101 / 298
3章 裏切りのジョーカー編 第2部 外道達の宴
101. 斧士ラスゥ
しおりを挟む
「どうだぁ?」
「ああ、準備万端って感じだぜ」
部隊が展開する後方、陣幕から出てきたゼルは前方を眺める。ホルツが指差すその先にはリスエット支部長、ブリダイル率いる三百の部隊がすでに配置を完了しこちらを見据えていた。
「前衛は……ありゃラスゥだな? よしよし、想定通りだ。多分突撃してくるからよ、ガシッと受け止めてくれよ、ホルツ?」
「分かってるよ。しっかし、セイロムといいアイツといい、何であの手のヤツは突撃が好きなのかねぇ……」
「はっはっは、全くだな」
笑いながら二人はそれぞれの持ち場へ移動する。今回の部隊編成は前衛二部隊、右翼にホルツ、左翼にシスカーナ。後衛はゼントス、ゼルは遊軍として少数を率いて必要に応じ動き回る作戦だ。戦場はくるぶし程の草が生え広がっている草原、遮蔽物はなく全軍が存分にぶつかり合える状況。故に指揮するゼルとシスカーナは早期決着を目論んでいた。出来るだけ少ない被害で戦を終え、そのままリスエット支部を接収するつもりなのだ。
◇◇◇
「ブリーさん、そろそろいいんじゃねぇの?」
「んあ? ……まだじゃねぇかぁ? もっと後でいいだろ。てか、やんなくてもいいだろ……」
「いい訳ねぇだろ、この期に及んで何言ってんだ? しっかりしてくれよ支部長よぉ……さっさと号令掛けてくれよ」
部隊後方、相変わらずヤル気のないブリダイルだったが、事ここに及んでは致し方なし。側近の部下にも促され、嫌々ながらも攻撃開始の檄を飛ばす覚悟を決めた。
「しょ~がねぇなぁ……じゃあやるかぁ。ほい、行け~」
「「「 ………… 」」」
「何だよぉ、せっかくヤル気出したのによぉ……ほい、行け、進め~」
「そりゃあんまりだぜ、ブリーさんよぉ……そもそも声小さすぎてまるで届いちゃいねぇよ」
「何だってんだ、ああしろこうしろ、ありゃダメだこれもダメ……お前らわがまま放題かよ」
「な……! あんたが言うかよ、そんな事……いいからさっさと……」
「アイツらは何だぁぁぁーーーー!!」
「「「 敵だぁぁぁーーーー!! 」」」
突然の大声量。空気がビリビリと震える感じがする。ブリダイルの側近は驚いて声を上げる。
「うおっ……何だ、急に……」
「おおお? ラスゥよぉ、おっ始めやがったなぁ!」
部隊の最前列を陣取るラスゥが檄を飛ばし始めたのだ。
「敵はどうするぅぅぅーーーー!!」
「「「 潰せぇぇぇーーーー!! 」」」
「ハハハハ! よ~しよし、分かってんじゃねぇか」
ラスゥはニヤリと笑いながら跨がっていた馬から降りる。
「馬ぁ降りろぉぉぉぉぉ!!」
ラスゥが叫ぶとリスエットの団員達は次々と下馬し始める。
「そうだぁ、馬なんぞに乗ってたら思いっきり戦えねぇ」
「んじゃあ行くぞぉぉぉ! ぶちかませぇぇぇーーーー!!」
「「「 おおおぉぉぉぉぉーーーー!! 」」」
士気は最高潮に高まり、鬨と共に次々と飛び出すように走り出す団員達。
「ハハハハハ! いいぞぉ……戦はこうでなきゃなぁ!!」
ラスゥは両腰に差した手斧をそれぞれ両手に持つと、
「ぅおらぁぁぁぁ!!」
と雄叫びを上げて走り出す。策など不要、団員一人一人が獣となり敵に襲い掛かる。ラスゥの狂気が団員達に伝染したのだ。まるで獣が群れで狩りを行うかのような、この全軍突撃こそ狂人ラスゥの真骨頂だ。
そしてその後方、「お……おお……」と声を漏らしながら一部始終を見ていたのは、この戦の主たるリスエット支部長ブリダイル。彼は護衛役の側近十名と共にポツンとその場に取り残されていた。
「おおお……ラスゥよぉ……全軍突撃なんてなぁ、事前に伝えといてくんねぇとよぉ……じゃないと、こんなみっともねぇ事になっちまうだろぉ……」
「はぁ……」とため息をつく側近。
「みっともないなんて意識があるなら、最初っからしっかり号令掛けてくれよ……これじゃ誰が大将か分かりゃしねぇ……」
「ばっかお前、ラスゥを大将にしちまったら誰が指揮を取るんだよぉ? アイツは真っ先に突っ込んじまうから、全体なんか見れねぇぞ? これはあれだ、役割分担ってやつだよ」
「はぁ……分かったよ。んで、馬はどうするよ?」
「どうもこうも、俺ぁ嫌だぜぇ、徒で走り回るなんて。乗ったままでいいだろ。んじゃ行くぜぇ、ほい、進め~」
「全く、締まんねぇなぁ……」
後ればせながらようやくブリダイル達も、ゆっくりと前線へ向かって移動を始めた。
◇◇◇
「おうおう、全軍突撃かよ……やっぱセイロムと同じような頭してんな」
ホルツは呆れたように笑いながら、迫り来る敵軍を眺める。
「速歩前進! 慌てるな、落ち着いて迎え撃つ!」
左翼のシスカーナが動いた。ゆっくりと指揮する騎馬隊を前進させる。
「お~し、こっちも行こうかぁ!」
ホルツもシスカーナに合わせて前進するよう部隊に指示を出す。
◇◇◇
「どこだぁぁぁぁ! ホルツゥゥゥゥゥ!!」
ラスゥは走りながら、恐らくは前衛に配置しているであろうホルツの姿を探す。
「ラスゥ!」
横を走っていた仲間が叫ぶ。
「あれじゃねぇか! 左の……あの髭!」
ラスゥは確認する。視線の先にはゆったりとこちらに近付いて来る騎馬隊。その中央最前列に、確かにいる。ホルツだ。
「間違いねぇ、ありゃホルツだぁ! 誰も手ぇ出すなよ! ありゃ俺のもんだぁぁ!」
標的を捉えたラスゥ。一直線にホルツへ向かい走る。そしてその姿をホルツも目視していた。
「あれ……ラスゥだな。真っ直ぐこっちに来るか……噂通り!」
ホルツは馬の脚を速める。
「ぶつかるぞっ! 備えろよぉ!」
部隊に指示を出した直後、すでにすぐそこまで迫っていたラスゥは大きくジャンプした。両手の手斧は大きく振り上げられている。
「っだぁぁぁぁぁぁ!!」
ガチン!!
と、大きな金属音。ホルツは同時に振り下ろされた二挺の手斧を曲刀で受け止めた。「チッ」と舌打ちしストンと地面へ降りるラスゥ。ホルツはすぐにチラリと曲刀を確認する。
(よし、折れてねぇな……)
そう心配になるくらい大きな音と衝撃だった。そしてすぐにラスゥを見る。するとラスゥはすでに体勢を整えている。
(やべぇっ!)
すでに遅し。ラスゥは攻撃態勢に入っていた。しかしラスゥの攻撃は思わぬ所に繰り出される。
「馬ぁ! 邪魔だぁぁぁ!」
ドン!
ラスゥはホルツの馬の腹部辺りに飛び蹴りを喰らわせた。馬は驚きいななきながら前の両脚を高く持ち上げる。
「うおっ!」
ホルツはたまらず馬から飛び降りた。するとラスゥはすぐにホルツへ向かって走り出す。
「ぅおらぁっ!」
ラスゥは右の手斧を振り下ろす。「チィッ」と舌打ちしたホルツは曲刀で手斧を受けるとそのまま自身の右側へ受け流す。しかしすぐに今度は左の手斧が胸辺りに水平に迫り来る。ホルツはそれをバックステップでかわす。
空を斬った左の手斧。ラスゥはその勢いを殺さず遠心力を利用し右に回転、裏拳を放つように右手の手斧で後ろ手に斬りかかる。
ホルツはさらに後ろへ下がりそれをかわすと、大きく一歩踏み出しラスゥの胸辺りを突く。しかしすでに正面を向いているラスゥは左の手斧の斧頭、その側面でホルツの突きを弾き返す。
「くぅっ……」
体勢を崩したホルツの隙をラスゥは見逃さなかった。一気にホルツの懐へ飛び込むとズンッ、と左の手斧の柄の先でホルツのみぞおちに一撃。
「ぐっ……」
一瞬動きを止めたホルツに、今度は右の手斧を振り下ろそうとする。が、
「調子……のんなゴラァ!」
ホルツは踏み込んで前蹴り、ラスゥはたたらを踏んで後ろへ下がる。
「っぐぅ、はぁ……はぁ……ふぅ……」
距離を取る二人。突かれたみぞおちを押さえながらホルツは息を整える。
(こいつ、思ったより強ぇな……斧なんてザックリした得物のくせに、小せぇ上に二挺持ってやがるから手数が多い。それに扱いにも慣れてんな、取り回しも上手ぇ……どうすっか……?)
すると突然「暑ぃ!」と怒鳴るラスゥ。両手の手斧をドスドス、と地面へ放り、羽織っているローブをその辺に脱ぎ捨てる。そして手斧を拾うとニカッ、と笑う。
「済まねぇ、待たせた。そんじゃあ……続きやろうやぁ!」
そう叫ぶと前へ飛び出すラスゥ。ホルツも曲刀を構え前に出る。と、
「おらぉ!」
ラスゥは右の手斧をホルツに向かって投げた。
「な! ……うおっ!」
ブンブンと音を立て、回転しながら飛んでくる手斧。ホルツは咄嗟に上半身を捻りそれをかわす。
「ハッハァ! もう一丁!」
今度は左の手斧を投げるラスゥ。「なめんな!」と怒鳴りホルツはそれを曲刀で弾く。そしてラスゥに視線を戻すと、ラスゥすでに目の前にいた。
(クソ! やられた!)
ラスゥは両手でホルツの髪を掴むとグイッと手前に引き寄せ、跳び上がりながら右膝蹴り。ホルツの左頬にヒットする。
「ぐっ……」
ホルツはその場に仰向けに崩れる。着地したラスゥは倒れたホルツの顔面を右足で踏みつけようとする。しかしホルツは寝返りを打つようにごろりと回転しそれをかわす。
体勢を整えたホルツはしゃがみながら曲刀で水平斬り。自身の足を刈るべく滑り込んでくる曲刀を、ラスゥはジャンプしてかわすと後ろへ下がる。だがホルツは距離を空ける事を許さない。
「得物なしでどうするよ!」
ホルツは踏み込みけさ斬りする。さすがに無手の相手に遅れは取れない。しかし、
ガィィィン!
と音を立て曲刀は防がれる。ラスゥの右手には手斧が握られていた。
「得物があれだけだなんて言ってねぇが?」
そう言うとラスゥは左手を後ろへ回す。そして前へ出てきた左手にも手斧が。そのままホルツの胴を裂こうと手斧を振るうラスゥ。
(背中に隠し持ってやがったか!)
ホルツは曲刀で左の手斧を防ぐと後ろへ下がり距離を取る。ラスゥは楽しそうに、そして嬉しそうに話し出す。
「いやいや、さすがに強ぇなぁ、曲刀のホルツよぉ」
「ケッ、何を楽しそうに……噂通りだなぁ、戦闘狂の狂人ラスゥ……」
「その呼ばれ方は好きじゃねぇ。が、今は気分がいい。まぁ許してやるぜ。しっかしこんな防がれるとは思わなかったなぁ。さすがは曲刀、そうでなきゃあよう! 大陸一の剣士を目指す為、まずはジョーカー一の剣士であるアンタを潰す!」
(……は?)
「うらぁ!」と雄叫びを上げ走り出すラスゥに「ちょっと待て!」と左手を前に出し制止するホルツ。ラスゥは驚き足を止める。
「何だぁ、戦いの最中に……」
「いやいや、ちょい待て……え、お前……大陸一の剣士って……」
「んだよ……分かってるよ! 過ぎた目標だってのは……でもなぁそれをアンタに言われる筋合いは……」
「違う違う、そこじゃねぇ。お前、剣士って……振り回してんの斧じゃんよ?」
「んあ?」
両手に持った手斧を見るラスゥ。そしてしばしフリーズ。やがてプルプルと震え出し「お……おお……」と声を漏らしながら、驚きの表情を浮かべホルツの顔を見る。そんなラスゥを見てホルツも驚いた。
「嘘だろ……お前、今気付いたんか……」
「待て……待て待て……じゃあ何か……俺は剣持ってねぇから、剣士じゃねぇと……? じゃあ何だ、大陸一の剣士は……」
「いや、なれねぇだろ。剣士じゃねぇし」
ホルツの冷たい言葉はラスゥにクリーンヒットした。心をえぐられるようなダメージを負いながら、同時に段々と怒りが込み上げてくるラスゥ。
「てめぇ……なんて事しやがる!!」
「はぁ?」
「なんて非道な……えげつねぇ……いや、さすがは曲刀のホルツか、勝つ為なら手段を選ばねぇとは……」
「……俺が何したってよ。てめぇが頭悪いだけじゃねぇか……」
自分は悪くない。とは言え、ラスゥの落ち込み方は半端ではなさそうだ。ホルツは何だか悪い事をしてしまったような気になってきた。
「じゃあ、あれだ。斧士でいいだろ」
「……何だそれ……初めて聞いたぞ」
「いや、俺も初めて言ったんだが……剣じゃなくて斧なんだから、剣士じゃなくて斧士なんだろ? てか、もうそれでいいんじゃねぇか?」
なげやり。やっぱり自分は悪くない。ホルツはそう思い直し、そうしたら何だかどうでも良くなってきた。
「斧士、斧士……」
ラスゥはぶつぶつと言いながら再びフリーズ。ホルツは、この隙に攻撃出来るのでは? と思い、スル~と動き出す。しかし、
「分かったぁ!」
と突然叫ぶラスゥ。ホルツはビクッ、として止まる。
「アンタの案、採用してやる。俺は大陸一の斧士を目指す。それで文句ねぇな?」
「いや、文句も何も心底どうでもいいんだが……でもあれだな、大陸一の斧士って……その道一筋のベテラン木こりみてぇだな」
「木こ……! てめぇ……いい加減にしろコラァ!!」
「ハッ! さっさと森行って木ぃ刈ってこい!」
両者、再び激突する。
「ああ、準備万端って感じだぜ」
部隊が展開する後方、陣幕から出てきたゼルは前方を眺める。ホルツが指差すその先にはリスエット支部長、ブリダイル率いる三百の部隊がすでに配置を完了しこちらを見据えていた。
「前衛は……ありゃラスゥだな? よしよし、想定通りだ。多分突撃してくるからよ、ガシッと受け止めてくれよ、ホルツ?」
「分かってるよ。しっかし、セイロムといいアイツといい、何であの手のヤツは突撃が好きなのかねぇ……」
「はっはっは、全くだな」
笑いながら二人はそれぞれの持ち場へ移動する。今回の部隊編成は前衛二部隊、右翼にホルツ、左翼にシスカーナ。後衛はゼントス、ゼルは遊軍として少数を率いて必要に応じ動き回る作戦だ。戦場はくるぶし程の草が生え広がっている草原、遮蔽物はなく全軍が存分にぶつかり合える状況。故に指揮するゼルとシスカーナは早期決着を目論んでいた。出来るだけ少ない被害で戦を終え、そのままリスエット支部を接収するつもりなのだ。
◇◇◇
「ブリーさん、そろそろいいんじゃねぇの?」
「んあ? ……まだじゃねぇかぁ? もっと後でいいだろ。てか、やんなくてもいいだろ……」
「いい訳ねぇだろ、この期に及んで何言ってんだ? しっかりしてくれよ支部長よぉ……さっさと号令掛けてくれよ」
部隊後方、相変わらずヤル気のないブリダイルだったが、事ここに及んでは致し方なし。側近の部下にも促され、嫌々ながらも攻撃開始の檄を飛ばす覚悟を決めた。
「しょ~がねぇなぁ……じゃあやるかぁ。ほい、行け~」
「「「 ………… 」」」
「何だよぉ、せっかくヤル気出したのによぉ……ほい、行け、進め~」
「そりゃあんまりだぜ、ブリーさんよぉ……そもそも声小さすぎてまるで届いちゃいねぇよ」
「何だってんだ、ああしろこうしろ、ありゃダメだこれもダメ……お前らわがまま放題かよ」
「な……! あんたが言うかよ、そんな事……いいからさっさと……」
「アイツらは何だぁぁぁーーーー!!」
「「「 敵だぁぁぁーーーー!! 」」」
突然の大声量。空気がビリビリと震える感じがする。ブリダイルの側近は驚いて声を上げる。
「うおっ……何だ、急に……」
「おおお? ラスゥよぉ、おっ始めやがったなぁ!」
部隊の最前列を陣取るラスゥが檄を飛ばし始めたのだ。
「敵はどうするぅぅぅーーーー!!」
「「「 潰せぇぇぇーーーー!! 」」」
「ハハハハ! よ~しよし、分かってんじゃねぇか」
ラスゥはニヤリと笑いながら跨がっていた馬から降りる。
「馬ぁ降りろぉぉぉぉぉ!!」
ラスゥが叫ぶとリスエットの団員達は次々と下馬し始める。
「そうだぁ、馬なんぞに乗ってたら思いっきり戦えねぇ」
「んじゃあ行くぞぉぉぉ! ぶちかませぇぇぇーーーー!!」
「「「 おおおぉぉぉぉぉーーーー!! 」」」
士気は最高潮に高まり、鬨と共に次々と飛び出すように走り出す団員達。
「ハハハハハ! いいぞぉ……戦はこうでなきゃなぁ!!」
ラスゥは両腰に差した手斧をそれぞれ両手に持つと、
「ぅおらぁぁぁぁ!!」
と雄叫びを上げて走り出す。策など不要、団員一人一人が獣となり敵に襲い掛かる。ラスゥの狂気が団員達に伝染したのだ。まるで獣が群れで狩りを行うかのような、この全軍突撃こそ狂人ラスゥの真骨頂だ。
そしてその後方、「お……おお……」と声を漏らしながら一部始終を見ていたのは、この戦の主たるリスエット支部長ブリダイル。彼は護衛役の側近十名と共にポツンとその場に取り残されていた。
「おおお……ラスゥよぉ……全軍突撃なんてなぁ、事前に伝えといてくんねぇとよぉ……じゃないと、こんなみっともねぇ事になっちまうだろぉ……」
「はぁ……」とため息をつく側近。
「みっともないなんて意識があるなら、最初っからしっかり号令掛けてくれよ……これじゃ誰が大将か分かりゃしねぇ……」
「ばっかお前、ラスゥを大将にしちまったら誰が指揮を取るんだよぉ? アイツは真っ先に突っ込んじまうから、全体なんか見れねぇぞ? これはあれだ、役割分担ってやつだよ」
「はぁ……分かったよ。んで、馬はどうするよ?」
「どうもこうも、俺ぁ嫌だぜぇ、徒で走り回るなんて。乗ったままでいいだろ。んじゃ行くぜぇ、ほい、進め~」
「全く、締まんねぇなぁ……」
後ればせながらようやくブリダイル達も、ゆっくりと前線へ向かって移動を始めた。
◇◇◇
「おうおう、全軍突撃かよ……やっぱセイロムと同じような頭してんな」
ホルツは呆れたように笑いながら、迫り来る敵軍を眺める。
「速歩前進! 慌てるな、落ち着いて迎え撃つ!」
左翼のシスカーナが動いた。ゆっくりと指揮する騎馬隊を前進させる。
「お~し、こっちも行こうかぁ!」
ホルツもシスカーナに合わせて前進するよう部隊に指示を出す。
◇◇◇
「どこだぁぁぁぁ! ホルツゥゥゥゥゥ!!」
ラスゥは走りながら、恐らくは前衛に配置しているであろうホルツの姿を探す。
「ラスゥ!」
横を走っていた仲間が叫ぶ。
「あれじゃねぇか! 左の……あの髭!」
ラスゥは確認する。視線の先にはゆったりとこちらに近付いて来る騎馬隊。その中央最前列に、確かにいる。ホルツだ。
「間違いねぇ、ありゃホルツだぁ! 誰も手ぇ出すなよ! ありゃ俺のもんだぁぁ!」
標的を捉えたラスゥ。一直線にホルツへ向かい走る。そしてその姿をホルツも目視していた。
「あれ……ラスゥだな。真っ直ぐこっちに来るか……噂通り!」
ホルツは馬の脚を速める。
「ぶつかるぞっ! 備えろよぉ!」
部隊に指示を出した直後、すでにすぐそこまで迫っていたラスゥは大きくジャンプした。両手の手斧は大きく振り上げられている。
「っだぁぁぁぁぁぁ!!」
ガチン!!
と、大きな金属音。ホルツは同時に振り下ろされた二挺の手斧を曲刀で受け止めた。「チッ」と舌打ちしストンと地面へ降りるラスゥ。ホルツはすぐにチラリと曲刀を確認する。
(よし、折れてねぇな……)
そう心配になるくらい大きな音と衝撃だった。そしてすぐにラスゥを見る。するとラスゥはすでに体勢を整えている。
(やべぇっ!)
すでに遅し。ラスゥは攻撃態勢に入っていた。しかしラスゥの攻撃は思わぬ所に繰り出される。
「馬ぁ! 邪魔だぁぁぁ!」
ドン!
ラスゥはホルツの馬の腹部辺りに飛び蹴りを喰らわせた。馬は驚きいななきながら前の両脚を高く持ち上げる。
「うおっ!」
ホルツはたまらず馬から飛び降りた。するとラスゥはすぐにホルツへ向かって走り出す。
「ぅおらぁっ!」
ラスゥは右の手斧を振り下ろす。「チィッ」と舌打ちしたホルツは曲刀で手斧を受けるとそのまま自身の右側へ受け流す。しかしすぐに今度は左の手斧が胸辺りに水平に迫り来る。ホルツはそれをバックステップでかわす。
空を斬った左の手斧。ラスゥはその勢いを殺さず遠心力を利用し右に回転、裏拳を放つように右手の手斧で後ろ手に斬りかかる。
ホルツはさらに後ろへ下がりそれをかわすと、大きく一歩踏み出しラスゥの胸辺りを突く。しかしすでに正面を向いているラスゥは左の手斧の斧頭、その側面でホルツの突きを弾き返す。
「くぅっ……」
体勢を崩したホルツの隙をラスゥは見逃さなかった。一気にホルツの懐へ飛び込むとズンッ、と左の手斧の柄の先でホルツのみぞおちに一撃。
「ぐっ……」
一瞬動きを止めたホルツに、今度は右の手斧を振り下ろそうとする。が、
「調子……のんなゴラァ!」
ホルツは踏み込んで前蹴り、ラスゥはたたらを踏んで後ろへ下がる。
「っぐぅ、はぁ……はぁ……ふぅ……」
距離を取る二人。突かれたみぞおちを押さえながらホルツは息を整える。
(こいつ、思ったより強ぇな……斧なんてザックリした得物のくせに、小せぇ上に二挺持ってやがるから手数が多い。それに扱いにも慣れてんな、取り回しも上手ぇ……どうすっか……?)
すると突然「暑ぃ!」と怒鳴るラスゥ。両手の手斧をドスドス、と地面へ放り、羽織っているローブをその辺に脱ぎ捨てる。そして手斧を拾うとニカッ、と笑う。
「済まねぇ、待たせた。そんじゃあ……続きやろうやぁ!」
そう叫ぶと前へ飛び出すラスゥ。ホルツも曲刀を構え前に出る。と、
「おらぉ!」
ラスゥは右の手斧をホルツに向かって投げた。
「な! ……うおっ!」
ブンブンと音を立て、回転しながら飛んでくる手斧。ホルツは咄嗟に上半身を捻りそれをかわす。
「ハッハァ! もう一丁!」
今度は左の手斧を投げるラスゥ。「なめんな!」と怒鳴りホルツはそれを曲刀で弾く。そしてラスゥに視線を戻すと、ラスゥすでに目の前にいた。
(クソ! やられた!)
ラスゥは両手でホルツの髪を掴むとグイッと手前に引き寄せ、跳び上がりながら右膝蹴り。ホルツの左頬にヒットする。
「ぐっ……」
ホルツはその場に仰向けに崩れる。着地したラスゥは倒れたホルツの顔面を右足で踏みつけようとする。しかしホルツは寝返りを打つようにごろりと回転しそれをかわす。
体勢を整えたホルツはしゃがみながら曲刀で水平斬り。自身の足を刈るべく滑り込んでくる曲刀を、ラスゥはジャンプしてかわすと後ろへ下がる。だがホルツは距離を空ける事を許さない。
「得物なしでどうするよ!」
ホルツは踏み込みけさ斬りする。さすがに無手の相手に遅れは取れない。しかし、
ガィィィン!
と音を立て曲刀は防がれる。ラスゥの右手には手斧が握られていた。
「得物があれだけだなんて言ってねぇが?」
そう言うとラスゥは左手を後ろへ回す。そして前へ出てきた左手にも手斧が。そのままホルツの胴を裂こうと手斧を振るうラスゥ。
(背中に隠し持ってやがったか!)
ホルツは曲刀で左の手斧を防ぐと後ろへ下がり距離を取る。ラスゥは楽しそうに、そして嬉しそうに話し出す。
「いやいや、さすがに強ぇなぁ、曲刀のホルツよぉ」
「ケッ、何を楽しそうに……噂通りだなぁ、戦闘狂の狂人ラスゥ……」
「その呼ばれ方は好きじゃねぇ。が、今は気分がいい。まぁ許してやるぜ。しっかしこんな防がれるとは思わなかったなぁ。さすがは曲刀、そうでなきゃあよう! 大陸一の剣士を目指す為、まずはジョーカー一の剣士であるアンタを潰す!」
(……は?)
「うらぁ!」と雄叫びを上げ走り出すラスゥに「ちょっと待て!」と左手を前に出し制止するホルツ。ラスゥは驚き足を止める。
「何だぁ、戦いの最中に……」
「いやいや、ちょい待て……え、お前……大陸一の剣士って……」
「んだよ……分かってるよ! 過ぎた目標だってのは……でもなぁそれをアンタに言われる筋合いは……」
「違う違う、そこじゃねぇ。お前、剣士って……振り回してんの斧じゃんよ?」
「んあ?」
両手に持った手斧を見るラスゥ。そしてしばしフリーズ。やがてプルプルと震え出し「お……おお……」と声を漏らしながら、驚きの表情を浮かべホルツの顔を見る。そんなラスゥを見てホルツも驚いた。
「嘘だろ……お前、今気付いたんか……」
「待て……待て待て……じゃあ何か……俺は剣持ってねぇから、剣士じゃねぇと……? じゃあ何だ、大陸一の剣士は……」
「いや、なれねぇだろ。剣士じゃねぇし」
ホルツの冷たい言葉はラスゥにクリーンヒットした。心をえぐられるようなダメージを負いながら、同時に段々と怒りが込み上げてくるラスゥ。
「てめぇ……なんて事しやがる!!」
「はぁ?」
「なんて非道な……えげつねぇ……いや、さすがは曲刀のホルツか、勝つ為なら手段を選ばねぇとは……」
「……俺が何したってよ。てめぇが頭悪いだけじゃねぇか……」
自分は悪くない。とは言え、ラスゥの落ち込み方は半端ではなさそうだ。ホルツは何だか悪い事をしてしまったような気になってきた。
「じゃあ、あれだ。斧士でいいだろ」
「……何だそれ……初めて聞いたぞ」
「いや、俺も初めて言ったんだが……剣じゃなくて斧なんだから、剣士じゃなくて斧士なんだろ? てか、もうそれでいいんじゃねぇか?」
なげやり。やっぱり自分は悪くない。ホルツはそう思い直し、そうしたら何だかどうでも良くなってきた。
「斧士、斧士……」
ラスゥはぶつぶつと言いながら再びフリーズ。ホルツは、この隙に攻撃出来るのでは? と思い、スル~と動き出す。しかし、
「分かったぁ!」
と突然叫ぶラスゥ。ホルツはビクッ、として止まる。
「アンタの案、採用してやる。俺は大陸一の斧士を目指す。それで文句ねぇな?」
「いや、文句も何も心底どうでもいいんだが……でもあれだな、大陸一の斧士って……その道一筋のベテラン木こりみてぇだな」
「木こ……! てめぇ……いい加減にしろコラァ!!」
「ハッ! さっさと森行って木ぃ刈ってこい!」
両者、再び激突する。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる