流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王

139. 秘密

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「ああ? なんだぁ急に?」

「相手を殺す時、何を考えて殺す?」

「何って言われてもなぁ……」

 眉間にシワを寄せるブロス。予想もしていなかった質問に若干の戸惑いを見せる。

「殺したあとは? どう思う? 殺した相手の事は覚えてるか?」

「待て待て、何なんだよ気持ちの悪ぃ……まるでこれから戦場に出る新兵がするような質問だな。そんなもん今さらだろうがよ? アウスレイ吹き飛ばして何人殺した? その前にも、エリノスでハイガルド兵まとめて殺ったんだろ? 聞いたぜ、マスターからよ。何で今さらそんなん気になるんだ?」

「…………」

 少しの沈黙。果たして話しても良いものか? いや、俺はもう話すつもりでいるのだ。だからこその質問だ。話すつもり……と言うより話すべきなのだ。

「ブロス……秘密は守れるか……?」

 一瞬きょとんとするブロス。しかしすぐに笑いながら話し出す。

「おいおい、今度は秘密だぁ? 一体どうしたってんだ? まぁいいぜ、聞いてやんよ。てめぇごときがどんなだいそれた秘密抱えてやがんのか、聞いてやるから話せよ。寝小便収まんの遅かったとか、それとも女の趣味がとんでもなく悪ぃとか? ハッ! 一体どんな秘密語ってくれんのか……」

 そこまで話すとブロスは俺の視線に気付いたようだ。じっ、と自身を見つめる視線に対し「チッ……」と舌打ちする。そしてその顔からは小馬鹿にするようなニヤけた笑みが消えた。

「分かった。ご要望とあらば墓まで持ってってやる。いいぜ、話せよ」

 俺は意識が戻るまでの間に見ていた夢の事を話した。顔のない死人達の事だ。そしてそれに付随して、もう一つ重大な秘密も話した。終始黙って聞いていたブロスも、さすがにその秘密を耳にした途端いぶかしげな表情を浮かべた。

 その秘密とは俺が他の世界から来た人間だ、という事である。

 全てを話し終えるとブロスは呆れたように少しだけ笑いながら、まるで独り言のように小さく呟いた。

「さすがによ、荒唐無稽こうとうむけいすぎんだろ……おとぎ話じゃあるまいし……」

「おとぎ話ね……サミー・クラフトだっけ? 案外実話を元にした話しかもしれないよ。現に俺は世界をまたいでここに飛ばされたんだ。荒唐無稽な事を話してる自覚もある。けど、事実だからどうしようもない」

 今度はブロスが俺の顔をじっと見る。俺が嘘を言っているのではないか? 恐らくブロスはそう考えているのだろう。見ているというより、様子をうかがっているという感じだ。そして「ふぅ……」と息を吐き、静かに口を開く。

「俺をかつごうとしてるって訳じゃあ……なさそうだな」

「ここでお前をだまして一体何の意味が?」

「ま、そりゃそうだ……」

 そう口にするとブロスは無言になった。そしてしばし考え込むような表情を見せた後、「なるほどな……」と呟いた。

「ブロス?」

「ああ、いや……何となく合点がてんがいった」

「どういう事?」

「てめぇから感じていた違和感の正体が分かったっつうか、に落ちたっつうか……」

「違和感……」

「ああ。俺はずっとてめぇに対してある種の違和感を感じていた。およそこの世に生きてる者とは思えないような、どっか現実離れしているような……何て言えばいいか……実体がない……って感じか?」

「実体がない!?」

「たまにな、そんな感じがするんだよ。こいつは本当にこの世界に実在する存在なのか、ってよ。だがその違和感の正体が分かったぜ。俺とてめぇの常識の相違、ってヤツだ。てめぇはまるでこの世界の事を理解していねぇ、言ってみれば産まれたてのガキみてぇな感じだ。そしてそれこそが、俺が感じていた違和感なんだろう。てめぇの言動にムカつく事もあった。理屈は通ってる、筋も通ってる、でもどっか青臭くてガキ臭ぇ。支部を吹き飛ばそうなんてムチャクチャな提案したりよ。でもその正体が分かりゃあ、なるほど確かにって感じだぜ。」

「常識の違い……」

「そうだ。さっきの話じゃ、てめぇのいた世界じゃ殺しはタブーなんだろ? て事は、元の世界で人を殺した事は……」

「ある訳ない。例えどんな理由があったにせよ、人殺しは重罪。捕まって裁判にかけられ、牢に入れられる。懲役だ。場合によっちゃ死ぬまで出られない、死刑になる可能性だってある。」

「人を殺すなって言ってんのに死刑かよ。命をもって命を償う、まぁ理屈だが」

「死刑に関しては賛否両論あるさ。ともあれ人を殺しちゃいけない。これはどんな小さな子供だって理解している俺のいた世界のルールだ」

「そうかよ。だがこの世界じゃ実に簡単に人は死ぬ。殺し、殺される。てめぇの大切な物を守る為には、時として相手を殺す必要がある。その判断が許されてる世界だ、誰だってためらわずにそうするだろうさ。だが……思うに、てめぇはまだ割きれてないんじゃねぇか? だからそんな夢を見た……今までは一方的に殺す側だったんだろ? アウスレイでもそう、エリノスもだ。だが殺すって事は殺されるって事でもある。今回アイロウに殺されかけて、死にかけて、てめぇの中で生き死にってヤツが急に現実感を持ち始めた。だからそんな夢を見た、とかな。要は……」

 ビビってんだよ。そう言おうとしたがブロスはその言葉を飲み込んだ。ブロスなりに気を使ったのだ。

「……ま、いいや。さて、てめぇ話を聞いた上でだ。改めててめぇの質問に答える。殺す時は何も考えねぇ。ただ殺す、それだけだ。殺したあともどうも思わねぇ。次に殺すヤツの事を考えるだけだ。殺したヤツの事は覚えちゃいねぇ。そもそも覚えられる訳がねぇ。傭兵なんてやってちゃよ、今まで何人ったかなんて……まぁ分かる訳ねぇわな。とまぁ、これが俺の答えだが……てめぇが期待していた答えとは、恐らく違うんだろうな」

 期待……果たして俺は期待していたのだろうか? ブロスも俺と同じように殺す事への罪悪感を抱えている、とかそういう答えを………

「んでぇ……その秘密、他に知ってるヤツは?」

「え? ああ……知ってるのは四人だけ。魔法の師であるドクトル・レイシィ、ドクトルが仕えるオルスニアの国王、オルスニアの英雄ラムズ・アドフォント、んでブロス、お前だ」

「……はぁぁ、マスターにも話してねぇのかよ……」

「あ~……そう言や話してないな」

「何だか要らなくドデけぇ荷物背負わされた気分だぜ」

「別に、それについて何をどうこうして欲しいとは思わない。邪魔だったら忘れてくれても構わない」

「忘れられる訳ねぇだろ、そんな嘘みてぇな秘密……でもまぁ、てめぇにしてみたら話してよかったんじゃねぇか? さっきより表情が柔らかくなってやがる。俺に話した事でちっとはスッキリしたんだろ?」

「ん? そうか……? さっきはどういう……?」

強張こわばってガッチガチなつらしてたぜ。まぁあれだ、考えすぎるな。必要な事をやってると思え。お前が相手を殺す事で救われる命があるってのは事実だからな。それでもモヤモヤすんならよ、話くらいは聞いてやる。ただ話すだけでも大分違う……おい、何だそのつらぁ……意外そうな顔すんじゃねぇよ! 話聞いてやるくらいはいくらでも……だからその面止めろ!!」


 ◇◇◇


「呆れたな。こんな所にまで潜り込んでくるとは……」

「潜り込むのは得意なもんでね。しかし久しぶりじゃねぇか、旦那」

 時間を一週間程戻す。ここにも一人、秘密を抱えた者がいる。その男は秘密を共有する者を訪ね敵地へと潜入していた。

「で、こんな敵地に一体何の用か、ベルバ。エイレイ兵に見つかったら大変な事になるぞ」

 部屋に入るなりドカッ、と椅子に腰を下ろすベルバ。足を組み、ついでに腕も組み、ベルバはゆったりと話し出す。

「な~に、旦那から頼まれていた例のアレ、いい方向に進みそうなんでな、その報告だ」

「ほう……それは吉報。お前が殺るのか?」

「まさか。自慢じゃないが、俺と奴とでは奴の方が数段上手うわてだ。俺じゃ太刀打ち出来ねぇよ」

「……確かに自慢ではないな」

「キュールに動いてもらう」

「キュール? 副支部長……だったか?」

「そうだ。バルファじゃテグザに対する不満がとぐろを巻いている。それをてこ・・にキュールを動かそうと思ったんだが……野郎案外慎重でな、腰が重い。もう一押し欲しいと思っていたんだが、ここに来てテグザから嬉しいギフトが届いた。テグザの指示でバルファの今の状況を伝える使いが来たんだが、そいつが言うにはテグザの野郎、とうとう部下をりやがったらしいんだ。とぐろを巻いてた不満にいよいよ見事に火が点いて、キュールはとうとう腹をくくった。テグザを始末する覚悟が出来た、とまぁこんな感じよ」

「そうか。良くそこまでこぎ着けたな」

「全く、苦労したぜ。一体何人殺したのやら……けどこの戦が終わらなきゃキュールは動けねぇぜ?」

「ああ、心配するな。恐らく戦は終わる……そろそろな」

「ふ~ん……ま、それならいいんだが。しかし、何だってこんな回りくどい事を? バルファにゃ六番隊が向かったんだろ? よもやアイロウがしくるとは思えねぇが……」

「万が一、という事もある。念には念をだ。絶対に団長とテグザを引き合わせてはならない。団長はあれで情に厚い所があるからな」

「……なるほど。いざテグザを目の前にしたら仏心が生まれるかも知れねぇと……エクスウェルにそんなぬるい一面があるとは知らなかったぜ。しかしアレだな、エクスウェルの為にここまで骨を折れるってのは、まさに鉄の忠誠心ってヤツがあってこそだ。俺も旦那みたいな部下が欲しいもんだぜ」

「ふん、茶化しおって……まぁいい。このまま残るなら面倒をみてやるが、どうする?」

「いや……一旦戻るぜ。事の顛末てんまつを見届ける。その責任があるからな」

「ほう意外だな、仕事熱心ではないか」

「おいおい、これでも仕事にゃ真面目な方だぜ? そうは見えないかも知れねぇけどな。それよか報酬……頼むぜ?」

「心配するな、約をたがえるような事はしない」

「そりゃなにより。んじゃそろそろ行くぜ。またな、ラテールの旦那」

 そう言ってベルバはラテールの部屋を出た。

(使える駒とは思っていなかったが……奴の話の通りだとしたら案外良い仕事をするという事か。これで万が一にもテグザに先はないだろう)

 しばし静かに考え込むラテール。おもむろに席を立つと部屋を出る。エバール砦内は騒然としていた。劣勢に追い込まれているエイレイ軍の反抗作戦、その準備の只中ただなかにあったからだ。
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