流浪の魔導師

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3章 裏切りのジョーカー編 第1部 西の兄弟

65. 不機嫌な参謀

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 ドンドン

「ゼルだぁ、入るぜぇ」

 ゼルは勢い良くドアを開く。参謀部の部屋の中には三人の男女がいる。中央のデスクに向かう女はゼルに冷たい視線を浴びせ話し出す。

「ねぇ、ゼル。あなたノックの意味って分かる? ノックしたからといってすぐに入っていい訳ではないのよ。中にいる人の了解を得て初めてドアを開けられるの。ちょっと教えれば子供にだってできることなのに、あなたこれ何回目かしら? その度に私はこうしてあなたに話しているのだけど、覚えられないのかしら? それともわざと? だとしたら完全に私に対する嫌がらせよねぇ? この宣戦布告に対して私はどう対応するべきかしら? そもそも……」

「だ~! 分かった、悪かった! すんません……」

「まぁいいわ。で、誰?」

「ああ、こいつがコウだ。コウ、参謀部マスターのエイナだ」

「あなたが……ゼルが部隊総出そうでで迎えに行って、エクスウェルにその隙を突かれて、ここからごっそりと団員を引き抜かれることになった、その原因を作った人ね。ねぇ、ゼル。あなたがここに残っていたら、こんな事態にはなっていないと思うのだけれど? どっちに付くか決めかねていた者も多かったでしょうに。そもそも……」

「だ~!! 分かったっての! 悪かったよぉ!」

「まぁいいわ。参謀部マスター、エイナ・プロコットよ。大勢の団員と引き換えに来たからには、相応の働きを期待したいところよ。まぁ、死なない程度に死ぬ気でやって」

「あ……はい……よろしくお願いします……」

 何これ? 会って早々エゲツないプレッシャーかけられてるんだけど? 俺悪くないんだけど? 拉致られただけなんだけど?

 俺は小声でゼルに話し掛ける。

「なぁ、ゼル。あの人味方なんだよね? ザックザク刺してくるけど、仲間なんだよね?」

「そうだ、まごうことなく味方だ。ビーリーの言ってた通り機嫌わりぃな。でも力はあるぜぇ、エクスウェルも一目置いてるくらいだからなぁ。同じところを目指してんだから、あいつが団長に収まりゃ一番早ぇんじゃねぇか、とも思うが……」

「嫌よ、そんなの。女を捨てる気はないわ。こそこそくだらないこと話してないで、今後の方針を固めましょう。デーム、地図出して」

「……聞こえてやがった」

 デームと呼ばれた男はエイナのデスクに地図を広げる。

「さて、ゼル。彼にジョーカーのこと、どこまで説明したのかしら?」

「そらお前、イゼロンからここに来る間、ジョーカーの成り立ちからじっくりと……なぁ?」

「ああ、もういいってくらい聞いたわ」

「そう。で、今の詳しい状況は?」

「今の? それは……聞いてないな」

「あ~、そういやその辺は話してねぇなぁ……」

「はぁ、まったく……昔のことより今のことの方が重要でしょうに……まぁいいわ。期待の新人君に今の状況をざっくり説明してあげなさい。きっと現状を打破する素晴らしい案を出してくれるわ。だって三番隊総出そうでで迎えに行ったくらいですもの」

 ……いちいち刺さるんだが。チラッとゼルを見ると、横向いてやがる……こいつ……

「よし、じゃあコウ、説明するぜぇ。ここが始まりの家。んで西に二つ、ここと、ここに支部がある。この二つの支部は俺を支持してる。
 次、北にも二つ。ここと、ここだ。北は西側の支部が俺を支持、東側の支部はエクスウェルだ。
 それから南は三つの支部があるんだが……こいつらがどうもよく分かんねぇ。中立を宣言してるんだが、どうも南の三つは支部長同士連係してるっぽいんだよなぁ。協力を頼むため会談を打診してるんだが、どの支部からも拒否られちまってる。ヘタしたら三つまとめてエクスウェルに付く、なんてこともあるかも知れねぇ。今んとこ一番デリケートなとこだな。
 最後に東、この辺だな。当然ここはエクスウェルのもんだ。人員集めて本部機能も東に移したとこを見ると、ヤツは東に引き込もって俺達を迎え討つつもりだろうなぁ」

「六十点」

 エイナは呆れ気味に吐き捨てる。

「んぁ?」

「全然足りないわ。だからあなたに大事なことは任せられないのよ。しょうがないから稚拙ちせつなゼルの説明を補足するわ」

「そんな低いかよ……」

「まずはここ、始まりの家には一番隊から六番隊まで、特に力のある連中を集めた六つの精鋭部隊があるの。精鋭部隊に所属する団員は各支部所属の団員と区別するため〈番号付き〉なんて呼ばれてるわ。ただ、今ここにいるのは三番隊と四番隊だけ。他は東に行ったわ」

「何だぁ? 四番残ったのかぁ?」

「ええ。でも、四番のマスターはアレだから……」

「ああ、まぁ……な」

 何だ? 急に歯切れ悪くなったな。

「何? アレって?」

「ん~、まぁ、その内分かる。なぁ?」

「そうね、今は気にしなくていいわ。話を戻すわね。
 西の二つの支部の支部長は兄弟なの。兄の方がゼルの支持を宣言して、弟も追従した形ね。
 北の支部長は私やゼルに近い存在でね、早くからこちらに付いているの。今はエクスウェルに付いた北のもう一つの支部を牽制してくれているわ。
 今のところ全体の戦力的には五分ごぶって感じかしら? それだけに南の動向がどうしても気になるところね。あと差し当たっての問題は、アルマドから一番隊がいなくなったことね。一番隊は防衛のスペシャリストなの。始まりの家はもちろん、アルマドの防衛は一番隊が主導で行っていたのよ」

「ふ~ん……」

 確かに、さっきのゼルの説明じゃ足りなかったな。でもこれで大分だいぶ状況が飲み込めた。

「さて、ここまで聞いてどんな感想をお持ちかしら? 是非意見を聞きたいわね」

「え? 意見?」

「ええ。私は己の考えが絶対に正しい、なんて自信過剰で聞く耳を持たない三流参謀ではないわ。どんな立場の人にも意見を聞いて、他にいい案があればどんどん作戦に組み込んでいくつもり。で、どう? 現状を打破するいい案はないかしら?」

「て、言われてもなぁ……こっちは作戦とか戦略とか、そんなの素人だし……」

「そう……」

 あまり表情には出ていないが、それでもエイナが落胆しているのは伝わってくる。「その程度なのね」と言われている気がした。こっちは素人だしそこまで求められても、と思いつつ、でもそれはそれでしゃくだ。

「そうだな……戦力が五分ごぶなら、やっぱり南がカギなんだろうね。ただ、南は当てにしない方がいいんじゃないかな? どっちに付くか分からない連中を頭数に入れたってしょうがないし、最初はなっからないものと考えた方がいいんじゃない? 味方になったらラッキーってくらいで」

「へぇ……でも味方を増やした方が確実じゃない?」

「だったら内じゃなく外に味方を作ればいい。例えば……ミラネルは巻き込めない?」

「興味あるわね、詳しく聞かせて」

 エイナは身を乗り出して俺の方を見る。

「アルマドの防衛はジョーカーが請け負ってるんでしょ? そのアルマドから団員がごっそり抜けた。これってミラネルにしてみれば一大事なんじゃないの? 本部機能も東に移しちゃった訳だし、エクスウェルはアルマドを捨てる気だ、とか言って、ミラネルに協力を仰げばいいんじゃない?」

「あ~、なるほどなぁ……」

 ゼルは腕を組みうなずいている。

「それと確認なんだけど、エクスウェルを団長の座から引きずり下ろすってのは、エクスウェルを殺して、ってこと?」

「ええ、そうね……話し合いの場は設けたわ。でも平行線だった。それで今までは、お互いジョーカー内の支持者を増やす戦いをしていたの。要は人の取り合いね。でも、もうその段階は終わるわ。これからは武力衝突、戦争よ」

「ん、そう。だったら、もう東に攻め込めばいいんじゃない? 向こうの体勢が整う前に奇襲かければ?」

「おいおい、お前もかよ……」

 ゼルはうなだれるように呟く。エイナは一瞬呆気あっけにとられた表情を見せたが、すぐにぷっ、と吹き出して笑い出す。

「あっはっはっは! いいわぁ、あなた。八十点!」

 お、高得点?

「南を当てにしない、外に味方を作る。正解だと思うわ。私も同じ事を考えていたの。近くミラネル側と会談の予定で調整中よ。もちろん、南へのアプローチは続けながらね。
 それに、早々に東に攻め込むと言うのも賛成。ただ、今の段階ではすでに遅いのよ。もう一年も経ってしまっているから、恐らく防衛網を構築されてるでしょうね。やるなら一年前、エクスウェルが東に行った直後にやるべきだったわ。私は提案したんだけれど、ゼルが納得しなかったの。そんな不意討ちはしたくない、って。ねぇ?」

 エイナはゼルをチラ見する。

「当たり前だぁ! やるなら正々堂々だろぅ? 仮に向こうがきたねぇ手ぇ使ってきたら今以上に評判が落ちる。逆にこっちは自動的に上がるってもんだろ?」

「へぇ~、一応考えてんだね」

 俺の言葉にゼルは驚いた顔をする。

「一応って、何だそれ……」

「そうよ、行き当たりばったりで動いてそうで、こしゃく・・・・にも考えてるのよ。ただ、全てにおいて考えが足りないから私が苦労するの」

「……お前ら俺のことバカだと思ってんの?」

 エイナはゼルを無視して俺に話し掛ける。

「ともあれ、コウ……だったわね。合格よ、参謀部へようこそ。歓迎するわ」

 ……は?

「おいおい、何でコウが参謀部に入んなきゃならねぇんだ? こいつの力は戦場でこそ生きるってもんだ」

「じゃあ、兼任でいいでしょ? 現状私の考えと同じようなことを提案したんですもの、作戦参謀としての適正は充分あるわよ」

 おいおい、何でそんな話しになるんだ!?

「いやいや、ちょっと待って! そもそも俺、ジョーカーに入るつもりないんだけど?」

「……はぁ!? どういうことよ!?」
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