流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

156. ジジむさい男と詰めの甘い男

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「――つう訳だ、マスター。しくも……いや、俺の読み通り向こうと目的は同じだったぜ」

 皆のテーブルに戻ったラーゲンはゾーダと仲間達にビエットとの話し合いの中身を説明していた。終始眉間にシワを寄せ険しい表情で聞いていたゾーダは、ただ一言「……そうか」と呟いた。


「……」


「…………」


「………………いやそんだけかよ! 何かあんだろ他によぉ……まぁいいや。そんな訳だからよ、当然手を組んだ方がいいと思うんだが?」

 ラーゲンの問い掛けにも無言のゾーダ。手を組んだ方が良いというのはゾーダとてもちろん理解している。当然その方が色々と都合が良いだろう。しかしその為にはストレスと戦わなければならない。あのいけ好かないキュールと行動を共にしなければならないのだ、ゾーダにとってそれはもう比較出来るものなどない程の、ぶっちぎりでこの上ないストレスなのだ。険しい表情が更に険しくなる。手を組む。本当に手を組むのか? あいつと? あのキュールと? 葛藤かっとう煩悶はんもんするゾーダ。そんなゾーダの様子を見ていたラーゲンは、いや、他の者達もきっと同様に思った事だろう。


(そこまでの事かよ……)


 しかしその内にゾーダは「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」とそれはそれは深いため息をついた。そして観念したのか若干不貞腐ふてくされれた様に、そして腹の奥から、いや、魂の奥から絞り出すかの様に喋り出す。

「致し方ない……決して納得した訳ではない。はなはだ、はなはだ不本意極まるが、百……いや、一万歩譲って……共闘を……し……し……しょ…………」

 しかし最後の言葉が出てこない。皆は心の中で思った。

(言え、言え! マスター! がんばれ、がんばれぇ!)



「承、諾……してやろう」



「「「 おぉ~…… 」」」と響き渡る皆の唸り声。あのマスターが、ゾーダ・ビネールが、犬猿の仲とも言えるキュールとの共闘を承諾したのだ。よくぞ決断した、よくぞ言った。キュールとの仲を知っている皆からすると、これは画期的で革命的で、大きな一歩であり大きな成長である。まさに感無量。

「ただし連中はサポートだ。首は俺が獲る、そこは譲れん」

「「「 はぁ~…… 」」」と皆一様にため息をついた。感慨かんがいにふけっていた所に水を差された一同。いつもならもっと冷静に状況を分析し、最適なかいを導き出せるこの男が、どうしてキュールが絡むとこんなにも頑固になってしまうのか。「なぁマスターよぉ……」とラーゲンは呆れながら話し出す。

「いつも通りによ、クールに行こうぜぇ? ここは向こうに譲った方が利益がデカいって、あんたにだって分かってるはずだ。実際の所よぉ、キュールと何があったんだ? 単に馬が合わねぇだけかって思ってたが、それでそこまで意固地になる意味が分からねぇ。何かあったんじゃねぇか? そこまでキュールを毛嫌いする理由がよ。その辺の事が分からねぇと俺達も素直には従えねぇぜ?」

「…………」

「別に皆に言い触らそうなんて思わねぇよ、ここにいる俺達だけで留めておく。な?」

 そう言って皆の顔を見回すラーゲン。一同はうなずく。するとゾーダは渋々口を開いた。

「……奴とは同郷だ。ここより南、内海沿いの小国だ。小さな国だが強かった。周辺には同じ様な小国がひしめいていてな、皆がその地域の覇権を争っていた。父と歳の離れた兄は軍人だった。そしていくさで死んだ。母は随分と苦労して俺と妹を育ててくれた。だから俺は軍人になるつもりはなかった。だが剣は好きだったんでな、剣術の道場に通っていた。リメイント流だ」

「おぉ、知ってるぜ。南方で名をせた五人の剣豪、五剣ごけんの内の一人、ハイト・リメイントだろ?」

「ああ。その道場はリメイント流の総本山、師範はハイト・リメイントその人だった。まぁ当時ですでにかなりの高齢だったから一線は退いていたがな。それでも先生の教えを吸収すべく俺は必死に剣を振っていた。自分で言うのもなんだが、これでも筋は良かったんだ。同世代で俺にかなう奴はいなかったんだぞ」

(なるほどねぇ。確かにマスターの剣の腕は相当なもんだ、ルーツはその道場だったのか)

「その内将来の夢というものがぼんやりと生まれる。軍の剣術指南役に収まる事だ。軍人にならずに祖国に仕えるには、同時に得意の剣をかすにはうってつけだ。師範代にまで昇れば軍へ出向する事が出来る。しかしあくまで民間人、軍人ではないからいくさに駆り出される事もないのでな、母に要らぬ心配をさせなくても済む。俺は益々鍛練に明け暮れた。だが、そんな俺の夢を馬鹿にする奴が現れた。キュールだ。同じ道場に通っていたキュールは俺に向かってほざきやがった、指南役を目指すなど、そんな消極的でジジむさい目標を掲げている奴に遅れを取る訳がない、とな」

「そりゃマスターいくつの時の話だぁ?」

「十二、三くらいか」

(あ、うん……そりゃジジむさいわ。指南役なんて大概たいがい現役退いたあとの仕事だしな、ガキの夢じゃあねぇわなぁ……)

「俺はそんな生意気なキュールが我慢ならなかった。奴は俺より年下だぞ? 言っては何だが、奴より俺の方が強い。だから手合わせのていでボッコボコにし、その上で俺が目指している目標がいかに高く、いかに難しく、いかに国の為になるのか、懇々こんこんいてやったのだ」

(うわ……えげつねぇ……ボコった上に理詰めで説教かよ……ガキの時分じぶんのマスター……きっとこまっしゃくれてたんだろうな)

 自分だったらどうだろうか。ゾーダの様な子供が側にいたら仲良く出来ただろうか。いや、無理だ。きっと苛めている。ラーゲンはそう思った。

「その後も何かにつけてキュールは俺に突っ掛かってきた。まぁその都度潰してやったんだがな」

(マスターの事だ、きっとガキの頃から容赦なかったんだろうな……)

 そう考えると少しだけキュールが可哀想に思えてきたラーゲン。と同時にキュールがゾーダを目のかたきにしている理由が何となく見えてきた。

「結局それから俺の剣の腕は大した上がらなくてな。さすがは五剣ごけんのリメイント流だ、剣を振れば振る程その高みがくっきりはっきり見えてくる。人生を掛けても辿り着けるかどうかの高み……これでは師範代など夢のまた夢だ。そう感じた俺は剣の道を諦め違う道を模索した。しかし……その結果が傭兵だったというのは我ながら締まらない話だ。なんせ軍人より余程危険な仕事だからな。だがまぁ、剣の腕をかせ給金も良いとなれば……致し方がないか。しかし、その後しばらくして驚くべき事が分かった。いつの間にかキュールもジョーカーに入団していたんだ。驚いた俺は奴に理由を聞いた。そうしたら……勝ち逃げはさせない、などと馬鹿な事をほざきやがった。信じられるか? そんな理由で常に命を求められる傭兵になったんだぞ?」

 グッとワインを喉の奥へ流し込むゾーダ。空になったグラスにワインを注ぐ。

「んじゃ何か? キュールはマスターを追っ掛けてジョーカーに来たってのか?」

「ああ、奴はそう言っていた。俺は呆れてものが言えなかったよ。俺と奴は似ている、そう言われている事は知っている、全く不本意な話だがな。無駄を嫌い合理性を求める、まぁ確かに似た所はあるのかも知れない。だがそれはほんの上部うわべだけの話、根本は決定的に違う。俺はそんな馬鹿な理由で危険に飛び込む様な単純な頭はしていない。大体奴はぬるいんだ。徹底していない、詰めが甘い。だからバルファでもうだつ・・・が上がらないんだ。本来ならテグザをねじ伏せて、とっくに支部長に昇格していてもおかしくはない。そのくらいの力は……」

 そう話ながらグイッとグラスを空けるゾーダ。これで一体何杯目だろうか、酔いが回る程に話も止まらなくなる。

「昔……道場にいた頃、俺にしたのと同じ様に奴は兄弟子に喧嘩を売った。そして俺が奴にした以上にボコボコにされた。それだけならば単に奴の自業自得だ。だがそのあとがまずかった。奴を慕う仲間達がその兄弟子を袋叩きにしたのだ。それに怒った兄弟子の仲間達が加わり……結果、道場中を巻き込んだ大乱闘だ。奴は自分の行動の結果がどんな結末に向かうか想像出来なかったんだ、全く詰めが甘い。俺ならばどんな結果になろうが絶対に仲間達には手を出させない。そこをしっかりとさせた上で行動に移す。まぁ、その兄弟子いうもの大概たいがいだったんだがな。自分より弱い相手ばかりと手合わせをして、その相手を打ちのめして楽しんでいる様な、そんなどうしようもない奴だった。俺もそいつが気に食わなかったんでな、俺は俺でそいつを叩き伏せてやったんだが……」

 とうとうゾーダはグラスに注ぐ事なく瓶ごとワインを飲み始めた。

「っふぅ……そうそう、こんな話もあったぞ。あれは……いつだったか? 南での依頼を引き受けて、そう、その作戦行動中の話だ。バルファからも部隊が出ていたんだが、それを率いていたのがキュールでな、奴は――」

 止まる事のないゾーダの話。黙って聞いていたタンファはビエットに小声で話し掛ける。

(嫌い、って割には随分楽しそうに話すなぁ。昔の事なのによく覚えてるし)

 するとビエットも小声で返す。

(ああ、全くだ。反目はんもくし合っているが何の事はねぇ、互いに気になってんのさ。自分より強かったマスターが軍の指南役なんてしおれた目標を持っててよ、挙げ句にあっさり道場を辞めて傭兵になった。キュールはそれが気に食わなかったんだろうよ、だからマスターの後を追っ掛けた。どうにかして自分を認めさせようとしてな。キュールはどっかマスターに甘えてんだよ。マスターはマスターで、そんなキュールが気になるんだ。もっと出来る奴だって、こんなもんじゃないはずだって……まぁ、ある意味どっかでキュールの事を認めてるんだろうよ)

 ドン! とテーブルにワイン瓶を叩き付ける様に置くと、ゾーダは隣のテーブルのキュールを睨みながら話を続ける。

「奴は昔から何も変わっていない。面倒見がいいから皆に慕われるが、何しろ詰めが甘い。詰めが甘いから何事も中途半端な形で終わる。大言壮語たいげんそうご、とまでは言わないがデカい事を口にする割に結果が伴わない。今回も恐らくそんな感じなんだろう。テグザをどうにかしてくれと皆に担ぎ上げられ、よし分かったと声を上げたまではいいが……」

 そこまで話すとゾーダはおもむろに立ち上がる。そして「キュールゥ!」と大声でキュールの名を呼んだ。「何だ……」と面倒臭そうなキュール。

「お前……あとの事は考えているのか」

「はぁ? 何だ急に……」

「事をした後だ! テグザを始末して、そのあとはどうするつもりだ?」

「そんな事……お前に関係ないだろ」

「ふん、大方おおかた無策なんだろう? だからお前は詰めが甘いって言うんだ。テグザを始末したらお前がバルファの連中を導かなければならない。なのに何の当てもないとは……アーバンのもとに行く程愚かではないと思うが、だったらエクスウェルにつくのか? まぁそれならそれでお前を叩き潰せるからこちらとしては願ったりだが?」

「お前には関係ないと言っている!」

 ダン! とグラスをテーブルに叩き付けるとキュールもその場に立ち上がる。一触即発、そんな空気が漂い始めたが、ゾーダはお構いなしに話を続ける。

「条件は二つ! 一つはお前らがかくまっている諜報部員、ナーチの身柄引渡しだ。諜報部の連中はナーチを血眼ちまなこになって探している。奴を引き渡せ。そしてもう一つは……全ての片がついたらゼルの傘下に入れ。エクスウェルにつく様なは犯すな、仲間の今後を考えるんならな。この二つの条件を飲むんなら、テグザの首はお前らにくれてやる。どうするか、すぐに答えろ!」

 ゾーダが引いた。二番隊の面々は驚いた。しかしラーゲンは「ほらな、言った通りだ。何だかんだキュールの面倒を見るんだよ」と笑いながら、そして少し呆れながら呟いた。

「お前に……そんな事を言われる筋合いは……!」と声を上げるキュールだったが「キュール! 黙ってろ!」とビエットに一喝される。「ぬぅぅ……」と唸りながらビエットを睨むキュール。しかしビエットはそんなキュールを無視してゾーダに答える。

「ゾーダ、その提案……ありがたく受けさせてもらう。キュール、異論はなしだ。甘えさせてもらおう、それしかない」

 そう話すビエットに「ふん!」と悪態をつきながらドカッと椅子に座るキュール。「勝手に決めやがって……大体――」などとぶつぶつ文句を言うのが精一杯のキュールだった。
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