流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

157. 呪縛

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「さぁ着いたぞ」

 そう言うとタンファは足を止めた。振り返るタンファの背後には一軒の家。民家と言うには少し豪華な、屋敷と言うには少し物足りない、そんな一軒の家。

 ベーゼント国内でも指折りの治安の悪さ。犯罪者ひしめく街、イルク。街の中心から離れれば離れる程、この街特有とも言える犯罪臭は薄くなってゆく。街の郊外であるこの周辺は、一見すると他の街のそれと変わらない平和的で牧歌ぼっか的な姿を見せるが、しかしそれはあくまで見た目だけの話。もっと言えば錯覚である。つい二週間程前にも悪徳業者から金を借りたばかりに金銭トラブルに巻き込まれ、金を借りたその家の主人はもちろんその家族までもが犠牲になった一家惨殺事件が起きたばかりだ。

「ここかよ……まさか今回の為に用意した訳じゃねぇよな?」

「まさか。これはうちリロングが所有してる家屋だ。リロングはベーゼントの西の外れにあるからな、ベーゼント国内にいくつかこういう拠点を持ってるのさ。こんなのがあると移動先で宿を探さなくてもいいだろ? ある程度の人数を収容出来るし、多少騒いでも周りの迷惑にならない」

 嘘である。この家屋はゾーダ率いる二番隊が急遽買い取ったものだ。さすがに街中で対象を殺害するという作戦を実行させる訳にはいかない。人通りと人目の少ない場所、出来れば屋内が良い。そんな条件で作戦の舞台を探していた一同はこの家屋に行き着いた。郊外で人目が少なくそこそこの大きさ。更には非常に安い物件だった。条件としては申し分ないだろう。しかし何故なぜこんなにも良いタイミングで好条件の物件が手に入ったのか。答えは簡単である。人が殺された物件などそうそう買おうと思う者はいない。しかも一人二人ではない、この家の一家七人全員である。つまりは、そういう事だ。

「支部長は中にいる。入って奥、右の部屋だ」

 タンファにうながされテグザは玄関の扉に手を掛ける。そしてゆっくりと扉を開けるとチラリと中を覗き込んだ。薄暗い家屋内には人の気配は感じられない。テグザはするりと身体を滑り込ませる様に中へ入った。テグザに続いて供としてバルファから一緒にやって来た二人の団員も中へ入ろうとする。しかしその二人は突如背後から口を塞がれ羽交い締めにされた。そしてそれぞれ玄関の左右にグイグイと引きずられてゆく。左に引き離された団員は拘束されたまま家屋の角まで引きずられてきた。モガモガと言いながら抵抗しようと試みた矢先、その首筋にナイフの刃がピタッと当てられる。冷たい刃の感触に緊張している彼の目の前に立ったのは、二番隊マスター、ゾーダ・ビネールだった。

「時間が惜しい、端的に問う。今後もテグザに付き従うなら首を縦に一回、キュールにつくなら縦に二回振れ。どっちだ?」

 顔を近付けて小声で問い掛けるゾーダ。その目は冷たく、底が見えないくらい深い。彼は慌てる様に首を縦に二回振った。それ以外、答えようがない。




 キィ~……バタン、と玄関の扉が閉まる。テグザは振り返った。後に続く者はいない。

「外で待つ……か」

 そう呟いたテグザは奥へ進む。外で起きている異変には気付いていない。そして建物奥、右手の部屋の前で立ち止まった。部屋を前にして動かないテグザは、扉越しに部屋の中の気配を探っていた。物音はしない。しかしかすかに漂うザラッとした空気。だが自分に対し悪意があるもの、とまでは言いがたい。それはそうだ、部屋の中にはジョーカーの支部長がいるのだ。多少ザラついた空気を感じたとしてもおかしくはない。

 扉に手を掛けるテグザ。しかしすぐには開けない。テグザは警戒していた。どこか、何かが引っ掛かる。ほんの少しだけ気持ち悪さを感じるのだ。龍の背でアイロウ率いる六番隊を辛くも退けたテグザだったが、その代償は小さくなかった。アイロウは絶対に再びバルファを狙いに動くはず、そう予想しバルファの守備に相当な気を払い、同時にかなり神経を消耗させていた。今回のラーテルムとの会談もそう、リロングの部隊を守備に使いたい、念には念を入れておきたいと考えたからだ。

(……考え過ぎか)

 アイロウとの一件が尾を引いている。どうやら少しばかりナーバスになっている様だ。テグザはそう思い軽く笑う。そして扉をゆっくりと開いた。しかし扉の奥、部屋の中にいたのは予想外の人物だった。中央のテーブル、その後ろで窓を背に立ってこちらを睨む様に見ているのは、テグザの良く知る男。一旦緩んだ緊張が、再びピリピリと張り詰めてゆくのが自分でも良く分かる。テグザは困惑した。何故なぜ緊張しているのか、何故緊張する必要があるのか。理由は分からない。分からないがとにかく、身体と心は反応している。

「キュール……何故ここにいる。ラーテルムはどうした?」

 と、一応は当然の疑問をぶつけてはみたものの、キュールがここにいる理由をテグザは何となく察していた。

「ラーテルムはいないぜ」

 険しい、と同時に曇った表情を浮かべるキュール。直感的に理解したのだ。テグザは気付いている、と。

「……バルファに届いた書簡の字は間違いなくラーテルムのもんだった。しかしお前はラーテルムはここにはいないと言う。ヤツまで担ぎ出して……一体何をしようってんだ……?」

 キュールの表情を見て、テグザは自身の感じた感覚が正しいものだと確信した。

「もう分かってんだろ、テグザ。仲間の為に前に立つお前を悪く言う奴は、バルファにはいなかった。どんなに素行が悪かろうがな。仲間は強烈に守る、それが皆がお前についていた理由だ。だがお前は仲間を手に掛けた。こいつはダメだ、こればっかりはな。許せねぇし、許しちゃならねぇ。テグザ、お前はやり過ぎたんだよ」

「なるほど……で、どうする?」

「決まってる……」

 そう呟いて腰の剣を抜くキュール。瞬間、その表情が変わった。それはバルファ支部副支部長として支部長である自分を見ていた目ではない、その目は敵を見る目だ。テグザはほんの少しの寂しさを、そしてそれ以上の高揚感を覚えた。

「そう言やぁ、キュールよぅ。お前とガチでやりあった事はなかったなぁ……」

 話ながらテグザは中央のテーブルをコツンとノックするように軽く叩く。そしてテーブルに両手をついて前のめりになりながらグッと体重を預ける。

五剣ごけんの剣技がどれ程のもんか……見せてみろ!!」

 怒鳴ると同時にテグザはテーブルの縁を両手で掴み、ひっくり返す様にキュールへと投げつけた。キュールは慌てずゆるりと肩口に剣を構えると一閃、その剣を振り下ろす。テーブルは真っ二つに割れガガガンと床へ叩きつけられる。と、目の前にはすでに二振りの反魔刀はんまとうをそれぞれ両手に持つテグザがいる。

(リメイントは二閃にせん、次を防ぎゃあ……いくらか隙が出来る!)

 リメイント流剣術は二閃にせんの剣。斬り下ろしに斬り上げ、突きに横薙ぎ、突きに更に突き、と二擊でワンセットの攻撃なのだ。最初の二擊で仕留められなければ次の二擊で、次で駄目ならまた次の二擊……と、それを繰り返す事で生まれる連続攻撃こそリメイント流剣術の真骨頂だ。対してテグザも二本のナイフ、反魔刀はんまとうを細かく振り回し手数で勝負するタイプ。リーチの違いがある為、ふところにさえ潜り込めればテグザが有利だ。が、キュールはそれを許さない。

 ブン! と風を斬るキュールの二擊目は下から上への斬り上げ。想定以上の強い斬擊に「チッ……」と舌打ちしたテグザは咄嗟とっさに二本の反魔刀でその剣を防いだ。ガチィィン! と鳴り響く金属音と共に、テグザの身体は宙に浮く。そしてそのまま後方に着地するテグザ。ふところに飛び込もうとしたテグザを、キュールは弾き返したのだ。

「やりやがる……」と呟くテグザを睨みながら、キュールは静かに問い掛けた。

「何故……仲間を殺した……?」

 テグザは「ハッ……」と鼻で笑う。

「殺し合いの最中にお喋りかよ、ぬる過ぎんだろ……ま、知りたいなら教えてやる。野郎がふざけた事をぬかしやがったからだ、俺が何もせず見ていただけだ……とか何とか……」

 当時を思い出し、再び怒りが込み上げてきたテグザ。段々と口調も強くなる。

「アイロウと殺り合う為にどれだけの準備をしたと思う? どれだけ神経を使ったと思う? 空気がビリビリ震える程の圧を全身に受け、一手間違えりゃてめぇの首が飛ぶっつうギリギリの状況で、何とか上手く野郎をめて退けたんだ。それを……何がてめぇは怖くて見ていただけだろうだぁ? ふざけんのも大概たいがいにしやがれ! 奴の身体はキレイなもんだったぜ、血にも泥にもまみれてねぇ。てめぇの方こそ逃げ回って何もしていなかった、その証拠じゃねぇか!」

 スッ、と反魔刀を構えるテグザ。

「そんな口だけ野郎はなぁ……仲間でも何でもねぇ!!」

 ドン! と踏み込みまるで弾丸の様にキュールに飛び掛かるテグザ。キュールは無言で迎え撃つ。




「始まったぜ」

 外。ラーゲンは隣で腕を組み仁王立ちしているゾーダに伝えた。部屋の中ではテグザとキュールが斬り合っている。そして外から遠巻きにその様子をうかがっているラーゲンとゾーダ。窓の奥にチラチラと見えては消える二人。家屋はすでに二番隊とキュールの部下がぐるりと取り囲んでいる。万が一にもテグザを取り逃がす事がないようにだ。

「あの馬鹿……部屋の中で立ち回りか。誰が金を出したと思ってやがる……この家は今後も二番隊が拠点として使うんだぞ、部屋が壊れたらどうするつもりだ」

 険しい顔でぶつぶつと呟くゾーダ。「気にすんのそこかよ……」と呆れ気味のラーゲン。「テグザは強いぜぇ? キュールに押さえ込めるとは思えねぇが……?」と言葉を続けるラーゲンに対し「ふん!」とゾーダは吐き捨てるように言い放つ。

「散々詰めが甘いとののしったあとだ、よもや無策という事はないだろう。もしあいつが何も考えずテグザと斬り合いをするような馬鹿なら、あいつに率いられるバルファの連中はとにかく気の毒だって話だ」

(ハッ、信用してるって事ね。だったらそう言やぁいいのによ、素直じゃねぇなぁ……)

 少しだけ笑いながらラーゲンは部屋の窓を見る。キン! カイン! と二人の剣がぶつかる音が外まで響いていた。




「ハッハハハハァ!! どうしたキュールゥ! 随分と後手ごてに回ってるじゃねぇかよ!」

 やはり地力ではテグザの方が上。キュールは徐々に押され始める。それでもキュールは確実にテグザの攻撃を防いでいる。しかし肝心の攻撃はというと、テグザの手数の多い攻めを防ぐのに精一杯ですっかりと沈黙していた。

「キュールゥ! お前本気で俺に勝てると、俺を殺せると思っていたのか! 舐めるのも大概たいがいにしとけよ、ゴラァ!! ……あ?」

 狂喜の笑みを浮かべながら反魔刀を振り回していたテグザ。しかし突然の衝撃がテグザを襲う。背中から腹へと貫いた衝撃。テグザの動きが止まった。ゆっくりと下を見たテグザの目に映ったのは、自身の腹から飛び出した真っ赤な剣先だった。

「てめぇ……」と言いながら振り向くテグザの背後には剣を握ったキュールの部下の姿。続けて二度の衝撃。右脇腹と左の脇の下辺りだ。左右から剣を突き刺された。床には四角い穴が空いている。この部屋には地下室へと続く階段が隠されていたのだ。キュールは部下をその地下室に潜ませていた。隙を見てテグザを仕留める為に。

「が……がふぅ……」

 口から血を吐き出しながらたたら・・・を踏むテグザ。キュールは静かに話す。

「あんたは強い。俺一人じゃあどう足掻あがいたって太刀打ち出来ねぇ。だがそんなあんたにも手に入れられなかった……いや、捨てちまった力がある。それがこれだ」

 テグザは薄ら笑いを浮かべながら、目の前に立つキュールの襟首を両手で掴む。そして残った力を振り絞り、震える声で口にした。



「お……俺の、死を……無意味な……ものに、する……な……」



 そのか細い声はキュールの胸をえぐる。「言われるまでもねぇ……」と呟いたキュールは自身の襟首を掴むテグザの手を振りほどく。そしてドンとテグザを突き放すとシュッ、と剣を横に薙ぐ。ドスッと床に転がる首。カラカランと音を立てる反魔刀、バタンと身体は糸が切れたかの様に崩れた。その様子を静かに見ていたキュール。テグザの最後の言葉が頭の中に何度も鳴り響いていた。その言葉にどんな意図があるのかは分からない。あるいは、素直なテグザの気持ちだったのかも知れない。自分が生きた証をキュールにたくした……しかしキュールにはその言葉がある種の呪縛の様に思えた。外道と呼ばれながらも怪しく輝くカリスマ性を放っていた男の、そのあとを引き継ぐのだ。生半可な覚悟では務まらないだろう。

「言われるまでもねぇよ……」

 床に転がるテグザの首を見下ろしながら、キュールはもう一度呟いた。
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