流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

58. 来訪者

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 ルピスは緊張した。

 目の前の進路を塞いだこの男に見覚えがあった。森の中から望遠鏡で覗いて確認していた、南門の城壁の上にいた男だ。そしてついさっき、見たことのない魔法でオークを倒していた。ひょっとしたら、南門前の爆発はこの男が起こしたのではないか?

 同時にルピスは焦っていた。

 あの方に限って、とは思う。しかし万が一、とも思う。あの方はどこか自身の命を軽んじているようなふしがある。完全に大勢が決してしまったら、逃げられるものも逃げられなくなる。早く迎えに行かなくては……

「通してもらえないか?」

「こっちの質問には答えてもらえないのか? あんた、何者だ?」

 苛立いらだつ気持ちをルピスはぐっと抑え込む。そして自問する。こんなところで足止めなど……やり合うか? いや、時間が惜しい。どうする? どこまで明かす? いや、明かせるか……?

「頼む、通してくれ。私は人を迎えに行くだけだ」

「だからさ、あんた誰だ?」

「本当に人を迎えに行くだけなんだ、何もしない、これ以上はもう……」

 と、話している途中でルピスは、しまった、と思った。焦っていたので思わず口が滑った。しかし、表情には出さない。平静を装う。

「……これ以上は、てことは、すでに何かやっている、てことだ。あんた、この騒動の首謀者側の人間だな?」

「…………」

「……その沈黙は肯定だね?」

 下手な小細工は逆効果だ、とルピスは思った。しかし、自身のことは明かせない。その上で、頼み込むしかない。

「誓って、誓ってもう何もしない! 大切な人を迎えに行きたいだけなんだ! 見たところ、貴方はオークを警戒しているのだろう? 放っておけばもっと火災が広がる。お互い時間がないはずだ、頼む! どうか……」

「……迎えに行って、その後は?」

「そのまま撤退する」

 そこまで話すと目の前の男は、自身に向けていた右手をスッと左へずらす。そして、バーーーン、とさっき見た魔法を放った。その魔法は後方、路地から現れたオークに当たったようだった。男はこちらを見ることなく、じっと倒れたオークを見つめている。これは……

「済まない、恩に着る。済まない……」

 ルピスは馬を走らせる。見逃してもらえたことに安堵した。




 なぜ見逃したのか、自分でも良く分からなかった。捕らえるべきだった。恐らくは……
 だが、あの男の話した通り時間がない。早くオークを駆逐し消火しなければならない。
 ……いや、それだけじゃない。あの男が必死だったからだ。もう何もしない、と言うのは間違いないだろう。あの目に嘘はないと思う。しかし、それが見逃していい理由になるのか? ひょっとしたら、後々面倒なことになったり……

 あ~~~~!

 ダメだ、考えてもしょうがない。すでにしてしまったことだ。それより今は、オークだ。


 ◇◇◇


「ふぅ、やっと着いたわね」

 〈ようこそ、エス・エリテへ〉と書かれたアーチ状の看板をくぐる。転移は成功した。が、位置が若干ずれた。少し下に転移してしまったのだ。

「こんなところを歩いて登ろうなんて、狂気の沙汰だわ。大体宗教なんてろくなものじゃないのよ」

 ぶつぶつと言いながら、女はエス・エリテの大通りを歩く。
 そこは驚くほど静かだった。店が沢山建ち並んでいるが、人の気配はまるでない。

(どういうことかしら? 教徒総出で下に降りた? そんなことあるかしら……)

 が、女はそれでもいいと思った。それならそれで、適当に燃やしてしまえばいい。

 大通りを抜け正面には巨大で荘厳な神殿がそびえ立つ。その神殿の中央、階段の真ん中辺りに一人の老人が腰を下ろしている。女はニコッと微笑んで老人に近付く。

「ああ、良かったわ。誰もいらっしゃらないかと思っていましたの。こちらに大司教様がいらっしゃると伺って参ったのですが?」

「そら、わしのことじゃなぁ」

「まぁ、あなた様が……突然の来訪、失礼いたしますわ」

「まったくじゃい、こんな時間に。しかも物騒なお友達もぎょうさん連れて来たようじゃの」

 女の後ろには四十体ほど、剣や斧といった得物と松明を持ったオークが立っている。

「で、お主は何もんじゃ?」

「名乗るほどの者ではございませんわ、大司教様」

 女は微笑みながら話す。

「ただ、近くまで来たものですから、遊びに寄らせていただこうかと」

「ほぉ~ん、遊びにのぅ。何して遊ぶつもりじゃ?」

「そうねぇ……火遊び、なんていかが?」

 女は軽く右手を挙げ、くいっと前に倒す。それを合図に後ろのオーク達が動き出した。

「レグゥゥゥ!」

「はいよ!」

 ルビングが叫ぶとオーク達のさらに後ろ、神殿前の店の中や建物の屋上からレグが率いるエス・エリテ警備隊が現れた。

「オークだ、潰せぇ!」

 神殿前はたちまち混戦状態となる。

「……お見事ですわね、全然気付かなかったわ。隠れていたのね……」

 ルビングはゆっくりと立ち上がり、階段を下りる。

「火遊び、てのは感心せんのぅ。寝小便しちまうぞい?」

「あら、そんな子供ではありませんので、心配ありません……わ!」

 話し終わるのと同時に女は物凄いスピードでルビングとの間合いを詰める。警戒はしていたが、その上を行かれた。ルビングは驚いた。

(!! これは……こやつ!)

 女は左腰に二本の剣を提げている。その一本に手を掛け、居合のように滑らせるように剣を抜く。さやから抜かれた剣は最短距離でルビングの首を狙う。女は、った、と思った。


 ガィィィィィン!


 響き渡る金属音。女の剣はルビングの首には届かなかった。ルビングは右の上腕で女の剣を防いでいた。女はパッと後ろに距離をとる。

「っ~~~、やれやれ、こりゃあ文字通り骨が折れるわい」

 ルビングは右腕を押さえながら治癒魔法を使う。

「……籠手こて、ですわね。随分と出来が良い物のようね。欠けちゃったわ」

 女の剣はにヒビが入り欠けていた。ちょうどルビングが防いだ辺りだ。

「そりゃあ、すまんかったのぅ。けど、こっちかて見事に傷いってもうたわ。結構したんじゃぞ、これ……」

 ルビングは法衣の袖をめくり籠手こてを擦りながら話す。ルビングの籠手こてには硬い鉱石がいくつも埋め込まれており、その鉱石の表面が少し欠けている。

「やはり借り物の得物はダメね。自分の持ってくれば良かったわ」

 そう言って女は欠けた剣をさやに納め、もう一本を抜く。

「それも借りもんかい?」

「ええ、二本あって良かったわ」

 女はシュッ、と剣を下に振った後、軽く構える。

「お主のさっきのやつ、間合い詰めるやつな、見覚えあるんじゃが……お主暗殺者アサシンか?」

「まぁ失礼ね、大司教様。そんな下賎げせんやからと勘違いされるなんて、心外だわ!」

 女は再び間合いを詰めルビングを突く。ルビングはその剣を左腕の籠手こてで滑らせるようにいなし・・・、女のふところに飛び込み右のこぶしを顔面に合わせる。
 かわせる。女はそう思い首をひねってかわそうとしたが、ルビングは拳を開き指を二本伸ばした。目潰しだ。

「! くっ……」

 女は咄嗟とっさに素早く首をひねる。気付くのが早かったため目には当たらなかった。が、目尻が切れた。

「女の顔に躊躇ちょうちょなく打ち込むなんて、容赦ようしゃないわね大司教様……」

 話ながら女は治癒魔法で顔の傷を治す。

「なんじゃい、治せるんかい。厄介じゃのぅ」

 呆れるように話すルビングに剣を向け構える女。

「それはお互い様よ!」

 二人は間合いを詰め再びぶつかる。
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