流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴

102. 全力の一撃

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「おぉい! そこの……そうそうお前。何人か連れてよぅ、左っかわのあれ、あの辺な、あのかどっこよぅ、ちっとガリガリ削ってこい」

「おう!」

「それからぁ~……お前! 右の真ん中……あの辺な。あそこちっと薄いからよぅ、その辺のヤツ二十人くらいで突っ込んでこい。上手く行きゃあ真ん中のシスカーナまで届くからよぅ。ただし無理すんなよ、敵が絞ってきたらすぐに脱出していいぜぇ」

「うっス!」

 ラスゥの全軍突撃に乗り遅れ、モタモタと前線へやって来たブリダイル。ラスゥの反対、右翼側へ進みその辺でバラバラに戦っていた部下達をまとめて部隊を形成、シスカーナ隊と相対あいたいしていた。

(さてとぉ……古典的ではあるがこの程度の数の部隊だったらぁ、左右から突っつかれたら……)

 左右からの同時攻撃、ほんのわずかではあるがシスカーナ隊の意識は外側に向く。その隙を、ブリダイルは見逃さない。

「いよ~し、いいぞぉ。お前らぁ! 真ん中抜くぞぉ! ただし、静かになぁ……」

 ブリダイルの号令のもと、部下達はスルスルとシスカーナ隊へ突入して行く。決して騒がず、バタつかず、実に静かに、そして素早く。




「左! 突入してくるぞ! 絞り上げろ!」

 シスカーナは部隊左に指示を出す。そして右を確認、右はさほどではなさそうだが、左右からの攻撃は連動しているだろう。

(釣ってるわね、これ……)

 左右から攻撃。当然部隊の意識も左右にかれる。こんな時は大概たいがい……

「前方、注意しろ! 突撃に備え……」

「シスカーナぁ! 中央、敵部隊突入! クソッ、気付くの遅れたぁ!」

 部下の報告が響く。予感は的中した。

「チッ、言ったそばから……密集!!」

 すかさずシスカーナは大声で指示を出す。部隊全員が指揮官である自身の周りへ集まる指示だ。




「お? おおお……あ~あぁ、気付かれちまったかぁ。門が閉まっちまった」

 一瞬のきょを突き、中央からスルスルとシスカーナ隊の内部へ突入したブリダイル達。しかしそれに気付いたシスカーナの指示で部隊はギュッと密集、シスカーナへと延びていた道がすんでの所で閉ざされてしまった。ブリダイルはシスカーナへ声が届くくらいの位置まで迫っていた。

「よ~うシスカーナ、久しぶりだなぁ!」

「ヌルヌルと……相変わらずいやらしい用兵をする……」

「おおお? 何だぁシスカーナ、ヌルヌル嫌いかぁ? そう言やゼルちゃん、会ったの久々だろぉ? ヌルヌルしてもらったかぁ?」

「ヌルヌルで話を膨らませなくて良い!」

「何だぁ、ヌルヌルしてもらってねぇのかぁ。っかしいなぁ、ゼルちゃんヌルヌル好きそうな顔してんのになぁ」

「な……! 好きそうなって……………………好きなのか……?」

「知るかぁボケぇ! 押し込めぇぇぇぇ!!」

「貴様ぁ……たばかったなぁ! 押し返せぇ!」


 ◇◇◇


「マスター! こいつら……!」

「分かってる! とにかく気ぃ抜くなぁ! 何してくっか分かんねぇぞ!」

 ボーツ軍ほぼ中央。前衛にて交戦中のホルツ・シスカーナ両隊の間を抜け、真っ直ぐに後衛ゼントス隊へ進む一隊を発見したゼル。ゼントス隊の前に部隊を展開しその敵を防いでいた。

「うらぁっ!」

 ゼル隊隊員の一撃はガイン! という音と共に敵の剣をその手から弾き飛ばした。これで決まりだ、と二撃目を打ち込もうとする隊員。しかし敵は間合いを詰めるべく突っ込んでくる。

(こいつ、正気か!?)

 構わず斬り掛かる隊員。敵はその攻撃をかわすと、

 ガッ

 と剣を握る右手、その上腕辺りに噛みついた。

「ギァァァッ! てめぇ! 離せコラァ!」

 その右側では後ろに取り付かれ腕を回され、首を絞められている隊員の姿が。さらにその後ろでは、ふところに潜り込まれ顔面を爪で引っ掛かれている隊員。

「全く、コイツらどこの蛮族だよ!」

 吐き捨てるように話すゼル。周りを見回し大声で叫ぶ。

「互いにフォローし合えよ! ヤバそうなヤツがいたら手ぇ貸してやれ!」


 ◇◇◇


 後方。後衛部隊を率いるゼントスは物質輸送用の荷馬車の屋根の上から、歯噛はがみしながら戦場を睨んでいた。

「ぬぅぅ……どいつもこいつも何しとるか、バカもん共がぁ……出るぞぉ! 準備せい!」

 そう怒鳴るとゼントスはドスン、と荷馬車の屋根から飛び降りる。突然の攻撃命令に慌てたのは部下達だ。

「ちょ……待てよゼンじぃ! まだ動いちゃ……」

「何言っとるかぁ! 早くせい!」

「だからダメだっての! 俺達は後詰ごづめ部隊だろ! 劣勢のとこに応援に……」

「劣勢だろがぁ! どこもかしこも! あんのバカもん共がぁ……クソブリダイルくらいちゃっちゃと片付けんかい! さっさと出るぞぉ!」

「だからまだだっての! 数が減った所に応援部隊を送る役割だろ! まだ大して数減ってないっての! おい! ゼンじぃ押さえろ!」

 数人の部下にガッチリと押さえつけられるゼントス。

「ぬぅぅ……離さんかいぃぃぃ!!」


 ◇◇◇


(ブハハハ、ゼン爺荒れてんなぁ。さっさと終わらせねぇと全員そろって説教食らっちまいそうだ)

 ゼントスの怒鳴り声は、いまだラスゥと交戦中のホルツの耳まで届いた。手数の多さと変則的な攻撃に苦戦していたホルツだったが、少しずつペースを掴み始めている。段々と見えてきたのだ、虚実きょじつ入り交じったラスゥの攻撃パターンが。

(これは……届く)

 ラスゥの左けさ斬り。ホルツはこれを曲刀で受け止める。

(これは……気が入ってねぇ。フェイントだ)

 右けさ斬り。軽く受け止め次に備える。

(こいつは……本命だ!)

 今度は左下からの斬り上げ。ホルツはラスゥの左腕を右足で踏みつけるように弾き返すと、そのまま下ろした右足で地面を蹴りつけ左足を大きく踏み込む。曲刀での突きだ。

(捉えたろ!)

 ラスゥの首元へ真っ直ぐに飛んで行く曲刀。切っ先が突き刺さる直前、ラスゥはわずかに上体を左に反らしながら右の手斧を曲刀の刃に滑らせる。

(チィッ! またかよ!)

 曲刀の切っ先はほんの少しラスゥの首元の皮膚を削ると、そのまま右肩をかすめ後方へ突き抜ける。

(クソッ、かわせるか?)

 ラスゥの反撃。左の手斧の頭で右脇腹への突きだ。刃が付いていない部位とは言え、直撃すればあばら・・・くらいは折れるだろう。ホルツは強引に左側へ飛んでギリギリでかわした。

「全く……手強いなぁ、曲刀ぉ……ちっと斬られちまったか」

 ラスゥはわずかに斬られた首元を押さえながら嬉しそうに話す。

 ラスゥを睨みながら「チッ……」と舌打ちするホルツ。先程からこれの繰り返しなのだ。あと少しの所でかわされて、まともにヒットしない。目が良いのか勘が良いのか、ラスゥは見事にホルツの攻撃をギリギリでかわし続けている。

(覚悟が、足りなかったか……)

 ホルツはスッ、と構える。身を低くし曲刀を寝かせ切っ先を自身の左へ。まるで居合いのような構えだ。

「出し惜しみなしだ。受けられるか? 全力の一撃……」

 そんなホルツの言葉に目を輝かせるラスゥ。

「ハッハハハッ! いいねぇ、曲刀の全力かぁ。そんなん言われたら……受けざるを得ないだろがぁ!」

 そう叫んでラスゥが構えた瞬間、


 ドン!


 と踏み込むホルツ。

「!!」

 驚いたラスゥ。当然だ、今までのスピードとはまるで違う。

(野郎……今まで手ぇ抜いてやがったのかぁ!!)

 決して手を抜いていた訳ではない。ホルツは何とかラスゥを殺さずに打ち負かそうとしていたのだ。ラスゥの、そしてブリダイルの性格上、エクスウェルに忠誠を誓っている訳ではないだろう。だったらこのいくさに勝つ事で、こちら側に引き込めるのではないか、そう考えていたのだ。だから殺さぬように戦っていた。だがそれは間違いだったと気付いた。殺すつもりで戦わなければ、到底勝てる相手ではないと悟ったのだ。ホルツの言う覚悟とは、ラスゥを殺す覚悟だ。

(死ぬなよ……ラスゥ!!)

 充分にスピードに乗った状態から放たれる横ぎ。ラスゥは反応する。一ちょうでは押さえられない、そう判断し両手の手斧を前に出す。が、ホルツの一振ひとふりは速すぎた。手斧の刃で受け止めるはずが目測を誤ってしまった。曲刀は手斧の刃ではなくその下、木製のの部分に滑り込む。

(くそ……ヤベ……)


 ザン!


 振り抜かれた曲刀は二ちょうの手斧のを叩き折り、ラスゥの胸辺りを切り裂いた。

(今度は……)

「手応えありだぁ!」

 そう叫ぶホルツとは対照的に、ラスゥは声を上げる事なくその場に倒れた。
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