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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟
79. 王都の夜
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「団長、各隊準備完了です。いつでも行けます」
「よし、始めよう」
「はっ」
新月。月は出ていない。皆が寝静まった夜更け、王城周辺には深い闇の中をうごめく者達がいた。
この日エクスウェルは番号付きの精鋭達とプルーム支部所属の団員達の、総勢九百名にも上る部隊を率いてエラグ王国に入国。夕刻にはこの九百名全てを王城の中庭に集め、エラグ王への謁見式が執り行われた。
本来であれば入国後、すぐに各国境などの任地へと赴くところだが、謁見式を行ったことにより時間的な関係から、ジョーカーはそのまま王都エラグニウスにて一泊することになる。そしてこの日のこの夜こそ、クーデターを実行出来る唯一にして最大の機であった。謁見式を催したのは当然のことながら依頼主である宰相トークス。彼は準備を万端に整えジョーカーを迎え入れた。現王家の歴史はこの夜で終わる。明日からは自身を中心とした国に生まれ変わるのだ。
エラグニウス城より東側、国の高官や貴族の屋敷が建ち並ぶエリア。その一画にあるトークスの屋敷。家人はすでに眠っておりどの部屋も灯りが消えている。そんな中、ほんのりと灯りが灯っている部屋が一つ、トークスの書斎だ。
「トークス様、始まったようです」
ドアの外から執事が報告する。
「そうか!」
トークスは思わず声を上げた。待ちに待った報、いよいよだ。後はジョーカーの使いが迎えに来るのを待つだけ。それでこの国は自分のものになる。
が、この時点ではまだ気付いていなかった。全てが終わったら予定通り王位は自分の足元に転がり込んでくる、そう信じて疑ってはいなかった。よもや騙されているなどとは、欠片も頭の中にはなかったのだ。
◇◇◇
「マスター、拘束完了しました、連行します」
ゾーダ・ビネール率いるジョーカー二番隊は、貴族やエラグ重臣達の屋敷の制圧を担当していた。捕らえた貴族や家人達は一ヶ所に集められている。
「急げよ。軍の状況はどうか?」
「まるで反応がありません。軍の機能はすっかり麻痺しているようです。しかし、一体どうやって軍を沈黙させたのか……」
「薬だそうだ。眠らせたらしい」
「薬で? それはまた古典的な……」
「案外そんな単純な方法の方が効果があるんだろうな。とは言え……」
「……? 何ですか?」
「ああ、いや……とは言え、過信は出来ないからな、さっさと済ませてしまうに越したことはない」
違う。思わず漏れそうになった言葉はそれではない。
〈とは言え、あまりに抵抗が少な過ぎる〉
そう言いそうになったのだ。軍の動きを止める手立てが上手くいっているのならそれでいい。しかし、まるで敢えて泳がされているような、俯瞰で行動を監視されているような、そんな不安感がよぎった。理由はない。理屈でもない。勘の域は出ない。しかしこのある種の不快感は、ゾーダが戦場でたまに味わうそれと同じだった。こちらの策が全て裏目に出るような、こちらの策を全て見透かされているような、そんな不快感。
だが、ここまで進めておいて今さら止める訳にはいかない。とにかく早く事を成さなくては……
ゾーダが感じていた違和感は他の部隊のマスターやベテラン団員達も感じていた。何かがおかしい気がする。だが漠然とし過ぎていて説明出来ない。
「ゾーダ、まだかかりそうか?」
ゾーダに声を掛けたのは五番隊マスターのサリオム。五番隊もまた、このエリアの担当だった。
「まだかかる。早いとこ終わらせたいが……」
ゾーダのその返答にサリオムはピンときた。
「ゾーダ、やっぱり変だと思うか?」
「サリオムもそう思うか……あまりに抵抗がないのでな。だがエクスウェルが何も言ってこない以上……」
「ああ、続行するしかない。ただ、引き際は見極めないとな。エクスウェルと心中はゴメンだ」
◇◇◇
「城はどうだ?」
「はい、現在一番、六番隊が中心となり攻略中です。騎士団の抵抗を受けていますが問題ないかと……」
「そうか……そろそろ良いか」
エクスウェルは本陣に定めた教会の窓から外を眺める。真っ暗な街中では、何事があったのか? と気付き始めた王都の住民達がにわかに騒ぎ始めている。多少混乱の兆しが見えているが、概ね問題なく作戦は推移しているようだ。エクスウェルは傍らに控えているラテールを見る。ラテールは小さく頷く。
「よし、二番、五番隊に伝えろ、トークスの屋敷に取り掛かれ。俺も城へ向かう」
◇◇◇
「トークス様、ジョーカーが……」
「来たか!」
ドアの外から聞こえてくる執事の声が上ずっていることに、トークスは気付かなかった。本来慎重な性格のトークスである、あるいは平時ならばその違和感に気付いたのかも知れない。が、待ちに待ったその時がようやく訪れたことへの興奮が勝ってしまったのだ。ドアの外では玉座が自分を待っている。トークスは書斎のドアへ向かおうとする。
バン!
ドアが急に勢い良く開いた。そして書斎に数人の男が入ってくる。トークスは少し面食らったが、すぐに気を取り直し男達を迎え入れた。
「待っていた、待ちわびていたぞ! さぁ、案内を……どうした?」
話の途中でトークスの視界に入ったのは、廊下で後ろ手に縛られている執事の姿だった。何だ? 何が起きている?
すると男の一人がトークスの首筋に剣の切っ先を向ける。トークスは思わずのけ反った。
「な、何だ! お前達は! おい、エクスウェルはどうした! エクスウェルを……!」
怒鳴り散らすトークスの首に剣の刃が当たる。ひぃっ……と声を上げるトークスを、男達は縛り上げる。
「貴様ら……騙したのか? おい! くそっ、エクスウェルはどこだ! ここへ連れて……もがっ、もがぐが……!」
男達はトークスの口に布をかませ後頭部で縛る。
「お静かに、その団長の指示です」
◇◇◇
ゾーダはやきもきしながら待っていた。どうにも嫌な予感が拭えないのだ。先程までと違い街もざわめき始めている気がする。いい加減気付き出す住民もいるだろう。このままここに残っていてもいいことはなさそうだ、早く終わらせてしまいたい。
「マスター、トークスを連れてきました」
部下がトークスを連行してきた。トークスはこちらを睨みながらう~う~唸っている。
「よし、ご苦労。じゃあすぐに……」
「ゾーダ!」
突然後ろから自身を呼ぶ声。振り返るとビー・レイ、そしてその部下と思われる数人の男達がこちらに向かい走ってくる。
「どうした、ビー・レイ?」
「そいつはトークスだな? こちらで預かる。エクスウェルからの伝言だ、二番、五番隊は城に来い、だとよ」
「城に?」
何だ? そんな話は聞いていない。事前の打ち合わせでは、この後は作戦終了まで周辺の哨戒を行う、だったはずだ。
「なぜ城に?」
「お前らにも見せたいそうだ、歴史が変わる瞬間ってやつを」
(やれやれ、またいつもの気まぐれか)
ゾーダは辟易した。エクスウェルには悪い癖があった。時に思いつきやその場のノリで、綿密に立てた作戦を簡単に変更してしまうことがしばしばあったのだ。必要に駆られての変更であれば理解出来る。しかし大抵の場合、大した理由ではない。
「分かった、サリオムにも伝えておく。部隊をまとめて城へ行こう」
ゾーダはいつもの事、と思い承諾した。しかしこの判断が後に彼らを追い詰めることになる。
◇◇◇
「将軍、準備完了しました」
エラグニウス城の北側、広い敷地にいくつもの宿舎が建っている。エラグ軍、エラグニウス駐屯地だ。トークスの手配により夕食に睡眠薬を入れられ、城内で夕食をとった当直の兵以外は皆ぐっすりと眠っている、はずだった。
大会議室には多くの兵が集まっている。しかし外にバレないよう、僅かな灯りしか点けられていない。暗い室内の中央に座っている将軍と呼ばれた男は、部下の報告を聞き頷いた。
「うむ。ふぅ、しかし本当にこのような馬鹿げた騒ぎを起こすとは……お主にも詫びねばならん。今の今までお主の話を半信半疑で聞いておった」
そう言って将軍は横に座っている男の肩を軽く叩く。
「何を仰いますか、クライール将軍。このような大事、そうそう起こりますまい。信じられなくとも当然でしょう」
クライール・レッシ。エラグ王国建国時より王家に仕えるレッシ家が輩出した、天才との呼び声が高い老将。時に脆弱と揶揄されるエラグ軍、それでも今まで他国の侵攻を許さなかったのは、クライールが軍を取り仕切っていたからである。
「エクスウェルは油断ならぬ男です。人々を煙に巻き、笑いながらその隙をつく。そうやってのし上がってきた男です。全てが薄っぺらい、虚飾の塊なのです。そのような男に……」
クライールの横の男は痛烈にエクスウェルを批判する。と、話の途中で部下がやって来て男に耳打ちする。
「よし、分かった。クライール将軍、役者が揃ったようです」
老将はゆっくりと立ち上がる。
「ふむ。ではそのエクスウェルの顔でも拝みに行こうかのぅ。全軍、反撃だ」
「よし、始めよう」
「はっ」
新月。月は出ていない。皆が寝静まった夜更け、王城周辺には深い闇の中をうごめく者達がいた。
この日エクスウェルは番号付きの精鋭達とプルーム支部所属の団員達の、総勢九百名にも上る部隊を率いてエラグ王国に入国。夕刻にはこの九百名全てを王城の中庭に集め、エラグ王への謁見式が執り行われた。
本来であれば入国後、すぐに各国境などの任地へと赴くところだが、謁見式を行ったことにより時間的な関係から、ジョーカーはそのまま王都エラグニウスにて一泊することになる。そしてこの日のこの夜こそ、クーデターを実行出来る唯一にして最大の機であった。謁見式を催したのは当然のことながら依頼主である宰相トークス。彼は準備を万端に整えジョーカーを迎え入れた。現王家の歴史はこの夜で終わる。明日からは自身を中心とした国に生まれ変わるのだ。
エラグニウス城より東側、国の高官や貴族の屋敷が建ち並ぶエリア。その一画にあるトークスの屋敷。家人はすでに眠っておりどの部屋も灯りが消えている。そんな中、ほんのりと灯りが灯っている部屋が一つ、トークスの書斎だ。
「トークス様、始まったようです」
ドアの外から執事が報告する。
「そうか!」
トークスは思わず声を上げた。待ちに待った報、いよいよだ。後はジョーカーの使いが迎えに来るのを待つだけ。それでこの国は自分のものになる。
が、この時点ではまだ気付いていなかった。全てが終わったら予定通り王位は自分の足元に転がり込んでくる、そう信じて疑ってはいなかった。よもや騙されているなどとは、欠片も頭の中にはなかったのだ。
◇◇◇
「マスター、拘束完了しました、連行します」
ゾーダ・ビネール率いるジョーカー二番隊は、貴族やエラグ重臣達の屋敷の制圧を担当していた。捕らえた貴族や家人達は一ヶ所に集められている。
「急げよ。軍の状況はどうか?」
「まるで反応がありません。軍の機能はすっかり麻痺しているようです。しかし、一体どうやって軍を沈黙させたのか……」
「薬だそうだ。眠らせたらしい」
「薬で? それはまた古典的な……」
「案外そんな単純な方法の方が効果があるんだろうな。とは言え……」
「……? 何ですか?」
「ああ、いや……とは言え、過信は出来ないからな、さっさと済ませてしまうに越したことはない」
違う。思わず漏れそうになった言葉はそれではない。
〈とは言え、あまりに抵抗が少な過ぎる〉
そう言いそうになったのだ。軍の動きを止める手立てが上手くいっているのならそれでいい。しかし、まるで敢えて泳がされているような、俯瞰で行動を監視されているような、そんな不安感がよぎった。理由はない。理屈でもない。勘の域は出ない。しかしこのある種の不快感は、ゾーダが戦場でたまに味わうそれと同じだった。こちらの策が全て裏目に出るような、こちらの策を全て見透かされているような、そんな不快感。
だが、ここまで進めておいて今さら止める訳にはいかない。とにかく早く事を成さなくては……
ゾーダが感じていた違和感は他の部隊のマスターやベテラン団員達も感じていた。何かがおかしい気がする。だが漠然とし過ぎていて説明出来ない。
「ゾーダ、まだかかりそうか?」
ゾーダに声を掛けたのは五番隊マスターのサリオム。五番隊もまた、このエリアの担当だった。
「まだかかる。早いとこ終わらせたいが……」
ゾーダのその返答にサリオムはピンときた。
「ゾーダ、やっぱり変だと思うか?」
「サリオムもそう思うか……あまりに抵抗がないのでな。だがエクスウェルが何も言ってこない以上……」
「ああ、続行するしかない。ただ、引き際は見極めないとな。エクスウェルと心中はゴメンだ」
◇◇◇
「城はどうだ?」
「はい、現在一番、六番隊が中心となり攻略中です。騎士団の抵抗を受けていますが問題ないかと……」
「そうか……そろそろ良いか」
エクスウェルは本陣に定めた教会の窓から外を眺める。真っ暗な街中では、何事があったのか? と気付き始めた王都の住民達がにわかに騒ぎ始めている。多少混乱の兆しが見えているが、概ね問題なく作戦は推移しているようだ。エクスウェルは傍らに控えているラテールを見る。ラテールは小さく頷く。
「よし、二番、五番隊に伝えろ、トークスの屋敷に取り掛かれ。俺も城へ向かう」
◇◇◇
「トークス様、ジョーカーが……」
「来たか!」
ドアの外から聞こえてくる執事の声が上ずっていることに、トークスは気付かなかった。本来慎重な性格のトークスである、あるいは平時ならばその違和感に気付いたのかも知れない。が、待ちに待ったその時がようやく訪れたことへの興奮が勝ってしまったのだ。ドアの外では玉座が自分を待っている。トークスは書斎のドアへ向かおうとする。
バン!
ドアが急に勢い良く開いた。そして書斎に数人の男が入ってくる。トークスは少し面食らったが、すぐに気を取り直し男達を迎え入れた。
「待っていた、待ちわびていたぞ! さぁ、案内を……どうした?」
話の途中でトークスの視界に入ったのは、廊下で後ろ手に縛られている執事の姿だった。何だ? 何が起きている?
すると男の一人がトークスの首筋に剣の切っ先を向ける。トークスは思わずのけ反った。
「な、何だ! お前達は! おい、エクスウェルはどうした! エクスウェルを……!」
怒鳴り散らすトークスの首に剣の刃が当たる。ひぃっ……と声を上げるトークスを、男達は縛り上げる。
「貴様ら……騙したのか? おい! くそっ、エクスウェルはどこだ! ここへ連れて……もがっ、もがぐが……!」
男達はトークスの口に布をかませ後頭部で縛る。
「お静かに、その団長の指示です」
◇◇◇
ゾーダはやきもきしながら待っていた。どうにも嫌な予感が拭えないのだ。先程までと違い街もざわめき始めている気がする。いい加減気付き出す住民もいるだろう。このままここに残っていてもいいことはなさそうだ、早く終わらせてしまいたい。
「マスター、トークスを連れてきました」
部下がトークスを連行してきた。トークスはこちらを睨みながらう~う~唸っている。
「よし、ご苦労。じゃあすぐに……」
「ゾーダ!」
突然後ろから自身を呼ぶ声。振り返るとビー・レイ、そしてその部下と思われる数人の男達がこちらに向かい走ってくる。
「どうした、ビー・レイ?」
「そいつはトークスだな? こちらで預かる。エクスウェルからの伝言だ、二番、五番隊は城に来い、だとよ」
「城に?」
何だ? そんな話は聞いていない。事前の打ち合わせでは、この後は作戦終了まで周辺の哨戒を行う、だったはずだ。
「なぜ城に?」
「お前らにも見せたいそうだ、歴史が変わる瞬間ってやつを」
(やれやれ、またいつもの気まぐれか)
ゾーダは辟易した。エクスウェルには悪い癖があった。時に思いつきやその場のノリで、綿密に立てた作戦を簡単に変更してしまうことがしばしばあったのだ。必要に駆られての変更であれば理解出来る。しかし大抵の場合、大した理由ではない。
「分かった、サリオムにも伝えておく。部隊をまとめて城へ行こう」
ゾーダはいつもの事、と思い承諾した。しかしこの判断が後に彼らを追い詰めることになる。
◇◇◇
「将軍、準備完了しました」
エラグニウス城の北側、広い敷地にいくつもの宿舎が建っている。エラグ軍、エラグニウス駐屯地だ。トークスの手配により夕食に睡眠薬を入れられ、城内で夕食をとった当直の兵以外は皆ぐっすりと眠っている、はずだった。
大会議室には多くの兵が集まっている。しかし外にバレないよう、僅かな灯りしか点けられていない。暗い室内の中央に座っている将軍と呼ばれた男は、部下の報告を聞き頷いた。
「うむ。ふぅ、しかし本当にこのような馬鹿げた騒ぎを起こすとは……お主にも詫びねばならん。今の今までお主の話を半信半疑で聞いておった」
そう言って将軍は横に座っている男の肩を軽く叩く。
「何を仰いますか、クライール将軍。このような大事、そうそう起こりますまい。信じられなくとも当然でしょう」
クライール・レッシ。エラグ王国建国時より王家に仕えるレッシ家が輩出した、天才との呼び声が高い老将。時に脆弱と揶揄されるエラグ軍、それでも今まで他国の侵攻を許さなかったのは、クライールが軍を取り仕切っていたからである。
「エクスウェルは油断ならぬ男です。人々を煙に巻き、笑いながらその隙をつく。そうやってのし上がってきた男です。全てが薄っぺらい、虚飾の塊なのです。そのような男に……」
クライールの横の男は痛烈にエクスウェルを批判する。と、話の途中で部下がやって来て男に耳打ちする。
「よし、分かった。クライール将軍、役者が揃ったようです」
老将はゆっくりと立ち上がる。
「ふむ。ではそのエクスウェルの顔でも拝みに行こうかのぅ。全軍、反撃だ」
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