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2章 イゼロン騒乱編
42. 食わず嫌い
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昼を過ぎると、徐々に人が増えてきた。革やプレートの鎧、腰や背に得物を携えた物騒な連中、ハンディル達だ。
しかし、今日の朝依頼を出したばかりなのに、随分と反応が早い気がする。気になってハンディルの一人に話を聞いたところ、マルターバードの数が少なかったのを把握しており、恐らくエス・エリテから依頼が出されるであろうと予想し、少し前からエリノスに滞在して、他の依頼をこなしながら待っていたそうだ。他の連中もそんな感じだろうとのこと。
そんなに人気のある依頼なのかと聞くと、「蜘蛛足を食えるだろ?」と驚愕の返答。
そんなに旨いの? 楽しみなの? 名物なの? 全く理解できん……
「コウ……か?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと知っている顔。こいつは……
「ディストン?」
「ああ、久しぶりだな。こんな所で会うとは思わなかった」
彼はディストン。ハンディルだ。盗賊討伐やラスカのオーク襲撃の際、一緒になった。相変わらず腰にはやたら長い剣をぶら下げてる。それ、鞘から抜けるのか?
「久しぶりだね、ラスカ以来か。ん? ヨークは?」
「俺だけだ。別にいつもあいつと一緒にいる訳じゃないさ」
そうなんだ、セットだと思ってた。
「ここにいるってことは、ディストンも蜘蛛狩り?」
「ああ。俺はエリノス出身だからな。ここの友人から、今年は多分蜘蛛が多いぞ、って情報が届いてな。三日前にエリノスに着いたばかりだ」
「そっか。エリノス出身ってことは、ディストンもエリテマ真教の信者なの?」
「一応な。まぁ、あまり熱心な信者ではないがな。で、コウはなぜここに?」
「修行だよ、護身術のね。お師匠……レイシィがエス・エリテにいたらしくて、紹介してくれたんだよ」
ディストンは腕を組み、まじまじと俺の姿を眺める。
「そうか。なるほどな……」
「ん? 何か?」
「いや、見違えたと思ってな。何と言うか、青臭い感じがなくなった。まぁ、前会った時から一年以上経ってるしな。今のお前をヨークが見たら喜びそうだ」
「……青臭かったのか?」
「ははは、すまん。でもまぁ修行中のやつは、皆そんな感じだろ?」
まあ、分かるけど……
「ディストン!」
少し離れたところで、他のハンディルがディストンを呼んでいる。
「おっと、もう行かないと……コウも参加するんだろ? 終わったら、蜘蛛足食いながら祝杯だな」
……行ってしまった。ディストンよ、お前も蜘蛛足か?
◇◇◇
夜。
蜘蛛狩り参加者が神殿内の大ホールに集められた。吹き抜けの高い天井、正面の壁一面には、エリテマ神が世界を破壊し、再生させる内容の壁画が描かれている。
そしてその壁画の下に設けられた壇上に、ルビングが上がる。
「ハンディル諸君! よう依頼を受けてくれた、よう集まってくれた、エリテマ神に代わり、礼を言う。今年はマルターバードの飛来が少なく、イゼロスパイダーが仰山増えおった。明日より皆で山に入り、蜘蛛狩りを行う。何度も参加し馴れとる者もおるだろうが、油断せず充分注意して行動してほしい。大した依頼料は出せんが、全て終わったら存分に、蜘蛛足を振る舞うつもりじゃからして、よろしく頼むぞい!」
「「「 うおーーーーー!! 」」」
!?
ハンディル達から雄叫びが上がる。ビックリした……
「今年は多いみたいだからな、いっぱい食えるぞ」
「正直、依頼料はいくらでもいいもんな、この依頼のキモは、終わったあとの蜘蛛足祭りだし」
「ここの連中には申し訳ないが、毎年この依頼あると良いのにな。そしたら俺、エリノスに拠点移すわ」
「ははは、俺も!」
マジか……
何だコイツらの蜘蛛足ラブっぷりは? 何かここまで言われると、さすがにちょっと興味出てきたんだが……
「コウ」
後ろから声を掛けられた。振り向くとデンバが手招きしている。
「どしたの、デンバ?」
「何も喋るな、静かに、ついてこい」
なに?
◇◇◇
デンバに連れられて食堂に着いた。厨房に入りさらにその奥、食堂で働く修道士の休憩室だ。
中に入ると数人の修道士が座っている。テーブルには、何かの料理?
「レグ、待たせた、コウを連れてきた」
デンバは椅子に座り、俺にも座るよう促す。
「ああ、あんたか。確かに、あんたには食べる権利があるな」
デンバにレグと呼ばれたこの修道士、昼間、蜘蛛と戦っていた警備隊のメンバーだ。
「さぁ、冷めない内に味見といこう」
レグの言葉で修道士達は、食前の祈りを始める。俺は嫌な予感がした。
「デンバ、これってさ……」
「ああ、蜘蛛足だ」
やっぱりか!
「昼間、後で食わせると、約束した」
そんな約束、忘れてくれてて一向に構わない!
「いや、あのさ……」
「分かってる、問題ない」
俺の言葉を遮るデンバ。何を分かってるんだ? 問題大ありだぞ!
「何だコウ、あんた初めてか?」
俺とデンバのやり取りを見て、レグが尋ねる。
「そら、初めてでしょ? 食わないだろ、普通……」
と、話ながらあの蜘蛛が頭に浮かび、思わず顔をしかめる。
「初めてのヤツは皆そんな顔をする。まぁ分かる、なんせ蜘蛛だからな。でもな、大丈夫だ。これはな、一番良い部位、上物だ。一口食えば、もう止まんなくなる、旨味の洪水に流されて天国行きだ、ハイになれるぞ」
……悪いクスリでも勧められてる感じだ。いや、クスリの方がいくらかマシじゃないか? とさえ思えてくる。
「今回は蒸しだ。素材の味が一番良く分かる。少し塩を振って食ってみろ」
いやいや、レグよ、そもそも食いたくないんだが?
「大丈夫だ、良く見てみろよ、コレが蜘蛛に見えるか?」
皿に盛られた蜘蛛足の身は、確かに、説明されなければそれとは分からないだろう。身は外殼から剥かれており、蜘蛛感は全くない。一見すると鶏肉にも見える。そして、非常にいい香りを漂わせているのが、何か許せない。
「う~……」
ふと横に目をやると、デンバは実に旨そうに蜘蛛足の身を頬張っている。そして、俺の視線に気付く。
「コウ、食え。なくなるぞ?」
「うう~……」
「まぁまぁ、先ずは少しだけいってみよう。ほんの少しでいい。なっ?」
食わなきゃ戻れなさそうだ。しょうがない、腹をくくろう……
フォークで身の端を少しだけ崩す。柔らかいな……
その身をフォークで刺す……はぁ。
フォークの先の蜘蛛足の身を、しばし睨む。
チラッと周りを見ると、皆見てるな……
はぁ、しょうがない。意を決して、口に入れる。
う~わ、蜘蛛! 蜘蛛、口に入った!
恐る恐る、奥歯で潰す。肉汁、と言って良いのだろうか、身から汁が絞り出される。
う~わ! もう……う~わ!! ……う~…………ん? …………うま。
俺の様子を見ていたレグはニッと笑う。
「ようこそ、蜘蛛足の世界へ」
ドヤ顔のレグが何か言ってる。しかしこれは……旨いぞ?
見た目通り食感は鶏肉、ササミのような感じだが、何と言うか、旨味がすごい。甲殻類? まるでカニでも食べてるような、そんな感覚に陥る。噛めば噛むほど口の中に旨味が溢れて、まさに洪水、旨味の洪水に飲まれていく!
「コウ、どうだ?」
「うん、旨い」
「そうだろ?」
話ながらも、デンバの手は止まらない。良く分かる、これは確かに止まらなくなる。
「何をしているのですか!」
突然の大声に全員ビクッとなる。部屋の入り口にはエクシアが立っていた。
「何だ、エクシアか。脅かすなよ」
レグはホッとして、再び食べ始める。
「それは何ですの?」
「昼間に狩った、蜘蛛足だ」
デンバは食べながら答える。
「やはりそうですか。
蜘蛛足はエス・エリテ全体で分配する約束のはず……これは、横領ですわよ!」
「かたいこと言うなよ」
レグは食べながら答える。
「大体何ですか、コウさんまで……あなた蜘蛛は嫌いだと仰ってましたわよね?」
「そうだけど、でもこれ、確かに旨いよ」
俺は食べながら答える。
「話をするときは、食べるのを止めなさい!」
エクシア、キレる。
「エクシアも、食べろ」
デンバは食べながら話す。
「そうだ、一緒に食おうぜ?」
レグは食べながら話す。
「エクシアさん、これホント旨いよ」
俺は食べながら話す。
「もう!! 食べるの止めなさい!!」
エクシア、またキレる。
レグはフォークを置き、エクシアに語りかける。
「そう言えば、エクシアは頑なに蜘蛛足を拒否してたなぁ。
なぁ、エクシア。マジで食ってみなって、食わず嫌いだったって分かるから。ほら、コウを見てみろよ」
止められない、止まらない状態の俺を冷たく睨むエクシア。
「裏切り者……」
ハハハ、何と言われても構わない、俺は蜘蛛足に魂を売ったのだ!
「エス・エリテの食糧事情、厳しい時だってあるだろ? 天候不良で作物が不作だったりしてさ。食い物があるってだけで、幸せなことじゃないか? それに俺達は神に仕える身だ。むやみやたらに、殺生はできない。ただ邪魔だからって理由で蜘蛛を殺しているが、本来許されることじゃないだろ。だったらせめてありがたくいただくってのが、蜘蛛に対しての礼儀ってやつじゃないか?」
「それは……そうですけど……」
よし、もう一押しだ。レグは勝負に出る。
「だったら、少しだけかじってみればいい。食べろとは言わない、かじるんだ。味を確かめるんだよ。不味かったら吐き出せばいい。何事もチャレンジするってのは大切じゃないか?」
普段だったらこんな甘言には乗らない。しかし、エクシアは揺れていた。なぜなら、目の前の憎き蜘蛛足からは、信じられないほどはふくよかな香りが立ち上ぼり、エクシアの鼻腔をくすぐっていたのだ。
これは本当に蜘蛛なのか? 他の食材ではないのか? そんな疑念が頭をよぎるほど、エクシアの理性はぐらんぐらん揺れていた。
「確かに、試しもしないで嫌うのは、アレですわね、何と言うか、蜘蛛に対して失礼と言うか……」
もはや自分でも何を言っているか分からない。
レグに誘われるがまま、エクシアはフォークで蜘蛛足の身を少しだけ取り、ゆっくりと口へ運ぶ。普段だったら、絶対にこんなことはしない。でも……
口の中に蜘蛛足の身が入った。舌先で転がす。変な味はしない。前歯で、少しだけ、噛んでみる。するとどうだ、信じられないくらいの旨味と香りが、口の中に広がった。
「な……」
エクシアは言葉を失った。
これが、蜘蛛の足? ほんの少しの身を、ほんの少し噛っただけなのに……
もっと大きな身を、奥歯でしっかりと噛んだら、一体どれだけの旨味が溢れるのか!?
エクシアの様子を見て、レグとデンバの目がキラッと光る。
ここだ、ここで畳み掛ける!
「今回は蒸したが、バターでソテーして、ワインと一緒にってのも合うな」
と、レグが話すと
「スモークすると、味がもっと凝縮される」
と、デンバも続く。
「ソテー……スモーク……」
エクシアは陥落寸前だ。
「口に、合わなかったか、しょうがない」
デンバはエクシアの皿を引っ込める。
「あ……」
エクシアの口から、思わず声が漏れる。
「待て待て、デンバ。エクシアだって分かってるんだ、こんな蜘蛛足だが、貴重な食糧だって。そうだろ、エクシア?」
「も……もちろんですわ。確かに、神に仕える身でありながら、贅沢なんてしていられません。そうですわね、これからは……まぁ、我慢して、食べてもいいですわ」
そう言うとエクシアは、デンバから皿を奪い返し、蜘蛛足を大きく千切って頬張った。
……買収完了。
しかし、今日の朝依頼を出したばかりなのに、随分と反応が早い気がする。気になってハンディルの一人に話を聞いたところ、マルターバードの数が少なかったのを把握しており、恐らくエス・エリテから依頼が出されるであろうと予想し、少し前からエリノスに滞在して、他の依頼をこなしながら待っていたそうだ。他の連中もそんな感じだろうとのこと。
そんなに人気のある依頼なのかと聞くと、「蜘蛛足を食えるだろ?」と驚愕の返答。
そんなに旨いの? 楽しみなの? 名物なの? 全く理解できん……
「コウ……か?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと知っている顔。こいつは……
「ディストン?」
「ああ、久しぶりだな。こんな所で会うとは思わなかった」
彼はディストン。ハンディルだ。盗賊討伐やラスカのオーク襲撃の際、一緒になった。相変わらず腰にはやたら長い剣をぶら下げてる。それ、鞘から抜けるのか?
「久しぶりだね、ラスカ以来か。ん? ヨークは?」
「俺だけだ。別にいつもあいつと一緒にいる訳じゃないさ」
そうなんだ、セットだと思ってた。
「ここにいるってことは、ディストンも蜘蛛狩り?」
「ああ。俺はエリノス出身だからな。ここの友人から、今年は多分蜘蛛が多いぞ、って情報が届いてな。三日前にエリノスに着いたばかりだ」
「そっか。エリノス出身ってことは、ディストンもエリテマ真教の信者なの?」
「一応な。まぁ、あまり熱心な信者ではないがな。で、コウはなぜここに?」
「修行だよ、護身術のね。お師匠……レイシィがエス・エリテにいたらしくて、紹介してくれたんだよ」
ディストンは腕を組み、まじまじと俺の姿を眺める。
「そうか。なるほどな……」
「ん? 何か?」
「いや、見違えたと思ってな。何と言うか、青臭い感じがなくなった。まぁ、前会った時から一年以上経ってるしな。今のお前をヨークが見たら喜びそうだ」
「……青臭かったのか?」
「ははは、すまん。でもまぁ修行中のやつは、皆そんな感じだろ?」
まあ、分かるけど……
「ディストン!」
少し離れたところで、他のハンディルがディストンを呼んでいる。
「おっと、もう行かないと……コウも参加するんだろ? 終わったら、蜘蛛足食いながら祝杯だな」
……行ってしまった。ディストンよ、お前も蜘蛛足か?
◇◇◇
夜。
蜘蛛狩り参加者が神殿内の大ホールに集められた。吹き抜けの高い天井、正面の壁一面には、エリテマ神が世界を破壊し、再生させる内容の壁画が描かれている。
そしてその壁画の下に設けられた壇上に、ルビングが上がる。
「ハンディル諸君! よう依頼を受けてくれた、よう集まってくれた、エリテマ神に代わり、礼を言う。今年はマルターバードの飛来が少なく、イゼロスパイダーが仰山増えおった。明日より皆で山に入り、蜘蛛狩りを行う。何度も参加し馴れとる者もおるだろうが、油断せず充分注意して行動してほしい。大した依頼料は出せんが、全て終わったら存分に、蜘蛛足を振る舞うつもりじゃからして、よろしく頼むぞい!」
「「「 うおーーーーー!! 」」」
!?
ハンディル達から雄叫びが上がる。ビックリした……
「今年は多いみたいだからな、いっぱい食えるぞ」
「正直、依頼料はいくらでもいいもんな、この依頼のキモは、終わったあとの蜘蛛足祭りだし」
「ここの連中には申し訳ないが、毎年この依頼あると良いのにな。そしたら俺、エリノスに拠点移すわ」
「ははは、俺も!」
マジか……
何だコイツらの蜘蛛足ラブっぷりは? 何かここまで言われると、さすがにちょっと興味出てきたんだが……
「コウ」
後ろから声を掛けられた。振り向くとデンバが手招きしている。
「どしたの、デンバ?」
「何も喋るな、静かに、ついてこい」
なに?
◇◇◇
デンバに連れられて食堂に着いた。厨房に入りさらにその奥、食堂で働く修道士の休憩室だ。
中に入ると数人の修道士が座っている。テーブルには、何かの料理?
「レグ、待たせた、コウを連れてきた」
デンバは椅子に座り、俺にも座るよう促す。
「ああ、あんたか。確かに、あんたには食べる権利があるな」
デンバにレグと呼ばれたこの修道士、昼間、蜘蛛と戦っていた警備隊のメンバーだ。
「さぁ、冷めない内に味見といこう」
レグの言葉で修道士達は、食前の祈りを始める。俺は嫌な予感がした。
「デンバ、これってさ……」
「ああ、蜘蛛足だ」
やっぱりか!
「昼間、後で食わせると、約束した」
そんな約束、忘れてくれてて一向に構わない!
「いや、あのさ……」
「分かってる、問題ない」
俺の言葉を遮るデンバ。何を分かってるんだ? 問題大ありだぞ!
「何だコウ、あんた初めてか?」
俺とデンバのやり取りを見て、レグが尋ねる。
「そら、初めてでしょ? 食わないだろ、普通……」
と、話ながらあの蜘蛛が頭に浮かび、思わず顔をしかめる。
「初めてのヤツは皆そんな顔をする。まぁ分かる、なんせ蜘蛛だからな。でもな、大丈夫だ。これはな、一番良い部位、上物だ。一口食えば、もう止まんなくなる、旨味の洪水に流されて天国行きだ、ハイになれるぞ」
……悪いクスリでも勧められてる感じだ。いや、クスリの方がいくらかマシじゃないか? とさえ思えてくる。
「今回は蒸しだ。素材の味が一番良く分かる。少し塩を振って食ってみろ」
いやいや、レグよ、そもそも食いたくないんだが?
「大丈夫だ、良く見てみろよ、コレが蜘蛛に見えるか?」
皿に盛られた蜘蛛足の身は、確かに、説明されなければそれとは分からないだろう。身は外殼から剥かれており、蜘蛛感は全くない。一見すると鶏肉にも見える。そして、非常にいい香りを漂わせているのが、何か許せない。
「う~……」
ふと横に目をやると、デンバは実に旨そうに蜘蛛足の身を頬張っている。そして、俺の視線に気付く。
「コウ、食え。なくなるぞ?」
「うう~……」
「まぁまぁ、先ずは少しだけいってみよう。ほんの少しでいい。なっ?」
食わなきゃ戻れなさそうだ。しょうがない、腹をくくろう……
フォークで身の端を少しだけ崩す。柔らかいな……
その身をフォークで刺す……はぁ。
フォークの先の蜘蛛足の身を、しばし睨む。
チラッと周りを見ると、皆見てるな……
はぁ、しょうがない。意を決して、口に入れる。
う~わ、蜘蛛! 蜘蛛、口に入った!
恐る恐る、奥歯で潰す。肉汁、と言って良いのだろうか、身から汁が絞り出される。
う~わ! もう……う~わ!! ……う~…………ん? …………うま。
俺の様子を見ていたレグはニッと笑う。
「ようこそ、蜘蛛足の世界へ」
ドヤ顔のレグが何か言ってる。しかしこれは……旨いぞ?
見た目通り食感は鶏肉、ササミのような感じだが、何と言うか、旨味がすごい。甲殻類? まるでカニでも食べてるような、そんな感覚に陥る。噛めば噛むほど口の中に旨味が溢れて、まさに洪水、旨味の洪水に飲まれていく!
「コウ、どうだ?」
「うん、旨い」
「そうだろ?」
話ながらも、デンバの手は止まらない。良く分かる、これは確かに止まらなくなる。
「何をしているのですか!」
突然の大声に全員ビクッとなる。部屋の入り口にはエクシアが立っていた。
「何だ、エクシアか。脅かすなよ」
レグはホッとして、再び食べ始める。
「それは何ですの?」
「昼間に狩った、蜘蛛足だ」
デンバは食べながら答える。
「やはりそうですか。
蜘蛛足はエス・エリテ全体で分配する約束のはず……これは、横領ですわよ!」
「かたいこと言うなよ」
レグは食べながら答える。
「大体何ですか、コウさんまで……あなた蜘蛛は嫌いだと仰ってましたわよね?」
「そうだけど、でもこれ、確かに旨いよ」
俺は食べながら答える。
「話をするときは、食べるのを止めなさい!」
エクシア、キレる。
「エクシアも、食べろ」
デンバは食べながら話す。
「そうだ、一緒に食おうぜ?」
レグは食べながら話す。
「エクシアさん、これホント旨いよ」
俺は食べながら話す。
「もう!! 食べるの止めなさい!!」
エクシア、またキレる。
レグはフォークを置き、エクシアに語りかける。
「そう言えば、エクシアは頑なに蜘蛛足を拒否してたなぁ。
なぁ、エクシア。マジで食ってみなって、食わず嫌いだったって分かるから。ほら、コウを見てみろよ」
止められない、止まらない状態の俺を冷たく睨むエクシア。
「裏切り者……」
ハハハ、何と言われても構わない、俺は蜘蛛足に魂を売ったのだ!
「エス・エリテの食糧事情、厳しい時だってあるだろ? 天候不良で作物が不作だったりしてさ。食い物があるってだけで、幸せなことじゃないか? それに俺達は神に仕える身だ。むやみやたらに、殺生はできない。ただ邪魔だからって理由で蜘蛛を殺しているが、本来許されることじゃないだろ。だったらせめてありがたくいただくってのが、蜘蛛に対しての礼儀ってやつじゃないか?」
「それは……そうですけど……」
よし、もう一押しだ。レグは勝負に出る。
「だったら、少しだけかじってみればいい。食べろとは言わない、かじるんだ。味を確かめるんだよ。不味かったら吐き出せばいい。何事もチャレンジするってのは大切じゃないか?」
普段だったらこんな甘言には乗らない。しかし、エクシアは揺れていた。なぜなら、目の前の憎き蜘蛛足からは、信じられないほどはふくよかな香りが立ち上ぼり、エクシアの鼻腔をくすぐっていたのだ。
これは本当に蜘蛛なのか? 他の食材ではないのか? そんな疑念が頭をよぎるほど、エクシアの理性はぐらんぐらん揺れていた。
「確かに、試しもしないで嫌うのは、アレですわね、何と言うか、蜘蛛に対して失礼と言うか……」
もはや自分でも何を言っているか分からない。
レグに誘われるがまま、エクシアはフォークで蜘蛛足の身を少しだけ取り、ゆっくりと口へ運ぶ。普段だったら、絶対にこんなことはしない。でも……
口の中に蜘蛛足の身が入った。舌先で転がす。変な味はしない。前歯で、少しだけ、噛んでみる。するとどうだ、信じられないくらいの旨味と香りが、口の中に広がった。
「な……」
エクシアは言葉を失った。
これが、蜘蛛の足? ほんの少しの身を、ほんの少し噛っただけなのに……
もっと大きな身を、奥歯でしっかりと噛んだら、一体どれだけの旨味が溢れるのか!?
エクシアの様子を見て、レグとデンバの目がキラッと光る。
ここだ、ここで畳み掛ける!
「今回は蒸したが、バターでソテーして、ワインと一緒にってのも合うな」
と、レグが話すと
「スモークすると、味がもっと凝縮される」
と、デンバも続く。
「ソテー……スモーク……」
エクシアは陥落寸前だ。
「口に、合わなかったか、しょうがない」
デンバはエクシアの皿を引っ込める。
「あ……」
エクシアの口から、思わず声が漏れる。
「待て待て、デンバ。エクシアだって分かってるんだ、こんな蜘蛛足だが、貴重な食糧だって。そうだろ、エクシア?」
「も……もちろんですわ。確かに、神に仕える身でありながら、贅沢なんてしていられません。そうですわね、これからは……まぁ、我慢して、食べてもいいですわ」
そう言うとエクシアは、デンバから皿を奪い返し、蜘蛛足を大きく千切って頬張った。
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