流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

66. ラブレター

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「なるほど、話は理解したわ。次の目的地に向かう準備をしていたところを、ゼルに拉致されてここまで来た、てことね」

「ああ、おおむね間違いないね」

「はぁ……本当に申し訳ないことをしたわ。このバカに代わってお詫び申し上げます。このバカに関しては、哀れなこの姿を見下し、さげすみ、罵倒ばとうすることで許してあげて欲しいのだけれど……」

 バカ……いや、ゼルは床に正座させられている。

「だってよぉ、あのままだったらこいつ、どっか行っちまうって言うからよぉ、一緒には来てくんねぇって言うしよぉ、でも絶対コウの力が必要だしよぉ、だったら強引に連れ出してよぉ、なし崩しに手ぇ貸してもらおうかと思ってよぉ……」

「まったく、やってることエクスウェルと変わらないじゃない! 本当にあなたは……手のかかる子供なの!?」

「悪かったよぉ。でもまぁ、それはそれとして、コウ! 手ぇ貸してくれ!」

「あなた反省してないでしょ?」

 エイナはゼルに冷たい視線を送る。

「してるっての! それはそれ、これはこれ!」

「あなたねぇ……!」

「あ~、いいよ、エイナ。大丈夫。ここに着いた時点で腹は決めてたから。ここまで来て離れるのもなんだし、手貸すよ」

「……あなた、いい人ね。本当にいいの? 当然命の危険もあるわよ?」

「ああ。別に急ぎの目的でもないし、仕事ってことで引き受けるよ。その代わり、報酬は頼むよ?」

「おう、任せろ! たんまり用意してやるぜぇ!」

「はぁ、このバカ……改めてお詫びするわ、コウ。さっきまでの私の態度も……てっきりジョーカーに入団するものと思っていたから……」

「気にしなくていいよ、お互い楽にやろう」

「分かったわ。これからよろしくお願いするわね。さて、ゼル。あなたはこのまま反省してなさい。コウは取り敢えずゆっくり休んでちょうだい。デーム、どこか部屋を用意してあげて」

「いや、三番隊の宿舎に行くよ。皆いるし」

「そう。じゃあデーム、送ってあげて」


 ◇◇◇


「物好きですね」

 本部棟を出るとデームがポツリと言った。

「ん? 何が?」

「いえ、入団するわけでもないのに、しかもこんな時にジョーカーに居ようなんて……」

 何だろう、この口ぶりだと……

「ひょっとして、状況ってあんまり良くない?」

「ええ。うち参謀部のマスターは五分ごぶなんて言ってましたが、実際はかなり厳しそうです。ここに残った連中は皆、心中するようなもんだな、なんて笑いながら話してます」

「そう……でも、何とかなるんじゃないかな? ゼルもエイナって人も、何となくだけど余裕ある感じがするから」

「緊張感がないだけかも知れませんよ?」

「ははは、そうかもね。あ、ちょっと聞きたいんだけどさ、何で〈マスター〉って言うの? 隊長とか、そういうことでしょ?」

「ああ、あれは昔の名残なんです。設立当初のジョーカーは各部隊が兵科ごとに分かれていたそうです。三番隊は剣、五番隊は弓、とか。で、その部隊で一番の手練れが隊を仕切っていたそうです」

「仕切っていたのが熟練者だったからマスターになった?」

「そうです。今は部隊運用上、一つの部隊に様々な兵科を入れるようになりましたが」

「なるほどね。しかし、イメージと全然違ったなぁ」

「イメージ?」

「ジョーカーのイメージ。傭兵って言うからさ、もっとこう、雑な感じ? だと想像してたんだけど、全然しっかりしてると言うか、システマチックと言うか、支部なんかもあったり……」

「ああ、それよく言われますよ。これだけの大所帯になると、自然と組織的になるんじゃないでしょうかね」

「確かに、そうかもねぇ」


 ◇◇◇


「で、実際のところ、どうなの? 彼は」

 参謀部。地図を眺めながらエイナはゼルに問う。ゼルはまだ正座させられていた。

つえぇ。ハンパなくな。一千のハイガルド軍を一発で吹き飛ばしやがったんだぜぇ? 広域攻撃魔法ってヤツだな。まぁ、それにしたって程ってもんがあるだろ? あいつのそれは桁が違う。あれほどの魔導師はジョーカーにもいねぇ、さすがはドクトルの弟子ってな」

「そう。看板に偽りなし、ってことね。ところで、何を立ち上がろうとしているの?」

 ゼルは話ながらゆっくり立ち上がろうと身体を動かしていた。

「いや、さすがにもう……なぁ?」

「まだよ」

「おいおい、こっちも必死だったんだぜぇ! あれほどの使い手、他所よそにはやれねぇだろ? だから仕方なくだなぁ……」

「それはそれ、これはこれよ」

「……はい」


 ◇◇◇


 翌日、始まりの家の敷地内をホルツに案内してもらっていた。

「昨日は眠れたかぁ?」

「ああ。ここしばらく外で野営だったでしょ、久々のベッドだったからね、ぐっすりだったよ」

 三番隊の宿舎、団員達の寝床は大部屋と呼ばれており、一部屋に十台ほどのベッドが置いてあった。個室があるのはマスター、ゼルだけだ。俺はホルツと同じ大部屋をあてがわれた。驚いたのは山賊のような様相のホルツが、実は結構キレイ好きだったということ。彼のベッドは真っ白なシーツがピシッと敷かれており、まるでホテルのようにベッドメイキングされていた。だったら髭くらいれ、と言いたいところをグッとこらえたのだ。

 敷地の北側を歩いていると前方から数人の男がこちらに向かってくる。

「お、ありゃあ四番隊だな。ちょうど向こう側に四番隊の宿舎があるんだ」

 四番隊の一人が右手を上げ、ホルツに話し掛ける。

「ホルツ、戻ってたのか。なぁ、状況どうなってる?」

「状況って聞かれてもなぁ、俺らも昨日着いたばっかだし。むしろお前らの方が詳しいだろぅ?」

「……さっぱり分からん。なんせマスターにヤル気がないからな。エクスウェルからの誘いを断ったのだって、興味がない、って理由だ」

「あ~、また宿舎にこもって実験でもしてたんかぁ? そっちのマスターも相変わらずだなぁ」

俺ら四番隊は皆エクスウェルが嫌いだからな、マスターがその気にさえなりゃいくらでも動くんだが……あまりにマスターがはっきりしないから、とうとう今からでもエクスウェルんとこ行くか? なんて話す連中も出てきた」

「ありゃ、そらまずいじゃねぇの。さらに人が減るのは厳しいなぁ」

「だからな、いい加減マスターに話そうかって考えてんだ。それでもマスターが動かないようだったら、俺ら四番隊をゼルさんの下で働かせてもらえねぇか?」

「なるほど、分かった。うちのマスターには伝えとく。しっかりやれよぉ!」

「ああ、頼んだ」

 四番隊の男達は本部棟の方に去っていった。

「あいつらも大変だなぁ、まぁあのマスターの下にいるんじゃ、しょうがねぇか」

「四番隊のマスターって問題ありなの?」

「ああ、大ありだ。なんて言うかなぁ、変人っつ~か、バカっつ~か、浮世離れしてるっつ~か、何考えてるか分かんねぇし、つかみ所ねぇし……」

「……そんな人がマスターでいいの?」

「強いんだよ、すごくな。でも下の連中が大変だ。さっきのヤツな、エバルドは四番隊の副官なんだ。実質四番隊はあいつが仕切ってるようなもんなんだが、さすがにここまでデカい案件はマスターを無視して進められねぇわなぁ。ま、後でマスターんとこ行こうや」


 ◇◇◇


 三番隊宿舎、ゼルの政務室。

 床にはホコリが溜まり、壁に貼ってある地図は破け、デスクの上には書類やら何やらが山積みで、汚い……この男の性格を良く表した部屋だ。俺とホルツはエバルドの話をゼルに伝えに来ていた。

「しっかし、相変わらず汚ねぇなぁ。マスターの部屋なんだからよぉ、少しは掃除した方がいいぞ?」

「はっはっは、仕方ねぇだろよ、ホルツ。そんな暇はねぇんだよ」

「そんなこと言って、ま~たライエ辺りに掃除させようとしてんだろ?」

「ああ、さっき断られたぜぇ。さすがにここまで汚いのはムリ! ってなぁ」

「ブハハハ、諦めて自分でやんな」

「さて、話は分かった。ただでさえ少ない人員だ、有効活用できるならうことねぇわな。まとめて引き受けるってエバルドに伝えとけ」

 トントン、とノックの音。

「マスター、いいか?」

「おう、ブロス、入れ」

 部屋に入るなりブロスは顔をしかめる。

「何でてめぇがいるんだよ、クソ魔ぁ」

 まったく、ブレないな、こいつは……

「いつまでもグチグチと……子供だな」

「何だぁ! てめぇ、クソ魔ぁ! やんのか? おお!?」

「はしゃいでんじゃねぇよ、ブロス。なんか用があるんだろ?」

「チッ……ビーリーから預かった。エクスウェルからラブレターが届いたってよ」

「ラブレターねぇ……」

 ブロスはゼルに封筒を手渡す。ゼルは封蝋ふうろうをパキッと割り、中から一枚の紙を取り出し広げる。

「どれどれぇ?」

「……」

「…………」

「………………」

「はっ、熱烈だなぁこりゃ、心ときめいちまうぜぇ」

「マスター、ヤツはなんて?」

 ゼルはブロスに紙を渡す。

「本格的にやり合う前に一度つら突き合わせて話そう、だとよ。日時と場所も指定してある」

「そりゃあいくらなんでも……罠だろ?」

 ホルツの言い分はもっともだ。こんなもの、誰が見ても罠だと分かる。

「だがせっかくのデートのお誘いだ、断る訳にはいかねぇ。場所はこっちから指定し直す。そんで向こうが乗ってくるかどうか、だなぁ」
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