度目は聞き流したが、二度目はそうはいかない。ゾーダは後ろを振り返るとキュールを睨み、腰の剣に手を掛ける。
「キュールゥ……どうやらこの場で斬り捨てられたい様だなぁ……」
キュールも剣に手を掛け挑発する。
「出来もしない事を……ほざくなコラァ!」
そんなやり取りに辟易とするライエ。
「本当もう……止めなよマスター……」
「放っとけ放っとけ。それよかよぅ、どうなんだぁ?」
「ん? 何が?」
「何がって決まってんだろ、コウの事……」
「っだあぁぁぁぁぁ!? ななな何言っちゃってんの!? ななな何の事かしらネェ、オホホホホ!」
「何だ何だぁ? まさか何もねぇって事はねぇよなぁ? おい、コウ! ライエとどうなって……うっ……」
軽く後ろを振り返り俺の名を呼んだゼル。視線を隣のライエに戻すと自身に右手を向けたライエの姿。手のひらにはシュゥゥゥ……と音を立てる魔弾がすでに発射態勢だ。
「黙ラネバ吹キ飛バス……」
「わ、分かった……分かったぜ、ライエ。俺は静かな男だ、な? そうだろ?」
「俺が何だって?」
キュールの更に後方、名を呼ばれた俺は当然ゼルに聞き返す。しかし、
「何でもねぇ!」
「何でもないよ!」
と、ゼルとライエは同時に声を上げた。何なんだ、一体……
◇◇◇
ジョーカー三番隊マスター、ゼル・トレグ率いるプルーム遠征隊は南のバルファ支部を出発。大陸中央部と東部を隔てる山脈、その切れ目に走るベルエン街道を一路東へ向け進軍中だ。
ベルエン街道は多くの荷馬車や旅人が行き交う主要交易路の一つ。街道に入ってからずっと、すれ違う者達は皆この物騒な集団を見るや道を空け、距離を取り、足早に走り去って行く。それはそうだろう。こんなならず者達の側には居たくないと思うのは当然だ。そしてその中に混じっている俺も、間違いなくならず者の一人として認識されている事だろう。まぁ仕方がない。気に食わないが仕方がない。そこは甘んじて受け入れよう。リザーブル戦ではエグい魔法使っちゃったりしたからな。あの時はちょっとだけ、ほんのちょっとだけおかしなテンションになってしまっただけの事。俺は本来大人しい普通の人間なのだ。
遠征隊のメンバーは、ゼルの三番隊凡そ百、ゾーダの二番隊凡そ六十、ブリダイル率いる北のリスエット支部から凡そ三十、そしてキュールが治める事となったバルファ支部から凡そ七十の、総勢約二百三十名程で編成されている。ゾーダが南で集めた情報によると、現状プルームの兵力は凡そ五百程らしい。その時点でこちらの戦力の倍。その後更に人員補充をしていると思われる為、戦力差はもっと大きく広がっているはずだ。ひょっとしたらエイレイやプルームの領主などに掛け合い、兵を借り受け大軍を用意しているかも知れない。そんな懸念も当然あるが、それでもゼルは平気な顔だ。それだけこの遠征隊のメンバーに自信があるのだろう。ゼル曰く、こんなメンバーが揃うのは通常時じゃあり得ない、だそうだ。それぞれが依頼を受けバラバラに仕事をこなしている普段のジョーカーでは、これだけの面子が揃うのは稀であり烏合の衆には遅れなど取らない、という事だろう。
遠征隊は山脈の切れ目を抜けベルエン街道の終着地、エイレイ王国西端の街プルームまであと僅か、という所まで進んできた。その間プルーム支部の迎撃隊に遭遇しなかったのが気に掛かる。支部に籠って迎え撃とう、という事だろうか。と、先頭のゼルが突然の右手上げた。それを合図に隊列はその場に足を止める。
「ようやくお出迎えだぜ。しかし……二人ってな、どういう……」
ゼルの視線の先には騎乗した人影。隊列の進行を塞ぐ様に立っている所を見ると、どうやらプルーム支部の者の様だが、しかしどういう訳か目視出来る人影は二人だけなのだ。
「伏兵……て事はなさそうだな……」
そう、ブロスの話す通りプルーム付近は平野部。大人数が身を隠せる様な遮蔽物はない。
「敵?」
突然行軍の足が止まった事に疑問を持った俺は、目の前で待機しているキュールに尋ねた。
「ああ、そうらしい。前に来い、見てみろ」
言われるがまま、キュールの隣へと馬を進める。前方を見ると確かに人の姿が見えるが、しかし……
「二人……だけ……?」
「その様だ。たった二人で俺達の前に立てる奴なんて、俺には一人しか思い浮かば……」
「来るぞぉ!!」
突然誰かが叫んだ。その瞬間、全員が身構える。ただ一人、ゼルを除いて。「ハッ、先ずはご挨拶……ってか」と、ゼルはニヤリと笑う。
パシィィィッ……!!
シュゥゥゥ……と唸りを上げて迫り来るそれは、ゼルの前方五、六メートル程の辺りで大きな乾いた炸裂音と共に弾け飛んだ。ゼルを目掛けて猛スピードで飛んできた物、それは直径二メートルはあろうかという巨大な魔弾だった。
「はっはっは、いい反応するじゃねぇか。さすがは我が陣営が誇るトップ魔導師達、ってとこだな」
魔弾が目に入ったその瞬間、俺とデーム、ライエは同時にゼルの前方に大きく分厚い魔力シールドを張ったのだ。
「さてと……随分と荒いもてなしだが、こりゃあ一体どういう趣向なのか……ぜひ説明を伺おうじゃねぇか。なぁ! アイロウよぉ!」
声を上げるゼル。皆の視線が集まる。肌にビシビシと突き刺さる、まるで射抜く様な鋭い視線。
いや、睨み。
しかしそんなものは全く意に介さず、ゼルの下へ軽く馬を走らせ近付く二人の男。それは問答無用で巨大な魔弾を放ったアイロウと、その腹心のベルナディだった。
「ああ……間違いない。先頭の男は三番隊のゼルだ。アルマドで見た事がある」
「番号付きか! 東に向かってるって事はいよいよ……」
「プルームだな、エクスウェルと決着を付けるんだろう」
「やれやれ、ようやくかぁ……これで少しは往来が楽になるな。いつどこで斬り合いが始まるかなんてヒヤヒヤして……待てよ……んじゃ早いとここの辺から離れないと……」
「そういう事だな、巻き添えはゴメンだ。速度を上げる、後ろに伝えてくれ」
「よし。おぉい! 速度を上げるぞぉ! 急げ急げ! ジョーカーの抗争に巻き込まれるぞ!」
商隊の先頭、その荷馬車の御者台に座る男は、荷台に座る男に後方への伝達を頼む。荷台の男は後に続く三台の荷馬車に向け大きな声で指示を出した。商隊の荷馬車は一列になりながら速度を上げ、前方から進み来る物騒な集団の横を走り抜ける。
「ふぅ……取り敢えずは安心だ。後は出来る限り距離を取れば……ん? まずいな……あいつらにも知らせないと!」
物騒な集団と共に危険は後方に去った。が、戦いながら戦場が移動、拡大する事は珍しくない。より安全性を高める為に、とにかく目的地である西へ急ぐ必要がある。そう判断した直後、荷台の男の目が捉えたのは東へ向かう荷馬車群だった。十二、三台はあるだろうか、随分と大きな商隊だ。きっと名のある商会が所有しているのだろう。荷台の男は御者台に身を乗り出しながら前方へ向けて声を上げる。
「おぉい!! あんたらぁ!! 速度落としなぁ!! この先にはジョーカーの一団がいるぞぉぉ!!」
すると大商隊の先頭を走る荷馬車の御者が返す。荷台の男にとってそれは、とてもじゃないが理解出来ない返答だった。
「親切にど~もぉ!! でも俺達はジョーカーを追ってるんだ!! 連中の戦ぶりを見学だぁ!!」
直後、彼らはその大商隊とすれ違う。そこで気付いた。荷馬車に括り付けられていたり、或いはバタバタと風にたなびいている旗、どこの所属かを示す商会旗が皆バラバラなのだ。どうやら所属の違う荷馬車同士が意気投合し、一緒になってジョーカーの後を追っている様だ。
「見学って……さすがにリスク高いだろ。そこらの国の小競り合いとは訳が違うんだぞ……」
荷台の男は呆れ気味に呟いた。
交易の為に大陸のそこら中を行き交う商人達の荷馬車は、運悪く様々な災難に直面する事がある。その最たる例が賊との遭遇だろう。荷を奪われ金を奪われ、時には馬や荷馬車ごと奪われる。しかし彼らの目的は物品だ、命まで奪われる事はない。と、さすがにそこまでは言い切れないが、変に抵抗などしない限り大半は問題ない場合が多い。賊とて面倒は避けたい所だ。
彼ら商人にとって、いや、商人に限らず全ての人間にとって、一番最悪な事態は命を落とす事に間違いないだろう。交易の為に移動中、突如戦が勃発。それに巻き込まれて命を落とす、などという話は珍しいものではない。故に彼ら商人は鼻が効く。きな臭さに敏感なのだ。危ない橋を渡る必要はない、危険は避けて通るのが必定。
しかし、敢えて危険に近付こうとする者もいる。戦の噂を聞き付け、その戦を見学しようとする者もいるのだ。どこでどんな戦が起き、どの様な結末を迎えたか。そんな戦の情報は彼ら商人にとって、時に非常に大きな利益をもたらす。交易先の街々で彼らはその情報を人々に伝えるのだ。知らない者からすると知っている者が握っているその情報は、とてつもない魅力を放つ価値あるものだったりする。彼ら商人は酒の肴として、権力者への献上品として、交渉の道具として、或いは商い品そのものとして、戦の情報を巧みに扱い少しでも自身の食い扶持に繋がる様に立ち回る。そうして情報は人伝に広まって行くのだ。
◇◇◇
「はっはっは、らしくなってきたじゃねぇか」
自分達の姿を見て慌ててその場を離れようとする商人や旅人達を眺めながら、先頭を進むゼルは高らかに笑った。
「しかし全然遭遇しねぇな。このままじゃプルームに着いちまうぜ。エクスウェルの野郎、寝てんじゃねぁか?」
傍らのブロスは軽口を叩く。
「ブハハハハ! それじゃ俺達ゃ夜盗かなんかかよ! 寝てる間に襲っちまおうってか!」
その横のホルツもブロスに乗っかる。
「おう、そらいいじゃねぇの。だったら楽な話だぜぇ。手間掛かんねぇのが一番だ、なぁラスゥよぉ?」
その後ろ、ブリダイルは隣のラスゥに問い掛ける。
「何言ってんだ伯父貴ぃ、冗談じゃねぇぞ! こんなとこまで来たってのに何もありませんでした、って……そりゃあんまりじゃねぇかよ!」
戦う気満々のラスゥはブリダイルに反論。
「相変わらずお前らは……もう少し緊張感を持ったらどうだ」
更にその横、ゾーダは呆れながら呟く。
「ふん、優等生ぶりやがって……」
その後ろ、ゾーダの呟きが聞こえたキュールは悪態をつく。
「もぉぉぉぉ~、本っ当にバラバラ! 皆いい大人なんだからさ、もうちょっとまとまりってもの持てないの!? 何か恥ずかしいよ……」
先頭、ゼルのすぐ横で全てを聞いていたライエは思わず声を上げた。まぁ気持ちは分かる……するとゼルは再び大きく笑った。
「はっはっは、そりゃ無理ってもんだぜライエ。曲者だらけのジョーカーの、しかもマスターや支部長、指揮官クラスが集まってんだ、まとまる訳がねぇって話だ。これでカディールがいりゃあ完璧ってもんだな」
そんなゼルの言葉に苦虫を噛み潰した様な表情を見せるブロス。
「ハッ、アルマドに置いてきて正解だぜ。奴がいたらどんな惨劇が起こるか分かったもんじゃねぇ。集団戦にゃとことん不向きな奴だからな。しかし……随分と素直に留守番引き受けたもんじゃねぇか。俺はまた、駄々こねて強引について来るかと思ってたんだが?」
「うん、満足したからアルマドに残ってやろうって……何かドヤ顔で上から言われた。ね、デーム?」
ライエは隣に馬を並べるデームを見る。
「ええ、西では色々と難儀していたそうで。リジン支部はすっかり掌握出来たとの事です。すでに規模の小さい小口の依頼は受けられるとか。アウスレイ支部の建て直しに関しては、抗争が終わるまで待ってほしいと向こうの執政官と話し合いをしているそうですが、まだかまだかとせっつかれているそうです。大分フラストレーションが溜まっていた様ですね。で、久々に実戦を経験してスッキリしたと……」
イラッとする様なカディールの顔と口調が頭に浮かんだゾーダ。
「相変わらず偉そうな……リザーブル相手に暴れて満足したって事か。しかし、己の気分で行動を決めるなど……組織やマスターとしての役職、軽んじているな」
するとキュールは更に悪態をつく。
「ふん、どの口が言ってやがる。お前も大概偉そうだけどな」
一度目は聞き流したが、二度目はそうはいかない。ゾーダは後ろを振り返るとキュールを睨み、腰の剣に手を掛ける。
「キュールゥ……どうやらこの場で斬り捨てられたい様だなぁ……」
キュールも剣に手を掛け挑発する。
「出来もしない事を……ほざくなコラァ!」
そんなやり取りに辟易とするライエ。
「本当もう……止めなよマスター……」
「放っとけ放っとけ。それよかよぅ、どうなんだぁ?」
「ん? 何が?」
「何がって決まってんだろ、コウの事……」
「っだあぁぁぁぁぁ!? ななな何言っちゃってんの!? ななな何の事かしらネェ、オホホホホ!」
「何だ何だぁ? まさか何もねぇって事はねぇよなぁ? おい、コウ! ライエとどうなって……うっ……」
軽く後ろを振り返り俺の名を呼んだゼル。視線を隣のライエに戻すと自身に右手を向けたライエの姿。手のひらにはシュゥゥゥ……と音を立てる魔弾がすでに発射態勢だ。
「黙ラネバ吹キ飛バス……」
「わ、分かった……分かったぜ、ライエ。俺は静かな男だ、な? そうだろ?」
「俺が何だって?」
キュールの更に後方、名を呼ばれた俺は当然ゼルに聞き返す。しかし、
「何でもねぇ!」
「何でもないよ!」
と、ゼルとライエは同時に声を上げた。何なんだ、一体……
◇◇◇
ジョーカー三番隊マスター、ゼル・トレグ率いるプルーム遠征隊は南のバルファ支部を出発。大陸中央部と東部を隔てる山脈、その切れ目に走るベルエン街道を一路東へ向け進軍中だ。
ベルエン街道は多くの荷馬車や旅人が行き交う主要交易路の一つ。街道に入ってからずっと、すれ違う者達は皆この物騒な集団を見るや道を空け、距離を取り、足早に走り去って行く。それはそうだろう。こんなならず者達の側には居たくないと思うのは当然だ。そしてその中に混じっている俺も、間違いなくならず者の一人として認識されている事だろう。まぁ仕方がない。気に食わないが仕方がない。そこは甘んじて受け入れよう。リザーブル戦ではエグい魔法使っちゃったりしたからな。あの時はちょっとだけ、ほんのちょっとだけおかしなテンションになってしまっただけの事。俺は本来大人しい普通の人間なのだ。
遠征隊のメンバーは、ゼルの三番隊凡そ百、ゾーダの二番隊凡そ六十、ブリダイル率いる北のリスエット支部から凡そ三十、そしてキュールが治める事となったバルファ支部から凡そ七十の、総勢約二百三十名程で編成されている。ゾーダが南で集めた情報によると、現状プルームの兵力は凡そ五百程らしい。その時点でこちらの戦力の倍。その後更に人員補充をしていると思われる為、戦力差はもっと大きく広がっているはずだ。ひょっとしたらエイレイやプルームの領主などに掛け合い、兵を借り受け大軍を用意しているかも知れない。そんな懸念も当然あるが、それでもゼルは平気な顔だ。それだけこの遠征隊のメンバーに自信があるのだろう。ゼル曰く、こんなメンバーが揃うのは通常時じゃあり得ない、だそうだ。それぞれが依頼を受けバラバラに仕事をこなしている普段のジョーカーでは、これだけの面子が揃うのは稀であり烏合の衆には遅れなど取らない、という事だろう。
遠征隊は山脈の切れ目を抜けベルエン街道の終着地、エイレイ王国西端の街プルームまであと僅か、という所まで進んできた。その間プルーム支部の迎撃隊に遭遇しなかったのが気に掛かる。支部に籠って迎え撃とう、という事だろうか。と、先頭のゼルが突然の右手上げた。それを合図に隊列はその場に足を止める。
「ようやくお出迎えだぜ。しかし……二人ってな、どういう……」
ゼルの視線の先には騎乗した人影。隊列の進行を塞ぐ様に立っている所を見ると、どうやらプルーム支部の者の様だが、しかしどういう訳か目視出来る人影は二人だけなのだ。
「伏兵……て事はなさそうだな……」
そう、ブロスの話す通りプルーム付近は平野部。大人数が身を隠せる様な遮蔽物はない。
「敵?」
突然行軍の足が止まった事に疑問を持った俺は、目の前で待機しているキュールに尋ねた。
「ああ、そうらしい。前に来い、見てみろ」
言われるがまま、キュールの隣へと馬を進める。前方を見ると確かに人の姿が見えるが、しかし……
「二人……だけ……?」
「その様だ。たった二人で俺達の前に立てる奴なんて、俺には一人しか思い浮かば……」
「来るぞぉ!!」
突然誰かが叫んだ。その瞬間、全員が身構える。ただ一人、ゼルを除いて。「ハッ、先ずはご挨拶……ってか」と、ゼルはニヤリと笑う。
パシィィィッ……!!
シュゥゥゥ……と唸りを上げて迫り来るそれは、ゼルの前方五、六メートル程の辺りで大きな乾いた炸裂音と共に弾け飛んだ。ゼルを目掛けて猛スピードで飛んできた物、それは直径二メートルはあろうかという巨大な魔弾だった。
「はっはっは、いい反応するじゃねぇか。さすがは我が陣営が誇るトップ魔導師達、ってとこだな」
魔弾が目に入ったその瞬間、俺とデーム、ライエは同時にゼルの前方に大きく分厚い魔力シールドを張ったのだ。
「さてと……随分と荒いもてなしだが、こりゃあ一体どういう趣向なのか……ぜひ説明を伺おうじゃねぇか。なぁ! アイロウよぉ!」
声を上げるゼル。皆の視線が集まる。肌にビシビシと突き刺さる、まるで射抜く様な鋭い視線。
いや、睨み。
しかしそんなものは全く意に介さず、ゼルの下へ軽く馬を走らせ近付く二人の男。それは問答無用で巨大な魔弾を放ったアイロウと、その腹心のベルナディだった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。


日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる