流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

155. 腹心会議

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「はぁ……」

 ラーゲンの口からため息が漏れた。仏頂面ぶっちょうづらした男達が隣り合ったテーブルで静かに酒を飲んでいる。そしてその様子をチラチラと気にしている他の客達。本来ガヤガヤと賑やかなはずの店内は、普段のそれと比べれば格段に静かで空気も重い。

(あ~……何だかなぁ……)

 チラリ、とラーゲンは二つのテーブルを見回す。互いのグループのボスであるゾーダとキュールは、一言も発する事なくひたすら酒を喉に流し込んでいる。その様子からは話し合うつもりは一切ないぞ、というある種強い意思のようなものすら感じる。

(しょうがねぇなぁ、全く……大人げないにも程があるぜ)

 なかば呆れ気味のラーゲンはおもむろに立ち上がる。そして「おい、ビエット」と隣のテーブルのビエットにチョイチョイと手招きをすると、すぐ後ろのテーブルを親指でクイッと指差す。そして隣に座るゾーダに「ちっと話してくるわ」と一言。ゾーダはチラリとラーゲンを一瞥いちべつするが、何も答えなかった。ラーゲンは苦笑いしながら後ろのテーブルに着く。そしてその向かいにビエットが座った。

「さてビエット。互いのボスが見事にだんまり決め込んでるこの状況、このまま酒飲んでたってらちが明かねぇからよ、俺らで話しまとめちまわねぇか? 双方色々確認しなきゃならねぇ事もあるはずだしよ」

 そう問い掛けるラーゲンに対し「ああ……そうだな。それがいい……」と同意するビエット。そのまま言葉を続ける。

「聞きたい事はいくつかあるが……お前らはここで何をしている? あの一件以来、寄り付きもしなかったこの南で……」

「一つは情報収集だ」と話すラーゲンはクッとグラスを傾ける。その言葉を当然ビエットは疑問に思う。

(一つ? 他にも目的があると……?)

「ただマスターは少し前から南にいた。三番隊のライエ奪還作戦でな」

「ああ、狩猟蜘蛛か。あの女はもうアルマドへ帰ったのか?」

「ああ、無事にな」

「そうか。アルガンも一緒か?」

 思わぬ男の名が飛び出した。ラーゲンは不思議に思い怪訝けげんそうな表情を浮かべる。

「アルガン? 何で野郎の名前が出てくる? 一緒な訳がないだろう」

 予想外の返答だった。今度はビエットが眉をひそめながらラーゲンに問い掛ける。

「何ぃ? 聞いた話じゃ狩猟蜘蛛とアルガンが結託けったくして、エラグの北道ほくどうで敵味方問わず皆爆殺ばくさつしたと……」

「何だそりゃ!? ライエは北道ほくどうめられたって聞いたぜ? ライエの罠は敵だけを仕留めた。だが自分が仕掛けた以外の罠が起動して、そいつが味方を吹き飛ばしたんだと。んで、アルガンに裏切ったと誤解されその場から逃げ出したが、その後取っ捕まってアルガンの屋敷に監禁されていた。そこを三番隊のブロスらに救出された。アルガンはその時始末された。お前が何をどう聞いたかは知らねぇが、この話はマスターがライエから直接聞いた話だ」

(なるほど、ベルバの野郎……担ぎやがったな……!)

 そう、ベルバは嘘をいていた。どんな意図があるかは分からないが、ベルバはわざわざエラグ南道なんどうの砦まで出向いて、アルガンが裏切ったとキュールに嘘をいたのだ。思った通りだ、ベルバに気を許してはいけない。

「チッ……やっぱりあの野郎は信用ならねぇって事だな……」

 呟くつもりなどなかったが思わず口からこぼれた。ベルバに対する怒りと不信感がそうさせたのだ。それを聞いたラーゲンは「あん? 何かあったのか?」とビエットに問い掛ける。ビエットは気を沈め、つとめて落ち着いて答える。

「いや、これは俺達の問題だ。落とし前つけなきゃならねぇヤツがいるってな。お前らには関係ねぇよ。しかし……」

(アルガンは死んだか。好都合だ)

 テグザの小飼こがいであるアルガンが始末されたのはビエット達にとっては良いニュースだ。あるじであるテグザの仇を取ろうとするアルガンの報復を心配する必要がなくなったからだ。

「しかし……何だよ?」

「ん? ああ……ゾーダの向かいに座ってるヤツ、ラーテルムの部下だろ。何故なぜ一緒にいる? ラーテルムはゼルについたのか?」

「ああ、アイツな……」とラーゲンは軽く振り向いてタンファに目をやる。ピリピリとした雰囲気の中で居心地の悪そうなタンファの姿を見てラーゲンは「フフ……」と小さく笑った。

「アイツの事を話すには、まずはおたくらの今の立ち位置ってのを確認する必要がある。さっき聞かれた事をそっくり聞き返すぜ、おたくらはここで……何してる?」

「…………」

 ラーゲンの問いに無言のビエット。何をどう話すか……いや、そもそも話して良いものかどうか、ビエットは逡巡しゅんじゅんしていた。そんなビエットの様子を見たラーゲンはもう少し踏み込んだ質問をする。

「エイレイとのいくさが終われば、テグザはエラグに入るって話じゃねぇか。おたくらはエラグでテグザの野郎を待ってりゃよかったはずだ。ひょっとしたらテグザを迎えに来たのかとも思ったが、でもそりゃあ不自然だ。エラグからベーゼントに入りバルファへ向かう。この街がその途中にあるってんなら話は分かる。だがこの街に来ようと思うなら、バルファを迂回しなけりゃならねぇ。ここはバルファより遠いぜ? おたくらがこの街にいる道理が見当たらねぇ。俺にはまるで、おたくらはこの街で身を隠しながら何かを狙っている様に見えるんだがなぁ。もしそうだとすりゃあ、俺達のもう一つの目的とも合致がっちしてるんじゃねぇか、と思うんだが……?」

 うっすらと笑みを浮かべながらラーゲンは鎌を掛けた。このタイミングでこの街にキュール達がいるという事は、十中八九そういう事・・・・・なのだろう、と考えたからだ。無論、根拠もある。噂というものは存外広まるのが早い。特に悪い噂であれば尚更なおさらだ。以前からバルファ支部内での不協和音の噂はラーゲンの耳にも届いていた。テグザの暴走っぷりがいよいよ目に余るレベルに達しつつあり、それに対しバルファ所属の団員達は誰もが顔をしかめている、と。だがもちろんの事、確信がある訳ではない。なので出来ればビエットの口からその答えをはっきりと聞きたいのだ。でなければ万が一それがラーゲンの勘違いだったとしたら、キュール達の狙いが自分達の目的でもあるテグザの首ではなかったら、それが分かった瞬間キュール達はたちまち完全な敵となるだろう。当然テグザを守る為に動くはずだからだ。そしてそれはすなわち、一度は収めたはずのこの酒場が戦場となってしまうという事。ゆえに自分の方から先には言えない。ビエットに言わせる必要があるのだ、狙いはテグザの首であると。
 そしてそんなラーゲンの意図にビエットは気付いた。笑みを浮かべたままのラーゲンのそのさまひどく不快に感じたビエットは「チッ」と小さく舌打ちをする。そして「小賢こざかしい、勘がいいのか鼻がくのか……」と吐き捨てる様に呟いた。そしてそれを聞いたラーゲンは笑いながら答える。

「ハハハハ、褒め言葉だな、そりゃあ。掛ける必要のない命を天秤にっけるバカはいねぇ。手間やリスクはなるたけ少なく、そんで成果はしっかりともぎ取る、それが賢いやり方だ。誰だっていらねぇ斬り合いなんざしたくはねぇよ、共闘が出来るならそれに越した事はねぇ」

 ラーゲンの口から出た共闘という言葉でビエットは確信した。二番隊もまた、テグザを狙っているという事に。二番隊にも……いや、その中でも特にマスターであるゾーダにはテグザの首を欲しがる理由がある。抗争中だからこそ行動に移すチャンスだ。そしてそれは自分達にも当てはまる。ラーゲンの言う通り共闘が出来ればリスクを分散出来るだろう。いざテグザをろうというだんになり仮にそこで失敗したとしても、二番隊がいればその失敗をリカバーしやすくなる。が、ビエットにはラーゲンの口調がどうにも我慢ならなかった。全てを理解しているぞ、見透かしているぞ、という様な、お前達は俺の手の中で踊っているだけだ、と思わせる様なラーゲンのそんな口調が。そしてとうとうビエットは口にした。苛立ちと共に吐き出した。ラーゲンが聞きたくてたまらなかったその言葉を。

「ハッ! ご名答だ、くそったれ! キュールじゃねぇがムカついてくるぜ。俺達がここにいる理由はテグザの首だ。これ以上野郎に振り回されるのはゴメンなんでな、ここらで退場してもらうつもりだ。お前らの目的も同じなんだろ?」

 ビエットのその言葉を聞くと、ラーゲンはニィィ、と笑う。

「あぁ、よかったぜ。俺の聞きたかった言葉を聞けてよ。誰だって血は流したくはねぇはずだ。俺も、お前もな。これで無駄な血を流す事はねぇ。お前の推測通り、俺達のもう一つの目的はテグザの首だ。さっきお前が気にしていたマスターの前に座ってるヤツ、アイツは確かにラーテルムの部下だ。ただしラーテルムがゼルについた訳じゃねぇ。ラーテルムは離脱する、リロング支部丸ごとな」

 一瞬の間。ビエットには支部丸ごと離脱するというラーゲンの言葉が理解出来なかった。

「はぁ? どういう事だ?」

「言葉通りさ、支部丸ごとジョーカーを抜けるんだよ」

「バカな!? そんな事……!」

「ああそうだ、馬鹿げた話だぜ。いくら退団は自由だからといっても限度ってもんがある。百人以上の人間が一気に抜けるなんて、そんな話聞いた事もねぇよ。だからこそだ、取引のネタになるってなもんだろ。マスターはそれを黙認する代わりに、ラーテルムにテグザをバルファの外へ引っ張り出してもらうよう交渉した。お前らがエラグにいる間、テグザはひっきりなしにラーテルムへラブコールを送っていたそうだ。バルファを守る為に援軍を送れ、とな。野郎はアイロウが再びバルファを狙いに動くんじゃねぇかとヒヤヒヤしてやがる。だがラーテルムはジョーカーを抜ける気でいるからな、一切無視していたらしいんだが……まぁそんな理由があるからよ、ラーテルムがテグザに会って話をしたいって伝えりゃあ、テグザの野郎は自分の熱い想いがラーテルムに届いたんだって勘違いしてよ、心ときめかせながら花束抱えてこの街にやって来るだろうって、まぁそんな寸法よ」

「なるほど……確かに仕掛けとしては上等だ。俺達はこの街に潜ってバルファの様子を探るつもりだった。バルファに残ってる連中の意思を確認する必要があるからな。いざバルファに乗り込んだ所で残ってる連中がテグザにつく様な事があれば、お前の言っていた通り無駄な血を流す事になる」

「そうか、よかったじゃねぇかよ、楽~にテグザをおびき出す算段がついてよ。感謝してもいいぜ?」

 そう言ってグラスを掲げるラーゲン。「チッ……その話ぶりが気に食わねぇな」と呟いたビエットはラーゲンの持つグラスに自身のグラスをチン、と合わせる。

「まぁいい。ここまではいい。だが一つ、大きな問題がある」

 そう話すとグイッとグラスを空けるビエット。ラーゲンの表情も曇る。

「ああ、そうだな。大問題だ。こいつが片付かなきゃ共闘はらねぇ。揉めるかも知れねぇぜ、最終的にはどっちかが引かなきゃならねぇからな。最後の最後、どっちがテグザに止めを刺すのか……」

「ふぅ、面倒だな。ラーゲンよ、そもそも何であの二人はあんなに仲が悪いんだ? キュールに聞いてもはっきりとは答えねぇ。例の一件が絡んでる……って事はねぇよな? ゾーダは知ってるんだろ?」

 例の一件とはテグザが援軍を拒んだが為に、二番隊の半分が壊滅した事件である。

「ああ、もちろん知ってるぜ。キュールが援軍を送るべきだとテグザに進言してくれた事はな。首を縦に振らないテグザにごうを煮やし、自分の手勢だけで援軍に出ようとしてくれていた事も。まぁ、結局その前にうちの部隊は全滅しちまったんだが……」

「だったら何でだ? 原因は何だ?」

「原因なんてねぇんだよ、理屈じゃなくて感情の話だ。言葉が、態度が、考え方が、ただただ気に食わなくていけ好かねぇ。そんなレベルの話さ。そしてそれはマスターだけじゃねぇ、キュールも同じだろ。ジョーカーは所帯がでけぇからな、相当な数の人間がいる。それだけ人がいりゃあ馬が合わねぇヤツの一人や二人くらいいるだろうよ。お前にだってそんなヤツ、いるんじゃねぇか?」

 そう聞かれたビエットの頭の中にはベルバの姿が浮かんだ。

「まぁ……な。だがよ、これはさすがに……」

「ああ、だからこそ面倒なんだ。どこでどうやって折り合いを付けるのか、俺達が挟む口をどこまで聞いてもらえるのか……面倒だがやるしかねぇぜ、ビエット。ボス達を説得すんぞ」
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