157 / 297
3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王
157. 呪縛
しおりを挟む
「さぁ着いたぞ」
そう言うとタンファは足を止めた。振り返るタンファの背後には一軒の家。民家と言うには少し豪華な、屋敷と言うには少し物足りない、そんな一軒の家。
ベーゼント国内でも指折りの治安の悪さ。犯罪者ひしめく街、イルク。街の中心から離れれば離れる程、この街特有とも言える犯罪臭は薄くなってゆく。街の郊外であるこの周辺は、一見すると他の街のそれと変わらない平和的で牧歌的な姿を見せるが、しかしそれはあくまで見た目だけの話。もっと言えば錯覚である。つい二週間程前にも悪徳業者から金を借りたばかりに金銭トラブルに巻き込まれ、金を借りたその家の主人はもちろんその家族までもが犠牲になった一家惨殺事件が起きたばかりだ。
「ここかよ……まさか今回の為に用意した訳じゃねぇよな?」
「まさか。これはうちが所有してる家屋だ。リロングはベーゼントの西の外れにあるからな、ベーゼント国内にいくつかこういう拠点を持ってるのさ。こんなのがあると移動先で宿を探さなくてもいいだろ? ある程度の人数を収容出来るし、多少騒いでも周りの迷惑にならない」
嘘である。この家屋はゾーダ率いる二番隊が急遽買い取ったものだ。さすがに街中で対象を殺害するという作戦を実行させる訳にはいかない。人通りと人目の少ない場所、出来れば屋内が良い。そんな条件で作戦の舞台を探していた一同はこの家屋に行き着いた。郊外で人目が少なくそこそこの大きさ。更には非常に安い物件だった。条件としては申し分ないだろう。しかし何故こんなにも良いタイミングで好条件の物件が手に入ったのか。答えは簡単である。人が殺された物件などそうそう買おうと思う者はいない。しかも一人二人ではない、この家の一家七人全員である。つまりは、そういう事だ。
「支部長は中にいる。入って奥、右の部屋だ」
タンファに促されテグザは玄関の扉に手を掛ける。そしてゆっくりと扉を開けるとチラリと中を覗き込んだ。薄暗い家屋内には人の気配は感じられない。テグザはするりと身体を滑り込ませる様に中へ入った。テグザに続いて供としてバルファから一緒にやって来た二人の団員も中へ入ろうとする。しかしその二人は突如背後から口を塞がれ羽交い締めにされた。そしてそれぞれ玄関の左右にグイグイと引きずられてゆく。左に引き離された団員は拘束されたまま家屋の角まで引きずられてきた。モガモガと言いながら抵抗しようと試みた矢先、その首筋にナイフの刃がピタッと当てられる。冷たい刃の感触に緊張している彼の目の前に立ったのは、二番隊マスター、ゾーダ・ビネールだった。
「時間が惜しい、端的に問う。今後もテグザに付き従うなら首を縦に一回、キュールにつくなら縦に二回振れ。どっちだ?」
顔を近付けて小声で問い掛けるゾーダ。その目は冷たく、底が見えないくらい深い。彼は慌てる様に首を縦に二回振った。それ以外、答えようがない。
キィ~……バタン、と玄関の扉が閉まる。テグザは振り返った。後に続く者はいない。
「外で待つ……か」
そう呟いたテグザは奥へ進む。外で起きている異変には気付いていない。そして建物奥、右手の部屋の前で立ち止まった。部屋を前にして動かないテグザは、扉越しに部屋の中の気配を探っていた。物音はしない。しかし微かに漂うザラッとした空気。だが自分に対し悪意があるもの、とまでは言いがたい。それはそうだ、部屋の中にはジョーカーの支部長がいるのだ。多少ザラついた空気を感じたとしてもおかしくはない。
扉に手を掛けるテグザ。しかしすぐには開けない。テグザは警戒していた。どこか、何かが引っ掛かる。ほんの少しだけ気持ち悪さを感じるのだ。龍の背でアイロウ率いる六番隊を辛くも退けたテグザだったが、その代償は小さくなかった。アイロウは絶対に再びバルファを狙いに動くはず、そう予想しバルファの守備に相当な気を払い、同時にかなり神経を消耗させていた。今回のラーテルムとの会談もそう、リロングの部隊を守備に使いたい、念には念を入れておきたいと考えたからだ。
(……考え過ぎか)
アイロウとの一件が尾を引いている。どうやら少しばかりナーバスになっている様だ。テグザはそう思い軽く笑う。そして扉をゆっくりと開いた。しかし扉の奥、部屋の中にいたのは予想外の人物だった。中央のテーブル、その後ろで窓を背に立ってこちらを睨む様に見ているのは、テグザの良く知る男。一旦緩んだ緊張が、再びピリピリと張り詰めてゆくのが自分でも良く分かる。テグザは困惑した。何故緊張しているのか、何故緊張する必要があるのか。理由は分からない。分からないがとにかく、身体と心は反応している。
「キュール……何故ここにいる。ラーテルムはどうした?」
と、一応は当然の疑問をぶつけてはみたものの、キュールがここにいる理由をテグザは何となく察していた。
「ラーテルムはいないぜ」
険しい、と同時に曇った表情を浮かべるキュール。直感的に理解したのだ。テグザは気付いている、と。
「……バルファに届いた書簡の字は間違いなくラーテルムのもんだった。しかしお前はラーテルムはここにはいないと言う。ヤツまで担ぎ出して……一体何をしようってんだ……?」
キュールの表情を見て、テグザは自身の感じた感覚が正しいものだと確信した。
「もう分かってんだろ、テグザ。仲間の為に前に立つお前を悪く言う奴は、バルファにはいなかった。どんなに素行が悪かろうがな。仲間は強烈に守る、それが皆がお前についていた理由だ。だがお前は仲間を手に掛けた。こいつはダメだ、こればっかりはな。許せねぇし、許しちゃならねぇ。テグザ、お前はやり過ぎたんだよ」
「なるほど……で、どうする?」
「決まってる……」
そう呟いて腰の剣を抜くキュール。瞬間、その表情が変わった。それはバルファ支部副支部長として支部長である自分を見ていた目ではない、その目は敵を見る目だ。テグザはほんの少しの寂しさを、そしてそれ以上の高揚感を覚えた。
「そう言やぁ、キュールよぅ。お前とガチでやりあった事はなかったなぁ……」
話ながらテグザは中央のテーブルをコツンとノックするように軽く叩く。そしてテーブルに両手をついて前のめりになりながらグッと体重を預ける。
「五剣の剣技がどれ程のもんか……見せてみろ!!」
怒鳴ると同時にテグザはテーブルの縁を両手で掴み、ひっくり返す様にキュールへと投げつけた。キュールは慌てずゆるりと肩口に剣を構えると一閃、その剣を振り下ろす。テーブルは真っ二つに割れガガガンと床へ叩きつけられる。と、目の前にはすでに二振りの反魔刀をそれぞれ両手に持つテグザがいる。
(リメイントは二閃、次を防ぎゃあ……いくらか隙が出来る!)
リメイント流剣術は二閃の剣。斬り下ろしに斬り上げ、突きに横薙ぎ、突きに更に突き、と二擊でワンセットの攻撃なのだ。最初の二擊で仕留められなければ次の二擊で、次で駄目ならまた次の二擊……と、それを繰り返す事で生まれる連続攻撃こそリメイント流剣術の真骨頂だ。対してテグザも二本のナイフ、反魔刀を細かく振り回し手数で勝負するタイプ。リーチの違いがある為、懐にさえ潜り込めればテグザが有利だ。が、キュールはそれを許さない。
ブン! と風を斬るキュールの二擊目は下から上への斬り上げ。想定以上の強い斬擊に「チッ……」と舌打ちしたテグザは咄嗟に二本の反魔刀でその剣を防いだ。ガチィィン! と鳴り響く金属音と共に、テグザの身体は宙に浮く。そしてそのまま後方に着地するテグザ。懐に飛び込もうとしたテグザを、キュールは弾き返したのだ。
「やりやがる……」と呟くテグザを睨みながら、キュールは静かに問い掛けた。
「何故……仲間を殺した……?」
テグザは「ハッ……」と鼻で笑う。
「殺し合いの最中にお喋りかよ、ぬる過ぎんだろ……ま、知りたいなら教えてやる。野郎がふざけた事をぬかしやがったからだ、俺が何もせず見ていただけだ……とか何とか……」
当時を思い出し、再び怒りが込み上げてきたテグザ。段々と口調も強くなる。
「アイロウと殺り合う為にどれだけの準備をしたと思う? どれだけ神経を使ったと思う? 空気がビリビリ震える程の圧を全身に受け、一手間違えりゃてめぇの首が飛ぶっつうギリギリの状況で、何とか上手く野郎を嵌めて退けたんだ。それを……何がてめぇは怖くて見ていただけだろうだぁ? ふざけんのも大概にしやがれ! 奴の身体はキレイなもんだったぜ、血にも泥にもまみれてねぇ。てめぇの方こそ逃げ回って何もしていなかった、その証拠じゃねぇか!」
スッ、と反魔刀を構えるテグザ。
「そんな口だけ野郎はなぁ……仲間でも何でもねぇ!!」
ドン! と踏み込みまるで弾丸の様にキュールに飛び掛かるテグザ。キュールは無言で迎え撃つ。
「始まったぜ」
外。ラーゲンは隣で腕を組み仁王立ちしているゾーダに伝えた。部屋の中ではテグザとキュールが斬り合っている。そして外から遠巻きにその様子を窺っているラーゲンとゾーダ。窓の奥にチラチラと見えては消える二人。家屋はすでに二番隊とキュールの部下がぐるりと取り囲んでいる。万が一にもテグザを取り逃がす事がないようにだ。
「あの馬鹿……部屋の中で立ち回りか。誰が金を出したと思ってやがる……この家は今後も二番隊が拠点として使うんだぞ、部屋が壊れたらどうするつもりだ」
険しい顔でぶつぶつと呟くゾーダ。「気にすんのそこかよ……」と呆れ気味のラーゲン。「テグザは強いぜぇ? キュールに押さえ込めるとは思えねぇが……?」と言葉を続けるラーゲンに対し「ふん!」とゾーダは吐き捨てるように言い放つ。
「散々詰めが甘いと罵った後だ、よもや無策という事はないだろう。もしあいつが何も考えずテグザと斬り合いをするような馬鹿なら、あいつに率いられるバルファの連中はとにかく気の毒だって話だ」
(ハッ、信用してるって事ね。だったらそう言やぁいいのによ、素直じゃねぇなぁ……)
少しだけ笑いながらラーゲンは部屋の窓を見る。キン! カイン! と二人の剣がぶつかる音が外まで響いていた。
「ハッハハハハァ!! どうしたキュールゥ! 随分と後手に回ってるじゃねぇかよ!」
やはり地力ではテグザの方が上。キュールは徐々に押され始める。それでもキュールは確実にテグザの攻撃を防いでいる。しかし肝心の攻撃はというと、テグザの手数の多い攻めを防ぐのに精一杯ですっかりと沈黙していた。
「キュールゥ! お前本気で俺に勝てると、俺を殺せると思っていたのか! 舐めるのも大概にしとけよ、ゴラァ!! ……あ?」
狂喜の笑みを浮かべながら反魔刀を振り回していたテグザ。しかし突然の衝撃がテグザを襲う。背中から腹へと貫いた衝撃。テグザの動きが止まった。ゆっくりと下を見たテグザの目に映ったのは、自身の腹から飛び出した真っ赤な剣先だった。
「てめぇ……」と言いながら振り向くテグザの背後には剣を握ったキュールの部下の姿。続けて二度の衝撃。右脇腹と左の脇の下辺りだ。左右から剣を突き刺された。床には四角い穴が空いている。この部屋には地下室へと続く階段が隠されていたのだ。キュールは部下をその地下室に潜ませていた。隙を見てテグザを仕留める為に。
「が……がふぅ……」
口から血を吐き出しながらたたらを踏むテグザ。キュールは静かに話す。
「あんたは強い。俺一人じゃあどう足掻いたって太刀打ち出来ねぇ。だがそんなあんたにも手に入れられなかった……いや、捨てちまった力がある。それがこれだ」
テグザは薄ら笑いを浮かべながら、目の前に立つキュールの襟首を両手で掴む。そして残った力を振り絞り、震える声で口にした。
「お……俺の、死を……無意味な……ものに、する……な……」
そのか細い声はキュールの胸を抉る。「言われるまでもねぇ……」と呟いたキュールは自身の襟首を掴むテグザの手を振りほどく。そしてドンとテグザを突き放すとシュッ、と剣を横に薙ぐ。ドスッと床に転がる首。カラカランと音を立てる反魔刀、バタンと身体は糸が切れたかの様に崩れた。その様子を静かに見ていたキュール。テグザの最後の言葉が頭の中に何度も鳴り響いていた。その言葉にどんな意図があるのかは分からない。或いは、素直なテグザの気持ちだったのかも知れない。自分が生きた証をキュールに託した……しかしキュールにはその言葉がある種の呪縛の様に思えた。外道と呼ばれながらも怪しく輝くカリスマ性を放っていた男の、その後を引き継ぐのだ。生半可な覚悟では務まらないだろう。
「言われるまでもねぇよ……」
床に転がるテグザの首を見下ろしながら、キュールはもう一度呟いた。
そう言うとタンファは足を止めた。振り返るタンファの背後には一軒の家。民家と言うには少し豪華な、屋敷と言うには少し物足りない、そんな一軒の家。
ベーゼント国内でも指折りの治安の悪さ。犯罪者ひしめく街、イルク。街の中心から離れれば離れる程、この街特有とも言える犯罪臭は薄くなってゆく。街の郊外であるこの周辺は、一見すると他の街のそれと変わらない平和的で牧歌的な姿を見せるが、しかしそれはあくまで見た目だけの話。もっと言えば錯覚である。つい二週間程前にも悪徳業者から金を借りたばかりに金銭トラブルに巻き込まれ、金を借りたその家の主人はもちろんその家族までもが犠牲になった一家惨殺事件が起きたばかりだ。
「ここかよ……まさか今回の為に用意した訳じゃねぇよな?」
「まさか。これはうちが所有してる家屋だ。リロングはベーゼントの西の外れにあるからな、ベーゼント国内にいくつかこういう拠点を持ってるのさ。こんなのがあると移動先で宿を探さなくてもいいだろ? ある程度の人数を収容出来るし、多少騒いでも周りの迷惑にならない」
嘘である。この家屋はゾーダ率いる二番隊が急遽買い取ったものだ。さすがに街中で対象を殺害するという作戦を実行させる訳にはいかない。人通りと人目の少ない場所、出来れば屋内が良い。そんな条件で作戦の舞台を探していた一同はこの家屋に行き着いた。郊外で人目が少なくそこそこの大きさ。更には非常に安い物件だった。条件としては申し分ないだろう。しかし何故こんなにも良いタイミングで好条件の物件が手に入ったのか。答えは簡単である。人が殺された物件などそうそう買おうと思う者はいない。しかも一人二人ではない、この家の一家七人全員である。つまりは、そういう事だ。
「支部長は中にいる。入って奥、右の部屋だ」
タンファに促されテグザは玄関の扉に手を掛ける。そしてゆっくりと扉を開けるとチラリと中を覗き込んだ。薄暗い家屋内には人の気配は感じられない。テグザはするりと身体を滑り込ませる様に中へ入った。テグザに続いて供としてバルファから一緒にやって来た二人の団員も中へ入ろうとする。しかしその二人は突如背後から口を塞がれ羽交い締めにされた。そしてそれぞれ玄関の左右にグイグイと引きずられてゆく。左に引き離された団員は拘束されたまま家屋の角まで引きずられてきた。モガモガと言いながら抵抗しようと試みた矢先、その首筋にナイフの刃がピタッと当てられる。冷たい刃の感触に緊張している彼の目の前に立ったのは、二番隊マスター、ゾーダ・ビネールだった。
「時間が惜しい、端的に問う。今後もテグザに付き従うなら首を縦に一回、キュールにつくなら縦に二回振れ。どっちだ?」
顔を近付けて小声で問い掛けるゾーダ。その目は冷たく、底が見えないくらい深い。彼は慌てる様に首を縦に二回振った。それ以外、答えようがない。
キィ~……バタン、と玄関の扉が閉まる。テグザは振り返った。後に続く者はいない。
「外で待つ……か」
そう呟いたテグザは奥へ進む。外で起きている異変には気付いていない。そして建物奥、右手の部屋の前で立ち止まった。部屋を前にして動かないテグザは、扉越しに部屋の中の気配を探っていた。物音はしない。しかし微かに漂うザラッとした空気。だが自分に対し悪意があるもの、とまでは言いがたい。それはそうだ、部屋の中にはジョーカーの支部長がいるのだ。多少ザラついた空気を感じたとしてもおかしくはない。
扉に手を掛けるテグザ。しかしすぐには開けない。テグザは警戒していた。どこか、何かが引っ掛かる。ほんの少しだけ気持ち悪さを感じるのだ。龍の背でアイロウ率いる六番隊を辛くも退けたテグザだったが、その代償は小さくなかった。アイロウは絶対に再びバルファを狙いに動くはず、そう予想しバルファの守備に相当な気を払い、同時にかなり神経を消耗させていた。今回のラーテルムとの会談もそう、リロングの部隊を守備に使いたい、念には念を入れておきたいと考えたからだ。
(……考え過ぎか)
アイロウとの一件が尾を引いている。どうやら少しばかりナーバスになっている様だ。テグザはそう思い軽く笑う。そして扉をゆっくりと開いた。しかし扉の奥、部屋の中にいたのは予想外の人物だった。中央のテーブル、その後ろで窓を背に立ってこちらを睨む様に見ているのは、テグザの良く知る男。一旦緩んだ緊張が、再びピリピリと張り詰めてゆくのが自分でも良く分かる。テグザは困惑した。何故緊張しているのか、何故緊張する必要があるのか。理由は分からない。分からないがとにかく、身体と心は反応している。
「キュール……何故ここにいる。ラーテルムはどうした?」
と、一応は当然の疑問をぶつけてはみたものの、キュールがここにいる理由をテグザは何となく察していた。
「ラーテルムはいないぜ」
険しい、と同時に曇った表情を浮かべるキュール。直感的に理解したのだ。テグザは気付いている、と。
「……バルファに届いた書簡の字は間違いなくラーテルムのもんだった。しかしお前はラーテルムはここにはいないと言う。ヤツまで担ぎ出して……一体何をしようってんだ……?」
キュールの表情を見て、テグザは自身の感じた感覚が正しいものだと確信した。
「もう分かってんだろ、テグザ。仲間の為に前に立つお前を悪く言う奴は、バルファにはいなかった。どんなに素行が悪かろうがな。仲間は強烈に守る、それが皆がお前についていた理由だ。だがお前は仲間を手に掛けた。こいつはダメだ、こればっかりはな。許せねぇし、許しちゃならねぇ。テグザ、お前はやり過ぎたんだよ」
「なるほど……で、どうする?」
「決まってる……」
そう呟いて腰の剣を抜くキュール。瞬間、その表情が変わった。それはバルファ支部副支部長として支部長である自分を見ていた目ではない、その目は敵を見る目だ。テグザはほんの少しの寂しさを、そしてそれ以上の高揚感を覚えた。
「そう言やぁ、キュールよぅ。お前とガチでやりあった事はなかったなぁ……」
話ながらテグザは中央のテーブルをコツンとノックするように軽く叩く。そしてテーブルに両手をついて前のめりになりながらグッと体重を預ける。
「五剣の剣技がどれ程のもんか……見せてみろ!!」
怒鳴ると同時にテグザはテーブルの縁を両手で掴み、ひっくり返す様にキュールへと投げつけた。キュールは慌てずゆるりと肩口に剣を構えると一閃、その剣を振り下ろす。テーブルは真っ二つに割れガガガンと床へ叩きつけられる。と、目の前にはすでに二振りの反魔刀をそれぞれ両手に持つテグザがいる。
(リメイントは二閃、次を防ぎゃあ……いくらか隙が出来る!)
リメイント流剣術は二閃の剣。斬り下ろしに斬り上げ、突きに横薙ぎ、突きに更に突き、と二擊でワンセットの攻撃なのだ。最初の二擊で仕留められなければ次の二擊で、次で駄目ならまた次の二擊……と、それを繰り返す事で生まれる連続攻撃こそリメイント流剣術の真骨頂だ。対してテグザも二本のナイフ、反魔刀を細かく振り回し手数で勝負するタイプ。リーチの違いがある為、懐にさえ潜り込めればテグザが有利だ。が、キュールはそれを許さない。
ブン! と風を斬るキュールの二擊目は下から上への斬り上げ。想定以上の強い斬擊に「チッ……」と舌打ちしたテグザは咄嗟に二本の反魔刀でその剣を防いだ。ガチィィン! と鳴り響く金属音と共に、テグザの身体は宙に浮く。そしてそのまま後方に着地するテグザ。懐に飛び込もうとしたテグザを、キュールは弾き返したのだ。
「やりやがる……」と呟くテグザを睨みながら、キュールは静かに問い掛けた。
「何故……仲間を殺した……?」
テグザは「ハッ……」と鼻で笑う。
「殺し合いの最中にお喋りかよ、ぬる過ぎんだろ……ま、知りたいなら教えてやる。野郎がふざけた事をぬかしやがったからだ、俺が何もせず見ていただけだ……とか何とか……」
当時を思い出し、再び怒りが込み上げてきたテグザ。段々と口調も強くなる。
「アイロウと殺り合う為にどれだけの準備をしたと思う? どれだけ神経を使ったと思う? 空気がビリビリ震える程の圧を全身に受け、一手間違えりゃてめぇの首が飛ぶっつうギリギリの状況で、何とか上手く野郎を嵌めて退けたんだ。それを……何がてめぇは怖くて見ていただけだろうだぁ? ふざけんのも大概にしやがれ! 奴の身体はキレイなもんだったぜ、血にも泥にもまみれてねぇ。てめぇの方こそ逃げ回って何もしていなかった、その証拠じゃねぇか!」
スッ、と反魔刀を構えるテグザ。
「そんな口だけ野郎はなぁ……仲間でも何でもねぇ!!」
ドン! と踏み込みまるで弾丸の様にキュールに飛び掛かるテグザ。キュールは無言で迎え撃つ。
「始まったぜ」
外。ラーゲンは隣で腕を組み仁王立ちしているゾーダに伝えた。部屋の中ではテグザとキュールが斬り合っている。そして外から遠巻きにその様子を窺っているラーゲンとゾーダ。窓の奥にチラチラと見えては消える二人。家屋はすでに二番隊とキュールの部下がぐるりと取り囲んでいる。万が一にもテグザを取り逃がす事がないようにだ。
「あの馬鹿……部屋の中で立ち回りか。誰が金を出したと思ってやがる……この家は今後も二番隊が拠点として使うんだぞ、部屋が壊れたらどうするつもりだ」
険しい顔でぶつぶつと呟くゾーダ。「気にすんのそこかよ……」と呆れ気味のラーゲン。「テグザは強いぜぇ? キュールに押さえ込めるとは思えねぇが……?」と言葉を続けるラーゲンに対し「ふん!」とゾーダは吐き捨てるように言い放つ。
「散々詰めが甘いと罵った後だ、よもや無策という事はないだろう。もしあいつが何も考えずテグザと斬り合いをするような馬鹿なら、あいつに率いられるバルファの連中はとにかく気の毒だって話だ」
(ハッ、信用してるって事ね。だったらそう言やぁいいのによ、素直じゃねぇなぁ……)
少しだけ笑いながらラーゲンは部屋の窓を見る。キン! カイン! と二人の剣がぶつかる音が外まで響いていた。
「ハッハハハハァ!! どうしたキュールゥ! 随分と後手に回ってるじゃねぇかよ!」
やはり地力ではテグザの方が上。キュールは徐々に押され始める。それでもキュールは確実にテグザの攻撃を防いでいる。しかし肝心の攻撃はというと、テグザの手数の多い攻めを防ぐのに精一杯ですっかりと沈黙していた。
「キュールゥ! お前本気で俺に勝てると、俺を殺せると思っていたのか! 舐めるのも大概にしとけよ、ゴラァ!! ……あ?」
狂喜の笑みを浮かべながら反魔刀を振り回していたテグザ。しかし突然の衝撃がテグザを襲う。背中から腹へと貫いた衝撃。テグザの動きが止まった。ゆっくりと下を見たテグザの目に映ったのは、自身の腹から飛び出した真っ赤な剣先だった。
「てめぇ……」と言いながら振り向くテグザの背後には剣を握ったキュールの部下の姿。続けて二度の衝撃。右脇腹と左の脇の下辺りだ。左右から剣を突き刺された。床には四角い穴が空いている。この部屋には地下室へと続く階段が隠されていたのだ。キュールは部下をその地下室に潜ませていた。隙を見てテグザを仕留める為に。
「が……がふぅ……」
口から血を吐き出しながらたたらを踏むテグザ。キュールは静かに話す。
「あんたは強い。俺一人じゃあどう足掻いたって太刀打ち出来ねぇ。だがそんなあんたにも手に入れられなかった……いや、捨てちまった力がある。それがこれだ」
テグザは薄ら笑いを浮かべながら、目の前に立つキュールの襟首を両手で掴む。そして残った力を振り絞り、震える声で口にした。
「お……俺の、死を……無意味な……ものに、する……な……」
そのか細い声はキュールの胸を抉る。「言われるまでもねぇ……」と呟いたキュールは自身の襟首を掴むテグザの手を振りほどく。そしてドンとテグザを突き放すとシュッ、と剣を横に薙ぐ。ドスッと床に転がる首。カラカランと音を立てる反魔刀、バタンと身体は糸が切れたかの様に崩れた。その様子を静かに見ていたキュール。テグザの最後の言葉が頭の中に何度も鳴り響いていた。その言葉にどんな意図があるのかは分からない。或いは、素直なテグザの気持ちだったのかも知れない。自分が生きた証をキュールに託した……しかしキュールにはその言葉がある種の呪縛の様に思えた。外道と呼ばれながらも怪しく輝くカリスマ性を放っていた男の、その後を引き継ぐのだ。生半可な覚悟では務まらないだろう。
「言われるまでもねぇよ……」
床に転がるテグザの首を見下ろしながら、キュールはもう一度呟いた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる