流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

95. 狩猟蜘蛛

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「さて、んじゃ俺らも手伝ってくるか。ほらよ、貸してやっからここから見てな」

 そう言うとブロスは俺に望遠鏡を手渡す。

「いやいや、見てなって……俺も行くし」

 立ち上がろうとする俺にスッ、と腕を伸ばし制止するブロス。

「い~や、てめぇは留守番だ。ここからライエの異常っぷりでも観察してな。お~し、行くぞ!」

 馬に跨がり走り出すブロス。他の団員達もその後を追う。ポツン、と取り残された俺とエイナ。

「ちょっとエイナさん、これって……」

「良いのよ、これで。コウ、今作戦におけるあなたの役割は終了よ。お疲れ様」

「お疲れ様、って……やっぱあれが原因?」

「あれって……何?」

「アウスレイだよ。悪い事したなって思ってるよ。皆を巻き込みかけた訳だし……でもここじゃあんな威力の魔法は……」

 そう、アウスレイへの奇襲攻撃。攻撃は成功したが、代わりに瓦礫の隕石を降らせて皆を危険にさらしたのだ。犠牲者が出なかったから良かったものの、一歩間違えば大惨事を引き起こしていた。

「ああ、その事? フフ、違うのよ」

 エイナは笑いながら話す。

「確かにアウスレイでは驚いたわ。目の前で見ていたのにいまだに信じられないもの、あんな凄い魔法があるなんて。そのあとの事も……でもまぁ、皆無事だった訳だしね、その事が原因ではないわ」

「じゃあ何で……」

「スージの合流地点、あの倉庫でね、ブロスが提案してきたの。これ以上あなたの力をさらす必要はないんじゃないか、って」

「晒す? どういう事?」

「今回のゴタゴタはジョーカーの内部抗争よ。互いに良く知っている者同士が戦っているのだから、当然やりにくいわ。相手の考え方ややり口を知っているのだもの。必要以上に慎重になって、膠着こうちゃく状態になってしまう可能性もある。そんな中に突然、異物が放り込まれたの。それも稀有けうな力を持っている異物。その異物の立ち回り方次第で、きっと戦局はいかようにも変わって行くわ。つまり切り札みたいなものよ。
 この戦いの詳細はいずれエクスウェルの耳にも入るわ。アウスレイは奇襲だったから、誰がどうやって支部を吹き飛ばしたかなんて、私達が話さない限りは外に漏れることはない。エクスウェルに伝わるのはこの荒野での戦いのみよ。だったらその切り札、こんな序盤で見せる必要はないじゃない? 
 つまりはそういう事よ。あなたを外すのは決してネガティブな理由ではないのよ」

「なるほどね。だったらまぁ……今回は観戦するよ」

「フフ……」

「何?」

「アウスレイでの一件以来、ブロスのあなたに対する当たり・・・が緩くなったと思わない?」

「そう言われると……そうかも?」

「コウの力を認めた証拠よ。本当分かりやすいわよね、ブロスって」

 そう言うとエイナは望遠鏡を覗き込む。

(そうか、だからスージでブロスの様子がおかしかったのか……)

 まぁなんにしても、認められるというのは良い事だ。以前のように絡まれる事もなくなるだろうし。本当にあのチンピラときたら、毎度毎度しつこいくらい……

「コウ、始まるわ」

 おっと、ブロスの悪口言ってる場合じゃない。俺は慌てて望遠鏡を覗く。すでにライエとカディールは魔の後方で馬を降り、何やら話をしているようだ。


 ◇◇◇


「カディールさん、この辺でいい?」

 ライエは地面を指差し、ぐるりと円を描くように腕を回す。

「構わんぞ。出来れば一気に決めたい、火力を重視してくれ。私はゼルと合流しこちらの意図を伝える。護衛も回そう、準備が出来たら合図してくれ」

「ん、分かった」

 カディールはの周りを牽制けんせいしながら走り回っているゼルの下へ駆ける。それを見届けるとライエは早速仕事に取り掛かる。

(ん~、護衛来る前に終わると思うけどな)

 左手は手のひらを前方に向け、右手は人差し指で空中に文字を書くように動かす。するとその指が通ったあとにはうっすらと光を放つ文字が浮かび上がる。

 術式とは数学の公式のようなもので、魔法の効果を発現させる為に必要な要素を文字に起こしたものである。術式を書く際に使われる文字は古代語がベースとなっており、長い年月の間に少しずつ文字の形や意味が変化し、今では術式を書く為に特化したそれ専用の文字、という認識で広まっている。

 一つ目の術式を書き終えたライエは、その下にすぐさま二つ目の術式を書き始める。書き終えた一つ目の術式は、文字とも記号とも取れるような奇妙なもので、淡い光を放ちながら宙に浮いたままだ。
 すらすらと流れるように指を動かし術式を書き上げて行くライエ。二つ目のさらに下に三つ目を、その右に四つ目……と、合計六つの術式を書き終えた所で「よし」と小さく呟く。そして左手同様右手も前に出し両手をスッと下に下ろす。すると宙に浮いたままの六つの術式は、両手の動きに合わせるようにスゥ~、と地面へ降りて行く。魔法の設置完了だ。
 ライエはさらに違う魔法の術式をいくつも書き始める。そして書き終えたそれらの術式を、最初に設置した魔法を取り囲むように配置する。中央に三メートル四方ぐらいの大きな術式の魔法、その周りに一メートル四方程の小さな術式の魔法。全て設置完了だ。

「ふぅ、まぁまぁかな?」

 そう呟くとライエは遠くで話をしているカディールとゼルに向け大きく手を振る。


 ◇◇◇


「ゼル!」

「カディール! 来たか!」

 カディールは部隊を指揮しながらを牽制しているゼルのもとへ駆け寄る。

「あのデカブツ、お前が出したんじゃねぇんだな?」

「な……当たり前だ! あんな半端なは呼び出さん!」

 いきなり疑われた事にカディールはカチン、ときた。が、過去の出来事を考えると疑われても仕方がないか……と思い、それ以上は何も言わなかった。

「そりゃよかったぜぇ。アイツ無差別に攻撃しやがるからよ、ウチのもんにも被害が出てる。お前が出したんならどうしようかと思ってたぜぇ。しっかし、じゃあ一体誰が出したんだ?」

「……あんな半端なものを呼び出すのだ、半端な、それこそ召魔師とは呼べないような半端な奴であろう」

「ふ~ん……ま、いいさ。それよりどうするよ?」

 顔をしかめながら話すカディールを見て、何かを感じ取ったゼルだったが口にする事はなかった。

「向こうでライエが罠を張っている。護衛を送ってやってくれ。完了したら向こうに誘い込……な!」

 ライエの方を指差すカディール。するとライエが腕を振っているのが見えて驚いた。

「もう終わったのか?」

「はっはっは、どうだウチ三番隊のライエは。仕事がはえぇだろ?」


 ◇◇◇


「何、あれ……?」

 みるみる組み上げられて行く術式、しかも全て宙に浮かしたままだ。俺は望遠鏡を覗き込みながら絶句した。

 空中で術式を組み上げ地面へ下ろす。確かに術式を一つずつ地面へ設置するより無駄がない。しかし、本来それが出来ないのだ。書き上げた術式を維持しながら別の術式を書く、これが本当に難しい。何とかスムーズに出来ないかと、ラスカでの修行中に試した事がある。が、全く出来なかった。書き上げた術式に意識を集中させていないと消えてしまうのだ。術式をいくつも書き上げ空中で組み合わせるなんてとんでもない、どんなに設置型魔法が得意な者でも出来やしない。これは超超超絶テクニックなのだ。
 それを涼しい顔でやっているライエ。何をどうすればそんな事が出来るのか……しかも単純に一つの術式を書き上げるスピードも早い。あれよあれよ、という間に全ての魔法を設置してしまったようだ。

「フフ、驚いたでしょう? あの程早く魔法を設置出来る魔導師を見たことがないわ。言った通り、異常でしょ?」

 俺と同じく望遠鏡を覗きながら、笑って話すエイナ。しかし俺は全く笑えない。

「異常? そんなもんじゃないよ、あれはもう……異常過ぎるくらいの異常だ。お師匠だってあんな真似出来ないだろう」

「あら、ドクトル・レイシィより優れているの? じゃあライエに伝えてあげて、あの喜ぶわ。これは……あの娘の前では言わないで欲しいのだけれど……」

 そう前置きし、エイナはライエについて語り出した。

 狩猟蜘蛛。そう呼ばれる種の蜘蛛が南の方に生息しているそうだ。その蜘蛛は枝の隙間や軒下のきしたなど空中には巣を張らず、地面に小さな巣を張る。そしてその巣の中央に、別に張っておいた巣に掛かった虫を殺さないようセットする。そして物陰に隠れて待つのだ。そのを狙う大型の虫がやって来るのを。えさを仕掛けて獲物を待つ。まさに狩猟する蜘蛛だ。
 ライエは元々南の支部に在籍していたそうだ。そこで参戦した数々の戦で、多くの敵を罠にめた。そう、設置型魔法にめたのだ。

 結果、狩猟蜘蛛のあだ名で一目置かれる存在となる。

 本人はこのあだ名をひどく嫌い(まぁ当然だろう)彼女をその名で呼ぶのはタブーとなった。呼んでしまった者がどうなったかは言うまでもない……

「と言う訳なのでコウ、気を付けちょうだい?」

 そう思うなら教えないで欲しかった……  
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