流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

117. 未熟なマスター

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「ほぉ~、思ったよりデカい砦だな」

 キョロキョロしながら通路を歩くジョーカー団員。
  
「ああ。外からじゃ分からねぇが横に広い。部屋も多そうだし、今日は屋根の下で寝てぇな。出来ればベッドでゆっくり……」

 もう一人の団員は肩をグリグリと回す。

「大丈夫だろ? なんせ落としたのは団長だ。第一功ってヤツだしよ。大部屋ぐらいは割り当てられるんじゃねぇの? まぁさすがにベッドは……ないだろうけど」

 エラグ軍が撤退し放棄されたエバール砦。すぐさまエイレイ軍は砦を接収、初戦はエイレイ軍の圧勝で終わった。この勝利の立役者であるエクスウェルは城壁の上、尖塔せんとうの近くにいた。ちょうどビー・レイの姿が見えた辺りだ。

(……焦る事はない。万が一にも逃がさないよう、確実に……)

 裏切り者、ビー・レイの首を獲る。改めてその決意を胸に刻み込んだエクスウェル。砦の中へ入ろうと歩き始めた瞬間、不意に名を呼ばれた。

「ここにおったかエクスウェル殿!」

 城壁上にやってきたのはグリー。エクスウェルを労おうと探していたのだ。

「ああグリー将軍、先程は出しゃばってしまい、申し訳ない」

「何の! 何を謝る事がある! 貴公の武威ぶい、しかと見せてもらった。その上で、最少の犠牲でこの砦を落とせたのだ、全くもって素晴らしい! しかし、難攻不落と言われていたこのエバール砦、こうも容易たやすく落とせるとは……」

「難攻不落とはあくまで人が相手であれば、という事なのでしょう」

「なるほど……人成らざる者が相手ならばその限りではない、か」

「それに連中はほぼ抵抗する事なく引き上げましたからな。それにしても、随分と思い切って撤退したものです……」

「うむ。恐らく連中も最初からこの砦は棄てるつもりだったのだろう。なんせ物資が何も残っていない。それでも連中からしたらやはり計算外だったのではないか? こんなにも早く撤退する事になろうとは、とね」

「英断だったのでしょうな、クライールの。結果的に連中はほとんど犠牲を出していない訳です。戦力が丸々残っている。この思い切りの良さも、クライールが天才と称される所以ゆえんなのでしょう。仮に私のような凡人が砦を任されていたら、きっとギリギリまで粘ろうとしていたでしょうな。そうなれば、どれだけの犠牲が出ていたか……」

「ハハハハ、謙遜されるな。貴公であれば、きっと上手く砦を守りきるであろうよ」

「これは……お誉めいただき光栄ですが、しかし過分な評価ですな。私などそれ程のものでは……しかし、いささか手際良く攻め過ぎました。もう少しモタついていれば、あるいはもっと殺せたかも知れません。で、この後は?」

斥候せっこうを出しながら慎重に進軍する。恐らく……これより上は罠だらけだろうからな、一先ひとまず今日はここまで……」

 話ながらふと空を見上げるグリー。そして思わず笑ってしまった。

「フフッ、まだ日も天に昇っておらぬ……」


 ◇◇◇


「見えたぞ! スティンジ砦だ!」

 東道とうどう、そして南道なんどうの開戦から遅れる事数時間、北道ほくどうを担当するジョーカーの一団がようやく攻略目標のスティンジ砦を目視した。スティンジ砦を攻めるのはジョーカー一番隊。そして一番隊と並走している六番隊は、このまま南西方面へと進みバルファ支部を急襲する。

「マスター!」

「聞こう!」

 一番隊マスター、ブレングの下へ斥候せっこうが戻ってきた。

「砦の守備は薄い、外から見る限り二十人くらいだ」

「二十!? 何だそれは!」

「ああ、少な過ぎる。中にいやがるのかも知れねぇが……でもそれ以上にあの砦、とんでもなくボロい。城壁も低いし門も薄そうだ。北道ほくどうはあまり使われてないようだから、改修が追い付いてないそうだ」

「分かった。ご苦労。まぁ問題ない、仮に何人いようが俺達なら抜ける。一気に北道を駆け上がるぞ!」

「……ブレング」

 並走していたアイロウはブレングに声を掛ける。いや、声を掛けてしまった。何も言うつもりはなかったのだ。しかし声を掛けずにはいられなかった。

「何だ、アイロウ」

「お前、分かってるのか? 十中八九、伏兵がいるぞ。油断してたら痛い目に……」

「そんな事は分かっている!」

 ブレングは怒鳴るように返答する。

「いいかアイロウ、俺達は同じ立場、同じ番号付きのマスターだ。上も下もねぇ、同等だ。分かるか? 同等なんだよ! 格上を気取って喋ってるんじゃねぇよ! 一番隊の事は何も気にする必要はない、何故なら俺が全てを見ているからだ。お前はお前の……六番隊の事を気にしていろ!」

(チッ……ガキが……)

 アイロウは辟易へきえきとした。同じマスターであり同等。確かにそうだ。しかしブレングはキャリアが浅い。一つのほころびで全てが崩れ去る事だってある。自分がそのほころびになる可能性だってあるのだ。ブレングはそれを理解していない。故に声を掛けた。そのつもりはなかった、きっと反発されるだろう事は分かっていたからだ。しかし掛けざるを得なかった。ブレングがあまりにも慎重さを欠いているように見えたからだ。しかしアイロウはその行為を後悔した。

(死ぬなら勝手に死ねばいい。こちらにさえ迷惑が掛からなければ……どうでもいい)

「六番隊! 離脱するぞ!」

 並走していた二つの隊は別れた。アイロウ率いる六番隊は馬の速度を上げ砦の前を通過、バルファ支部を目指す。

(ハッ、最強とか言われていい気になってんじゃねぇよ)

 離脱する六番隊を横目にブレングは隊に指示を出す。

「いいか! 最速で落とす! モタモタすんなぁ!」


 ◇◇◇


 スティンジ砦の城壁の上、ジョーカー団員は後方の街道に向け矢を放つ。

「……高く、一本……予測通りか」

 それを確認した別の団員は、街道脇の木陰に身を隠すアルガンに伝える。

「アルガン、合図だ。予測通り一番隊だ」

「よしよし……聞いたろライエ、いよいよだ」

「…………」

 アルガンは自身の後ろで待機するライエに話し掛ける。しかしライエは無言だった。

「心配すんな、上手くいく」

「別に……心配はしてない」

「そうか、ならいい」

「一番隊……ブレングだったっけ?」

「ああ、そうだ。元一番隊副官、ブレング。一番隊とは任務で何度か一緒になってるが、会う度にあいつはいつもゼンじぃ小突こづかれてた。なっとらん! とか言われてよ。フフフ……全く滑稽こっけいだよな。あんな中途半端なヤツがマスターとは……世間様から笑われちまうぜ、ジョーカーのマスターってのは誰でもなれるのか、ってよ。あいつにゼンじぃの代わりなんて務まる訳がねぇ。一番隊ってのはゼン爺が率いてるから一番隊なんだ。そもそもなんで一番隊を攻めに使う? 守ってこその一番隊だろ。いくら適任者がいなかったとは言え、エクスウェルもよくあんなのを使ってるもんだ」

 笑いながら話すアルガン。ライエは笑えなかった。これから殺す相手だ、笑えない。


 ◇◇◇


「オラァァァァァ!!」

 ガンッ! ガンッ!

「マスター! もう少しだ!」

「よし、魔導師隊、燃やせ!」

 大槌ハンマーで散々叩かれボロボロになった門に火が放たれた。木製の門はあっという間に焼け焦げ崩れ落ちる。

「よし!突入!」

 ブレングの号令で一番隊は次々とスティンジ砦へ突入する。砦の守備兵は蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、小さな砦は瞬く間に一番隊に占拠された。

「チッ……本当にあれだけの守備兵しかいなかったのかよ」

 ブレングは吐き捨てる様に呟いた。砦の守備兵は四十人程、半分がエラグ兵だった。その程度の数と質でジョーカーの番号付きを止められる訳がない。作戦通り砦は破った。しかし当然ブレングとしては物足りない。ナメられている、そう感じた。

(まぁいい。その分上で暴れてやる)

 一番隊は砦を抜けると二十人程を守備の為に残し、残る八十人で部隊を整えた。このまま北道を駆け上がり、間道を抜け東道へ入る。エクスウェル達とエラグ軍を挟撃するのだ。たった八十人ではあるが、ジョーカーの番号付き八十人だ。充分敵を掻き回せる。

「隊列組め! さっさと済ませろ!」

 そしてそんな一番隊の様子は隠れているアルガンにも伝えられる。

「アルガン、連中来るぜ」

 いよいよ敵が来る。しかしその報を聞いたアルガンは実に面倒臭そうな反応をした。

「やれやれ、ようやくか。待ちくたびれたぜ。守備兵は最小限、砦もえて修復せずに、どうぞ破って下さい、っつって差し出してんのによ、なんでこんなに時間掛かるかね。ライエ、準備はいいか?」

「……うん、いつでも」

「よし。俺は上の伏兵に合流する。頼んだぜ?」

「分かった……」

 アルガンは斜面を登り、ここより少し上の森の中に隠れている伏兵部隊の下へ向かった。ライエは一人草むらに身を隠し、その時が来るのを待つ。一番隊が移動を始めたら設置型魔法を発動、その後伏兵部隊が突入して生き残りを狩り獲って行く。簡単な仕事に簡単な作戦、よもや失敗などしないだろう。

(一番隊もまさかこんな所で罠にかかって死ぬなんて思わないよね)

 殺す事に躊躇ちゅうちょはない。自分にも目的があるからだ。

(ゴメンね、ブレング……)

 弟の身を守る為にはやるしかないのだ。

(後でゼン爺に謝っておかないと……)

 部隊を整えた一番隊が動き出す。馬のひづめがドドドッ、ドドドッと響いてくる。ライエは街道に向け右手をかざす。


 シュン……


 飛び出した小さな魔弾は街道に吸い込まれる。次の瞬間、


 ボン! ボンボンボン……


 地面から次々と大きな炎が吹き出し、街道は赤く染まった。
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