流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

118. 交錯する罠

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「よし、出発する!」

 ブレングの号令で一番隊が移動を開始、スティンジ砦をあとにする。砦を出るとすぐに街道は緩やかな登りの斜面になっており、進むに連れてその傾斜はきつくなって行く。他の街道よりも距離は短いがその分険しいのがこの北道ほくどうだ。

 先頭のブレングは実に意気揚々いきようようと馬に跨がっているように見える。当初は東側の主力部隊から外された事に不満を持っていたが、少数で国内に侵攻し敵をき回すという任務は、誰にでも任せられる事ではない、本当に力のある者にしか云々うんぬんかんぬん……というラテールの説得を受け、今では非常に前向きにこの任務を捉えている(勿論方便である)。

(ゴメンね、ブレング……)

 一番隊の全ての騎馬が所定の範囲内に入った事を確認すると、ライエはスッ、と右手を前に出す。そして静かに目をつむり、魔弾まだんを一つ放出した。

 シュ……と小さな音を立て、地面の低い位置を飛んで行く魔弾。そしてその魔弾は地面へと消えて行く。


 ボン!


「!! 何だ!?」

 ブレングは後ろを振り向く。すると隊列の中盤辺りで街道の幅一杯に、とても大きな、そして真っ赤な炎が壁のように立ち上がっていた。

(何だ!? 攻撃! いや、罠か!!)

「全隊……」

 散開だ! ブレングはそう叫ぼうとした。しかしその時すでに炎はすぐ後方まで迫っていた。二発、三発と立て続けに地面から炎が噴き上げてきたのだ。ブレングは馬を操り、街道から左脇に見える岩場へと移動しようとした。が、遅かった。すぐに自身も炎に身を包まれた。

「ウワァァァ!」
「何だ!? 何だ!!」
「グゥゥ……熱……」

 一番隊の全員が炎に飲まれた。ライエは「ふぅ……」と小さなため息をつく。いつもだったら敵を罠にめても、こんな気持ちにはならないだろう。しかし今日は違う。ライエはこの上ない後味あとあじの悪さを感じていた。

 至る所から響いてくる叫び声、馬達は熱さから暴れに暴れ、隊員達は落馬し地面を這いつくばり、あるいは炎を消そうと転げ回り、駆け回る。しかしそう簡単にその炎を消す事は出来ない。これは普通に起こした炎ではない、魔法により発生した炎だ。その発生要因が魔力である以上、これはある意味意思を持った炎だと言える。対象を焼き尽くそうとする意思、いや、悪意か。この凶悪な炎を防ぐには、魔力シールドで全身をすっぽりと包んでしまえばいい。魔力を帯びた炎である以上、シールドで防ぐ事が出来るのだ。だが、咄嗟とっさにそれを出来た者が果たして何人いただろうか。そもそも全身をシールドで包むのはそう簡単な事ではない。技術が必要だ。そういう事態を想定し練習しておく必要がある。今までやった事のない者が急にやって出来る程簡単ではないのだ。そして仮にそれが出来た者がいたとしても、結局生き残る事は出来ない。何故なら生き残った者の首を狩り獲る為に、森にしていた部隊が動き出すからだ。

「よし、そろそろ出るぞ!」

 ライエが罠を張った二十メートル程先、街道脇の森からアルガンを先頭に、エラグ・バルファ支部団員混成の伏兵部隊が次々と飛び出してくる。その数三十人程。炎が完全に収まったら一方的な殺戮の始まりだ。と、彼らはそう思っていた。残念ながらまだ気付いていないのだ、このあと自分達に訪れる不幸を。




「お~、来た来た。案の定アルガンは先頭だな」

 街道脇の森に身を隠していたのは伏兵だけではなかった。ベルバとリューンは伏兵達から少し離れた所で息を潜めてその時を待っていた。ライエが罠を仕掛けたその夜、二人は巡回の役目を請け負っていた団員に自分達が代わってやると申し出て、闇の中でとある仕掛けを施していた。その仕掛けを発動させる時が近付いているのだ。

「分かってんな、リューン? アルガンはやり過ごせ、残りの連中はまとめてボン、だぜ?」

「ちょっと待って! 何でバルファの皆がいるの!? 伏兵はエラグの連中だけだって……」

「ああ? しょうがねぇだろ、いるんだからよ。まぁ気にすんな、早く構えな」

「無理よ! 出来る訳ないでしょ!」

「チッ……関係ねぇんだよ、誰がいようが。お前にとっちゃアルガンが無事ならそれでいいだろ? やるべき事は一つ、そしてそれをやるのは今だ。分かったらさっさと……」

「関係あるわよ! 仲間を巻き添えに……」

「リューン!!」

 ベルバはリューンの両肩を掴み、揺さぶるように言い聞かせる。

「いいか、ここで動かなきゃお前は全てを失う。アルガンは勿論、バルファでのお前の立場もだ。今まで戦場で罠を仕掛けるのはお前の役割だった。設置型魔法を扱えるヤツなんてな、そう多くねぇからな。だが状況が変わった。ライエが来たからだ。どんなに贔屓目ひいきめに見ても、お前じゃライエにゃ遠く及ばねぇ。分かるか? お前がやらなきゃアルガンを盗られるだけじゃなく、役目と居場所まで盗られちまうんだ。いいのかよ……? 心配すんな、後の事は俺が上手くやる」

「だって……」

「だってじゃねぇ」

「……でも」

「でもじゃねえ! やれ!」

「う……うう……」

「アルガンが通過した、今だ! やれ! リューン! 全て失っていいのか! やれぇ! やりやがれぇ!!」

「う……うわぁぁぁぁぁぁ……!!」

 悲痛な叫び声と共に、リューンは魔弾まだん射出しゃしゅつした。リューンの上げた声とは対照的に魔弾は静かに飛んで行く。そしてライエが仕掛けた罠の前方、伏兵部隊が走る地点へ着弾。ボン! と地面は火を吹いた。




 伏兵部隊の先頭を走るアルガンは、わずかに生き残った一番隊の隊員に斬り掛かろうと剣を振り上げる。突然の炎、そして襲撃に一番隊の隊員は全く対応出来ず、為す術なくその命を散らす、はずだった。


 ボン!


「何だ!?」

 突然後方からの爆発音。それは大きく、そして重く響き地面が揺れた。アルガンは咄嗟とっさに振り向く。その目に映ったのは地面から噴き上がった炎が収まろうとするさまだった。辺りには土煙が巻き上がり、吹き飛ばされたのであろう伏兵の何人かが倒れている。

「何だこりゃ……おい! 一体……」


 ボン! ボン!


 立て続けに地面が火を噴き爆発を起こす。最初の爆発の後方だ。アルガンは反射的に身を屈め顔を隠した。身を起こしたアルガンが見たものは、一面に立ち込める土煙と地面に横たわる伏兵達。

「何だ……何なんだ!?」

 立ち尽くすアルガンは叫ぶ。そしてその様子は当然ライエにも見えていた。

「何……これ?」

 しばし呆然としたライエは我に返り、アルガンのもとへ走り出す。

「アルガン! 何これ!? 一体何!」

 そう叫びながらライエは倒れている伏兵達に治癒魔法で治療を始める。しかしそんなライエの腕を掴み、強引に後ろを振り向かせるアルガン。

「何、アルガン! 早く治さないと……」

「……てめぇか?」

「え……何を……?」

「てめぇライエ……めやがったな!!」

「は……? ちょっと待って、何であたしが……」

「てめぇは作戦の全てを知っていた! 伏兵が通る場所に罠を仕掛けるなんざ造作もねぇ……これは……意趣いしゅ返しのつもりかぁぁぁ!!」

「待ってよ! 弟が人質にとられてるのに、こんなバカな事する訳ないでしょ!!」

「うるせぇ! てめぇ……てめぇは……許さねぇ!」

 血走った目、怒りで歪む顔、アルガンは手にしていた剣をライエに向ける。

(くっ……)

 ライエは立ち上がり、その場から走り出した。今のアルガンには何を話しても無駄だ、このままここにいては危険だ、そう思ったからだ。

「ライエ! 待てゴラァ! クソッ……!」




「フフ……フハハハ……ハッハハハァ! いいぞリューン! よくやったぁ!」

 森の中から一部始終を見ていたベルバ。思わず笑いが込み上げてきた。ここまでは完璧に事が運んでいる、笑わずにはいられなかったのだ。

「よし、んじゃずらかるぜ」

 リューンに呼び掛けるベルバ。しかしリューンは一点を見つめたまま動かない。その身体はかすかに震えている。

「おい、リューン」

 ベルバはリューンの肩を叩く。リューンは驚きビクッ、と身体を揺らした。

「ベルバ……皆が……」

「ああ、そうだな。お前がやったんだ、よくやったぜ。さぁ、行くぞ」

「行くって……」

「ここにいる事がバレたら疑われんだろ、何の為に砦の守備を買って出たと思うよ? 離脱した守備兵の合流地点に行くぞ。そっからひょこっと顔出すんだよ、何があったんだぁ!? ってな。ほら、行くぜ」

 ベルバに促されリューンはようやく立ち上がり歩き始める。その顔は青ざめ目は虚ろだった。




 ベルバの指示で森の中を進むリューン。少し歩くと森を抜け、広がった視界に飛び込んできたのは落差十メートルはあろうかという崖だった。

「ベルバ……進めないわ」

「ああ、進めねぇな。降りるんだよ、左だ」

 リューンは左を見る。しかし左もずっと同じ様に崖が続いている。

「左って……どこに…………!」

 突如リューンは背中から胸にかけて強い衝撃を感じた。下を向くと自身の胸の真ん中から、赤く染まった剣の切っ先が顔を出していた。

「あ……あぁ……」

 振り向くと剣を握っているベルバ。その剣はどうやら自身に突き刺さっているようだった。

「あ……なん……グッ……カハッ……」

 何で? リューンはそう聞こうとした。しかし言葉にならなかった。何故なら胸の奥から熱いものが込み上げてきて、言葉を遮るように口から溢れ出てきたからだ。ダラダラと血をしたたらせるリューンを見ながら、ベルバはニヤリと笑う。

「間違った。降りるんじゃなくて、落ちるんだったな。大丈夫だ、後は俺がキッチリやっておく、任せろ。な?」

 スッ、と剣を引き抜くベルバ。

「ああ、そうそう……気持ち良かったぜぇ?」

 リューンはベルバを見つめたまま崖下へと吸い込まれていった。
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