流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

69. 密談

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 アルマドまで馬で半日ほどの小さな街。すでに夕食を食べ終え、宿の部屋にいる。
 今回のエクスウェルとの会談、同行の団員は二十人ほど。全員が同じ宿には泊まれないので、四つの宿に別れて部屋をとった。この宿にいるのは俺とゼル、ブロスの三人だけ。これはつまり、他の者には聞かれたくない話をする、密談するためということだ。

「さて、今日宿をとった理由は分かるな? 明日にはアルマドに着く、その前に話しとかなきゃならねぇ。会談でエクスウェルが言ってたことをなぁ。」

 昨日までの数日間は野営だった。ライエや他の団員がいたので、エクスウェルが会談で匂わせていたスパイの話をすることができなかったのだ。

「まず、スパイがいる、って話だが……いる前提で考えた方がいいだろうな。まぁ、俺達を混乱させ優位性を保つためのブラフ、って見方もできるが……そしてそのスパイが原因で何が起こるのか? 俺らが不在の始まりの家が攻撃を受けてる可能性がある、ってことだ。最悪の事態ってのを考えておく必要がある。」

「マスター……」

 ブロスは真剣な顔でゼルに切り出す。

「俺じゃねぇぞ、誓って、俺じゃねぇ」

 ブロスは会談に先駆けて廃村へ出向き準備をしていた。エクスウェル陣営との接触が可能なのだ。が、

「分かってるぜぇ。もしお前がスパイだったとしたら、俺はこの世の全てを信じられなくなっちまうなぁ」

 そうだ。ブロスはゼルを裏切らない。過去に何があり今のような関係性になったかは知らないが、ブロスはゼルに相当傾倒けいとうしている。ゼルもそれを理解しているのでブロスを疑うことはない。

「コウ、お前も違う。お前はジョーカーに来て日が浅い、エクスウェルとの接点がねぇ。仮にあったとしてもだ、お前が向こうにくみする理由が見当たらねぇ。それとエイナ、アイツも違う。エイナはエクスウェルを毛嫌いしてる。俺を担ぎ上げたのだってアイツだしな」

「じゃあ四番隊の連中か?」

 ブロスはグラスにワインを注ぎながらゼルに問う。

「それもどうかと思うんだよなぁ。アイツ四番隊らもエイナと同様、エクスウェルに対していい感情は持ってない。副官のエバルドを筆頭になぁ。カディールはエクスウェルのことを何とも思っちゃいないようだが、まぁアイツの性格考えたら、こんな面倒なことはしないだろ……」

 てことは……

「……じゃあ、もう三番隊……」

「言うんじゃねぇ!」

 ブロスは俺の言葉をさえぎる。まぁ、気持ちは分かるが……

「ブロス、さっき言っただろ? 最悪の事態を想定しようぜぇ? まぁ、俺も言いたかないがな……」

 グッとワインを飲み干し、意を決したようにゼルは続ける。

「リガロ、ホルツ、ライエ。今話した連中以外に、俺が始まりの家を離れたのを知ってるのはこの三人だけだ。内勤者も含めた他の団員、街の連中にも言うな、って釘刺して来たからなぁ。つまりこの三人の中に……裏切り者がいる」

 重苦しい空気が場を覆う。ブロスは下を向いている。ゼルも見たことがないような渋い顔をしている。この三人はブロスに次いで三番隊でのキャリアが長いそうだ。

「……でだ。俺らがいない隙に、始まりの家を襲うのはどこだと思う?」

「そりゃあ、南支部だろう。連中やっぱりエクスウェルと繋がってやがったんだ」

 ブロスは下を向いたまま答える。が、何かに気付いたように顔を上げる。

「いや、待てよ……南からじゃ日数が合わねぇ。どんなに急いだって俺らが戻るまでに間に合わねぇぞ」

「んなこたぁ問題じゃねぇよ、ブロス。エクスウェルが書簡を出した時点で、すぐに部隊を進発させりゃいいだけの話だ。俺が会談を受けると見越してなぁ。俺らが始まりの家を出るまで、どっかその辺の街にでも潜伏してりゃあいい。んで、誰か・・が伝える訳だ。間抜けなゼルはお出かけしたぜぇ、ってな」

 タンッ!

 ブロスは空いたグラスを叩きつけるようにテーブルに置く。

「でもよぅ、やられっぱなしって訳でもねぇだろ」

「当然だ。ジョーカーの〈番号付き〉だぜぇ? ただ、問題は数だ。南の三支部が連携してると考えて総員は八百、その半分を動員したとして四百。対してこっちは三番、四番隊合わせて二百弱。これが通常の籠城戦だったら十分な数だ。だが相手はジョーカー、そこらの軍を相手にするのとは訳が違う。そもそも始まりの家の防御力はそれほど高くねぇ。防衛のスペシャリストである一番隊が守っていたから堅かったんだ。だからな、始まりの家はすでに向こうの手に落ちた、と考えるのが自然だろう」

「おい! あんた何言って……」

「待て待て、最後まで聞けよ。こっからは俺が始まりの家に残っていたらどうするか? ってのを元に進めるぜ」

 ゼルはワインを注ぎながら話を続ける。

「まず、戦力差を埋めるために救援要請を出す。北か西かってことになるが、当然西だ。西支部の方が北より近いし、人数が多い分戦力もでかくなる。ただ、間に合わねぇだろう。だからな、変に抵抗せずにすぐに撤退する」

「で、西の援軍と合流すんのか」

「そうだ。周辺の街に潜んで西支部の援軍を待つ。合流したら改めて始まりの家を攻略だ。一番避けたいのは数を減らすこと。エクスウェルの野郎がごっそり引き抜いていきやがったからなぁ。これ以上味方の数が減ると、どう足掻あがいても太刀打ちできないくらいの戦力差になっちまう。それを避けるための撤退だ。」

 ブロスはグラスを軽くすり、グラスの中でワインをぐるぐると回す。

「理屈は分かるぜ。けどよマスター、残った連中があんたと同じ判断をするとは限らねぇ」

「確かになぁ。でもまぁ、大丈夫だろ。エイナもいるしマスターも一人残ってる」

 そう言ってゼルはグイッとワインを口に含む。

「エイナは分かるぜ、でもあの人はなぁ……」

「おいおい、それはちょっとカディールをバカにしすぎだぜぇ? アイツはお飾りでマスターやってる訳じゃねぇ、ちゃんとその力を持ってるからその椅子に座ってるんだ。じゃなきゃ、とっくに四番隊は任務中に壊滅してる。ただまぁ、ちっと抜けてんのは否定しねぇがな。」

 ゼルはワインを注ごうと瓶を手にする。が、すでに空になっていた。飲み足りない、といった表情のゼルは、新しいワインの封を切る。

「さて、最終確認だ。明日アルマドに着いたら俺たちがやるべきことは、始まりの家がどうなってるのか、てことの確認だ。無事なのか、落ちたのか、はたまた交戦中か。そして何より優先すべきは残してきた仲間達との合流だ。いいか、一先ひとまずスパイ云々うんぬんは忘れとけ。当然ライエにも言うな、素振りも見せるな。その辺のことはきっと追々はっきりしてくるはずだ。いいな? じゃあ、これで……」

「ああ、そうだ、聞いときたかったんだけど……」

「んん? 何だ、コウ?」

「会談の時、エクスウェルが出したあの変なヤツ、あれ何?」

 エクスウェルが会談場所の教会から撤退する際、テーブルの表面から引っ張り出したように現れた、気色の悪い何か。生き物? 怪物? あれがずっと気になっていた。

「ああ、ありゃあ〈〉だ。アイツは召魔師しょうましだからな。初めて見たか?」

「……ま? しょうま……?」

 何それ?
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