流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

57. 気遣い

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 南門城壁上。

 俺は静かにハイガルド軍の編成が終わるのを眺めている。ゼルも珍しく無言だ。隊長は下に降り、皆に作戦を伝えている。と、

 バーン……バーン……

 銅鑼ドラの音が聞こえる。

「お、ありゃあ敵の大将かぁ? ごっついのが出てきたぜぇ」

 そして大きな声。反響していて何を話しているかは分からないが、恐らくげきを飛ばしているのだろう。

「準備できたようだ、いつでもいいぜぇ」

 と言ってゼルは下を指差す。警備隊や修道士が外に出てきている。

「もう少し……あの演説が終わるくらいで……」

「あぁ、そりゃいいなぁ、効果あるぜぇ。士気がブチ上がったところで、すかさずへし折る。天国から地獄ってな」

 俺は広域攻撃魔法の準備をする。魔力を霧散むさんさせ、ハイガルド軍前衛全体にき散らす。いや、き散らすというより充満させる。可燃性のガスがゆっくりと広がって行くイメージ。少し距離があったためどうかと思ったが、問題ない。
 すると眼下に見える松明や魔法石の灯りが慌ただしく動き始めた。どうやらこちらの動きに気付いたようだ。恐らくシールドも張られているだろう。俺は右手に魔弾を作る。この魔弾は言わば火種。圧縮し、高速旋回させながらハイガルド軍に向け放つ。俺の手から飛び出した魔弾は、案の定張られていたシールドを突き破りハイガルド軍前衛の中央に着弾する。

 一体何人死ぬのだろう……


 ドーーーーーーン!!


 腹に響くような轟音、付近一帯がビリビリと揺れる。舞い上がった土埃つちぼこりは城壁よりも高い。

「はっはっは……すげぇな、こりゃ……」

 声を上げはしたが、ゼルの顔は笑っていない。眼下のハイガルド軍は土埃つちぼこりに包まれ全く確認できない。いや、土埃つちぼこりが収まってもそこにハイガルド兵達はいないだろう。

「多分、成功だ……」

「ああ、だろうなぁ……すまないな、嫌な役を押し付けた」

「……え、何それ、気使ってんの? 気持ちわる……」

 俺はゼルにそんな悪態をつくので精一杯だった。

「降りようぜぇ」

 そう言うと、ゼルは城壁の階段を降り始める。


 ◇◇◇


 突然の轟音と振動は、森の中にも届いた。やぐらが細かく揺れる。

「何だ……あれは……」

 ルピスは望遠鏡でその一部始終を見ていた。あれは攻撃だ、魔法だ……

 ルピスは戦慄せんりつした。あれだけの威力の魔法を、あれだけの広範囲で放てる魔導師が、エリノスにいるのだ。このいくさはこれで決まった、ベリムスの敗北だ。そう結論付けた瞬間、ルピスはやぐらから駆け降りていた。

「ルピス様! 今のは……?」

 やぐらの下では五人の部下が待機していた。

「お前達はこのまま撤退しろ。合流地点は覚えているな? 戦はもう終わる、ベリムスの負けだ」

「は……ルピス様は?」

「あの方を迎えに行く。いいな、慎重に、最速で撤退しろ」

 そう言うとルピスは馬に飛び乗り走り出した。


 ◇◇◇


 東からの風により、舞い上がった土埃つちぼこりはゆっくりと右方向へと流されて行く。そして少しずつ、その場所で何が起きたのかはっきりと見えてきた。

 ハイガルド兵達の姿はない。

 いや、正確に言うと、その痕跡はある。

 土埃つちぼこりが収まりそこに現れたのは、血と泥にまみれ粉々になった無数の肉片。腕や、足や、頭。

 エリノス警備隊と修道士達は、呆然とその光景を見ていた。

「マキシさん!」

 沈黙を破ったのは西門の守備についていた警備兵だった。

「さっきのは何ですか? あのデカい音と揺れ……何だ、これ……」

 その警備兵は門の外に広がる光景を目にして言葉を失う。

「ああ、さっきのはこちらの攻撃の音だ。ご覧の通り、成功した。で、どうしたんだ?」

「あ、はい! 西側の市街地に入り込んだハイガルド兵は、ほぼ排除完了です。ですが、オークがまだ多数徘徊し火を点けて回っており、オークの排除に手間取っています。こちらが攻勢だったら、手を貸してもらおうかと……」

「そうか。攻勢……のはずなんだがな……」

 戦場は静まり返ったままだった。敵の前衛を丸ごと魔法で吹き飛ばす。相手の士気は折れ、こちらは上がる、はずだった。効き過ぎたのだ、敵にも味方にも。確かにこの光景はあまりにショッキング過ぎる。そんな中、

 ズチャッ、ズチャッ

 と、血と肉の海の中を歩き出す者がいた。そしておもむろに振り返る。メチルだ。

「何してんすか? これ、好機ってヤツっすよ。さっさとあっちのボスぶっ叩いて、このバカ騒ぎ終わらすっすよ」

「うむ、確かに」

 デンバも歩き出す。すると一人、また一人と血の海を渡ろうと足を踏み出し始める。

「て、訳なんで、コウさん。美味しい所はあたしがいただくっす。そもそも、これはエリテマ真教に売られたケンカっすからね。ケリは教徒が付けるのが筋っす。部外者のコウさんは因縁のオークでも狩ってくるっすよ。なんせオークキラーっすからね」

 メチルがそう話すと、横に立っていたマキシは俺の肩を叩いて同意する。

「そうだな。これだけお膳立てしてもらったら、後は我々だけで充分だ。我々にとってはハイガルド兵よりオークの方が厄介だ。君がオークの相手をしてくれるのならば、非常にありがたい」

 ズチャッ、ズチャッ、と歩きながら、ゼルはこちらを見ずに右手だけ挙げながら話す。

「はっはっは、んじゃまぁ、オークは頼むぜぇ。あと火ぃ消しといてくれ」

 気を……使われているんだろうな……と思った。顔にでも出ていたのか? まったく、俺は俺の意思でここに立ち、俺の意思で魔法を使ったのに……

「ふぅ……分かったよ。オークは任せて」

「コウ、後でな」

「ああ、デンバ。後で……」

 皆、次々と血の海を歩き出す。

「彼がオークを狩ってくれる、案内してやってくれ」

 マキシは西門の警備兵に俺を連れていくよう命じる。すると警備兵は戸惑った様子で聞き返す。

「え、あの、一人だけですか?」

「ああ、彼一人で充分だ。オークキラーだからな」

 そう言ってマキシは笑う。オークキラーはないだろう、善良なオークも沢山いるはず。全てのオークの敵みたいな呼ばれ方だ……




「コウは行ったなぁ?」

 後ろを振り返り確認するゼル。

「そうっすね」

「いやぁ、嬢ちゃん、やるねぇ。コウに気ぃ使ったんだろぅ?」

 ピタッとメチルの足が止まる。

「……は? 何すか、それ……」

「アイツには嫌な役目を押し付けちまった。まだ修行中の身だろ? 実戦経験も少ないだろうしなぁ、そこにこの大量虐殺だ。コウは普通にしてたが、やっぱりこれはこたえるぜぇ? 一度に一体何人殺したんだ、ってなぁ。みんなも引いてたしよ。どうやってフォローしようか、って思ってたんだが……」

 ゼルはちらっとメチルを見て、ニィィ、と笑う。

「嬢ちゃん、いい女だなぁ、おい? いい女ってのは大抵こういう気遣いができるってもんだ。血と肉片の中に足突っ込むのは、勇気がいっただろ? でも、おかけでみんな前に……」

「……このクソおっさん……クソきざむっすよ!!」

 メチルはゼルの話をさえぎる。顔を真っ赤にし、短剣を握りしめ、プルプル震えながらゼルをにらみ付ける。

「はっはっは、女の子がそんな汚い言葉使っちゃダメだよぉ……」

「……まぁいいっす。あのバカ大将ぶっ叩いて、ついでにおっさんもぶっ叩いて終わらすっす」

 再び歩き出すメチル。

「……終わらすって、あれだよなぁ、いくさをだよなぁ……え……俺か? 俺を終わらすのか!? おい、嬢ちゃん? ……メチルさん?」


 ◇◇◇


「この辺です、この区画はまだ手付かずで……いた! あの角を曲がりました!」

 警備兵に連れられて西側の市街地に入る。あちこちで火の手が上がっており、燃え広がるのも時間の問題だろう。今は風向きに助けられているが、下手したらラスカの二の舞だ。

「分かった。この辺は任せて。消火隊も投入していいよ、すぐに終わらせるから」

 俺は走って角を曲がる。いた、オークだ。背後から雷を放つ。まず一体。すぐに隣の通りへと走る。一本ずつ通りを確認してオークを探すのだ。




 とにかく走り回った。時間が経てば経つほど火災が広がる。とにかく早く、オークを排除しなければならない。

 二十体ほどのオークを倒し、気付けば区画の一番端に来ていた。西門からエリノスの中央へ向かう通り。と、中央方向に三十メートルほど先、二つ先の角に、オークだ。結構奥まで入り込んできている。
 俺はオークに向かい走り出す。オークがこちらを見たのと同時に雷を放つ。

「ふぅ……」

 この辺は大体良いかな? 隣の区画へ移動しようと歩き出す。ふと通りの西門側を見ると、遠くから一騎の騎馬がこちらに向かい走ってくる。

(ん? 何だ、あれ……)

 するとその騎馬は左に曲がり視界から消えた。

(あいつ、俺を見て進路を変えた……?)

 俺はすぐに街の中央に向かい走り出す。あの騎馬、間違いなくこちらを見てから進路を変えた。西門側から来たのも気になる。左に曲がり路地を走る。騎馬の頭を押さえたい。

 路地を抜け通りに出る。左、西門側を見ると、いた。あの騎馬だ。上手く進路上に出られた。乗っているのは男? 茶色のローブを着ている。濃紺じゃない、と言うことはエリテマ真教の教徒ではない。やっぱり怪しい。俺は騎馬を止めるため、進路上の地面に雷を放つ。

 バーーーン

 雷の音と光に驚いた馬は、その場に立ち止まり前足を高く持ち上げながらいななく・・・・

「大丈夫だ! 落ち着け!」

 乗っている男は馬をなだめようと、馬の首辺りを擦りながら声をかけている。すぐに攻撃できるよう、俺は右手を男に向けたまま話しかける。

「あんた、何者? エリノスの関係者じゃないよね?」
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