101 / 297
3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴
101. 斧士ラスゥ
しおりを挟む
「どうだぁ?」
「ああ、準備万端って感じだぜ」
部隊が展開する後方、陣幕から出てきたゼルは前方を眺める。ホルツが指差すその先にはリスエット支部長、ブリダイル率いる三百の部隊がすでに配置を完了しこちらを見据えていた。
「前衛は……ありゃラスゥだな? よしよし、想定通りだ。多分突撃してくるからよ、ガシッと受け止めてくれよ、ホルツ?」
「分かってるよ。しっかし、セイロムといいアイツといい、何であの手のヤツは突撃が好きなのかねぇ……」
「はっはっは、全くだな」
笑いながら二人はそれぞれの持ち場へ移動する。今回の部隊編成は前衛二部隊、右翼にホルツ、左翼にシスカーナ。後衛はゼントス、ゼルは遊軍として少数を率いて必要に応じ動き回る作戦だ。戦場はくるぶし程の草が生え広がっている草原、遮蔽物はなく全軍が存分にぶつかり合える状況。故に指揮するゼルとシスカーナは早期決着を目論んでいた。出来るだけ少ない被害で戦を終え、そのままリスエット支部を接収するつもりなのだ。
◇◇◇
「ブリーさん、そろそろいいんじゃねぇの?」
「んあ? ……まだじゃねぇかぁ? もっと後でいいだろ。てか、やんなくてもいいだろ……」
「いい訳ねぇだろ、この期に及んで何言ってんだ? しっかりしてくれよ支部長よぉ……さっさと号令掛けてくれよ」
部隊後方、相変わらずヤル気のないブリダイルだったが、事ここに及んでは致し方なし。側近の部下にも促され、嫌々ながらも攻撃開始の檄を飛ばす覚悟を決めた。
「しょ~がねぇなぁ……じゃあやるかぁ。ほい、行け~」
「「「 ………… 」」」
「何だよぉ、せっかくヤル気出したのによぉ……ほい、行け、進め~」
「そりゃあんまりだぜ、ブリーさんよぉ……そもそも声小さすぎてまるで届いちゃいねぇよ」
「何だってんだ、ああしろこうしろ、ありゃダメだこれもダメ……お前らわがまま放題かよ」
「な……! あんたが言うかよ、そんな事……いいからさっさと……」
「アイツらは何だぁぁぁーーーー!!」
「「「 敵だぁぁぁーーーー!! 」」」
突然の大声量。空気がビリビリと震える感じがする。ブリダイルの側近は驚いて声を上げる。
「うおっ……何だ、急に……」
「おおお? ラスゥよぉ、おっ始めやがったなぁ!」
部隊の最前列を陣取るラスゥが檄を飛ばし始めたのだ。
「敵はどうするぅぅぅーーーー!!」
「「「 潰せぇぇぇーーーー!! 」」」
「ハハハハ! よ~しよし、分かってんじゃねぇか」
ラスゥはニヤリと笑いながら跨がっていた馬から降りる。
「馬ぁ降りろぉぉぉぉぉ!!」
ラスゥが叫ぶとリスエットの団員達は次々と下馬し始める。
「そうだぁ、馬なんぞに乗ってたら思いっきり戦えねぇ」
「んじゃあ行くぞぉぉぉ! ぶちかませぇぇぇーーーー!!」
「「「 おおおぉぉぉぉぉーーーー!! 」」」
士気は最高潮に高まり、鬨と共に次々と飛び出すように走り出す団員達。
「ハハハハハ! いいぞぉ……戦はこうでなきゃなぁ!!」
ラスゥは両腰に差した手斧をそれぞれ両手に持つと、
「ぅおらぁぁぁぁ!!」
と雄叫びを上げて走り出す。策など不要、団員一人一人が獣となり敵に襲い掛かる。ラスゥの狂気が団員達に伝染したのだ。まるで獣が群れで狩りを行うかのような、この全軍突撃こそ狂人ラスゥの真骨頂だ。
そしてその後方、「お……おお……」と声を漏らしながら一部始終を見ていたのは、この戦の主たるリスエット支部長ブリダイル。彼は護衛役の側近十名と共にポツンとその場に取り残されていた。
「おおお……ラスゥよぉ……全軍突撃なんてなぁ、事前に伝えといてくんねぇとよぉ……じゃないと、こんなみっともねぇ事になっちまうだろぉ……」
「はぁ……」とため息をつく側近。
「みっともないなんて意識があるなら、最初っからしっかり号令掛けてくれよ……これじゃ誰が大将か分かりゃしねぇ……」
「ばっかお前、ラスゥを大将にしちまったら誰が指揮を取るんだよぉ? アイツは真っ先に突っ込んじまうから、全体なんか見れねぇぞ? これはあれだ、役割分担ってやつだよ」
「はぁ……分かったよ。んで、馬はどうするよ?」
「どうもこうも、俺ぁ嫌だぜぇ、徒で走り回るなんて。乗ったままでいいだろ。んじゃ行くぜぇ、ほい、進め~」
「全く、締まんねぇなぁ……」
後ればせながらようやくブリダイル達も、ゆっくりと前線へ向かって移動を始めた。
◇◇◇
「おうおう、全軍突撃かよ……やっぱセイロムと同じような頭してんな」
ホルツは呆れたように笑いながら、迫り来る敵軍を眺める。
「速歩前進! 慌てるな、落ち着いて迎え撃つ!」
左翼のシスカーナが動いた。ゆっくりと指揮する騎馬隊を前進させる。
「お~し、こっちも行こうかぁ!」
ホルツもシスカーナに合わせて前進するよう部隊に指示を出す。
◇◇◇
「どこだぁぁぁぁ! ホルツゥゥゥゥゥ!!」
ラスゥは走りながら、恐らくは前衛に配置しているであろうホルツの姿を探す。
「ラスゥ!」
横を走っていた仲間が叫ぶ。
「あれじゃねぇか! 左の……あの髭!」
ラスゥは確認する。視線の先にはゆったりとこちらに近付いて来る騎馬隊。その中央最前列に、確かにいる。ホルツだ。
「間違いねぇ、ありゃホルツだぁ! 誰も手ぇ出すなよ! ありゃ俺のもんだぁぁ!」
標的を捉えたラスゥ。一直線にホルツへ向かい走る。そしてその姿をホルツも目視していた。
「あれ……ラスゥだな。真っ直ぐこっちに来るか……噂通り!」
ホルツは馬の脚を速める。
「ぶつかるぞっ! 備えろよぉ!」
部隊に指示を出した直後、すでにすぐそこまで迫っていたラスゥは大きくジャンプした。両手の手斧は大きく振り上げられている。
「っだぁぁぁぁぁぁ!!」
ガチン!!
と、大きな金属音。ホルツは同時に振り下ろされた二挺の手斧を曲刀で受け止めた。「チッ」と舌打ちしストンと地面へ降りるラスゥ。ホルツはすぐにチラリと曲刀を確認する。
(よし、折れてねぇな……)
そう心配になるくらい大きな音と衝撃だった。そしてすぐにラスゥを見る。するとラスゥはすでに体勢を整えている。
(やべぇっ!)
すでに遅し。ラスゥは攻撃態勢に入っていた。しかしラスゥの攻撃は思わぬ所に繰り出される。
「馬ぁ! 邪魔だぁぁぁ!」
ドン!
ラスゥはホルツの馬の腹部辺りに飛び蹴りを喰らわせた。馬は驚きいななきながら前の両脚を高く持ち上げる。
「うおっ!」
ホルツはたまらず馬から飛び降りた。するとラスゥはすぐにホルツへ向かって走り出す。
「ぅおらぁっ!」
ラスゥは右の手斧を振り下ろす。「チィッ」と舌打ちしたホルツは曲刀で手斧を受けるとそのまま自身の右側へ受け流す。しかしすぐに今度は左の手斧が胸辺りに水平に迫り来る。ホルツはそれをバックステップでかわす。
空を斬った左の手斧。ラスゥはその勢いを殺さず遠心力を利用し右に回転、裏拳を放つように右手の手斧で後ろ手に斬りかかる。
ホルツはさらに後ろへ下がりそれをかわすと、大きく一歩踏み出しラスゥの胸辺りを突く。しかしすでに正面を向いているラスゥは左の手斧の斧頭、その側面でホルツの突きを弾き返す。
「くぅっ……」
体勢を崩したホルツの隙をラスゥは見逃さなかった。一気にホルツの懐へ飛び込むとズンッ、と左の手斧の柄の先でホルツのみぞおちに一撃。
「ぐっ……」
一瞬動きを止めたホルツに、今度は右の手斧を振り下ろそうとする。が、
「調子……のんなゴラァ!」
ホルツは踏み込んで前蹴り、ラスゥはたたらを踏んで後ろへ下がる。
「っぐぅ、はぁ……はぁ……ふぅ……」
距離を取る二人。突かれたみぞおちを押さえながらホルツは息を整える。
(こいつ、思ったより強ぇな……斧なんてザックリした得物のくせに、小せぇ上に二挺持ってやがるから手数が多い。それに扱いにも慣れてんな、取り回しも上手ぇ……どうすっか……?)
すると突然「暑ぃ!」と怒鳴るラスゥ。両手の手斧をドスドス、と地面へ放り、羽織っているローブをその辺に脱ぎ捨てる。そして手斧を拾うとニカッ、と笑う。
「済まねぇ、待たせた。そんじゃあ……続きやろうやぁ!」
そう叫ぶと前へ飛び出すラスゥ。ホルツも曲刀を構え前に出る。と、
「おらぉ!」
ラスゥは右の手斧をホルツに向かって投げた。
「な! ……うおっ!」
ブンブンと音を立て、回転しながら飛んでくる手斧。ホルツは咄嗟に上半身を捻りそれをかわす。
「ハッハァ! もう一丁!」
今度は左の手斧を投げるラスゥ。「なめんな!」と怒鳴りホルツはそれを曲刀で弾く。そしてラスゥに視線を戻すと、ラスゥすでに目の前にいた。
(クソ! やられた!)
ラスゥは両手でホルツの髪を掴むとグイッと手前に引き寄せ、跳び上がりながら右膝蹴り。ホルツの左頬にヒットする。
「ぐっ……」
ホルツはその場に仰向けに崩れる。着地したラスゥは倒れたホルツの顔面を右足で踏みつけようとする。しかしホルツは寝返りを打つようにごろりと回転しそれをかわす。
体勢を整えたホルツはしゃがみながら曲刀で水平斬り。自身の足を刈るべく滑り込んでくる曲刀を、ラスゥはジャンプしてかわすと後ろへ下がる。だがホルツは距離を空ける事を許さない。
「得物なしでどうするよ!」
ホルツは踏み込みけさ斬りする。さすがに無手の相手に遅れは取れない。しかし、
ガィィィン!
と音を立て曲刀は防がれる。ラスゥの右手には手斧が握られていた。
「得物があれだけだなんて言ってねぇが?」
そう言うとラスゥは左手を後ろへ回す。そして前へ出てきた左手にも手斧が。そのままホルツの胴を裂こうと手斧を振るうラスゥ。
(背中に隠し持ってやがったか!)
ホルツは曲刀で左の手斧を防ぐと後ろへ下がり距離を取る。ラスゥは楽しそうに、そして嬉しそうに話し出す。
「いやいや、さすがに強ぇなぁ、曲刀のホルツよぉ」
「ケッ、何を楽しそうに……噂通りだなぁ、戦闘狂の狂人ラスゥ……」
「その呼ばれ方は好きじゃねぇ。が、今は気分がいい。まぁ許してやるぜ。しっかしこんな防がれるとは思わなかったなぁ。さすがは曲刀、そうでなきゃあよう! 大陸一の剣士を目指す為、まずはジョーカー一の剣士であるアンタを潰す!」
(……は?)
「うらぁ!」と雄叫びを上げ走り出すラスゥに「ちょっと待て!」と左手を前に出し制止するホルツ。ラスゥは驚き足を止める。
「何だぁ、戦いの最中に……」
「いやいや、ちょい待て……え、お前……大陸一の剣士って……」
「んだよ……分かってるよ! 過ぎた目標だってのは……でもなぁそれをアンタに言われる筋合いは……」
「違う違う、そこじゃねぇ。お前、剣士って……振り回してんの斧じゃんよ?」
「んあ?」
両手に持った手斧を見るラスゥ。そしてしばしフリーズ。やがてプルプルと震え出し「お……おお……」と声を漏らしながら、驚きの表情を浮かべホルツの顔を見る。そんなラスゥを見てホルツも驚いた。
「嘘だろ……お前、今気付いたんか……」
「待て……待て待て……じゃあ何か……俺は剣持ってねぇから、剣士じゃねぇと……? じゃあ何だ、大陸一の剣士は……」
「いや、なれねぇだろ。剣士じゃねぇし」
ホルツの冷たい言葉はラスゥにクリーンヒットした。心をえぐられるようなダメージを負いながら、同時に段々と怒りが込み上げてくるラスゥ。
「てめぇ……なんて事しやがる!!」
「はぁ?」
「なんて非道な……えげつねぇ……いや、さすがは曲刀のホルツか、勝つ為なら手段を選ばねぇとは……」
「……俺が何したってよ。てめぇが頭悪いだけじゃねぇか……」
自分は悪くない。とは言え、ラスゥの落ち込み方は半端ではなさそうだ。ホルツは何だか悪い事をしてしまったような気になってきた。
「じゃあ、あれだ。斧士でいいだろ」
「……何だそれ……初めて聞いたぞ」
「いや、俺も初めて言ったんだが……剣じゃなくて斧なんだから、剣士じゃなくて斧士なんだろ? てか、もうそれでいいんじゃねぇか?」
なげやり。やっぱり自分は悪くない。ホルツはそう思い直し、そうしたら何だかどうでも良くなってきた。
「斧士、斧士……」
ラスゥはぶつぶつと言いながら再びフリーズ。ホルツは、この隙に攻撃出来るのでは? と思い、スル~と動き出す。しかし、
「分かったぁ!」
と突然叫ぶラスゥ。ホルツはビクッ、として止まる。
「アンタの案、採用してやる。俺は大陸一の斧士を目指す。それで文句ねぇな?」
「いや、文句も何も心底どうでもいいんだが……でもあれだな、大陸一の斧士って……その道一筋のベテラン木こりみてぇだな」
「木こ……! てめぇ……いい加減にしろコラァ!!」
「ハッ! さっさと森行って木ぃ刈ってこい!」
両者、再び激突する。
「ああ、準備万端って感じだぜ」
部隊が展開する後方、陣幕から出てきたゼルは前方を眺める。ホルツが指差すその先にはリスエット支部長、ブリダイル率いる三百の部隊がすでに配置を完了しこちらを見据えていた。
「前衛は……ありゃラスゥだな? よしよし、想定通りだ。多分突撃してくるからよ、ガシッと受け止めてくれよ、ホルツ?」
「分かってるよ。しっかし、セイロムといいアイツといい、何であの手のヤツは突撃が好きなのかねぇ……」
「はっはっは、全くだな」
笑いながら二人はそれぞれの持ち場へ移動する。今回の部隊編成は前衛二部隊、右翼にホルツ、左翼にシスカーナ。後衛はゼントス、ゼルは遊軍として少数を率いて必要に応じ動き回る作戦だ。戦場はくるぶし程の草が生え広がっている草原、遮蔽物はなく全軍が存分にぶつかり合える状況。故に指揮するゼルとシスカーナは早期決着を目論んでいた。出来るだけ少ない被害で戦を終え、そのままリスエット支部を接収するつもりなのだ。
◇◇◇
「ブリーさん、そろそろいいんじゃねぇの?」
「んあ? ……まだじゃねぇかぁ? もっと後でいいだろ。てか、やんなくてもいいだろ……」
「いい訳ねぇだろ、この期に及んで何言ってんだ? しっかりしてくれよ支部長よぉ……さっさと号令掛けてくれよ」
部隊後方、相変わらずヤル気のないブリダイルだったが、事ここに及んでは致し方なし。側近の部下にも促され、嫌々ながらも攻撃開始の檄を飛ばす覚悟を決めた。
「しょ~がねぇなぁ……じゃあやるかぁ。ほい、行け~」
「「「 ………… 」」」
「何だよぉ、せっかくヤル気出したのによぉ……ほい、行け、進め~」
「そりゃあんまりだぜ、ブリーさんよぉ……そもそも声小さすぎてまるで届いちゃいねぇよ」
「何だってんだ、ああしろこうしろ、ありゃダメだこれもダメ……お前らわがまま放題かよ」
「な……! あんたが言うかよ、そんな事……いいからさっさと……」
「アイツらは何だぁぁぁーーーー!!」
「「「 敵だぁぁぁーーーー!! 」」」
突然の大声量。空気がビリビリと震える感じがする。ブリダイルの側近は驚いて声を上げる。
「うおっ……何だ、急に……」
「おおお? ラスゥよぉ、おっ始めやがったなぁ!」
部隊の最前列を陣取るラスゥが檄を飛ばし始めたのだ。
「敵はどうするぅぅぅーーーー!!」
「「「 潰せぇぇぇーーーー!! 」」」
「ハハハハ! よ~しよし、分かってんじゃねぇか」
ラスゥはニヤリと笑いながら跨がっていた馬から降りる。
「馬ぁ降りろぉぉぉぉぉ!!」
ラスゥが叫ぶとリスエットの団員達は次々と下馬し始める。
「そうだぁ、馬なんぞに乗ってたら思いっきり戦えねぇ」
「んじゃあ行くぞぉぉぉ! ぶちかませぇぇぇーーーー!!」
「「「 おおおぉぉぉぉぉーーーー!! 」」」
士気は最高潮に高まり、鬨と共に次々と飛び出すように走り出す団員達。
「ハハハハハ! いいぞぉ……戦はこうでなきゃなぁ!!」
ラスゥは両腰に差した手斧をそれぞれ両手に持つと、
「ぅおらぁぁぁぁ!!」
と雄叫びを上げて走り出す。策など不要、団員一人一人が獣となり敵に襲い掛かる。ラスゥの狂気が団員達に伝染したのだ。まるで獣が群れで狩りを行うかのような、この全軍突撃こそ狂人ラスゥの真骨頂だ。
そしてその後方、「お……おお……」と声を漏らしながら一部始終を見ていたのは、この戦の主たるリスエット支部長ブリダイル。彼は護衛役の側近十名と共にポツンとその場に取り残されていた。
「おおお……ラスゥよぉ……全軍突撃なんてなぁ、事前に伝えといてくんねぇとよぉ……じゃないと、こんなみっともねぇ事になっちまうだろぉ……」
「はぁ……」とため息をつく側近。
「みっともないなんて意識があるなら、最初っからしっかり号令掛けてくれよ……これじゃ誰が大将か分かりゃしねぇ……」
「ばっかお前、ラスゥを大将にしちまったら誰が指揮を取るんだよぉ? アイツは真っ先に突っ込んじまうから、全体なんか見れねぇぞ? これはあれだ、役割分担ってやつだよ」
「はぁ……分かったよ。んで、馬はどうするよ?」
「どうもこうも、俺ぁ嫌だぜぇ、徒で走り回るなんて。乗ったままでいいだろ。んじゃ行くぜぇ、ほい、進め~」
「全く、締まんねぇなぁ……」
後ればせながらようやくブリダイル達も、ゆっくりと前線へ向かって移動を始めた。
◇◇◇
「おうおう、全軍突撃かよ……やっぱセイロムと同じような頭してんな」
ホルツは呆れたように笑いながら、迫り来る敵軍を眺める。
「速歩前進! 慌てるな、落ち着いて迎え撃つ!」
左翼のシスカーナが動いた。ゆっくりと指揮する騎馬隊を前進させる。
「お~し、こっちも行こうかぁ!」
ホルツもシスカーナに合わせて前進するよう部隊に指示を出す。
◇◇◇
「どこだぁぁぁぁ! ホルツゥゥゥゥゥ!!」
ラスゥは走りながら、恐らくは前衛に配置しているであろうホルツの姿を探す。
「ラスゥ!」
横を走っていた仲間が叫ぶ。
「あれじゃねぇか! 左の……あの髭!」
ラスゥは確認する。視線の先にはゆったりとこちらに近付いて来る騎馬隊。その中央最前列に、確かにいる。ホルツだ。
「間違いねぇ、ありゃホルツだぁ! 誰も手ぇ出すなよ! ありゃ俺のもんだぁぁ!」
標的を捉えたラスゥ。一直線にホルツへ向かい走る。そしてその姿をホルツも目視していた。
「あれ……ラスゥだな。真っ直ぐこっちに来るか……噂通り!」
ホルツは馬の脚を速める。
「ぶつかるぞっ! 備えろよぉ!」
部隊に指示を出した直後、すでにすぐそこまで迫っていたラスゥは大きくジャンプした。両手の手斧は大きく振り上げられている。
「っだぁぁぁぁぁぁ!!」
ガチン!!
と、大きな金属音。ホルツは同時に振り下ろされた二挺の手斧を曲刀で受け止めた。「チッ」と舌打ちしストンと地面へ降りるラスゥ。ホルツはすぐにチラリと曲刀を確認する。
(よし、折れてねぇな……)
そう心配になるくらい大きな音と衝撃だった。そしてすぐにラスゥを見る。するとラスゥはすでに体勢を整えている。
(やべぇっ!)
すでに遅し。ラスゥは攻撃態勢に入っていた。しかしラスゥの攻撃は思わぬ所に繰り出される。
「馬ぁ! 邪魔だぁぁぁ!」
ドン!
ラスゥはホルツの馬の腹部辺りに飛び蹴りを喰らわせた。馬は驚きいななきながら前の両脚を高く持ち上げる。
「うおっ!」
ホルツはたまらず馬から飛び降りた。するとラスゥはすぐにホルツへ向かって走り出す。
「ぅおらぁっ!」
ラスゥは右の手斧を振り下ろす。「チィッ」と舌打ちしたホルツは曲刀で手斧を受けるとそのまま自身の右側へ受け流す。しかしすぐに今度は左の手斧が胸辺りに水平に迫り来る。ホルツはそれをバックステップでかわす。
空を斬った左の手斧。ラスゥはその勢いを殺さず遠心力を利用し右に回転、裏拳を放つように右手の手斧で後ろ手に斬りかかる。
ホルツはさらに後ろへ下がりそれをかわすと、大きく一歩踏み出しラスゥの胸辺りを突く。しかしすでに正面を向いているラスゥは左の手斧の斧頭、その側面でホルツの突きを弾き返す。
「くぅっ……」
体勢を崩したホルツの隙をラスゥは見逃さなかった。一気にホルツの懐へ飛び込むとズンッ、と左の手斧の柄の先でホルツのみぞおちに一撃。
「ぐっ……」
一瞬動きを止めたホルツに、今度は右の手斧を振り下ろそうとする。が、
「調子……のんなゴラァ!」
ホルツは踏み込んで前蹴り、ラスゥはたたらを踏んで後ろへ下がる。
「っぐぅ、はぁ……はぁ……ふぅ……」
距離を取る二人。突かれたみぞおちを押さえながらホルツは息を整える。
(こいつ、思ったより強ぇな……斧なんてザックリした得物のくせに、小せぇ上に二挺持ってやがるから手数が多い。それに扱いにも慣れてんな、取り回しも上手ぇ……どうすっか……?)
すると突然「暑ぃ!」と怒鳴るラスゥ。両手の手斧をドスドス、と地面へ放り、羽織っているローブをその辺に脱ぎ捨てる。そして手斧を拾うとニカッ、と笑う。
「済まねぇ、待たせた。そんじゃあ……続きやろうやぁ!」
そう叫ぶと前へ飛び出すラスゥ。ホルツも曲刀を構え前に出る。と、
「おらぉ!」
ラスゥは右の手斧をホルツに向かって投げた。
「な! ……うおっ!」
ブンブンと音を立て、回転しながら飛んでくる手斧。ホルツは咄嗟に上半身を捻りそれをかわす。
「ハッハァ! もう一丁!」
今度は左の手斧を投げるラスゥ。「なめんな!」と怒鳴りホルツはそれを曲刀で弾く。そしてラスゥに視線を戻すと、ラスゥすでに目の前にいた。
(クソ! やられた!)
ラスゥは両手でホルツの髪を掴むとグイッと手前に引き寄せ、跳び上がりながら右膝蹴り。ホルツの左頬にヒットする。
「ぐっ……」
ホルツはその場に仰向けに崩れる。着地したラスゥは倒れたホルツの顔面を右足で踏みつけようとする。しかしホルツは寝返りを打つようにごろりと回転しそれをかわす。
体勢を整えたホルツはしゃがみながら曲刀で水平斬り。自身の足を刈るべく滑り込んでくる曲刀を、ラスゥはジャンプしてかわすと後ろへ下がる。だがホルツは距離を空ける事を許さない。
「得物なしでどうするよ!」
ホルツは踏み込みけさ斬りする。さすがに無手の相手に遅れは取れない。しかし、
ガィィィン!
と音を立て曲刀は防がれる。ラスゥの右手には手斧が握られていた。
「得物があれだけだなんて言ってねぇが?」
そう言うとラスゥは左手を後ろへ回す。そして前へ出てきた左手にも手斧が。そのままホルツの胴を裂こうと手斧を振るうラスゥ。
(背中に隠し持ってやがったか!)
ホルツは曲刀で左の手斧を防ぐと後ろへ下がり距離を取る。ラスゥは楽しそうに、そして嬉しそうに話し出す。
「いやいや、さすがに強ぇなぁ、曲刀のホルツよぉ」
「ケッ、何を楽しそうに……噂通りだなぁ、戦闘狂の狂人ラスゥ……」
「その呼ばれ方は好きじゃねぇ。が、今は気分がいい。まぁ許してやるぜ。しっかしこんな防がれるとは思わなかったなぁ。さすがは曲刀、そうでなきゃあよう! 大陸一の剣士を目指す為、まずはジョーカー一の剣士であるアンタを潰す!」
(……は?)
「うらぁ!」と雄叫びを上げ走り出すラスゥに「ちょっと待て!」と左手を前に出し制止するホルツ。ラスゥは驚き足を止める。
「何だぁ、戦いの最中に……」
「いやいや、ちょい待て……え、お前……大陸一の剣士って……」
「んだよ……分かってるよ! 過ぎた目標だってのは……でもなぁそれをアンタに言われる筋合いは……」
「違う違う、そこじゃねぇ。お前、剣士って……振り回してんの斧じゃんよ?」
「んあ?」
両手に持った手斧を見るラスゥ。そしてしばしフリーズ。やがてプルプルと震え出し「お……おお……」と声を漏らしながら、驚きの表情を浮かべホルツの顔を見る。そんなラスゥを見てホルツも驚いた。
「嘘だろ……お前、今気付いたんか……」
「待て……待て待て……じゃあ何か……俺は剣持ってねぇから、剣士じゃねぇと……? じゃあ何だ、大陸一の剣士は……」
「いや、なれねぇだろ。剣士じゃねぇし」
ホルツの冷たい言葉はラスゥにクリーンヒットした。心をえぐられるようなダメージを負いながら、同時に段々と怒りが込み上げてくるラスゥ。
「てめぇ……なんて事しやがる!!」
「はぁ?」
「なんて非道な……えげつねぇ……いや、さすがは曲刀のホルツか、勝つ為なら手段を選ばねぇとは……」
「……俺が何したってよ。てめぇが頭悪いだけじゃねぇか……」
自分は悪くない。とは言え、ラスゥの落ち込み方は半端ではなさそうだ。ホルツは何だか悪い事をしてしまったような気になってきた。
「じゃあ、あれだ。斧士でいいだろ」
「……何だそれ……初めて聞いたぞ」
「いや、俺も初めて言ったんだが……剣じゃなくて斧なんだから、剣士じゃなくて斧士なんだろ? てか、もうそれでいいんじゃねぇか?」
なげやり。やっぱり自分は悪くない。ホルツはそう思い直し、そうしたら何だかどうでも良くなってきた。
「斧士、斧士……」
ラスゥはぶつぶつと言いながら再びフリーズ。ホルツは、この隙に攻撃出来るのでは? と思い、スル~と動き出す。しかし、
「分かったぁ!」
と突然叫ぶラスゥ。ホルツはビクッ、として止まる。
「アンタの案、採用してやる。俺は大陸一の斧士を目指す。それで文句ねぇな?」
「いや、文句も何も心底どうでもいいんだが……でもあれだな、大陸一の斧士って……その道一筋のベテラン木こりみてぇだな」
「木こ……! てめぇ……いい加減にしろコラァ!!」
「ハッ! さっさと森行って木ぃ刈ってこい!」
両者、再び激突する。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス
優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました
お父さんは村の村長みたいな立場みたい
お母さんは病弱で家から出れないほど
二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます
ーーーーー
この作品は大変楽しく書けていましたが
49話で終わりとすることにいたしました
完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい
そんな欲求に屈してしまいましたすみません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる