流浪の魔導師

麺見

文字の大きさ
上 下
79 / 297
3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

79. 王都の夜

しおりを挟む
「団長、各隊準備完了です。いつでも行けます」

「よし、始めよう」

「はっ」

 新月。月は出ていない。皆が寝静まった夜更け、王城周辺には深い闇の中をうごめく者達がいた。

 この日エクスウェルは番号付きの精鋭達とプルーム支部所属の団員達の、総勢九百名にものぼる部隊を率いてエラグ王国に入国。夕刻にはこの九百名全てを王城の中庭に集め、エラグ王への謁見式がり行われた。
 本来であれば入国後、すぐに各国境などの任地へとおもむくところだが、謁見式を行ったことにより時間的な関係から、ジョーカーはそのまま王都エラグニウスにて一泊することになる。そしてこの日のこの夜こそ、クーデターを実行出来る唯一にして最大のであった。謁見式をもよおしたのは当然のことながら依頼主である宰相トークス。彼は準備を万端に整えジョーカーを迎え入れた。現王家の歴史はこの夜で終わる。明日からは自身を中心とした国に生まれ変わるのだ。

 エラグニウス城より東側、国の高官や貴族の屋敷が建ち並ぶエリア。その一画にあるトークスの屋敷。家人かじんはすでに眠っておりどの部屋も灯りが消えている。そんな中、ほんのりと灯りがともっている部屋が一つ、トークスの書斎だ。

「トークス様、始まったようです」

 ドアの外から執事が報告する。

「そうか!」

 トークスは思わず声を上げた。待ちに待ったほう、いよいよだ。あとはジョーカーの使いが迎えに来るのを待つだけ。それでこの国は自分のものになる。
 が、この時点ではまだ気付いていなかった。全てが終わったら予定通り王位は自分の足元に転がり込んでくる、そう信じて疑ってはいなかった。よもや騙されているなどとは、欠片も頭の中にはなかったのだ。


 ◇◇◇


「マスター、拘束完了しました、連行します」

 ゾーダ・ビネール率いるジョーカー二番隊は、貴族やエラグ重臣達の屋敷の制圧を担当していた。捕らえた貴族や家人達は一ヶ所に集められている。

「急げよ。軍の状況はどうか?」

「まるで反応がありません。軍の機能はすっかり麻痺しているようです。しかし、一体どうやって軍を沈黙させたのか……」

「薬だそうだ。眠らせたらしい」

「薬で? それはまた古典的な……」

「案外そんな単純な方法の方が効果があるんだろうな。とは言え……」

「……? 何ですか?」

「ああ、いや……とは言え、過信は出来ないからな、さっさと済ませてしまうに越したことはない」

 違う。思わず漏れそうになった言葉はそれではない。

 〈とは言え、あまりに抵抗が少な過ぎる〉

 そう言いそうになったのだ。軍の動きを止める手立てが上手くいっているのならそれでいい。しかし、まるでえて泳がされているような、俯瞰ふかんで行動を監視されているような、そんな不安感がよぎった。理由はない。理屈でもない。勘のいきは出ない。しかしこのある種の不快感は、ゾーダが戦場でたまに味わうそれと同じだった。こちらの策が全て裏目に出るような、こちらの策を全て見透かされているような、そんな不快感。
 だが、ここまで進めておいて今さらめる訳にはいかない。とにかく早く事をさなくては……

 ゾーダが感じていた違和感は他の部隊のマスターやベテラン団員達も感じていた。何かがおかしい気がする。だが漠然ばくぜんとし過ぎていて説明出来ない。

「ゾーダ、まだかかりそうか?」

 ゾーダに声を掛けたのは五番隊マスターのサリオム。五番隊もまた、このエリアの担当だった。

「まだかかる。早いとこ終わらせたいが……」

 ゾーダのその返答にサリオムはピンときた。

「ゾーダ、やっぱり変だと思うか?」

「サリオムもそう思うか……あまりに抵抗がないのでな。だがエクスウェルが何も言ってこない以上……」

「ああ、続行するしかない。ただ、引き際は見極めないとな。エクスウェルと心中はゴメンだ」


 ◇◇◇


「城はどうだ?」

「はい、現在一番、六番隊が中心となり攻略中です。騎士団の抵抗を受けていますが問題ないかと……」

「そうか……そろそろ良いか」

 エクスウェルは本陣に定めた教会の窓から外を眺める。真っ暗な街中まちなかでは、何事なにごとがあったのか? と気付き始めた王都の住民達がにわかに騒ぎ始めている。多少混乱のきざしが見えているが、おおむね問題なく作戦は推移しているようだ。エクスウェルはかたわらに控えているラテールを見る。ラテールは小さくうなずく。

「よし、二番、五番隊に伝えろ、トークスの屋敷に取り掛かれ。俺も城へ向かう」


 ◇◇◇


「トークス様、ジョーカーが……」

「来たか!」

 ドアの外から聞こえてくる執事の声が上ずっていることに、トークスは気付かなかった。本来慎重な性格のトークスである、あるいは平時へいじならばその違和感に気付いたのかも知れない。が、待ちに待ったその時がようやく訪れたことへの興奮がまさってしまったのだ。ドアの外では玉座が自分を待っている。トークスは書斎のドアへ向かおうとする。

 バン!

 ドアが急に勢い良く開いた。そして書斎に数人の男が入ってくる。トークスは少し面食らったが、すぐに気を取り直し男達を迎え入れた。

「待っていた、待ちわびていたぞ! さぁ、案内を……どうした?」

 話の途中でトークスの視界に入ったのは、廊下で後ろ手に縛られている執事の姿だった。何だ? 何が起きている?
 すると男の一人がトークスの首筋に剣の切っ先を向ける。トークスは思わずのけ反った。

「な、何だ! お前達は! おい、エクスウェルはどうした! エクスウェルを……!」

 怒鳴り散らすトークスの首に剣の刃が当たる。ひぃっ……と声を上げるトークスを、男達は縛り上げる。

「貴様ら……騙したのか? おい! くそっ、エクスウェルはどこだ! ここへ連れて……もがっ、もがぐが……!」

 男達はトークスの口に布をかませ後頭部で縛る。

「お静かに、その団長の指示です」


 ◇◇◇


 ゾーダはやきもき・・・・しながら待っていた。どうにも嫌な予感がぬぐえないのだ。先程までと違い街もざわめき始めている気がする。いい加減気付き出す住民もいるだろう。このままここに残っていてもいいことはなさそうだ、早く終わらせてしまいたい。

「マスター、トークスを連れてきました」

 部下がトークスを連行してきた。トークスはこちらをにらみながらう~う~うなっている。

「よし、ご苦労。じゃあすぐに……」

「ゾーダ!」

 突然後ろから自身を呼ぶ声。振り返るとビー・レイ、そしてその部下と思われる数人の男達がこちらに向かい走ってくる。

「どうした、ビー・レイ?」

「そいつはトークスだな? こちらで預かる。エクスウェルからの伝言だ、二番、五番隊は城に来い、だとよ」

「城に?」

 何だ? そんな話は聞いていない。事前の打ち合わせでは、このあとは作戦終了まで周辺の哨戒しょうかいを行う、だったはずだ。

「なぜ城に?」

「お前らにも見せたいそうだ、歴史が変わる瞬間ってやつを」

(やれやれ、またいつもの気まぐれか)

 ゾーダは辟易へきえきした。エクスウェルには悪い癖があった。時に思いつきやその場のノリで、綿密に立てた作戦を簡単に変更してしまうことがしばしばあったのだ。必要に駆られての変更であれば理解出来る。しかし大抵の場合、大した理由ではない。

「分かった、サリオムにも伝えておく。部隊をまとめて城へ行こう」

 ゾーダはいつもの事、と思い承諾した。しかしこの判断がのちに彼らを追い詰めることになる。


 ◇◇◇


「将軍、準備完了しました」

 エラグニウス城の北側、広い敷地にいくつもの宿舎が建っている。エラグ軍、エラグニウス駐屯地だ。トークスの手配により夕食に睡眠薬を入れられ、城内で夕食をとった当直の兵以外は皆ぐっすりと眠っている、はずだった。

 大会議室には多くの兵が集まっている。しかし外にバレないよう、わずかな灯りしか点けられていない。暗い室内の中央に座っている将軍と呼ばれた男は、部下の報告を聞きうなずいた。

「うむ。ふぅ、しかし本当にこのような馬鹿げた騒ぎを起こすとは……お主にも詫びねばならん。今の今までお主の話を半信半疑で聞いておった」

 そう言って将軍は横に座っている男の肩を軽く叩く。

「何を仰いますか、クライール将軍。このような大事だいじ、そうそう起こりますまい。信じられなくとも当然でしょう」

 クライール・レッシ。エラグ王国建国時より王家に仕えるレッシ家が輩出はいしゅつした、天才との呼び声が高い老将。時に脆弱ぜいじゃく揶揄やゆされるエラグ軍、それでも今まで他国の侵攻を許さなかったのは、クライールが軍を取り仕切っていたからである。

「エクスウェルは油断ならぬ男です。人々をけむに巻き、笑いながらその隙をつく。そうやってのし上がってきた男です。全てが薄っぺらい、虚飾きょしょくの塊なのです。そのような男に……」

 クライールの横の男は痛烈にエクスウェルを批判する。と、話の途中で部下がやって来て男に耳打ちする。

「よし、分かった。クライール将軍、役者がそろったようです」

 老将はゆっくりと立ち上がる。

「ふむ。ではそのエクスウェルの顔でも拝みに行こうかのぅ。全軍、反撃だ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

処理中です...