流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

74. 地獄絵図

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「もう良いぞ、消えろ」

 そう言ってカディールは、ガウガウうなっているに右手を向ける。すると、すぅ~、と魔はその姿を消した。

「さて、あらかた片付いたな。この後だが……」

(こいつ普通に話進めようとしてやがる……)

 息を切らせながらホルツはカディールをにらみ付ける。

「ふむ、やはり脱出であろうな」

(な!?)

「ちょっと待てよ、カディールさん! 脱出って……」

「致し方なかろう」

 食って掛かるホルツをさえぎるように、カディールは話し出す。

「ここで変に頑張って持ちこたえたとしてもだ、第二波を送られたらどうする? 第三波は? 防げるか? まぁ仮に防げたとしよう。しかしそのたびにこちらの数は削られて、気付けば到底かなわないくらいの戦力差になっているだろう。忘れるな、いくら我々に手練れが多かったとしてもだ、現状向こうエクスウェルの方が数が多く有利なのだ。
 故に今この場でできることは、いかに少ない犠牲で撤退できるか、それを考えること。いくら曲刀きょくとうのホルツでも、一人で戦うのには限界があるであろう? それと同じだ」

「……まぁ、そうだけどよ……」

 さっきまで呼び出した魔を暴れさせ、メチャクチャやって高笑いしていた男の突然の正論。もやもや・・・・しながらもホルツは納得するしかなかった。

「エバルド、何人られた?」

「はい……死者十名、重傷者……十名というところかと………」

「ふむ……では八十は残っているな」

 一瞬「え?」という表情を見せるエバルド。

「……いえ、六十名です……正気ですかマスター? まさか自分の部隊の人数を把握していないとか……?」

「……ふむ、ではエバルド。半分連れて北門を押さえてこい。脱出路の確保だ」

(! 嘘だろ!? スルーしやがった……)

 ホルツは衝撃を受けた。

「……はい、まぁ……いいでしょう」

(!! 嘘だろ!? こいつもスルーしやがった!)

 ホルツは再び衝撃を受けた。これがいつもの四番隊のやり取りである。エバルドにしてみればいつものこと、慣れたものだ。しかしホルツには到底理解できるはずがない。上官が部隊を把握できていないとは……呆気あっけにとられたホルツだがエバルドの日々の苦労が垣間見え、それ以上つっこむことができなかった。

「ホルツよ、残った半分を貸してやる。三番隊の宿舎へ行き部隊をまとめろ。その後、全員を連れて速やかに本部棟へ向かえ。非戦闘員の脱出を手助けしてもらう」

「分かった。あんたは?」

「このまま本部棟へ向かう。貴様が来るまで適当に暴れて時間稼ぎだ」


 ◇◇◇


「で、三番隊の宿舎に行ったら交戦中だったんで加勢してな。連中ぶっ倒して皆をまとめて、本部棟へ向かったんだ。そしたらよぅ……なぁ、ビーリー?」

「ああ……あと少しホルツ達の到着が遅かったらどうなってたか……」

 うなだれながら話すビーリー。

「何だ? 何があった?」

「モンスターパーティーよ……」

 ゼルの問い掛けにエイナがぼそっ、と答えた。

「……え~と、何だって?」

「カディールに決まってるでしょ! ねぇゼル、どうして今この場にカディールはいないのかしらぁ? あのバカがいたら、このマッシュポテトを穴という穴にねじ込んでぇ、窒息させてやるのだけれどぉ……」

 先程からワインをあおり続けているエイナは、良い感じにアルコールが回りゆらゆらと揺れている。

「はっはっは、そうだなぁ。でももう寝た方がいいぜぇ、疲れたろ? おいデーム、部屋あんのか?」

「はい。サブライさんが空いてる部屋を全て貸してくました」

「そうか。んじゃデーム、済まねぇがこいつを部屋に連れてってやってくれ」

「はい。さぁマスター、行きましょう」

 エイナはデームに肩を預けながら立ち上がりフラフラと歩き出す。そしてドアの前まで来るとくるっ、と振り返る。

「ゼルぅ! カディールが来たら知らせなさい! いいわねぇ!」

「あ~、分かった分かった。ゆっくり休めよ。
 さて、続きを聞こうか、エイナがあんなになるくらいブチ切れた原因をなぁ。ま、予想はつくが……」

「ああ、予想通りだと思うぞ? 俺が三番隊を連れて本部棟に着いたら、そらもう地獄か、って様相だった……」

 ホルツは再び語り出す。


 ◇◇◇


「急げよ! 遅れんな!」

 ホルツは三番隊とカディールから借りた四番隊を率いて本部棟へと急ぐ。総勢百名の番号付き達は、皆怒りの表情を浮かべている。仲間だと思っていた者達に裏切られ、攻撃され犠牲者が出た。決して許せることではない。
 だが本部棟へとたどり着く頃には、彼らの表情は怒りから困惑へと変わることになる。

 部隊は全速で移動し本部棟の近くまで迫った。しかし本部棟前の広場が見える所まで来ると、皆自然とその足を止めた。いや、止めざるを得なかったのだ。ホルツのそばにいた団員は呆然ぼうぜんとしながらホルツに話し掛ける。

「なぁホルツよぅ……」

「何だぁ?」

「俺ら誰と戦うんだ?」

「そらお前、西支部の連中だろ。まぁ、時たまあの黒いデカブツとも……」

「なぁホルツよぅ……」

「何だよ」

「あの中に飛び込むの嫌なんだけど……」

「そんなもん俺だって嫌だぜ」

「なぁホルツ……」

「何だよ! うるせぇなぁ!」

「何であんなことになってんだよ! おかしいだろ? あれ暴れてんのカディールさんのだろ? 何で本部棟の連中まで襲われてんだよ!?」

 本部棟前ではカディールが呼び出した四体の魔が、西支部の団員達と交戦していた。そして同時に、本部棟の非戦闘員達にも襲い掛かっている。敵であるはずの西支部の団員達は、捕虜として捕らえた非戦闘員達を守るように戦っていた。もはや誰が敵で誰が味方なのか。と言うより今この場においては、間違いなくカディールが諸悪の根元となっているようだ。

「ギャーギャー言っててもしょうがねぇだろ、腹くくれぇ! いいか、俺達の役目はあの地獄の中に飛び込んで、本部棟の非戦闘員達を守りながら北門から脱出させることだ! 当然俺達も一緒になぁ! 西の連中は敵だ! 容赦なくブチ殺せ! あの黒いデカブツも敵だぁ! 邪魔するようなら遠慮すんな、ブチ殺せぇ! 行くぞぉぉぉ!!」

「「「 お……おぉぉぉー!! 」」」

 若干の戸惑いも見せながら、ホルツ率いる部隊は本部棟前へと走り出す。




「キャァァァッ!」

「大丈夫か、エイナ!」

 ビーリーはエイナに駆け寄る。同時に数人の西支部の団員達も、エイナの周りに展開する。攻撃するためではない、守るためだ。

「ガゴゥゥゥ!」

 真っ黒い魔は長く太い腕を振り回す。鋭い爪は驚くほど硬く、時に地面をえぐり、団員達の剣を弾き飛ばす。

「くそっ……カディール! 呼び出したんならきっちり操りやがれ! 何で俺達を攻撃……うおっ! 危ねぇ!」

 怒鳴るビーリーに魔の攻撃がかすめる。その反対側では二体の魔を相手にセイロムが部下を指揮していた。

「ちきしょう、カディールの野郎引っ掻き回しやがって……てめぇカディール! 絶対ぜってぇブッ殺してやっからなぁ! そこで待って……うおっ! 危ねぇ!」

 取り囲む団員達をなぎ払い、自身に迫る魔の長い爪をセイロムはギリギリでかわす。


「「 カディールこの野郎!! 」」


 ビーリーとセイロムはそろってカディールに怒鳴る。カディールは本部棟の入り口前に陣取り、そんな様子を笑いながら眺めていた。

「ハハハハハッ、愚民ぐみんどもがさえずっておるわ。この天才召魔師しょうましかなうわけがなかろう。ほら、死にたくなくば滑稽こっけいに逃げ惑うが良いぞ」

 もはや完全に悪役である。

「くそっ、カディールの野郎、えつに入ってやがる。どうにかして逃げねぇと……」

「もういい……」

「ん? 何だエイナ?」

 脱出の方法を考えていたビーリーの耳に、小さく呟くエイナの声が聞こえた。

「もういい、もうたくさん……」

「おい、エイナ?」

「カディィィィルゥゥゥ!! あんたいい加減にしなさいよ! さっさとこの黒いブサイクをどうにかしなさい!!」

 エイナ、ブチ切れる。まぁ当然である。すると、

「グ……グガ……ガァァァァ!!」

 エイナの近くにいた魔が叫びながらエイナに襲い掛かる。

「キャァァ!」

「危ねぇ! エイナ!」

 ビーリーは咄嗟とっさにエイナをかばう。デームも魔法を放ち援護する。

「ガゴガァァァ!」

 しかし魔はひるむ様子もなく執拗しつようにエイナを追い回す。

「キャァッ! 何? 何なの!? カディール! どうなってるのよ!?」

 逃げ惑うエイナを見て、カディールは呆れたように話す。

「ブサイクなどと言うから怒ったのであろうな。まぁ当然ではないか、女性に向かって放つ言葉ではない。貴様も同性であろう? そのくらい分かりそうなものだと思うが……?」

「じょ……はぁ!? 何? このブサイク……女だって言うの!?」

「他の魔より華奢きゃしゃであろう? 身体の線が細く髪も長い。見て分からんか?」

「グガァァォ!!」

 見ても分からない。

「キャァッ! 嘘! 嘘です! あなた美人よ! それはもう絶世の……いやぁ! ごめんなさい! ごめんなさい~!!」

まさに阿鼻あび叫喚きょうかんの地獄絵図である。
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