流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

84. 歓喜の戦略中毒者

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「いける……いけるわ、これ!」

 西支部をまるごと吹き飛ばそう、という乱暴かつ突拍子もない俺の案を聞いたエイナは、しばし地図を睨んでいたが急に立ち上がり声を上げた。

「いや……いやいや、ちょっと待って……それだけじゃなくて……」

 再びエイナは地図を睨み付ける。

「あの、エイナさん?」

 と、呼び掛ける俺の声はまるで聞こえていないようだ。

「ムリだぜぇ、コウ。コイツがこんななっちまったら、周りの声なんか届きゃしねぇ。すっかり入っちまった・・・・・・からなぁ。
 しっかしお前、とんでもねぇ事考えるなぁ……支部を吹き飛ばすなんてよ、ジョーカーの人間には頭をよぎりもしないだろうぜ」

「いや、単なる思いつきなんだけど、まさかこんなに食い付きがいいとは……」

 しかしながら……目の前のこれ・・……一体誰だ?

 エイナは地図を睨み付けながらぶつぶつと何やら呟いている。右手の指はトントトン、トントトン、とせわしなく地図を叩き、息は荒く目は血走り……え、何で半笑い? 普段のりんとした感じとは程遠い姿のエイナ。何かこう……ちょっと引く……

 そんな俺の様子に気付いたカディールが話し掛けてきた。

「ふむ、コウとやら、この状態のエイナを見るのは初めてか? 気持ちは分かるぞ、衝撃的だろう。この女が裏で何と呼ばれているか知っているか? 戦略ストラテジー中毒ホリックだ。厳しい状況の時程どうやって突破するか、あれこれ考えるのがたまらなく楽しいそうだ。そして今のように、それを打破するきっかけが生まれればもう止まらなくなる。生粋きっすいの参謀、というやつだな。まぁ、一流の人間というのはどこか壊れた所があるという事だ」

 戦略ストラテジー中毒ホリック……

「エイナ、これさえなければきっとモテるのに……」

 ライエが不憫ふびんそうに呟いた。

 …………

「これ……」

 不意にエイナが呟く。

「んん? 何だ?」

 ゼルが聞き返すとエイナはバッ、と立ち上がり、グイッ、と両手でゼルの胸ぐらを掴む。

「おい! 何だってんだ……」

「解決する……」

「はぁ?」

「今抱えている問題……全部解決するわ……」

「おい、エイナ……そりゃあ一体……おわっ!」

 掴んでいたゼルをドン、と突き放したエイナは、くるっ、と俺の方を向く。

「コウ!」

 と叫んだかと思いきや、エイナはガバッ、と俺に抱きついてきた。

「!! 何!? エイナさん!?」

「コウ! スゴいわ! よくあんなアイディア出てきたわね! あなたのおかげで全て解決するわ!」

 ギュ~ッ、とされて色々と柔らかい感触が伝わってくる。おおぉ……いやいや、ダメダメ、皆見てる。ここは自然に、紳士的に……

「あ、あ~、そう? それはよかったよ、役に立てたようで……」

「ちょっと待って……」

 と言うとエイナは俺の両肩を掴みバッ、と俺の身体を引き離す。

「……本当に出来るの?」

「へ? 何が?」

「支部の破壊よ。よくよく考えたら、それが出来なければこの作戦成り立たないのよ? 本当に出来るの?」

「ああ、問題ないよ。支部の規模は……始まりの家くらい? まぁ、一発で全部壊せなくても、二発、三発と繰り返せばいいだけだし……」

「ゼル?」

 エイナはゼルに問い掛ける。

「まぁ、そのくらいの事は出来るだろうなぁ。何より本人がそう言ってるんだ、大丈夫だろうぜぇ。くだらねぇ嘘つくようなヤツじゃねぇよ。それより……コウ、お前……いいのか?」

 ゼルの言葉を聞いて俺はすぐに察した。ああ、これはあれだ、ゼルがまた変な気を回しているのだ、と。
 この男、雑で適当、部屋も汚いしどうしようもないおっさんだが、変な所で気が回るのだ。まぁ、これでも一隊を預かる立場だからな、周囲の状況や部下の心情など機微きびを見逃さないよう、この男なりに気を付けているのかも知れない。そう考えると、実はなかなかいい上司なのではないだろうか? けど、俺は俺でそれなりの覚悟を持ってここにいるのだ。

「ゼル。俺は俺の意思でここにいる。この案だって思いつきとは言え、言ったからには当然やれる、っていう前提で話してる。大体、エリノスで何人殺したと思ってるの? 今さらでしょ、変な気回すなよ。それよりこの案、これ完全な不意討ちなんだけど、その辺どうなの? やれるの?」

 俺の言葉に一瞬きょとんとした顔を見せるゼル。しかしすぐに笑い出す。

「ふ……はは、はっはっは! そうか……そうだな、修行終えたばかりのルーキーにそこまで言われちゃあなぁ……こっちも腹くくるしかねぇわな! 四の五の言ってる場合じゃねぇってのは分かってる、好きだ嫌いだは後回しだ! 不意討ちだろうが何だろうが、やってやろうじゃねぇか!」

「……何かよく分からないけど、出来るのならそれでいいわ。皆集まって! 早く!!」

 何事か? と驚きながら皆エイナのテーブルに集まってくる。エイナは目の前に広げられた地図を、指でなぞりながら作戦の説明を始めた。


 ◇◇◇


「どうかしら? 西支部を潰し、北へ向かう事なく、始まりの家まで奪還できる……現状、これ以上の策なんてないわ」

 おおお……と、エイナの作戦を聞いた団員達からうなり声が上がる。そんな中、腕を組みながら作戦を聞いていたカディールが口を開く。

「ふむ、しかしな……果たして連中、乗ってくるか?」

「絶対乗ってくるわ。と言うより乗らざるを得ないのよ、バウカー兄弟はね」

 エイナは力強く答えた。カディールはその言葉にどこか確信めいたものを感じた。

「ふむ……ま、良いだろう。お前がそう言うのなら、そうなのであろう。」

「あら、信頼されているのね、嬉しいわ。私はあんたを毛ほども信用してないのだけれども……」

 エイナはカディールに冷たい視線を送る。

「ぬぅぅ……まだあの時の事を根に持っているのか。心の狭い女だ……」

 あの時、とは当然始まりの家を脱出する時の事だ。

「デーム! マッシュポテトもらってきて!」

「分かった分かった! 何度も謝罪したであろうが! まったく……」

「異論がないならこの作戦で行くわ、皆いいわね?」

「「「 おおー! 」」」

 一同が揃って力強く声を上げる。

「じゃあ参謀部、集まって! 行軍スケジュールを組むわ。ゼルとカディール、部隊を二つに分けるから編成してちょうだい。ビーリー、全て決まったら必要な物資を算出して。手配もあなたに任せるわ。あ、馬と馬車、忘れないで。それから――」

 エイナが指示を飛ばす中、ゼルは静かな笑みを浮かべていた。

(ようやく反撃だ、甘ちゃんの一撃は痛ぇぞ、耐えられんのかよ? エクスウェル!)
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