流浪の魔導師

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2章 イゼロン騒乱編

45. 謀(はかりごと)

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「はて、ひょうはらほんはふへひに、やうっふよ」

 いつもの時間、いつもの場所、いつものメチル、ではない。

「とりあえず、食い終わるまで待ってるわ」

「ん、ほひはら、まふっふ」

 メチルはもしゃもしゃと、蜘蛛足サンドを食べる。揚げた蜘蛛足の身と野菜をパンで挟んだ、実に旨そうな一品。と言うか、なぜここで食う?

「昼飯食ってから来ればいいのに」

「いや、ひょっと時間が、あれらったもんふから……」

 喋らんでもいいわ。

「ふぅ、けぷ。お待たせしたっす。さて、今日から本格的にやるっすよ」

 エス・エリテの外れ、農場のさらに奥。いつもの時間、いつもの場所。蜘蛛狩りのために中断していたメチルの護身術講座、今日から再開だ。
 蜘蛛狩りは無事に終了した。大蛇と遭遇した翌日、残りの洞窟も同じようにハンディルが蜘蛛を追い出し、俺達が外で蜘蛛を仕留めた。俺の負担は初日と変わらず。自分で言うのもなんだが、実に上手く利用されていると思う。
 ちなみにあの大蛇、ルビングに確認したところあれもイゼロンの固有種だった。大抵はあのサイズになる前に、他の何かに補食されるそうだ。
 エス・エリテへ帰還すると、続々と他のチームも帰って来た。修道士達は次々と蜘蛛足を運び入れる。その後は二日に渡り、盛大な蜘蛛足パーティーが開催され、ありとあらゆる蜘蛛足料理が振る舞われた。

 旨かったなぁ……

「祭りは終わったっすよ! 蜘蛛足料理なんて考えながらやったら、大ケガするっすよ!」

 ……コイツ本当に心読んでるんじゃなかろうか?

「さて、覚えてるっすか、隠術いんじゅつ?」

「もちろん、一瞬で間合い詰めたり、気配消したり……」

 メチルが実践してくれたのだ。あれは衝撃的だったな。

「ちゃんと覚えてるっすね。まんざらおバカさんではなさそうっす」

 ……軽くイラッとする。

「隠術ってのは、暗殺に役立つ色々なテクニックや魔法を集めた、総称っす。ちなみに、一瞬で間合いを潰すあれ、あれは魔法っすよ」

「え? あれ魔法なの?」

「そうっす。身体能力を強化する魔法っす。まぁ、その魔法自体広く使われている魔法ではないっすけど。あたしら暗殺者アサシンはその魔法を、身体が耐えられるギリギリまで強くかけるっす。じゃなきゃ、あんな異常なスピードで移動できないっす」

「身体が耐えられる、っていうと……?」

「強くかけ過ぎると、身体が負荷に耐えられずに壊れるっす。すじが切れたり、筋肉が千切ちぎれたり、骨が折れたり、行動不能になるっす。なので、そうならないギリギリのラインを探す必要があるっすね」

 ……嫌な予感がするぞ……

「それって、あれか? 実際に魔法をかけて、身体で試していく、ってこと?」

「そうっすよ。それしか方法ないっす」

 やっぱりだ! レイシィのとこでもこの手の修行したぞ、レイシィの魔弾を散々喰らって、上手くシールド張る修行、別名ドM育成プログラム。これも同じだ、延々痛い思いするやつだ!

「大丈夫っす、そんな時間かかる作業とは思ってないっす。サクッとやっちゃうっすよ、そんな重苦しく考える必要ないっす。何て言うか、ライトな感覚? そんな感じっす。
 でもまぁ、ある方面の人達からしたら、こんなの荒行あらぎょうじゃなくご褒美っすよね。こんな美少女に痛め付けられるんすから。コウさんが目覚めるのが先か、魔法覚えるのが先か、見ものっす。それにあたし治癒師っすから、ケガしたところで、そんなの瞬殺っすよ」

 荒行あらぎょうって言っちゃってんじゃん、この……何がライトだよ、痛め付けるんだろ? それに目覚めるって何だよ、異世界まで来て目覚める気はないわ。そういうことじゃないんだよ、痛いのなんだよ。怪我を瞬殺の意味も分からんし。それに……

「あのさ、魔法使えない時の為の護身術だよね? なのにさ、魔法使うのかい?」

「気付いたっすか、やはりおバカさんではないと……」

 当然の疑問だろが!

「魔法を使えない状況ってのをよく考えてみるっす。大抵の場合は、魔力切れで魔法使えなくなるってことっす。でもコウさん、アホみたいな魔力量っすよね。これ、なくなるっすか?」

「あ~、そうな、前に一日中魔法使ったけど、何ともなかったな」

 オルスニアのシブスト軍事演習場だ。朝から魔法使いまくったけど、結局何の変化もなく、疲れてやめたんだった。

「あたしの見立てだと、三、四日ぶっ続けで魔法使わないと、なくならない量っすよ? なのでコウさんに限っては、魔力切れってのは考えなくてもいいと思うっす。魔法は使えるけど、魔法が効かないって状況を考えた方がいいっす」

「魔法が効かない?」

「そうっす。例えば、何かやたら魔法防ぐのが上手いヤツと、やり合うことになるとか……どんな魔法も完璧に防がれるっす。そんな場合は別の手段で仕留めなきゃいけないっすよね? だったら自分に魔法かけて、ビャッと間合い詰めてザクッて感じっすよ」

 そう言いながら、メチルは剣で相手を突き刺すジェスチャーをする。

「なるほど、確かにその通り。ちょっと見直したわ」

「ん? 何がっすか?」

「いや、ここまで考えてるとは思わなかった。もっとこう、感覚と本能だけで生きてる人かと……」

 カチン、ときたんだろう。そらそうだ、これは完全に失言だった。

「お~し、コウさん! そこに直れっす! いや、立ったままでいいっす! 今から身体能力強化魔法かけてやるっす、ありがたく喰らうといいっすよ! かけたらすぐさま動くっす! ビャッってすぐさま動くっすよ! ……はい! かけたっす、動くっすよ、ビャッって、動けっす~!!」

 メチルキレる。

「あ、ちょっと、押すな……ゴメンて……ちょ、押すな!」

 ぐいぐい俺を押すメチル。どーん、と両手で突き飛ばされ、転ばないように右足を踏ん張る。と、

 ブチッ!

「いぎっ!!」

 ……激痛。そして何かが切れた。俺はその場に崩れ落ちる。

「あ~、魔法強すぎたっすね。何すかね、すじすかね、ブチッたっすね……フフ……」

「笑ってんじゃねーし! 早く治せっての!!」

 バタバタとしながらも、エス・エリテでの修行は続く。しかし、知るすべなどなかったのだ。この裏で、とあるはかりごとを画策している者がいることを。くすぶり続けていた野望という火種は、陰謀のまきがくべられ、大きな炎に育つ。やがてその炎は、エリノスとエス・エリテを飲み込むために、さらに大きく燃え上がることになる。


 ◇◇◇


「ふ~ん、いいんじゃないかしら?」

 王城へと続く大通り。通りの先、真正面には細かな装飾が随所に散りばめられた、絢爛豪華けんらんごうかな大きな城が見える。これだけの城を維持しているのだから、さぞ景気の良い国かと思いきや、決してそうではない。
 大通り沿いには多くの店が建ち並ぶが、開いていない店も目立ち活気がない。行き交う人も少なく、それでも歩いている人は、皆一様に下を向き元気がないように見える。

 ハイガルド王国、王都セットレー。

 イゼロン山に隣接するこの国は、隣り合う他の二ヶ国と同様に、過去何度もそのふもとにあるエリノスへ侵攻した。目的は当然のこと、多大な影響力を発するエリテマ真教の吸収だ。しかし、とうとうエリノスを落とすことはできず、他の二か国と協議した末、エリノスへの不可侵を約束した。
 月日が流れ王が代替わりした現在は、侵攻を繰り返していた当時の勢いはなく、国の運営に四苦八苦している状況だ。

 女は大通りを城に向かってゆっくりと歩く。街の様子を眺めながら、散歩でもするかのように。
 茶色の薄汚れたローブ、斜めに掛けたバッグには所々穴が開いており、その穴からは分厚い本の角が顔を出している。
 ボサボサの長い髪は顔の左半分を隠し、うつ向きがちな姿勢のせいで表情はよく分からない。
 世間から隔絶された生活を送っているような、学者風のその出で立ちは、時に人々の好奇の視線を集めるものだが、この国では彼女に構うものはいない。

 学問を推奨する。

 数年前、ハイガルド王は学術国家を目指すむねを国内外に発表。王都を含む国内の主要都市に多くの学園や研究施設を設立し、大陸中より学徒を集める計画を立てた。が、当初より見通しの甘さを指摘されていた通り、計画は資金不足により早々に頓挫とんざ。それでもその計画を頼りに、多くの学者や研究者、学びを求める若者がこの国を訪れた。しかしその大半は、一向に進まない計画に失望し、すでに国を離れている。
 そのような経緯があったため、この国の人々は学者や研究者といった類いの人種に免疫があるのだ。

「見て、昼間だというのに働きもせず、安酒をあおる男達の多いこと。昔の祖国に似ていると思わない? あんな連中を見ていると、本当……皆殺しにしたくなるわ」

 大通り沿いのいくつかの店は、路上にテーブルを出している。そこにいる男達を指差しながら、女は後ろを付いて歩く男に話す。

「作戦前です、お抑え下さい」

「フフ、冗談よ。にしてもあなた、似合わないわね、その格好」

 男は女と同じ様な格好をしているが、筋肉質でガッチリとした体格のため、とても学者や研究者には見えない。

「その体格はどうしようもないけれど、そうね、せめて背を丸めなさい。少しはそれらしく見えるわ」

「は、善処致します」

「あと、その話し方ね。私たちは今は軍人ではないわ。研究者よ。もっと話し方を崩しなさい」

「は、……はい……分かりました。しかし、今の段階からこの格好をしなくても良かったのでは?」

「あら、やるからには完璧に、よ。この国に私たちのことを知っている人間がいないと、言い切れるのかしら? ましてやここではかりごとを推し進めようとしているのよ。決して油断はできないわ」

「では、この国にお決めに……決めるのですね」

「ええ、いい国じゃない。これといった特産や観光地もなく、貿易額も人口も右肩下がり。国民は高い税金に怒り、国王の大言たいげんに振り回され、国自体に活気も覇気もない。他国にも見放されつつあるわ。
 地図から消えても影響がない、どうでもいい・・国、でしょう?」

 女はニッコリと笑い、男を見る。
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