流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

61. エリノス・レポート

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「は~、立派な神殿ですね。さすがに街中まちなかの教会とは訳が違う」

「そうか、ニールは初めてだったか」

「はい、決して熱心な信者ではありませんが、いつかイゼロンには登りたいと思っていました。まさかこんな形で来ることになるとは思いませんでしたが……連絡をくれたレイシィ様のお弟子さんに感謝ですね」

「まぁ、それはそうなんだが……でもこれはないだろ! 〈エリノスがオークに襲われた。調べに来れば?〉って、これしか書いてないんだぞ! もっと何かあるだろ?」

 レイシィはバッグから手紙を取り出しバサバサと揺らす。

「それでもですよ、東にこもったままでは大した情報は得られません。ましてや、こんな大きな事件にオークが関わっているのなら、でも調査したいと思うところですよ」

「いやまぁ、そうなんだけど……」

 と、神殿事務所のドアが開く。ドアから顔をのぞかせたのはエクシアだった。外が騒がしいので様子を見に来たのだ。

「おお、エクシア! 久し振りだなぁ、元気だったか?」

 レイシィの呼び掛けにも、エクシアはフリーズしたままだ。

「……え~と、エクシア、どした?」

「……本物、でしょうか?」

「え? 本物……っちゃあ本物だが……え、そもそも偽者がいるのか?」

(はわわわわわわ……)

 みるみるエクシアの目に涙が溢れてくる。

「レイシィ様ぁぁぁ!!」

 バーン! とドアを開け、エクシアはレイシィに抱き付く。

「レイシィ様ぁ! レイシィ様ぁ! レイシィ様ぁ!!」

 そしてレイシィの胸に顔をうずめぐりぐりと動かす。

「ははは、エクシア、元気そうで何よりだ……うん、あの……ちょっとそれは……さすがにやり過ぎ……おい、エクシア? ちょっと離れ……連れもいるし……エクシア……や、それ以上は……エクシアァァァァ……」


 ◇◇◇


「ふぅ、大変失礼致しましたわ。わたくしとしたことが嬉しさのあまりつい……どうぞお入り下さい、すぐに老師もお呼び致しますわ」

 どこか満足げなエクシアは応接室の準備に向かう。

「……よし、ニール……中、入ろ……」

 レイシィはふらつきながら中に入る。ニールは遠い目をしていた。


 ◇◇◇


「おう、久しいのぅ、レイシィ。七、八年振りか? 元気そうで何よりじゃ。しかし、随分と早かったのぅ?」

 ルビングが応接室に入ってきた。

「かなり飛ばして来たからな。おかげで馬がへばって大変だったよ。しかし老師、前会った時と全然容姿が変わらないが……どんな禁術使ってるんだ?」

「アホ言いな。で、そちらさんは?」

「お初にお目にかかります、大司教様。エルバーナ大同盟、対オーク特務機関エルバの局長、ニール・ネイトと申します」

 対オーク特務機関エルバ。エルバーナ大同盟内で組織された、オーク襲撃事件を専門に調査する機関である。

「私は元々ヒルマス王国諜報部に所属していました」

「ほう。しかし、局長っちゅうことは……レイシィはなんじゃ?」

「オブザーバー? 的な? まぁ私は単なるひらだ。ニールは優秀な上官だぞ」

 レイシィの言葉にニールは一瞬微妙な表情を見せる。

「それに関しては色々と思うところがあるのですが……」

「あ~、分かるぞい? こやつの上役うわやくなぞ、やりにくかろう?」

「さすが大司教様です。レイシィ様に局長の椅子に座ってもらえれば、どれほど楽か……」

「しょうがないだろう、私はオルスニアの魔導師長だしな、エルバに専念したら国の仕事がとどこおる」

「ふぁっはっは、ニールとやら、貧乏くじ引いたのぅ?」

「致し方ありません……」

「さて、エクシア。メチルはどした?」

「神殿の受付にいましたわ。もう交代の時間ですので、そろそろ……」

 と、トントンとノックの音。

「来ましたわ」

「メチルっす。老師、呼んだっすか?」

「おう、入ってええぞい」

 ガチャッとドアを開けメチルが応接室に入る。

「失礼するっすよ……あ、お客様っすか?」

が高いわよ、メチル」

 ずずいっ、とエクシアは前に出る。

「こちらのお方をどなたと心得ますか? 神をもひれ伏す美貌びぼうと頭脳、悪魔も逃げ出す魔法を放つ、超絶偉大な大魔導師、ドクトル・レイシィ様であらせられます」

「おお! このお方がコウさんのお師匠様っすか!」

 本来ならエクシアの紹介にツッコミの一つも入れるところだが、レイシィはメチルに釘付けになっていた。

(な……何だこのかわいい生き物は!? ちんちくりんなかわいいミニマムサイズ、無造作に結ばれたかわいいツインテ、世の全てを見下したようなかわいい目、木の実でも頬張ほおばってそうなぷくぷくのかわいいほお、ぷりぷり動くかわいい口……何かもうかわいいがぐいぐい押し寄せて来て……まるでかわいいの権化ごんげじゃないか!?)

 レイシィはキッ、とルビングをにらむ。

「老師!」

「なんじゃいな?」

「どこでかどわかしてきた!!」

 はぁ……とため息をつき、あきれたようにルビングは話す。

「アホかい、お主と同じじゃわい……」

「私と……そうか、君も身寄りがなかったのか……」

「まぁ、そんな感じっす。でも楽しくやってるっす」

(なんて健気けなげな……)

 レイシィはうるっ、ときた。

「うんうん、それは何よりだ。コウが世話になったようだな」

「とんでもないっす、コウさんには助けてもらったっす。まぁ、その万倍お世話したっすけど。護身術もあたしが教えたっす」

「そうなのか! 君が……いや、本当にコウが世話になったようだ、師として礼を言うよ。何かあったら何でも言ってくれ、力になろう」

「あ~、はいっす。そしたらあの、取り敢えずこれ、止めてもらっていいっすか?」

「ん? 何をだ?」

「いや、この、ほっぺツンツン……姐さんエクシアがすごい顔でにらんでるっす……」

 レイシィはメチルと話している間中あいだじゅう、無意識に彼女のほおを指でツンツンしていた。その様子をエクシアは目に涙を浮かべながら、鬼の形相でにらんでいる。

「老師!」

「なんじゃい、エクシア」

「メチルを殺してわたくしも死にます!」

「あ~……殺しちゃいかんし、死んでもいかんのぅ……」

 ばかばかしさを感じながらも、ルビングはエクシアをあとす。

ねえさんはコウさんに治癒魔法教えてたっすよ」

 ここでメチルから素晴らしいアシストが飛び出す。

「本当か!? だってあいつ、適性なかっただろ?」

「はい、そうですが、どうしてもということでしたので……それでも止血や痛みの緩和など、極々初歩の魔法は使えるようになりましたわ。本人も喜んでおりましたので、まぁ良かったかと……」

「そうか……それは大変だっただろう、ありがとうな、エクシア」

 そう言いながらレイシィはエクシアの頭を撫でる。

(はわわわわわわ……)

 突然のことで驚きながらも、エクシアのテンションは一気にブチ上がる。

「老師!」

「なんじゃい、エクシア」

わたくし、もう死んでもいいです!」

「……だから、死んじゃいかんて……」

 レイシィはくっ、とお茶を一口飲むと急にそわそわした様子でルビングに尋ねる。

「で、あ~……コウは、どうしたんだ? 一向に現れないが……」

「んん? 聞いとらんのか? あやつはもうおらんぞい」

「そうか、もういな……い……? はぁ!? どういうことだ、それは!?」

「あの騒動の後すぐにな、ジョーカーの連中に連れてかれたぞい、かつがれながらの。今頃はミラネルにおるんじゃないか?」

かつがれ……済まんニール、急用ができた。ちょっとミラネルに行ってジョーカーをつぶ……コウに会ってくる」

「レイシィ様、心の声が先走って出て来てますよ」

「ふぁっはっは、なんじゃいレイシィ、随分と過保護じゃのぅ」

「だって二、三年振りだぞ!? 積もる話もあれば、あいつがどこまで出来るようになったか確認もしたかったし……そもそも私をここに呼んだのはあいつだろ!? それをジョーカーに拉致されたとあっては……」

「心配いらんわい。ジョーカーっちゅうても、元ここの修道士じゃ。わしもよう知っとる。ここに来る前どこぞで知り合ったらしくての、コウに手ぇ貸してもらいたいっちゅうて一緒に行ったんじゃ。まぁ、悪いことはせんじゃろうて」

「そうか……まぁ、だったらしょうがない……いや、しょうがなくはないが……まぁ、元気でやっているようだし良いんだが……いや、良くはないが……」

「さて、ほしたらあれじゃ、見るか?」

 ぶつぶつと話しているレイシィに、ルビングは声を掛ける。レイシィはニールを見る。ニールは無言でうなずく。

「拝見しよう」


 ◇◇◇


「霊安室、か……」

 神殿地下霊安室。亡くなった修道士の遺体を安置し、鎮魂の儀を行う部屋だ。

「ええも悪いも、人もオークも、仏になったら皆同じじゃ。操られてたとあっちゃあ、なおさらだのぅ。さすがに全ては収容できんからなぁ、他のは火葬したが……」

 そこには二つのひつぎがあり、それぞれにオークが横たわっていた。ひつぎの中には腐敗しないよう冷気の魔法石が沢山置かれている。レイシィとニールは氷のように冷たいオークの身体を一体ずつ確認する。

「同じだな、東を襲ったオークと」

「ええ、身体的特徴も似ていますね」

 一通り確認を終えたレイシィは入り口付近で待っているルビングに話し掛ける。

「老師、ハイガルドの関係者にも話を聞きたいんだが……」

「そうじゃな、わしらはオークじゃ言われても分からんからのぅ。これから本格的に賠償請求交渉に入るでな、ハイガルドにはわしから伝えとくわい。わしから言えば連中、今は断れんからな」

「ああ、助かるよ、老師。しかし、ハイガルドもバカな真似をした。高いツケを払うことになるな」

「まったくじゃい。ただのぅ……」

「ただ、何だ?」

「今回の件、連中何も分かっとらんようなんじゃ。ベリムスっちゅう向こうの将軍が独断で起こしたいくさのようじゃ」

「ふ~ん、独断ねぇ……」


 ◇◇◇


 ――以上の事から今回のエリノス侵攻はベリムスが単独で計画、実行したものと断定出来る。
 また、ベリムスが接触したフリス・ザランなる組織だが、あらゆる方面からアプローチを行ったがその存在を確認することが出来ず、架空の組織であると結論付けざるを得ない。尚、一番最初にこの組織と接触したと思われるベリムスの部下は現在も行方不明で――


 ――が作戦前に会談した義妹ぎまいであるレジーカ・ブリンダーは重度のナブル中毒患者である事が判明、錯乱状態がひどく証言は取れなかった。(ナブルとは西側でかつて流通していた依存性の強い薬物であり、幻覚・幻聴・錯乱等の症状が出る)
 ベリムスの妻であるファリア・アーカンバルドは自宅寝室にて遺体で発見されており――


 ――を率いてエス・エリテを襲撃した女は、部下と思われるルピスと呼ばれる男からリアンセ将軍と呼ばれていた、とのルビング大司教の証言である。
 将軍という敬称から、国、もしくはそれに類する大きな組織が関わっていると推測出来る為、今後の調査はこれらを踏まえ――


 トントン

「開いているぞ」

「失礼します、レイシィ様」

「ああ、ニール。どうした?」

「はい……これは、報告書ですか?」

「ああ、そうだ。記憶が鮮明な内にまとめてしまおうかと思ってな。しかし、二ヶ月もここに留まることになるとはな」

「そうですね。でもまぁ、来週には出発できそうですので、もう少しです。しかしレイシィ様にこんなに働かれては、迂闊うかつにサボれませんな」

「休めるやつは休めばいい。何、私だって適度に手は抜くさ。それより、用事があったんじゃないのか?」

「ああ、そうでした。大司教様が、良いミードは入ったので一緒にどうか? と」

「お、それはいいな。ちょうどワインには飽きていたところだ」

 レイシィは書きかけの報告書を引き出しにしまい、部屋を出る。
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