流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

67. 学はあるけど

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 トントン

「ふむ、失敗だな。これは使えん」

 トントン

「もっときが良いやつでなければ……」

 ドンドンドン!

「開いている」

 ガチャッとドアが開く。

「だったら返事くらいして下さい」

 部屋の中へ入るエバルド。眉間にシワを寄せているのはノックを無視されたからではない。この部屋が好きではないのだ。マスターの飯のタネが詰まっている部屋だというのは理解している。だが、呪術的な道具の数々や得体の知れない何かの標本、時折部屋の外まで漏れてくるうめき声等々、不快感を覚えるには充分過ぎる部屋だ。

「マスター、そろそろご決断を」

「決断? 何をだ?」

「決まっているでしょう! エクスウェルの件です! 皆待っているんですよ!」

「ふぅ、まだそんなことを言っているのか。上がすげ替わったところで、下のやることは変わらん。受けた依頼をこなし、金をもらい、私はこの部屋で過ごす。今までと同じ、素晴らしい日々が続く」

「そんな訳がないでしょう! エクスウェルのせいで、ジョーカーの悪評がとことんまで広まっている。こんな状況が続けば依頼を出そうとする国や街が減っていき、ジョーカーの存続すら危うくなります! ここで手を打っておかないと、取り返しのつかないところまで行ってしまうんですよ!」

「それは……まずいではないか!」

「だからずっと言っているんです、決断してくれと! 確かにエクスウェルが団長になって金回りは良くなった、けど反面ジョーカーの名声は地に落ちました。今のジョーカーは俺達が望んでいる姿じゃないんです。俺達はジョーカーであることに誇りを持っている、胸を張ってジョーカーだと言いたい、そのためにはエクスウェルが団長ではダメなんです。俺達はジョーカーをエクスウェルから守りたい、輝いていた頃のジョーカーを取り戻したい、それを指示できるのはマスターであるあなたしかいない! 四番隊マスター、カディール・シンラットしかいないんだ!」

 エバルドの熱量に多少圧倒されながらも、カディールは真剣にエバルドの話を聞いていた。そして静かに目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「愛……」

「……は?」

「お前達のジョーカーに対する想い、それすなわちジョーカーに対する愛……」

「あ……はぁ……」

 静かに開かれたカディールの目から、すぅ~、と涙が流れる。

(……え?)

「部下がこれほどまでジョーカーを愛し、現状をうれいていたとはつゆ知らず、これでマスターなどとは片腹痛いという話だな……
 あい分かった! お前達のその愛、全て私が受け止めよう。これより四番隊はエクスウェル打倒を掲げ行動を開始する! 見事エクスウェルを討ったあかつきには、私が団長としてジョーカーを導きお前達の想いに答えようぞ!」

「……え?」

「……ん? 何だ?」

(まずい、効き過ぎた……)

 エバルドは焦った。一向に動こうとしないカディールを説得するため、多少芝居かった物言いになるのは仕方がないと考えていた。が、単純なカディールにそれは効き過ぎたようだ。がマスターながら、こいつが団長になるなどとんでもない! エクスウェルより酷いことになる……

「あの……一応うかがっておきますが、団長になるとしてどの様にジョーカーを運営されるのでしょう?」

「ん? そんなものは知らん、お前に任せる」

(……ダメだ、こいつ……)

「あ~、どう……でしょうね、団長ともなると様々な仕事が一気に増えるでしょう。さすがに何もしないと言う訳にはいかないでしょうし、俺も団長の補佐なんてとても……なので、面倒くさい団長なんて仕事はゼルさんに押し付けてですね、俺達は四番隊のためにやりませんか? 反エクスウェルの旗を掲げるだけでも注目を浴びますし、事を成し遂げれば四番隊の名声は天をくほど高まります。入隊希望者も増えるかと……」

「ふむ、一理ある。隊に人が増えれば余裕ができ、今よりもっと実験に割ける時間も増えるな……エバルド! お前の案、採用だ! よし、では早速ゼルに我らの参戦を伝えてこよう」

(一人で行かせちゃまずいな……いらんこと言ってゼルさんを怒らせでもしたら面倒だ)

「俺も同行します。副官も一緒の方が本気度も伝わるでしょう」

「ふむ、そうだな。分かった、では共に参ろう。この辺を片してから行くのでな、少し外で待っていろ」

「はい」




「はぁ……」

 エバルドは部屋を出ると大きなため息をつく。ふと前を見ると、四番隊の連中が集まっていた。

「エバルド、どうだった?」

「ああ、上手く乗せた・・・

「じゃあ……」

「俺達も参戦だ」

「よ~しよし、さすがエバルドだ」

「まったくだ、アレ・・を操縦できるのはエバルドしかいないからな」

「いや、いい加減他のヤツがやっても……」

「ムリムリムリ、お前にしかできねぇよ、だってアレ・・だぞ? ムリだわぁ」

「はぁ……」

 エバルドは再び大きなため息をついた。


 ◇◇◇


 参謀部。エイナ、ゼル、そして三番隊の指揮官達が集まっている。
 エクスウェルからの会談の申し出に対しゼルは場所の変更を提案、その返答がエクスウェルより届いていた。

「さて諸君、エクスウェルからの返答だがぁ、どこでも良い、だとよ。これで会談は決定だぁ。二週間後、場所は……」

 ドンドン!

「頼もぉ~~~!」

「……あ~、道場破りはご遠慮願いてぇんだが?」

「いいわ、お入りなさい」

 エイナが答えるとドアが開き、カディールとエバルドが入ってきた。

「よ~う、カディール。そのつら見んのも久し振りだなぁ、もう引きこもんなくていいのかぁ?」

「ふむ、貴様の嫌味を聞くのも久々だ。三番隊の宿舎に行ったところ参謀部だと言われてな」

「ほぅ、んで、何の用だぁ?」

「ほぅ、知りたいか? そうであろうな、では教えてやろう。おほん! 我ら四番隊はこれよりエクスウェル打倒を掲げて行動を開始する! 喜べ、貴様らに加勢してやる!」

「はっ、や~っとその気になりやがったか」

「我らが加わったからにはすぐにでも……何だ、それは?」

 そう言ってカディールは、デスクに置いてあるエクスウェルからの書状を手に取る。

「あっ、おいお前、勝手に……」

「……ふむ、会談か……この場所は知っている。バリウ共和国南端の平野にある廃村だな。周囲は平野なので開けており伏兵を配置しにくく、状態の良い建物もいくつか残っていたはずだ。万一戦闘になっても周りに迷惑は掛からん。ふむ、会談場所としては適切だな」

「おい、エバルド」

 ホルツは小声でエバルドに話し掛ける。

「相変わらずあのマスター、賢いのかバカなのか分かんねぇな」

 するとエバルドも小声で答える。

アレ・・は学のないバカじゃない、学はあるけどバカなんだ。だから余計たち・・が悪い」

 バサッと書状をデスクに置くカディール。

「よかろう、私が同行しよう」

「……はぁ?」

「護衛が必要であろう? 私もエクスウェルに物申したいのでな、一緒に行こう」

「あ~、いやいや、大丈夫だ。お構いなく」

「ん? 何を遠慮することがある? 任せておけ」

「大丈夫だ、護衛はもう決めてあるから……」

「手を貸すと言っているのだ! 素直に受け取れ!」

「……断る」

「な……い~や、断る!」

「はぁ? お前が何を断るってんだ?」

「貴様が断るのを断ると言っている!」

(あ~面倒くせぇな、こいつ……)

 ゼルはエバルドにうらめしそうな視線を送る。

(お前ちょっと火ぃ点け過ぎたんじゃねぇの? ヤル気がウザいんだけど? 邪魔なんだけど?)

 という視線をゼルから感じ取ったエバルド。

(しょうがないじゃないですか! こっちも必死だっだんですよ、後はそっちで何とかしてくださいよ!)

 という視線を送り返す。

「あ~、あれだ、四番隊にはここの守りを任せたいんだよ」

「守りを?」

「ああ。一番隊が抜けて始まりの家、それにアルマド自体も防御が手薄だ。お前らが参戦して何が良かったって、防衛に回せる手が増えることだ。ここがやられちまったら終わりだぜぇ?」

「ふむ、確かに一理ある。そういうことなら納得しよう……」

 渋々ではあるがカディールは納得したようだ。

「さて、会談の護衛だが……ブロス、ライエ、お前ら部隊を率いて同行しろ。それとコウ、お前も同行だ」

「……俺も?」

「あぁ? 何でコイツも連れてくんだよ!?」

 案の定、ブロスが噛みつく。しかし、エライ嫌われようだ……

「ボディーガードだ。エクスウェルのつらも見せておきたいしな。これについちゃ異論はなしだぜぇ?」

「チッ、分かったよ……」

 嫌々ではあるがブロスも納得したようだ。

「おいクソ魔ぁ、背中には気を付けとけよ」

 ……こいつも敵じゃないのか?

「それと、この件は誰にも話すな。ブロス、ライエ、ホルツ、リガロ、コウ、エイナ、カディール、エバルド、そして俺。今ここにいるヤツ以外がこの件を知ることはない。いいか、絶対に話すな、部下にもだ。これ重要だかんな、カディール?」

「ふん、釘など刺さんでも心得ておる。万一他国や他勢力のスパイなどが潜り込んでおれば、厄介なことになるくらい理解しておるわ」

 ゼルはエバルドに疑惑の視線を送る。

(本当大丈夫か、コイツ? すげ~漏らしそうなんだけど? 速攻誰かに話しそうなんだけど?)

 という視線をゼルから感じ取ったエバルド。

(分かります、分かりますけど、これでもマスターですから……絶対、いや多分、大丈夫かと……いや、見張っときます……)

 という視線を送り返す。
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