流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

158. 白い群れ

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 問、 人は何故なぜ争うのか?


 解、 そういう生き物だからである。


 と、誤解しないでもらいたい。これはどこかの偉い学者先生が残した含蓄がんちくのある言葉などではない。主観、全く持って俺の主観。これは俺の個人的な意見に過ぎない。人は争う、そういう風に出来ていると、二十数年人間をやってきて率直に、素直に、そう感じたのだ。

 人は他者と争う事で成長する。例えば格闘技。誰よりも強くありたい、そう願いトレーニングし試合で相手を打ち負かす。例えば勉学。良い大学に入りたい、そう願い勉強し受験で他者と点数を競う。それらは自身のかてとなり成長を促す。そしてその個人の成長は所属する組織、例えば学校だったり例えば会社だったり、あるいはその業界だったりの成長に繋がり、やがて巡り巡って国の成長となり、いては人間社会の、もっと言えば人間そのものの成長に繋がるのだ。社会は競争を容認し肯定している。社会主義経済ではいずれ立ち行かなくなる事は明白ではないだろうか。競争がなければ発展も成長もない。計画経済では人々は怠けてしまう。

 しかし、これはそんな類いの話ではない。政治や経済、社会の仕組みといった高度な話などではない。もっと単純な、もっと乱暴な、もっと原始的な話だ。

 足りないから戦う。必要だから戦う。欲しいから戦う。
 違うから戦う。気に食わないから戦う。許せないから戦う。

 食糧が足りないから、土地が必要だから、技術や資源が欲しいから戦う。人種や肌の色が違うから、相手の信じる神が気に食わないから、圧政あっせいを許せないから戦う。

 過去、振り返ると歴史の転換期には往々おうおうにして戦争や紛争が起きている。その原因は様々だろうが共通して言えるのは、争いの後には新たな秩序の世界が始まるという事だ。

 では目の前の平原を埋め尽くさんばかりの大軍で展開する彼らは、一体どんな理由で争いを求めたのか。どんな世界を夢見ているのか。理由も目的も、きっと彼らなりに立派な物を掲げてはいるのだろう。しかし実際の所そんな物はどうでも良いのではないか。何の事はない、人間とは争わずにはいられない生き物なのではないだろうか。争いとは人のさがであり人のごうである。と、目の前の光景を見ているとそんな身も蓋もない思考に陥ってしまう。そのくらい野蛮で、残酷で、気が滅入るような光景。

 リザーブル王国がとうとうアルマドへ侵攻してきたのだ。

 遠く前方にうごめくのはおよそ三万のリザーブル軍。対してこちらはアルマドの衛兵を中心に、周辺の街や村からかき集められた五千程度の兵しかいない。つまり戦力差は六倍だ。




(しかし……いざ目の前にするとすごい光景だな)

 強い日差しに当てられてキラキラと輝く様にきらめく緑の平原。その緑はある地点を境に白へと変わる。国内で豊富に採掘される白鉄はくてつで打たれた無数の鎧や盾が陽の光を浴び乱反射しているのだ。白鉄はくてつの武具はリザーブル軍の標準装備だ。

 三万の白い群れ。圧倒的とも言える。だがどこか楽観して見ている自分がいる。あの数の人の群れが押し寄せて来る事を考えれば、それは当然恐怖以外の何者でもないのだが、やはり余裕を感じているのを自分でも良く分かる。それは恐らく相手方にアイロウがいないからだろう。三万の人間の圧よりもアイロウ一人から感じる圧の方が余程強く、余程重く、余程不快なのだ。それでも普通に考えたら三万という兵は守備が手薄な地方都市を攻め落とし、更には王都ミラネリッテやその周辺の大都市から派遣されるであろうアルマド奪還軍を跳ね返すには充分な数だ。しかし彼らは気付いていない。これが演出された舞台だという事に。えて作り出された戦力差だという事に。そして仕掛けた側であるはずのジョーカーの団員達が、実はそれを苦々しく思っているという事に。

「全く、ゼルの阿呆あほうめが。こんな無茶苦茶な作戦立てよってからに……」

 俺の隣では腕組みをするゼントスが憮然ぶぜんとした表情でぶつぶつと文句を言っている。そして更にその隣にはデームの姿。ゼントスはおもむろに俺の顔を見ると「お前さんも厄介な奴と縁を持っちまったな」と一言。「全くだよね」と俺は笑いながら答える。するとデームが突然妙な事を聞いてきた。

「コウさん、初めて会った時の事、覚えてますか?」

「初めて? デームと? 始まりの家だよね、あの時確か……物好きとか何とか言われた様な……?」

「ハハハ覚えてましたか、確かに言いましたね。でも、それは今も変わりません。コウさん、あなたは物好きだ。こんな無茶な作戦引き受けるんですから、貧乏くじもいいとこです。断っても良かったんですよ?」

「確かにそうかもね。でもそれを言ったらデームだって物好きでしょ、その貧乏くじに付き合おうってんだから」

「なるほど……それもそうですね」と笑うデーム。しかしデームにはとある目的があった。ゼルに言われた事を確かめる為にこの作戦に参加したのだ。ゼルをしてアイロウを倒す男と言わしめる魔導師の、その力量を己の目で確かめる為だ。

「別にデームだけじゃなかろうに。ここに残った者は皆物好きだ。わしも含めてな」とニカッと笑うゼントス。

「何? 何話してんの? 軍議?」

 パタパタと小走りでやって来たのはライエ。そんなライエを指差し「ほれ、物好きが一人増えよったぞ」と笑うゼントス。そう、ここにいる者達は皆ゼルが考えた無茶な作戦に大いに呆れながらもあるいは志願し、あるいは致し方なしと諦めて参加した者達だ。

「では西からはるばる馬を駆って駆け付けた私は、余程の物好きという事か」

 後ろから聞こえてくるのは聞き覚えのある声。振り返るとそこに立っていたのは四番隊マスター、カディール・シンラットだ。四番隊はバウカー兄弟との戦闘後、西にあるリジン支部と吹き飛んだアウスレイ支部の後処理を担当していた。リジン支部に残っていた団員の大半はゼルへの帰属を決断した。一部、クラフ・バウカーへの強い忠誠を誓っていた者達を除いて。首を縦に振らない彼らに対し、カディールは去るか死ぬかの二択を提案。結果、彼らは自主的・・・にジョーカーを退団した。
 粉々になったアウスレイ支部に関しては、アウスレイの街の執政官と今後の運用について協議を行っていた。支部存続を望むアウスレイ側の強い要望もありカディールは支部の再建を約束する。無論、このジョーカーの内部抗争が終わってからの話だが。

 何か……ご迷惑をお掛けしました………

「カディール! 久しいな!」

 声を上げながらゼントスはカディールの肩を叩く。

「ああ、ゼントス。ようやく北からご帰還か、元気そうで何よりだな」とカディールもゼントスとの再会を喜ぶ。

「おう、戻って早々ハードな仕事だわい」とゼントスは右腕をぐるぐると回す。言葉とは裏腹にどこか楽しそうに見えるのは俺だけだろうか。

「で、これは一体どうなっているのだ? あれは……リザーブル軍だな。アルマドを落としに来たという事か……」とカディールは敵の軍勢を眺める。「え? カディールさん……ひょっとして何も聞いてないの?」と驚くライエ。

「聞くも何もゼルから届いた書簡には、とにかく早くアルマドへ戻れ、としか書かれていなかったぞ。で、何かと思い戻ったみたらこれだ。全く、雑な男だ。隊の者も二十人程しか連れてきておらん。こういう事だと分かっていたらもう少し考えたのだが……」

 呆れ気味に話すカディール。「コウといいお前さんといい難儀なんぎしとるな……事が終わったらゼルの阿呆あほうめを正座させて説教してやれ。お前さんらにはそのくらいの権利があるぞ」と同情するゼントス。

「ゼントス! 陣幕の準備が出来たぞ!」

 背後から突然の大声。やって来たのはゼントスと同じくらいの年齢の男。

「おお、済まんな侯爵、手間を掛けさせた」

 ラックス・バーデン侯爵。アルマドとこの地域を治める貴族だ。いつも眉間にシワを寄せている為に誤解されがちだが、決して機嫌が悪いとか怒っているとか、そんな事はない。むしろ温厚な性格と言えよう。今日もその眉間には深いシワが何本か走っている。

「ゼントスよ、本当に大丈夫なのか? ゼルはああ言っとったが……」

「まぁこやつら魔導師次第だな。デームにライエ、カディール、いいメンバーが揃っとる。アイロウを退けたきのいいのもおるしな」

 バン! と俺の背中を叩くゼントス。「ぶほっ」と思わず息が漏れた。強いわ。加減てものを北に忘れてきたんではなかろうか。そんな俺を見て「むぅぅ……」と唸る侯爵。

「コウ……と申したか。お主、行けるのか?」

 うむ、心配されとるな。まぁ無理もない。侯爵にしたらアルマドを失うかどうかの瀬戸際……しかも守兵が五千とあっては気が気ではないだろう。ここはバシッと応えて少しでも安心させねば。

「うっす、問題ないっす。三万でも五万でもやってやりますよ!」

「……なぁ、本当に大丈夫かぁ!? ゼントスよ、これお前……」

 おや、あまり伝わっていない様だ。おかしいな?

「心配いらん。ほわっとした顔しとるが、こやつはこう見えてあのレイシィの弟子だぞ。先達せんだってうちの支部一つ吹き飛ばしたとか言うとるし……めちゃくちゃしよるわ」

「いやいや、それはね、事故って言うか不可抗力で……」

「しかしなぁ、ようよう考えたらレイシィも昔、うちにいた時に似た様な事やっとったわ」

「へ? お師匠も?」

「おう。制圧対象の敵方の砦を魔法一発ボゴーン! 制圧後拠点として使うつもりだったんだぞ、それを根こそぎ破壊しおった。まぁそもそも砦を丸ごと破壊出来るなどと思っとらんかったし、破壊出来ると知っとったとしてもだ、実際にやるとは思わんだろが。んで、何でそんな馬鹿な事したのかと問うてみたら、まどろっこしいから、とかぬかしおった。全く、師も師なら弟子も弟子だ。こやつらまともじゃないわ。まともとは思えん作戦にまともじゃない奴が参加するんだ、マイナスにマイナスを掛けたらプラスになるだろ、そんな感じで上手くいきよるから心配するな」

「いやお前……言ってる事めちゃくちゃではないか!? お前こそまともじゃないぞ!」

 ギャーギャーと怒鳴り合うおっさん二人。そのかたわらで「さすがレイシィ様、カッコイイ……」と呟くライエ。違うぞライエ、それは悪い魔導師の見本みたいな話だぞ。

「ふむ……そろそろ詳細を知りたいのだがな、デーム?」

 一部始終を静かに眺めていたカディールだったが、しびれを切らしてデームに説明を求めた。この中で詳しい事情を知らないのはカディールだけだ。

「ああ、そうですね。では皆さん、侯爵の陣幕へ移動しましょう。軍議を行います。カディールさんにはいちから説明を……」


 ◇◇◇


 人間は争う生き物だが、同時に優しい生き物でもある。困っている者に手を差し伸べる事が出来る。しかしあらゆる人間に分け隔てなく手を差し伸べる事は容易ではない。それが出来るとしたら、それは聖人。マザー・テレサの様な聖人だ。そんな事を出来る者は極々限られた人間だろう。何故なら残念な事に人間には腕が二本しかない。だから必然、取捨しゅしゃ選択を迫られる。助けるべき者の選択だ。目の前にうごめくリザーブル軍は手を差し伸べたのだ、自国民に対して。自分の国の人間達を助けるべく片方の手を差し伸べ、空いたもう片方の手には武器を持ち、ここアルマドへ侵攻してきた。アルマドは肥沃ひよくな土地だ、広大な農地を確保出来る。手に入れる事が出来れば国内の食糧事情は大幅に改善されるだろう。

 そしてそんな彼らの前に立つ俺は一体どうすれば良いのか。誰を助け、誰を切り捨てるのか。考えるまでもない、分かりきった事だ、俺にはリザーブル国民は救えない。だから俺はこの二本の腕を精一杯横へ広げる。アルマドと、仲間達の居場所である始まりの家を守る為に。

 リザーブル軍との衝突は目前だ。
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