流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

126. 異変

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「こっちも終わったようですね?」

 地下室にデームがやってきた、どうやら二階も片付いたようだ。「デーム!?」とライエは驚きの声を上げる。

「ライエさん! 無事ですね? よかった……」

「呆れた連中だ、本当に正面から制圧したのか……」

 そのすぐ後に現れたのはユーノル。諜報部のルールを破り処分・・対象になっているナーチがいるか確認する為に屋敷に入ったのだ。「……誰?」といぶかしげなライエ。ギュッと胸を隠す腕に力が入る。

「あんたがライエか? 俺はユーノル、諜報部の者だ。まずは無事で何より、ホッとしたよ。何とか俺も役目を果たせた訳だ。しかし……」

 じっ……とライエの顔を見つめるユーノル。「……何?」と眉をひそめるライエ。

「聞いていた通り……いや、それ以上の美人だな。アルガンなんて小者こものには勿体ない」

「お……おお……」とうなるライエ。そしてブロスにドャァァ……とニヤけた視線を送る。イラッとするブロス。

「チッ……んでぇ、ナーチってのはここにいたのか?」

「いいや……」と首を振るユーノル。

「上にはいなかった。後はここだけなんだが……」

 そう話ながら俺が倒した男達の顔を一人ずつ確認するユーノル。

「この屋敷にはいないな。しかし……何をどうすればこんな仕上がりになるんだ? 全身穴だらけなんて……地下はコウが請け負ったと聞いたが?」

 ユーノルの目が止まったのは、全身に空いた小さな穴から血を流して倒れている男。魔散弾まさんだんを当てて倒した奴だ。

「ああ、それは小さな魔弾まだんを一杯……」

「お前身体中からトゲが飛び出す奥義でも習得してるのか?」

「出るかぁ! 何だその奇妙な奥義、どこのトゲマスターに習うんだよ」

「ん?」

 ユーノルは何かに気付いた。穴だらけで横たわる男が羽織はおっているジャケット、そのポケットが変に膨らんでいる。ユーノルはポケットに手を入れる。中から取り出したのは手のひらくらいの魔法石だった。

「何だ? この魔法石……」

 デームはユーノルに近付き魔法石を確認する。

「灯り用……ではなさそうですね」

 ユーノルは魔法石をくるくると回転させ、側面を注意深く観察する。

「灯り用ならばポケットに入れる意味がない。何の効果が……?」

「そんなんあとにしようぜ」

 魔法石を調べているユーノルとデームに、ブロスは面倒臭そうに声を掛ける。

「さっさとここを出て休もうや、腹減っちまったぜ」

 ユーノルは魔法石をローブのポケットにねじ込んだ。

「……そうだな、そうしよう。取り敢えずライエを休ませて……」

「あの……!」とライエは声を上げる。

「みんな、助けてくれて……ありがとう。迷惑掛けてごめんなさい……でも、あたしすぐに行かなきゃいけない所が……」

「トルムだろ?」とブロス。「へ?」とポカンとするライエ。

「そっちはゾーダが行ってる、心配すんな」

「ゾーダさん? 何で……」

「何でもかんでも、お前の弟を救出する為だろが」

「何で……それを……?」

「いいかライエ!」

 ブロスは声を上げながらライエの目の前に立つ。そして右手の人差し指をビッ、とライエに向ける。

「お前の浅はかな考えなんてな、全部お見通しなんだよ! 面倒事を一人で背負い込んで、一人で解決するつもりだったんだろうがよ! お前が一人で動いた事でかえって面倒事がデカくなってんだ! だから、これからは……ちっとは周りを頼りやがれ!」

「へ? あの……」とキョトンとするライエ。

「どうなんだ!!」と詰め寄るブロス。

「はい! あの、ごめん……」

 勢いに任せ怒鳴り散らしたブロス。ライエの謝罪でいくらかクールダウンしたようで「ゴホン」と咳払いをして静かに話を続ける。

「まぁ……それと、あれだ。お前の目の前で……リガロをったのは……何つうか……まぁ、ちっと配慮はいりょが足りなかったっていうか……まぁ、何だ……済まなかったな」

「あ、うん……え?」

「っだぁ! 行くぞ!」

 そう怒鳴りながらブロスは部屋を出ていった。そんなブロスに呆れ顔のユーノル。

「何なんだあいつは、不器用過ぎるぞ。もう少し気のいた事言えないのか……?」

「いやいや、ブロスにしちゃ上出来でしょ」

 俺は話しながらローブを脱いでライエの肩に掛けてやる。

「あ……ありがと……」

「あの荒くれ王子がちゃんと謝れてた訳だし。まぁ言い方はアレだけど」

「荒くれ王子……」

 プ……と吹き出すデーム。そんなデームにライエは不思議そうな顔で尋ねる。

「リガロがどうとか言ってたけど……あれ何?」

「目の前でリガロを粛清しゅくせいした事で、ライエさんがショックを受けたんじゃないか、と。同期だったんですよね?」

「あぁ……あれはだって、リガロが悪いでしょ。確かに目の前で、ってのはちょっとアレだったけど……でもリガロのせいで何人も死んだし、どんなに贔屓目ひいきめに見たって擁護ようご出来ないよ。何あいつ……そんな事気にしてたの?」

「そう言ってやらないで下さいよ。ブロスさん、相当気になってたみたいですよ」

「ふ~ん……相変わらず小さいヤツ……」

 そう呟いたライエは少しだけ笑っていた。

(そっか、ベクセールも大丈夫か……ゾーダさんが行ってくれてるなら心配ないな)

 そして弟とも無事合流出来そうだという事に胸を撫で下ろした。

「さて諸君」

 ユーノルは部屋の入り口に立ち、パンと手を鳴らす。

「そろそろ行こうか、北門のそばに宿を取ってある。ライエにはそこで今回の詳しい説明をしてやろう。それと服も用意しないとな。今日はもう日が暮れる、明朝まで休んだらバルファを出てセグメトへ向かおう。そこでゾーダ達と合流だ」


 ◇◇◇


「急げ急げ! 敵は待ってくれないぞ!」
「お前達は第二次防衛線だ! ここから三ブロック先に……」
「他の門は閉めたのか? 北門から来るとは限らないから……」


「なぁ……何か街の様子がおかしいぜ? 衛兵共がバタバタ走り回ってやがる」

 夜、バルファ北門のそばにある宿。二階の部屋の窓から外を眺めていたブロスが街の異変に気付いた。皆で窓に集まり外の様子を確認すると確かに、多くの衛兵が走り回っているようだった。

「何だぁ? 火事でもあったかぁ? こっからは……何も見えねぇな」

「皆、北門の方に移動してますね」

 デームのその言葉にハッとした様子のユーノル。

「探ってくる……少し待っててくれ」

 そう言い残し部屋を出た。


 ◇◇◇


 相変わらず街はバタバタとしている。つい今しがたこの宿の主人が「街で何かが起きている、情報が入るまで部屋から出るな」と釘を刺しに来た。

「何があったんだろ……何か……よくない感じがする」

 窓の外を眺めていたライエはそう呟いた。それを聞いたブロスも「ああ。嫌な感じがしやがる……」と同意する。彼らは傭兵だ。危険な事や危機を敏感に察知する能力に長けているのかも知れない。だが、俺も何となく二人と同じような感じを受けていた。この雰囲気、ラスカの夜と同じような感じがするのだ。オークの襲撃を受けたあの日のラスカと似たような空気。沈黙の中、も知れぬ重苦しさがまとわりついてくるようだ。しかしその沈黙は突然破られた。

「待たせた! すぐに出るぞ、準備してくれ!」

 勢い良く扉を開けユーノルが部屋に飛び込んできた。

「何があった!?」

 ユーノルに説明を求めながらも、ブロスはすぐさま荷物をまとめ始める。ライエやデーム、他の諜報部員達も同様に荷を片しだした。さすがは傭兵、反応と行動が早い。例え理由は分からずとも、一刻も早く動かなければならない状況だと、頭ではなく身体が理解しているのだろう。

「外を走り回ってる衛兵を何人か捕まえて話を聞いてきた。どいつも断片的な情報しか持ってなくてな、ただそれらをまとめると……アイロウが攻めてくる」

「アイロウだぁ!?」

 ブロスは手を止めて驚きの声を上げた。

「ああ。話をまとめると、テグザは龍の背でアイロウと交戦、アイロウを一時的に退けた。テグザはその後バルファに戻り、アイロウを迎え撃つ準備をしていた。そしてアイロウは態勢を整えて……」

「ここに攻めてくんのか!」

「そういう事だ。テグザはすでに支部に戻っている。街は臨戦態勢、守備兵を配置すると共に各門は閉ざされた。だがあのアイロウだ……容易に中まで入ってくるぞ。目的の為なら市街戦もいとわない、例え街の住人がどれだけ犠牲になろうとも、だ。そうなると……」

「クソッ! 厄介な事この上ないって訳か!」

「そうだ。俺達がここにいる事がバレたら、最悪三つ巴の市街戦になる。それこそどれだけ犠牲者が出るか分からない……それにあんたらからしたら、ゼル陣営の人間がバルファで暴れたって事になる。あとの事を考えたらマイナスしか生まないんじゃないか?」

「ああ、全くその通りだ、くそったれめ!」

 ブロスは吐き捨てるように怒鳴ると、止めていた手を再び動かし始める。

「済まん、これは俺達諜報部のミスだ。テグザとアイロウがぶつかるのは予想出来ていた。だが、それ以降の情報が入ってきていない。多分うちの連中、閉め出されたんだ。バルファに情報を届ける前に、門が閉まっちまった……」

「その辺の事はあとだ! さっさと出るぞ!」

 早々に準備を終え、ブロスは部屋の扉を開く。

「ライエ、済まない。あまり休めなかっただろう?」

 ユーノルはライエを気遣った。しかしライエは首を振る。

「ううん、大丈夫。ご飯も食べたし服も買ってもらった。問題ないよ!」

 俺達は慌ただしく宿を出た。




(アイロウ……)

 ジョーカー最強という冠を頭に載せている男。皆の様子を見ていると、相当ヤバい奴なのだろうという想像は容易につく。しかしこの時、俺はまだ知らなかった。知るよしもなかった。ジョーカー最強などという言葉、口にするのは簡単だが実際それがどれ程のものなのかという事。その意味、その重さ、その強さ。

 そして、やがてそれを嫌と言う程体感する事になる。
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